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28.移動

「……それ、どういうことすか」


「どうもこうも、言ったことが事実ですよ。今松は上に詳細を確認しています。狸坂家の方とも今回の件について調整する必要があります」


 葉賀さんはそう言うと、スマホを持って行ってしまった。


 尋ねた月緋さんは何も言えずに固まっている。


 私が思ってるより、月緋さんが思ってるよりずっと、この事件はひどいものだった。顔が発見されてるなら、人違いなんてありえない。


 行方不明だった人は、もうこの世にはいない。


 つまり、この失踪事件の犯人は、命を奪うことが目的だ。しかも特定の性別、特定の年代。


 私が、それに当てはまる。


 私は急に不安になって、固まる月緋さんの肩をゆすった。


「月緋さん月緋さん」


「え、ああ、なに泉璃」


 やっと気がついたのか月緋さんはこちらに顔を向ける。けど目は合わない。


 私の不安は、殺人鬼に対するものじゃない。挙動不審な月緋さんに対するものじゃない。


「京都、行きますよね?」


 月緋さんの両肩を掴んで放った言葉は、目の前のこの人は想像なんてしてなかっただろう。


「はあ?」


 周りに人がいるのにも関わらず、月緋さんは大きな声を出した。視線を感じ、私たちはすぐさま周りに謝る。


「泉璃まじで何言ってんの?」


「日頃から私はそう思ってますよ。で、行かないんですか?」


「俺は行けるけど。今の聞いてた?泉璃は行けない流れでしょ」


 小声でやり取りするが、月緋さんは声に出せない分のエネルギーを目力に使ってくる。


「早く解決しないと。バラバラになってるのに見つからないなんておかしいです。能力で見分けた方が絶対はやいですよ」


「それならますます俺だけでいいじゃん。泉璃は帰った方がいい」


 そう言われると何も言えない。けど。


「けど月緋さんだけで見つけ出せる可能性なんか高くないでしょう」


 そもそも、犯人は男子学生をターゲットとしない。仮に月緋さんの目の前に犯人が現れたとして、犯人はその願いを持っているだろうか。月緋さんは少し押されているようで、むっとした顔をする。


「それに、私と月緋さんでは数字の色の基準が違います。柚希先生の場合なら私は必要ありませんが、もし逆の場合ならまず能力の意味はないです」


「それは俺的には良くても受ける相手がやな思いするってこと?」


 そんなのある?と月緋さんは疑うが、世の中良かれと思って、なんてことは山ほどある。


「それは月緋さんの倫理観にもよりますけど」


 月緋さんは、月緋さん自身がその願いをどう感じるかで決まる。私は願いが叶った時、受け取る相手がどう感じるかで決まる。けど私のそれは、願う本人が誰かを傷つけたいと思う時だけだ。


「以前はああ言いましたが。私の色の基準は、基本は願う本人が叶った時どう感じるかなんです。今までの事件のように、叶った瞬間に相手が傷ついたり亡くなるような願いは、受け取る相手の感情が色に出てきます」


 上手く伝わったか不安だが月緋さんは一旦納得したみたいだ。


「つまりは願いが俺的にいいことだとしても手段がまずかったら泉璃には悪く見えるってことか」


 そうなりますね、と私はうなずいた。


「そのことも踏まえて、私は行くべきです」


「べきまではいかんでしょ」


 月緋さんに突っ込まれるが私の意思は変わらない。「どうしてそこまで危険につっこんでくのかね」とおどけた声で言ってくるあたり、さっきよりも本気で反対してる訳ではなさそうだ。


「行くってことでいいですね」


「次で下ろしても京都に来るんでしょ、それなら一緒に行った方が安全」


 どうやら私の踏ん張り勝ちのようだ。戻ってきた警察二人にも私が行くことを話す。葉賀さんはすごい苦そうな顔をしたが、松さんが月緋さんと同じようなことを言ったのでしぶしぶ承諾してくれた。


 しばらくして新幹線は金沢駅に到着する。ここから京都までは特急列車だそうだ。


「修学旅行と全く同じです」


「俺も」


 先ほどの新幹線とは打って変わって、私たちの間に重々しい空気は流れていない。思いのほかゆっくりはできないそうなので、お弁当を買って電車に乗る。葉賀さんたちはその間も電話とかなんやら慌ただしく動いている。何か手伝うべきか迷ったけど、私が着いてくる時点で手伝いなどないに等しいわけだからそっとしておくことにした。


「泉璃は最年少なんだから、こどもっぽく振る舞っとけば」


 お弁当を食べながら月緋さんはそういうので私はついて行くことだけに専念する。「俺より無駄に大人っぽく行動されても困るし」なんて言葉が続いたが無視した。


「ところで、こんな世間的な事件をどうして狸坂家が解決したがってるんでしょうか」


 京都全体から犯人を探し出すなんて、正直能力があっても難しい。しかも県外に移動してる可能性なんて全然あるわけで、いちお金持ちがどうにかするのにも限界がある。


「さあね、目星でもついてるんじゃね」


 月緋さんは私の頭上をちらっと見て言ってくる。さっきから数字を気にしているようだけど、楽観的に考えなくても月緋さんはこれについて考えすぎだ。


「私は死にませんよ」


 乗り換えの時に買ったペットボトルのお茶を一口飲む。噛み合わない会話に月緋さんは一瞬驚いたようだったが、自分の向けていた視線の先に気が付き「俺だってそう思いたいよ」とまた窓側を向いてしまった。警察の二人は松さんが苦手だという人参をめぐって小さく言い争いをしているため気がついてないようだ。


 変な空気にするつもりじゃなかったんだけどな。


 意外にも月緋さんの言葉を聞いてもなお、私は死に対する恐怖とか、そういうものを感じられない。特急列車内ではないと確信できるからかと思ったが、月緋さんがあまりにも心配を隠せてないからだと思う。心配されすぎて、どうにも自分が地元に帰って来られない想像が出来ないのだ。


 それともうひとつ、月緋さんが想像した-16y。考えるなと言ったはずなのにその数字は移動中徐々に回復し今は月緋さんの基本の時間、2hになっているのだ。少しずつ時間が変わったことから多分、ずっと考えてたであろう願いに違いない。


 要するに、月緋さんの数字上、私は常に2時間後の生存が約束されている。けど、月緋さんから見た私の数字は死を確定しているらしい。どういうことだろう、数字にもずれがあるのだろうか。


 いや、根本的に違う。


「私の数字、変なんじゃなくて、()()()()()()んですね」


 月緋さんの肩はピクッと反応するが、こちらを向かない。


「私が生きることを願っているはずなのに、ずっと-2dのままだから、そう思ってるんですね?」


 月緋さんにそう問いかけると、やっと目線をこちらに向けてくれた。


「泉璃のは特殊だから。過去に既に叶ってるってことは未来で叶う保証なんてないでしょ」


 やっぱり。


「月緋さんは、今の私の数字が表しているのはなんだと思ってますか?」


 月緋さんは当たり前のように「だから、」と言って口を閉ざした。口角の上がった私の顔を見て、違うと分かってくれたようだ。


 そんなの、死にたくないと願いながらする顔じゃないのだ。


 移動中の小さな謎を私は説明する。


「これは単純に私の『基本』です。色もポジティブなものだと思いますが」


「……泉璃の言う通りだけど」


 月緋さんは私の顔を凝視する。この状況で願いの出て来ないやつがいるか、とでも言いたげだ。


「月緋さんが心配してくれてるのはありがたいですけど、正直月緋さんの数字が無事を教えてくれてます」


 願いは私に関するものでは?と尋ねると、月緋さんは口を尖らせそっぽを向いてしまった。


「なーんだ」


 顔を見せずにほっとしたように言う月緋さんはしばらくしてぱっとこっちを向いた。


「じゃあなに願ってんの?」


 この状況で何も考えてないとかある?と月緋さんは見てくる。


「願いですか、うーん」


 生死はぶっちゃけ考えてないし、京都で絶対行きたいと思う場所もない。強いていえば、事件を解決して、被害に遭う人がいなくなってほしい。


 月緋さんは私の頭上をちらっと見た後、ふっと笑ってまた窓を向いてしまった。


「ちょ、なんで笑ったんですか」


「別にぃ」


 窓に向かってにやっとしているのだろう、余裕の出てきた月緋さんに、私はふんっとお弁当を食べる。


「なんにせよ、今は私の推理力が上でしたね」


 自慢げに言ってみる。「なんだ急に」とつーんと振る舞う月緋さんに「最年少らしく心配してくれてありがとうございまーす」と煽り散らかしていると、急に月緋さんの箸が伸び、私のお弁当の上にある蟹の身を二つ、彼の口の中に持っていってしまった。


「あああー!!」


「蟹もうまいな」


 お弁当代までも狸坂家が出してくれると松さんがお金を出してくれたので、蟹とか入った贅沢なものを買ってもらったのだ。私も負けじと大人げなく松さんに買ってもらった大人げない人のお肉が沢山入った弁当からお肉を二切れ食べる。


「あー何すんの泉璃ー」


「肉うま」


 前の席が暴れだしたのを不思議に思ったのか警察二人が前を覗いてくる。そして大抵、怒られるのはどちらか決まってる。松さんは葉賀さんの睨みを遮ってあげる代わりに月緋さんの肩に手を置いた。


「もう月緋くんさー、静かに食べようね」


「え俺だけなの?」


 納得いかないのかふざけてるのか、眉をあげて変顔をする月緋さんから、私は再び蟹を取られた。

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