最後の遺産
しばらく後、「子ども食堂を始めたい」と言っていた結花のもとに、一通の封書が届いた。
中には、「福祉基金」からの援助通知書と、匿名の寄付。
手紙には、こう記されていた。
『あなたの夢を、応援したい人がいます。
あなたが知らない誰かが、あなたを信じています』
―――――― 結花は、滝沢との最期のやり取りを思い返していた。
「……結花さん、ありがとうね」 滝沢は、乾いた唇から声を絞り出すように呟いた。
病室の窓際で、春の光が老いた頬を照らした。 その光はまるで、今際の際を迎えた老人の過去と現在を照らし合わせているかのようだった。
「何を言ってるんですか、まだ桜もこれからですよ」 看護師でも介護士でもなく、ただ“ひとりの人間”として彼に接していた結花は、努めて穏やかに返した。
だが、その目は確かに感じ取っていた。彼がもう、こちら側の景色を見ていないことを。「君は……いい子だ……」 その言葉とともに、彼の口元にわずかな微笑みが浮かんでいた。
―――――― 結花は、滝沢との思い出とともに、その手紙を胸に抱きながら、小さく微笑んだ。
数ヶ月後、施設は新しく生まれ変わった。
カフェ併設のコミュニティスペースには、子どもと高齢者が一緒に過ごす共有エリアが創られた。
そこに飾られたのは、「ありがとう」の言葉とともに滝沢の遺産が刻まれたプレート。
滝沢喜三郎、最後の遺産
「人を疑うより、人を信じる”微笑み”を残したい」