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32.やんごとなき

 再びエレベーターに乗り、葉賀さんに案内されてロビーに戻る。そこには土田さんが立って待っていた。


「お待たせしました」


 葉賀さんがそう言うと、土田さんは「構いませんよ」とにこにこ微笑む。「ついてきてください」と客室とは反対方向に進む。たしか宴会場とかがある方だ。私たちもついて行く。


「土田さんは何してたの?」


 太陽さんが尋ねると、土田さんは歩きながら「重丸様と少しお話をしておりました」と言った。一度合流したらしい。


 別のエレベーターに乗り、また下りる。途中で宴会場の前を通ったが、中には入らず、代わりに従業員用のバックヤードに入る。


 しばらく進んでいくと、土田さんはドアの前で止まり、ノックをして開けた。休憩室、ではないようだ。中を覗くと、要人との密会に使われるような、洗練されていて高価な家具が置いてあった。


 土田さんは促され、中に入る。ソファーに座っているのは、落ち着いた格好の老夫婦に若夫婦。そして、小さな女の子が二人。ひとりは母親の腿の上で座っている。もう一人は父親と手を繋ぎ立っている。全員の姿勢で、品のある方々だと分かる。


「重丸様、お連れしました」


「ご苦労」


 ふくよかな体型に白髪の多いセットされた髪。「狸」と苗字にあるが、だいぶイメージに近い。狸坂重丸は立ち上がり、私たちを笑顔で出迎えた。


「遠いとこからほんまにありがとうございます。さあさあ、どんどん座ってください」


 土田さんとは違いがっつりした京都弁。私たちは葉賀さんを筆頭に向かいのソファーに座った。ソファーって5、6人でも座れるものあるんだ、と静かに動揺してしまう。


「この度はありがとうございます」


「えらい、頼んだのは僕の方どす」


 葉賀さんの挨拶に頭を下げる重丸さん。続いてご家族もお辞儀をする。


 恰幅のいい重丸さんはもっと豪快な人だと思っていたけど、初対面ではそうでもないようだ。と思ったのもつかの間、「うちの嫁はんや」と着物に身を包んだ女性を自慢げに紹介する。白髪を染めずに活かして、後ろで綺麗にまとめられている。そして柔らかく微笑んだ。


「ふきどす。よろしゅうね」


 奥さんの名前はふきさん。すると、孫ふたりの方を右手で丁寧に示した。


「今日は顔合わせいうことやけど、顔と名前はすぐ分かるやろし、燐呼や藍呼(らんこ)と仲良うしてな」


 二人しておそろいのワンピース。くるくるした髪を二人ともツインテールにしている。もし会うのがもっと大人になってからだったら、双子と見間違えそうだ。くりっとした燐呼ちゃんの目が初めましての私たちを捉える。そして高い声で一言。


「だれや!!」


 藍呼ちゃんは深由さんの膝の上に座りながら大人しくしている。「こら燐呼」と重丸さんの息子さん、重虎さんが燐呼ちゃんをたしなめる。


「燐呼がすいません。私は重虎と申します。そしてこちらが」


 重虎さんは深由さんの方を向く。イントネーションは重丸さんより強くはないようだが、それでもなんだろう、京都っぽさが溢れてくるというか。深由さんは座った状態でお辞儀をした。


「深由です。今日は皆さんお忙しい中、他県からわざわざありがとうございます」


 あれ、深由さんは全く訛りがない。お嬢様だとは知っていたけど、もしかして他の県から嫁いで来た感じだろうか。おしとやかで美しいけど、気がかりなのが数字。2d。青い色だ。ところどころ紫色なのが引っかかるが、ここから確実に言えることは一つ。


 深由さんの願いは、誰かを悲しませることになる。


 一方、重丸さんにふきさん、重虎さんはみんな同じ数字、1d。明日は深由さんの誕生日パーティーだ。それだけ愛されているということなのだろう。当日でないというのが申し訳ない。


 燐呼ちゃんや藍呼ちゃんの頭上には数字がない。小学生にもならない子供には案外よくあることで、常に望みがある訳じゃないとか、一つの望みに執着がないとか、そういう理由だと思っている。その点、夕璃は年を考えればおかしい。例外である。


 狸坂家の挨拶が終わったところで、今度は私たち、警察チームの番だ。


「こちらこそ、この度は深由さんのお誕生日会に()()()()()()()()ありがとうございます。私は西岡署の葉賀と申します」


「同じく松です。この度はありがとうございます」


 葉賀さんと松さんが順番に挨拶し、重丸さんに名刺を渡す。葉賀さんが言っていたけど、私たち4人分の宿泊費諸々は全て狸坂家がもってくれるそうだ。「招待」の名目なら警察の方も問題なく来れるのだろうか。相手持ちの出張って、なんだか面白い。


 快く名刺を受け取って貰ったところで、葉賀さんが右側にいる私たちを手で示した。


「こちらが例の二人です」


「佐野月緋です」


「糸端泉璃です」


 順番に名乗ると、重丸さんが「佐野はんに糸端はんね、よろしゅう」とにこやかに手を差し出してきたので戸惑いつつも順に握手をする。葉賀さんが続いて「教授の教え子です」と太陽さんを紹介する。


「恩田太陽です。僕は教授の代わりに明日の誕生日会に参加することになっています」


 出会ってから初めて見る丁寧さについ太陽さんの方を見てしまう。「よろしゅう」と同じように握手をした。すると、重丸さんはそうそう、と思い出したかのように「明日のことやけど」と月緋さんと私を見た。


「佐野さんたちにも『設定』を守ってもらわんとあかんねん。繋がりのない人を招待するんは怪しまれるさかい」


 なるほど。太陽さんは教授の代わりに出席するけど、私たちはどういう立ち位置で参加するべきか、ということだろう。


「今、僕が考えてるんはな、佐野はんが誰かの代理で来て、警察のおふたりは付き添いで、糸端はんはガールフレンドって感じやったんやけど」


 カップルいじりをされている私からするとだいぶ不本意だが、それが自然だろう、しぶしぶ納得しつつも、重丸さんは続けた。


「糸端はんを見ると、華里奈(かりな)の友だちってのもええかもしれんな。身長も同じくらいやろし、うん、ちょうどええ」


 カリナ?誰のことだろうと思っていると、深由さんが教えてくれる。


「私の妹です。高校3年生なので、同級生といってもよろしいかと思います」


「明日会うことになってるさかい、その時華里奈にも伝えまひょ」


 ふきさんもそう言うのでとりあえずその設定らしい。


 重丸さんに他に質問はないかと聞かれ、月緋さんが手を挙げる。


「僕たちが事件のために来たってご存知なのは皆さん以外にいらっしゃるんですか?」


 月緋さんもちゃんとした方の敬語を使う。使えないとは思っていなかったけど、新鮮だ。重丸さんは快く答えてくれる。


「孤里の社長、勘一郎と狗井(いぬい)教授だけやな。二人には口止めしてあるし、明日は華里奈はもちろん、僕の弟も来るけど誰にも言うてへん。華里奈には、まあ、何とかするわ」


「分かりました」


 太陽さんの教授は狗井さんって言うのか。それにしても、実の兄弟にも話さないなんて、徹底している。カリナさんには言った方がいいんじゃないだろうか。言うほどでもない疑問なので黙っていると、「僕もいいですか?」と太陽さんが右手を挙げる。


「そこまでするのは、身内に犯人がいるからですか?」


 本人たちの前以外では何度か話したことを、太陽さんは言った。狸坂家が事件解決を望んでいるのも、燐呼ちゃんが外に出たがらないことだけが理由じゃないのは明白だ。


 重虎さんの顔が曇る。藍呼ちゃんは上を向いて父親の顔を見ると、ぐるっと半回転して母親の胸に顔を寄せた。重丸さんが黙っているからか、重虎さんが口を開く。


「憶測ですけど。僕はそう思うてます」


 気まずい沈黙が流れる。太陽さんは「そうですか」と言ったまま何もしない。せめて会話を持たせてほしい。すると、さっきまで私たちをじっと見つめていた燐呼ちゃんが重虎さんの方を向いた。


「たんていさんなん?」


「そうや」


「おもうてたのと、ちがう」


 たしかに、私たちが呼ばれたのは燐呼ちゃんが安心するためでもあり、燐呼ちゃんからしたら探偵なのかもしれないけど。思っていたのとは?


「どっちがわとそん?」


 わとそん。4歳なのに物知りだなあ、と侮ってはいけない。親に読み聞かせしてもらったり、テレビで観たり、と色々方法はある。


 どちらかといえば私なんだろうけど、名乗り出る訳にはいかない。さらっと重虎さんが私たちを探偵と認めたことについても、私と月緋さんは顔を合わせるしかなかった。葉賀さんはそれを察してか、「まだ決めてないそうです」と燐呼ちゃん向けに返答してから、重虎さんに顔を向ける。


「ご存知だとは思いますが、探偵と呼べるような二人ではないんです。恩田さんの知り合い、と言うだけで二人とも学生、特に糸端さんは未成年です。犯人に見当がついているとはいえ、正直、警察も手こずっている事件を解決できるとは思えません」


 ごもっともだ。私だって、なんで今ここにいるのかよく分からない。数字を見れば一目瞭然だが、能力者が二人いても判断材料に欠けることだってありうる。そもそも、能力は一般に知られてるものじゃない。葉賀さんに「能力で解決してました」と言ったところで、信じてもらう材料はどこにもない。反論する余地がないからこそ、月緋さんはもちろん、松さんだって何も言えない。


 すると、重虎さんは重丸さんの方を見た。重丸さんは「分かってます」と小さく笑った。


「か言うて、犯人見つからへんかったら宿泊代を請求するわけやあらしまへんし、そもそもわしは解決できひんなんて思てまへん」


 少し冗談を交えつつ、優しい瞳は私たちを捉えていた。


 たまに、この人は別の能力があるんじゃないかと思う時がある。例えば、予知能力。ただ物事に対する確信の度合いが強いだけなのかもしれないけど、それに似たものを重丸さんから感じた。


「僕もそう思います」


 太陽さんも頷く。「だから教授に紹介したんだ」とも付け加えた。


 葉賀さんはそれを聞くとこちらを向き、「……責任を忘れないでください。私からはそれだけです」と言い、また正面に向き直った。私たちは小さく返事をした。


 するとふきさんは、「そやけど、便宜上今回は探偵さんちゅうことで扱うてもええやろか」と頬に手を当てる。葉賀さんは「問題ありません」と答えるのでここでは「探偵」と呼ばれることになる。


 おおきに、と微笑むふきさん。パーティーについてはこの方が主導権を握るようだ。


 すると、深由さんと重虎さんが立ち上がる。「急ですんません。僕らはこれで……」と言い残し、子供を連れてそそくさと出ていってしまう。燐呼ちゃんが一度振り返り、「たんていさん、また後で」と事情を知らないまま丁寧に挨拶をした。


 扉が閉まると、雰囲気が変わる。失礼だけど、この老夫婦、狸を苗字に持つだけはある、ということがすぐに分かった。


「探偵さんがた、明日のパーティーでして欲しいことは挨拶まわりどす。顔見知りになって、次会う約束をするほど仲良うなって欲しい」


 ふきさんは優しげに話すが、つまりはこうだ。


 私たち二人は、囮になる、というより、私を囮にする。私たちは他県の一般市民で、明日のパーティーで素性を知る人は誰もいない。私と同世代の女を狙う殺人鬼にとっては、私は最も狙いやすいだろう。


 物騒な話になるから、重虎さんたちは先に娘を連れて出たのだ。移動中に月緋さんが暗くなったのは私の数字が変わっていないから、私が未来に叶える願望が叶えられないと勘違いしたからだった。そう思っていたけど、一瞬でも、私の「基本の数字」がズレた時があったのかもしれない。


 私は初めから犯人に狙われる未来があったんじゃない。この人達が今、作り出しているのだ。


 私はそっと月緋さんを見る。月緋さんも気がついたのか、私の数字を確認していた。握っている拳の力が強くなっていく。先に動いたのは月緋さんだ。


 月緋さんは怒っていた。


「……泉璃を囮にするってことっすよね」


 せっかく繕った敬語が崩れていく。


「犯人が身内にいるってのは分かってんだ。だから泉璃を使って炙り出す、そういう計画でしょう?」


「いやあ、まさか。私ら、糸端はんが女の子やなんて、今日知ったんどすえ」


 ふきさんは顔色を変えず言ってのける。重丸さんが何も言わないあたり、提案したのはふきさんなんだろう。


「仮に俺らが男二人で来てたとして。その時は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んすか?」


 狸坂家の親戚には同じような年頃の女の子がいる。カリナさんだ。月緋さんは目の前のテーブルに手を置き前のめりになる。


 そこまで言ってもふきさんの表情は何一つ変わらない。「そこまでにしとき」と重丸さんがなぜかふきさんに言う。土田さんは二人の後ろでただにこやかに控えている。少し異様だが気にできない。葉賀さんは「何言ってんの」と突き刺す勢いで月緋さんを睨みつけていた。


「そのための、佐野はんやろ?」


 平然と言ってのけるふきさんに、あちゃー、と重丸さんが顔を覆う。さすがに。


「それはちょっと」


 失礼じゃないか。私は立ち上がり反論する。金持ちとか関係ない。どういうつもりで言っているんだ。


「やりすぎやって」


 ガチャっと扉が開いて重虎さんがそう言った瞬間、ふきさんは、はははと大きな口を開けて笑いだした。


「冗談や。怒らしてかんにんえ」


 私たちは後ろを見て固まる。なんと、ただのお金持ちの遊びだったらしい。若夫婦も、燐呼ちゃんたちも戻ってくる。元の位置に座ると、ふきさんがふふふと頬に手を当てた。


「もし探偵さんたちがよそよそしかったら、いっぺん怒らして本音を言わせようてな、話したんどす」


 ごめんなさい、と重虎さんが謝る。月緋さんが眉をひそめるが、「なんだよ」とドカッと座り直した。私も静かに座る。太陽さんだけが「あーびっくりした」と首を回した。それびっくりした人は言わない。


「ちゅうわけで、本音で話しとくれやす。燐呼や藍呼にも、友達のように接しとくれやす。わしらにも、周りの大人に話すようにやっとくれやす。その方が明日も紛れやすい思う」


 重丸さんがそう言うので、私たちは「はあ」と曖昧な返事をするしかない。


「ただ、挨拶まわりはお願いしたいです。仲良くする必要はありません。人の誕生日会といっても、物騒な話をする人はいます。人の中に紛れて、それらを聞いてきてほしいのです」


 深由さんが言った。自分の誕生日会が日程を調整してまで利用されるのだ。それには応える義務がある。


「分かりました」


 私たちが頷くと、思い出したかのように重丸さんが「そういうたら、警察のおふたりはホテルの従業員のフリをしてほしいんどす」と葉賀さんたちに向き直った。葉賀さんよりもはやく松さんが反応した。


「すみません、潜入調査となれば少しこちらの警察の方と話をする必要があるんです」


 警察にはなにか決まりがあるようだ。重丸さんは「そか、ならまた連絡する場を設けまひょ」と答えた。


 ある程度話がまとまったところで、土田さんが「そろそろ……」と重丸さんに話しかける。


 こうして、顔合わせはお開きとなった。

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