第3話 ギャル、国難救済せんげん♡
ミラは、キラキラのネイルを揺らしながら、ポケットから〝あの〟四角い板を取り出した。
「これこれ、このスマホ。あれでしょ、異世界召喚ってやつ? ミラね、こういうジャンル超好きなんだよね~! 小説は読めないけど、漫画ならマジいっぱい読んでるし! これで予習もバッチリってわけ!」
「……異世界……召喚……?」
カイルの思考が止まった。
だが、数秒後、彼の目がカッと見開かれた。
「こ、これは……!?」
脳内に電撃が走る。彼の中で何かがはじけ飛んだ。
「い、異世界召喚さらには異世界転生という概念……! まさかこの者たちの世界では、すでにこの禁術が、常識と化しているというのか……!?」
目の前でミラが画面をスクロールするたびに、カイルの動悸が激しくなる。
「しかも、あの四角い端末……〝スマホ〟とかいう兵器で、召喚の手順、戦術、チート能力まで網羅されている……だと!? これは……軍事教本か!? いや、戦略級の秘伝書か!?」
「ほら、ほら~、こんなジャンルもあるよ~☆」
さらに畳みかけるように、ミラの指先が次々と画面を切り替えていく。
「ま、待て……! 〝追放された俺が実は最強〟? 〝転生したらスライム〟? 〝自動販売機に転生〟……だと……!? これ……全部戦術か……!? まさかこれは……転生による分野別の戦闘スタイル……!? あらゆる場面を想定して、対象できるように、異世界から来た者には、マニュアルが組み込まれているということなのか……?」
ミラは画面を掲げて、にこりと笑った。
「へっへ~! これが、ジャパニーズカルチャーってやつ?」
その瞬間、カイルの背筋に冷たい汗が流れた。
「おい……まさか……こいつが住む世界……この〝ジャパーン〟という国は……異世界に戦士を送り込む傭兵国家なのか……!?」
思わず胸に湧き上がる希望――しかし、すぐにカイルは首を横に振った。
「い、いや! ……やはり、まだ信用はできん! こんな得体の知れない女など……」
どれだけ兵たちの心をつかもうが、どれだけルシアが懐こうが――
この女の正体は謎に包まれたままだ。
だが、ミラは気にした様子もなく、カラフルなスマホをいじりながら言った。
くるっとスマホの画面をカイルに向ける。
「え~~~、さっき自己紹介したじゃん! ギャル雑誌のモデルやってるって! ほら、SNSの総フォロワーも10万人超えてるし?」
「……な、なに……?」
カイルの顔が強張る。
「フォロ……ワー……? とは……なんだ……?」
「んー、なんて言ったらいいんだろ……まあ、友達っ!って感じ?」
「……ッ!?」
その瞬間――カイルの背筋が総毛立った。
「10万人……の友……だち……!? つまり――この女の背後には〝10万人の軍勢〟が常に控えているということか……!? しかも、その中には戦士も魔法使いも……いや、異世界の者ならば、人智を超えた兵もいる可能性が……」
カイルは、つばを飲み込んだ。
そして、彼はひとつの確信を得る。
こいつは、おそらく――異世界に戦士を送り込む傭兵国家の一員。しかも、その軍勢を配下にするあたり、将軍クラスの存在なのだろう。
そして、〝チート〟と呼ばれる規格外の力をその身に宿し、今まさにこの世界そのものを手中に収めに来た。
この国は……いや、この世界はすでに〝侵攻〟を受けている……!
このジャパーンの傭兵国家の……将軍ギャル・ミラによって……!
カイルはひとり、沈痛な面持ちで空を見上げていた。
――これは、世界の危機だ。
そう思っている彼の横で――
「できたー☆ 見て見てバリカンくん! 肩にネコちゃん描いといたよ~♪」
「うおおおおっ! ミラ様ぁ! これは……なんというか……心が和む芸術……!」
「でしょ!? ルーシーはこっちにお花とハート描いたげるね~♡」
「ありがとうございますっ……!」
カイルの横では、配下たちの甲冑に落書きしてミラは遊んでいた。
満面の笑みで配下の甲冑に「☆ネコ」「LOVE」「推し♡」と描き、兵士たちはまるで表彰されたかのように輝いていた。
そんな和気藹々な雰囲気の横で……カイルは一つの決断を下す。
「――世界に迫る危機に、我々は立ち向かわなければならない……! だが、――〝魔界領〟からの侵攻の危機にも関わらず、〝人類諸国圏〟の周辺国はいずれも沈黙を貫いている。頼れるはずの大国たち。だが、現実には――我が国を見捨てた――」
カイルは、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
いずれにせよ、この国は今、侵略の最前線にある。
この〝ミラ〟という女の真の目的はわからない。
だが――
――「じゃあ、ミラが国を救ってあげよっか?」
それを言ってくれたのは、この者が――初めてだった。
「いいだろう……」
汗をにじませながら、カイルはゆっくりと笑った。
「どうせこの国は、人類諸国圏と魔界領の対立する大国同士の睨み合いに耐え続けた辺境の緩衝地帯……そして今や、無言のまま切り捨てられた……売られた存在……」
その瞳に宿るのは、諦めではなかった。
怒りと覚悟、そして――狂気の一歩手前。
「ならば、我々も――売ってやろうじゃないか! この小国を守ってもらうために……この世界そのものを……! ――この女に!!」
カイルは、両腕を広げ、声高らかに叫んだ。
その瞬間、風が吹き抜けた。
カイルのマントがはためく。背後には王国の紋章が掲げられた石壁。
「「陛下……!」」
配下たちも息を呑み、ルシアは思わず胸元に手を当てる。
「お兄様……」
――そこには、天を仰ぎ、両手を広げて世界を売る覚悟を決めた一国の王の姿があった。
まさに、後世に語り継がれるであろう――歴史的瞬間。
その直後、カイルの目の前で、ミラがスマホを構えると――
「はい、チーズ☆」
にっこり自撮りを決めていた。
画面には、彼女の満面の笑顔と――その背景に両手を広げて壮大な演説を決めるカイルの姿がバッチリ映り込んでいる。
「ええっと……異世界召喚なう☆」
投稿内容:
#ランツバルト王宮 #異世界召喚なう
「なんかマジで召喚されちゃったっぽい☆ とりま王子かっこいい~! ちょっと痛いけどwww」
位置情報:魔界のすぐ横らへん
ピッ、という送信音が、虚ろな空間に軽やかに響いた。
――こうして、王の覚悟とギャルのノリが交錯した歴史的事件は、世界で最も軽率に記録されたのである……。
「――あれ、電波ゼロだここ!」