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30.ふたたびの移動と

「泉璃ちゃんって、親に連絡とかしなくていいの?」


 突然太陽さんが話を振ってきた。特に気にもしていなかったので私は正直に答える。


「した方がいいんですかね?」


「しといた方がいいんじゃね」


 ママはそういうの無頓着だから、そういうもんだと言われると少し驚いてしまう。メールでも打つべきかと迷った結果、動画を添付することにした。早速スマホを外カメにして撮影ボタンを押す。窓にカメラを向けるも、何を言えばいいか分からず言葉につまる。


「ええーと、京都に着きました」


 後部座席から月緋さんの頭と太陽さんの頭を映しておく。すると、月緋さんは「ちょっと貸して」と手を伸ばしてきた。顔を映すべきかと思い、スマホを渡す。


「月緋です。運転してんのは幼なじみの太陽。後ろに泉璃が乗ってます」


 順番にスマホを向け、太陽はちらっと月緋さんの方を向き、にかっと笑う。私も何となく手を振ってみる。月緋さんは前方を映すと、説明を続けた。


「前の車に松さんたちが乗ってます、今から孤里グループのホテルに行きまーす」


 そういや、あまり詳しく説明してなかった。孤里グループのホテルなんていち高校生が行ける場所ではない。事件のことは言えないし、どう言えばいいだろうか。


「代金はあっちがもってくれるらしいよー、泉璃ちゃんって友人関係どうなってんすかー」


 太陽さんが金銭面の不安を消して別の不安を増やしていく。


「松さんの伝手ってことでー、以上月緋でしたー」


 そう言うと月緋さんは動画を止めた。私にスマホを返してくれる。


「手慣れてますね」


「泉璃が下手くそなんよ」


 「JKって動画慣れてないの?」と太陽さんは言うが、友人関係からしてダンスを踊ったり日常を撮りたいという人はあまりいない。希葵ならまあありえるけど、あんまり見ない。私は正直に答えて動画をママに送る。既読はつかない。


「俺らはけっこう撮ったよねー、青春青春」


 太陽さんはノリノリで運転を続ける。「卒業のとき太陽がショートムービーにしてくれたっけ」と月緋さんは懐かしそうに微笑む。話に聞くと、高校まで一緒だったらしい。私にはそんな幼なじみはいないので少しうらやましい。


 話を聞きながら、さっきの月緋さんの事件について調べてみる。私の地元近くで、かつ月緋さんが小さい頃。検索すればすぐにでてきた。10年以上前のニュースや3年ほど前で投稿された犯人の現在について。そして半年前のニュースも出てくる。


 調べれば簡単だった。月緋さんが当時あのように行動しなければならなかった理由、そして、解決した事件にはみんな興味がないこと。後で月緋さんに話そう、と私はポケットにスマホをしまった。


 太陽さんが土田さんの車を追いかけて運転すること30分。大きなリゾートホテルの門をくぐった。警備員が二人ついていて、土田さんの車はそこでしばらく止まった後、また走り出した。太陽さんも止められたが、警備員が持ってるタブレットと太陽さんの顔を数回見ると中に入るように言われた。「俺写真撮られた覚えないけどねー」と太陽さんが窓を閉めながら笑った。


 中に入ってすぐに見える「KOZATO」と書かれている大きな建物は、暗い色をしていてシックにきめている。4階ほどで、横に広い。パーティー会場もここだと言うので、宴会場もあるのだろう。駐車場の周りには緑の茂った木が多く生えていた。ホテルの周りも森に囲まれている。駅から距離があるものの、バスは定期的に通っているので近くの商店街巡りや歴史的街並みを楽しむにはいいらしい。それでも、利用する人は芸能人や政治家といったお金持ちに限る。ほんとに、なんで私達がここにいるのか不思議だ。土田さんは屋根のついたエントランスまで車を運んでいるが、太陽さんは空いていた駐車場に車を停めた。


「土田さんとこついてってよー」


「軽はそんな洒落たことできないんよ」


 月緋さんが言うと、太陽さんはにかっと笑う。「いい車乗りたいとかないんだ?」と月緋さんは運転席を向くと、「乗れればいいのさ」とキザに言う太陽さん。


「ツキだってそうでしょ?」


「まあね」


「泉璃ちゃんはいい車乗ってる男の方が好き?」


「チャリでも大歓迎です」


 そう冗談を言い合いながら車から降りる。「今時のJKってこんなに会話軽いんだね」とあたかもJK代表と話しているような反応をする太陽さんに「会話のテンポが合うんじゃね」と月緋さんは返事をする。


 月緋さんがスーツケースを二つ下ろしてくれる。エントランスに3人で向かうと、松さんたちは待っててくれた。土田さんはどうやら車を停めに行ったらしい。


「先にチェックインしててほしいって。4時に顔合わせするらしいから、それまで休憩しようか」


 松さんがそう言うので私たちもそれに従う。「糸端さんのは私がしますね」と葉賀さんが言ってくれたので、ありがたくお任せする。ロビーに入ると、松さんと葉賀さん、そして二人に呼ばれたいい大人である月緋さんがチェックインをしにフロントへ向かった。残された私と太陽さんはすっと目を合わせると、太陽さんはにかっと笑った。纏う雰囲気は同じなのに、太陽さんの方が月緋さんよりも明るい。能力の有無だろうか。


「太陽さんはチェックインしないんですか?」


 そもそもどこまでついてくるんだろうか。太陽さんは「俺もうしてるんだよね」と腰に両手を当てる。


「お金ぶっ飛びませんか?」


「ぶっ飛びかけたけど、半分教授が出してくれる」


 そういえば、太陽さんの大学の教授の友人、という伝手で今回京都まで来てるんだっけ。その教授は泊まる予定はないそうなので、いささか不憫だ。


「俺は二人と違ってパーティーの後1泊だけして帰るんだけど。2泊って半分でも相当するんだよねー」


「深由さんのパーティーにも参加するんですか?」


「教授の代理ね」


 そういうことならフェア……、うんフェアか。というか、その教授まで招待されるって、どんだけ大規模なんだろう。


「俺も事件関係者だから、って理由もあるけど」


 さっきより少し冷えた声に思わず太陽さんの方を向いてしまう。一瞬犯人かと思ったけど、あいにく月緋さんと再会してからこの人の頭上はずっっっとキラキラした0を浮かばせている。犯人ではない。


「概要は知ってるんですね?」


「まあね、重丸さんからは代理として色んな人に挨拶しとけって言われてるよ」


 つまりダイレクトに犯人と接触するきっかけを作れという指示。「大変だなー」と太陽さんはいつもの声調子であくびをする。「教授も謝礼もらってるっぽいし、俺にも内定くらいくれてほしいよ」と、大学2年生というのにもうそんな話をしている。


「ていうか泉璃ちゃんってさ、行動力あるよね」


 突然私の話になりつい驚いてしまう。


「そう見えますか?」


「普通事件であった人と京都まで来ないでしょー、それに」


 太陽さんは月緋さんの方を指さす。


「殺人未遂止めようとしたって聞いたよ」


 月緋さんは私と会った経緯を太陽さんに説明しているらしい。


 「なんかツキに似てるー」


 似てると思ったことなんてなかったから「え」と声に出してしまう。どちらかといえば太陽さんの方が正反対のようで実は似てる、なんて気がする。


「ほんとはあれ以外にもたくさんあるんだよ、ツキが犯罪止める系の。話そうとすると嫌がるんだけどさ」


 さっきも言っていたけど、自分に恨みが向かうのが嫌なんだろう。私だってそうだ。学校であった殺人未遂、あの女の人も勘違いで私に敵意を向けた。月緋さんは自分の善悪で人の願いが分かる分、黒いものには注目しやすい。それを解決しようと行動してきたと考えれば、月緋さんにとってそれは日常なんだろう。きっと、学校に入っちゃったのもその延長だ。


 そして、当たり前はあまり誇れない。


「武勇伝にしては誇りにくいんじゃないですかね。犯人が月緋さんを恨むかもしれませんし」


 「そりゃそうなんだけど」と、太陽さんは難しい顔をしている。


「かっこいいなって、いっつも思ってるんだよ、俺」


 私は静かに、「……そうですね」としか言えなかった。仮に能力が見えて、それを行動に移すことができるのは全員じゃない。それは私も、そう思う。


「何話してんの」


 チェックインを終えた月緋さんがカードキーを持ってやって来る。「ないしょー」と太陽さんは離れるが、おそらく一生言わないだろう。月緋さんは「変なこと言ってないだろうな」と睨みつけているが、「あんまり言われてないですよ」と私が言っておく。「あんまりってどーゆーことよ」とごろごろスーツケースを押して月緋さんはエレベーターに向かった。


 私も葉賀さんからカードキーを貰って月緋さんについて行く。


「一人一部屋なんですね」


 隣にいる葉賀さんに言うと、「私も驚きましたよ」と頷いた。夏休みとはいえまだ平日だからか、子供連れなどは見当たらない。スーツを着た偉い役職っぽい人やお金持ちそうな老夫婦が歩いている。俳優っぽい人もいた気がするけど、見間違いだっただろうか。


 エレベーターに5人乗って、3階のボタンを押す。ドアが閉まり、上がっていく。


「一度荷物を置いて休憩したら松の部屋に集まりましょう。事件についてお話があります」


 さっきよりも冷たい声質で葉賀さんが言った。松さんだけが「僕の部屋っすか?」と自分のことを指でさすなか、3階で扉が開く。他3人は適当に返事をして部屋へ向かった。


 私と月緋さんの部屋は隣、エレベーターのT字路を右側に曲がるとすぐにある。向かいは葉賀さんの部屋、その隣に松さん、という並びだ。太陽さんの部屋は少し離れているようで、「んじゃまた後でー」とT字路を左側に進んで挨拶していた。


 私はカードキーで部屋を開けると、一人分にしては広い洋室が目に入った。隣のドアからも「すげー」と声が聞こえる。


 ベッドは大の字に寝てもギリギリはみでないほど広い。お風呂とトイレはひとつの部屋になっている。窓際には向かい合って座れるふかっとした椅子が2脚。その近くには小さな冷蔵庫もあるようだ。全体的に暗めのトーンでまとめられ、なんだろう、すごい高級そう。


 ベッドの近くでスーツケースを開く。休憩もしていいということなのでベッドに座り、そのまま背中から倒れ込んでみる。こんな高いホテル、次いつ泊まれるか分からない。両手を広げて目を閉じて堪能していると、外からノックされた。


「どうぞー」


 一応起き上がってみる。お風呂とトイレの部屋のせいで直接は見えないけど、靴箱の向かいにある鏡越しにドアを開けてやって来る金髪が見えた。


「どうしたんですか?」


 顔を合わせて何用か聞いてみると、月緋さんはえらく真面目な顔をした。


「この後っていうか、顔合わせとか明日の誕生日会のことなんだけど」


 そのことか、と私は姿勢を改める。


「俺らは数字で分かる。けど犯人が分かっても絶対ひとりで突っ走んないようにしよう、互いに」


「分かってますよ」


 今回は今までと違う。薊くんのときみたいに殺意が無いわけじゃない。実際人がいなくなっている。そして、あの殺人未遂と違って既に起きた事件の犯人を探す。私達の能力が使えるか分からない。


「確認したいんですけど、これはもう事件なんですよね?」


 女子大生が意図的に姿をくらましている可能性もあったけど、腕と頭部が見つかった以上、ちゃんとした言葉で言えば遺体損壊、もしかしたら殺人までした人がいるかもしれない。改めてだけど、つまりは犯人にくくれる人がいるということ。月緋さんは静かに頷いた。


「月緋さんこそ、今回は突っ走れませんよ」


 勝手にどこかに入ったり、変装したりなんてできない。事件を解決するために、私達は常に大人の目の届くところにいる必要がある。そして何より、現行犯が不可能、というか起こしたくない。数字で犯人を見つけても、証拠集めが必要だ。


「分かってるよ」


 月緋さんはベッドに座ると、「あともうひとつ」と言って私の頭上を見る。


「俺らは探偵じゃない。無理すんな」


 つぶやくようにそう言うと立ち上がる。「連れてきてごめん」とも聞こえた。


「私が決めたことなんで」


 大丈夫です、とまでは言わなかった。言わなくてもよかった。代わりに、じゃあ、と言って帰ろうとする月緋さんを引き止める。


「さっきの話なんですけど」


 さっきがいつなのか分からない、というように首を傾げる月緋さんに、私は「太陽さんの言っていた、指名手配犯についてです」と補足した。好ましい話題でないことは顔を見てすぐに分かった。


「気になって調べただけです。なんで月緋さんが指名手配犯を縛らなきゃならなかったのか」


 月緋さんは再びベッドに腰掛ける。


「能力で黒く見えたんだよ。数字も1で危なそうだったし」


 やっぱり。単位をきくと覚えていないという。


「月緋さんも太陽さんも、その人のその後は調べてなかったんですね」


 指名手配犯は何の罪だったのか。松さんや葉賀さんは太陽さんのあの言葉を自然に流してしまっていた。


「どういうこと?」


「月緋さんが縛ったあの犯人は、連続幼児殺害の罪で指名手配されていました」


 ネットニュースを見て分かったことだ。月緋さんは目を見開き、はっと息をのんだ。


 月緋さんの見た数字はせいぜい「1時間」という意味だろう。太陽さんが言っていた「子どもには優しかった」というのも、手にかける前に遊ぼうというその人の良心か欲望だったのかもしれない。それを逆手に取られて結局捕まったわけだけど。


「俺ら、危なかったんだ」


「そうみたいです。ナイス英断でした」


 それなら語り継がれるほどの武勇伝だろう、と思ったけど、案外月緋さんの反応は鈍く、「今その人は?」と訊いてくる。心配になるのも分かる。私はスマホをスクロールして確認した。


「あくまでネットニュースの情報ですけど。3ヶ月前に刑務所の中で死んでます」


「すらっと言えんのすごいな」


 私はそのニュース記事をスマホで見せる。「あんまり現実味なくて。すみません」と謝っておいた。月緋さんはニュースを読み進める。


「自殺かあ。なんか、気が晴れない」


 月緋さんにとっては、自分が捕まえなければ、とでも思っているんだろうか。指名手配犯だった人だ、捕まえるに越したことはないのに。


「よく読んでください。末期のがんだそうですよ」


「ほんとだ」


 月緋さんは目線をスマホから私に移動させる。


「俺が太陽の話気にしてるって思ったんだ?」


「実際そうでしょう」


「まあね」


 月緋さんは立ち上がる。


「例えもう本人の耳に届かないとしても、俺は誇れない」


 何故だろう。酷い言い方をすれば、もう死んでいるのだから報復などありえないのに。


「ずるいから」


 様子のおかしい月緋さんは振り向いてそう言い、ドアノブに手をかける。


 それと同時に、ノックの音が聞こえ、ドアが開いた。


「糸端さん、そろそろ……」


 葉賀さんの声で私は急いでドアに向かった。状況的にまずい。案の定、葉賀さんは鋭い眼光を目の前の月緋さんに飛ばしていた。


「なんで佐野さんがここに?」


「葉賀さん、月緋さんは悪くないです」


 私はフォローを入れるが葉賀さんは般若の顔のまま「どんな用でいるんですか?」と月緋さんを問い詰める。答えられるはずもなく、月緋さんは「事件の、相談、的な?」としどろもどろに答える。幸にも不幸にも、葉賀さんの後ろから太陽さんが顔を覗かせた。


「ツキやっぱ泉璃ちゃんと付き合ってんじゃ」


「んなわけ」


 なわけあるか。


「ちょっと話してただけです。行きましょう」


 私は無理やり月緋さんと葉賀さんを外に出し、カードで鍵をかけた。

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