9.急な依頼
「月緋くんがね、事情聴取のとき忘れ物をしちゃってたらしくて、取りに来たところだったんだよ」
「そしたら、松さんともう1人の刑事さんが輝高の盗難事件について話してて」
「盗難事件?」
その高校の生徒でも、全く知らなかった。というか、月緋さん、自然に松さんの話を奪ったな。
「すごい表に出しちゃいけないっぽくてコソコソしてたんだけど、俺ぜんぶ聞こえてきちゃって。誰か内情を知れる人いないかーみたいなことを言ってたから、俺話したんだよ『輝高に知り合いいますよー』って」
知り合い、のところで指をさされる。待て待ておかしい。そして聞こえちゃうんだ。表に出しちゃいけないのに。
「知ってるけど知り合いじゃないですね」
「なにがちがうの」
「距離感ですよ」
そんなことはどうでもいいらしく、月緋さんはジュースを飲んだ。
「ともかく、俺の知り合いってことで泉璃は呼ばれたってわけ」
呼ばれた経緯は分かった。でも、盗難事件ってなんだ?そんな話、ちっとも聞かない。もしかして、大したことない噂話になっているだけかも。「ところで2人はほんとに知り合いなの?」「マブダチっす」。そんな会話を無視しつつ、私は顎に手を当て考えていた。
「具体的にどんな事件なのか教えてください」
私が言うと、松さんは声を潜めて話し始めた。
「先々週くらいからかな?理科室の薬品がいくつか盗まれたらしくて」
「盗まれた?」
全く知らない。詩保も、 そんな話してなかった気がする。
「聞いたことないです」
「うん、秘密裏に動いているからね」
ますます分からない。なんで私はこんな面子で話を聞いているんだろう。高校の生徒だからって、知ってる情報には限りがある。
「松さん、これ伝わってないよ」
月緋さんは横から言ってくる。松さんは、そうだったね、と改めて私の方を向いた。
「 糸端さん。捜査に協力してほしいんだ」
え?
「協力って、一体どういうことですか。そもそも、そんなことしていいんですか」
頭の中が混乱する。そんなこといいの?なんで私が?浮かんでは飛んでく疑問を、松さん、ではなく、月緋さんが答えていく。
「俺が推薦した」
「私が依頼を受けると思ったんですか?」
「うん」
なんの疑問も持たないように答える。月緋さんは「探偵ってポジションなら話聞いたり証拠見せて貰うくらいいいんじゃないって思って」と続けた。
「なんで私なんですか、適任じゃないですよね」
「未遂にしたことあるじゃん。向いてると思う」
未遂、というのはあの自主退学した男子高校生の話だ。今はどうしているか全く聞かない。
「未遂なのは殺人です。事件自体は起こりました」
しかも、月緋さんが来なかったら私も刺されていた。所詮、何もできないただの高校生である。
でも、と言いつつ月緋さんは話すのをやめた。全て本当のことだ。フォローのしようがない。
すると、松さんが小さく手を挙げた。
「僕ね、最初は月緋くんのアイディアすごくいいと思ってたんだ。でも、糸端さんがそこまで言うなら無理強いしないよ」
何でいいと思ってたんだ。むっとして松さんを見ると、まるで私が何を考えているか分かったかのように、松さんは挙げていた手を人差し指だけ立てた。
「まず、2人が共通して関わった事件から判断すると、糸端さんには洞察力と引きの強さがある」
続いて中指も立てる。
「月緋くんには、行動力がある」
急に名前を呼ばれた彼は眉をひそめて松さんを見る。つまり。
「僕は、2人が協力し合えば、事件を解決できると思ったわけです」
「「え??」」
声が揃った。誰とは言わない。「なんで俺も」と困惑しているようだ。
「月緋くん、実は君も探偵に向いてるんだよ」
松さんは隣に座る月緋さんを見てにっこり笑う。ゆるい刑事に騙されないと思いきや、真に受けて分かりやすく照れた。
「ええ〜、そうかな、やっぱ俺向いてる??」
何まんざらでもなさそうなんだよ。松さんは、まず1人、味方につける。
「糸端さんはどうかな?別に、無理にしなくていいんだからね」
「やろう泉璃」
目の前の2人からすごい重圧をかけられる。特に月緋さんは目を輝かせていた。まるで、何かを完成させた夕璃のような、頭の数字が0だけを映すような、きらきらした瞳だった。
「自分の学校で事件が起きてて、犯人は知り合いかもしれないし、薬品は泉璃のために使われるかもしれない。すぐ隣に転がってるような話じゃん。本当にやらなくていいの?」
「そんな脅すような」
松さんの言葉を遮り、月緋さんは両手をテーブルにつき前に乗り出す。
「脅しなんかじゃない。知っちゃったんだから、解決したくない?」
松さんは落ち着くように月緋さんを座らせたが、私は落ち着いてなんかいられなかった。
最悪パターンの脅迫めいた月緋さんの言葉。
普通怖がるはずなのに、私は、私の好奇心は、きらきらした瞳に、言葉に、ときめいてしまったようだ。
私の好奇心が、否定を許してくれない。
「ちょっと失礼」
松さんのスマホが振動する。電話が来たようで、立ち上がり、どこかへ行ってしまった。月緋さんは目線だけで見送り、そのままテーブルに肘をつく。
「やってみたいです」
「え?」
危険な目に遭うかもしれない。巻き込まれるかもしれない。けどそんなことは、好奇心と天秤にかけたところで全然軽いものだ。
「事件、もっと詳しく、教えてください」
月緋さんだけに、そう告げる。驚き見開く目は輝き、口角はにんまりと上がる。
「そう言うと思った」
パチンっと、はじけたのは、月緋さんの頭上の時間。0になったんだ。しゃぼんがふわっと浮かぶ。叶って嬉しい願いだったようだ。
私と目が合わないことに気がついたのか、月緋さんは少し首を傾げ、そして「あーね」と1人で納得してしまった。
そこへ、慌てた様子の松さんが戻ってきた。鞄を持ち、財布から千円札を出してテーブルに置く。
「ごめんね、急用ができちゃったから先帰るよ。お釣りはいらないから、じゃあまた」
そう言い残し、私たちの別れの言葉もろくに聞かず、店員に一声かけて店を出て行ってしまった。
「……泉璃が協力するって言うの言い忘れちゃった」
「まだやってみたいだけです。協力できるほど能力がある訳でもないですし」
まだ事件の仔細も聞いてない。先生が関わるなら、それこそ生徒の入りようがない。
「というか、これが今日呼んだ目的ですか」
「俺も捜査協力されるのは想定外」
つまり、私に依頼することは目的だったわけだ。読めない人だ。
「でも、泉璃となら楽しそう」
「私も、1人だったら断ってました」
高校生1人で探偵ごっこなんて、気取れない。そういう意味で言ったのに、「相思相愛だ」とか月緋さんはふざけやがってる。
「とにかく、もっと詳しく教えてください」
月緋さんに言うと、なんだか難しそうな表情を見せた。
「盗み聞いた立場から言うのもあれなんだけど、漏洩、とかになるかもしんないから言えない」
バレなきゃセーフみたいな精神は彼にはないらしい。いかにも言いたそうな口をしてるのに、その口をとんがらせてだんまりを決め込む。表情豊かだな。
「じゃあ協力できないですね」
突き放したような言い方をしてしまったが、実際少し残念だった。すると、月緋さんは待って、と言うように少し前のめりになった。
「これならいいんじゃない?」
「何ですか?」
「例えば、の話」
そうか。それなら事実は言ってない、と言える。いや結構ギリギリだけど、バレたらアウト、の確率が低くなるからいいのか。頷くと、月緋さんは口を開いた。