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「ありがとう」の記憶
「……滝沢さんが、最後に言ったんです」 新人介護士の西村海斗は、夕暮れの庭を見つめながら呟いた。
「『ありがとう』って、そう言ってくれたんです」
誰に、とは聞けなかった。聞く前に、彼は静かに息を引き取ったから。
海斗はそっとポケットから、小さく折りたたまれた一枚のメモを取り出した。
『かいとくんへ ありがとう きみはわたしの たからもの』
海斗はそれを誰にも見せていなかった。
(これを出せば、僕が“選ばれる”かもしれない……でも)
彼は知っていた。これは“本当のありがとう”だった。
嘘にまみれたこの戦場に、それを出すことが、正しいとは思えなかった。
彼は、封筒を火にくべた。