8/9
微笑みの遺言
数日後、施設のロビーに新しい飾り棚が設置された。
その中に展示されたのは、滝沢喜三郎の日記一冊と、額に入った笑顔の写真。
そこには、最後のページだけがコピーされていた。
「人は皆、何かしらの“顔”を持っている。
でも、それでも私は信じている。
“微笑み”だけは、嘘をつかない。
わたしは、最期にたしかに“微笑み”を見た。
それだけで、もう充分だ」
その前に立つ海斗は、そっとつぶやいた。
「……ありがとう、おじいちゃん」
誰も知らない“選ばれなかった者”の静かな勝利。
誰よりも欲にまみれていなかった青年が、
もっとも多くを手放したからこそ、
最後に、もっとも大切なものを手にしたのだった。