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選ばれたのは誰か
遺言執行者による調査の末、日記の記述や職員の証言、介護記録を総合して「遺産の譲渡先」が発表される日が来た。
静まり返った事務所にて、高峰が口を開いた。
「滝沢喜三郎氏の遺志に従い、本日をもって、彼の遺産は福祉法人に寄付されます」
「……えっ?」
「ちょっと待って、それってどういう……?」
職員たちの声が混乱に包まれる中、高峰は続けた。
「本人の補足書簡にあった“補足封書”が、未提出であり、かつ“日記の記述が主観的かつ不明確である”と判断され、本人の『誰か個人』への明確な譲渡意志は確認できなかった、との判断です。
したがって、生前本人の相談もあった“福祉法人への寄付”が、第二順位として執行されます」
「そんな……」と呆然と立ち尽くす結花。
「ふざけるな……」と唇を噛みしめる杉山。
その中で、陽子は誰にも見えぬよう、そっと涙を拭っていた。
「……これで、よかったのかもしれない」
彼女の声は、誰にも聞こえなかった。