第1話 ギャル、召喚☆
「どうして……!」
雷鳴が遠くで鳴っていた。
ランツバルト王国の空は曇天に覆われ、風は荒く、何かが迫っている気配だけが確かだった。
「……どうして、他の国は我々に支援してくれないんだッ!」
怒声が王城の作戦室に響き渡った。
拳を叩きつけたのは、この国を治める若き王――カイル・フォン・ランツバルト。
黒の軍装である〝開戦の衣〟に身を包み、燃えるような金髪が怒りに震えていた。
「現在、〝魔界領〟の《バルゼル=ノクス連邦》が、軍事演習という名目で、我がランツバルト王国を包囲しつつある状態……にもかかわらず、〝人類諸国圏〟の《セフィリア帝国》も、 《東方シアン群島帝国》も、助けにきてくれない……!」
王の瞳が怒りに燃える。
「おのれ……! 人類諸国圏の大国たちは、火の粉が自国にかからないように、我々は見捨てるつもりなのだなッ!? なんたる勝手な……! ならば……仕方あるまい!」
彼は鞘から剣を抜き放ち、力強く叫んだ。
「皆の者! 剣を取れ! この地を守れるのは我々自身しかいない!」
その気迫に、室内の者たちは震え上がった。
だが、配下は慌ててひざまずく。
「お逃げください、陛下……! 王家の血を守らねば、この国の未来は――!」
「逃げるだと?」
カイルは剣を床に突き立てた。
「この国を預かる王である私が、逃げてどうする。私は、ここに立ち続けるッ!」
「……は、ははぁ……!」
忠臣たちはひれ伏したが、その胸中には重く沈んだ現実があった。
「……我々では、魔界国と真正面から戦うなど無理だ……」
「人間世界と魔王領の〝緩衝地帯〟に過ぎぬ、辺境の王国が……」
「おしまいだ……この王国は……もう……」
〇
一方その頃――王城地下、古の間と呼ばれる封印された祈祷の部屋に、一人の少女が静かに佇んでいた。
白の法衣を身にまとったその少女の名は――ルシア・フォン・ランツバルト。
カイルの妹にして、この地に受け継がれる〝召喚術の巫女〟の資格を持つ者だ。
彼女は、ひざまずいたまま、古びた召喚陣の前で、そっと祈っていた。
成功できるかわからない。でも……今はやるしかない。
「……どうか、どうか、お願いです……お兄様を、この国を、どうか……」
その声は震えていた。目には涙。
ぎゅっと願いを込めていく。
「勇者様……あなたが本当にこの世界にいるのなら、どうか……お救いください」
――その瞬間だった。
召喚陣が光り出した。
青白い光が部屋を満たし、風が渦巻く。
まるで異界の門が開かれるかのように、空間がねじ曲がった。
「っ……!?」
ルシアが目を見開いたとき――
世界が一閃し、轟音とともに何かが〝落ちてきた〟。
目の前に現れたのは――
黒髪にピンクのメッシュ、グリッター付きのネイル、ヒョウ柄のミニスカ。
足元は厚底ブーツ、片手にはスマホ。もう片方には、まさかのアイライナーを握りしめた――
「キャッ!? なにこれ!? なにここ!? え!? ええ!? ヤバくない!? え、え、どこココ!?!?」
――ギャルだった。
「えっ、ちょ、マジで? なんか床光ってたし!? てか召喚!? これ召喚!? 異世界!? え、いいんすか~? あざっーす!!」
呆然と立ち尽くすルシア。
だが、その少女の胸の前には、確かに……古の書に記された刻まれた紋章――《外界の勇者の証》が、薄く浮かび上がっていた。
「あ……あなたが、ゆ、勇者様……?」
ルシアの声はかすかに震えていた。
〇
「一体、何事だ……!?」
王・カイル・フォン・ランツバルトは、配下を引き連れて走っていた。
行き着いた先は、王城地下深く――封印されし祈祷の部屋、《古の間》。
石の扉の前でカイルは眉をひそめる。
「ここは……古の間。代々、王族の巫女だけが立ち入ることを許された場所……なぜ、ここから音が……?」
そのとき、配下の一人が顔を青くして「あ、ああ……!」と叫んだ。
「そういえば昨晩……ルシアお嬢様が、この間に入られるのをお見かけしました!」
「……ルシアが? なぜこんな場所に?」
カイルが振り返ると、配下は妙に気まずそうな表情で咳払いし、続けた。
「王国の窮地に……なにもできないのは、歯がゆい……〝わたくしもなにか、協力いたしますわ!〟と――おっしゃっておりました!」
「おい。今のは……妹の真似か?」
「い、いえ、その、あの、少々雰囲気を再現したまででして――!」
「全然似てねぇんだよ。不敬罪で叩っ斬るぞ!」
「申ッし訳ございませんでしたァ!!」
平伏する配下をひと睨みし、カイルは再び古の扉に視線を向けた。
「……この部屋には召喚陣が敷かれていたはず。まさか、ルシアが――」
彼の声に、別の配下が不安げに問う。
「陛下、もしや……ルシア様が、召喚術を?」
「ああ。どうやらそうらしいな。ええい、ここまで来たら、誰でもいい。この辺境の国を助けてくれる者なら……神でも、獣でも、異界の勇者でも……」
カイルが扉に手をかけ、ゆっくりと開け放った――
――光の洪水。
「な、なに!?」
思わず目を手で覆い隠す。
これは――まさか本当に勇者が召喚して――?
期待を胸に改めて目を見開く。
すると――その中心で、まさに今、謎の女が、何やらパシャパシャと音を鳴らしていた。
「うわ~~~! めっちゃ可愛い~~!! え!? てかお姫様ってやつ!? ミラ、はじめて見たぁぁぁ! ポーズもう一回お願いっ! はいチーズ☆ パシャッパシャッ!」
女の手には、見慣れぬ黒くて四角い小箱のような物体。
そこからは意味不明な光が何度も発せられていた。
そして、撮られている側――ルシアは、照れくさそうに微笑み、なぜか可憐に頬へ手を添えて、まるで、王族の肖像画のように〝映える角度〟を意識していた。
「こ、こうですかね……ふふふ……」
扉を開けたカイルとその配下たちは、全員、その場でフリーズした。
配下の一人が小声で呟いた。
「……これは、夢ですか?」
「……夢だと信じたい……召喚が失敗したなど……」
カイルが、そう言った時、まばゆい光の中――女はゆっくりとこちらを振り返った。
ラメ入りのアイメイクで元々キラキラしていた瞳を、さらにギラつかせながら、その女は――カイルのもとへ一直線に走ってきた。
「ええええっ!? ちょ、マジで本物の王じゃーーん!? てか、めっちゃイケメン♡」
笑顔全開で、ぎゅっと腕を組んでくる。
「マジやば、ねえ、写メ一緒に撮ろ! ミラ、王様と並ぶの夢だったんよ~!」
ふわり、と甘い香りがカイルの鼻先をかすめた。
……な、なんだこのにおいは……決して、臭くはない……が……甘い……そして……濃い……!?
見れば、挑発的な服装。
こぼれそうなほどに主張された胸元。健康的すぎる太もも。
――明らかにこの世界では見かけぬオーラ。
「お、おい……っ! や、やめ……!」
カイルの声が裏返ったその瞬間――女はニヤリと笑った。
「ちょっと~! ミラの足をそんなガン見しないでよ~♪ エロがんなって!」
「なっ……!? だ、誰が……そんな、ことを……!」
すると、女はおもむろに〝例の四角い物体〟をカイルに向ける。
その瞬間――
「記念撮影しよ~☆ はい、チーズ♡」
――パシャッ!!
まぶしいフラッシュが、カイルの眼球を直撃した。
「ぎゃああああああああああっっ!!!」
「あ、めんご。フラッシュモードONにしてた~☆」
彼はたまらずに目を押さえ、のたうちまわる。
「み、みんな逃げろぉぉぉぉぉ!!」
部下たちが驚愕する中、カイルは絶叫した。
「こいつは勇者なんかじゃない! 悪魔だ!! 男を惑わせ、籠絡し、命を奪う――淫夢の小悪魔だああああああああ!!」
「ちょっと! なによ淫夢って! あたしの名前、そんなんじゃないし!!」
カイルがようやく視界を取り戻し、睨みつけると――女は、ウインクしながら目の横にピースサインを作って、こう名乗った。
「あたしは、一条美羅! ギャル雑誌の通称〝ミラ〟でモデル活動してる現役JKのギャルでーす☆」
「…………!!」
カイルの背に、冷たい汗が走る。
な、なんだあの長すぎる爪は……!? 片目を閉じて、謎の印を結び、見たこともない言語を喋っている……!
「……これは……まさか……呪いかっ!? 呪いの魔法かっ!?」
カイルの精神は音を立てて崩れかけていた。
こうして――
ランツバルト王国と、一人のギャルの運命が交わる。
〝革命〟の幕は、今、静かに開いた。