26.いつもと違う
朝、時間通りに起きて、特に遅れるようなこともなく、私は月緋さん、松さんと葉賀さんの4人で新幹線を待っている。
「泉璃どうしたの」
警察二人が自販機に行ったのをいいことに、荷物を見てる月緋さんに、少し屈んでもらうよう手招きする。目線を合わせた月緋さんの耳に私は手を添える。
「なんで狸坂家が私たちに依頼した教えてください」
一応小声で話すと、かがんでいた月緋さんはすっと背を伸ばした。
「大丈夫だよ、松さんたちは分かってるから」
だから小声じゃなくていい、じゃなくて。
「私だけ知らないじゃないですか」
ていうか、そもそもなんで孤里家が私たちのことを知ってるのか。
「事件のことも何も教えてくれないなんて、秘密主義にも程がありますよ」
「話してないまま連れてきたんですか?」
いつの間に近づいたのか、地獄耳なのか。葉賀さんが隣に立って月緋さんに言った。そういえば、薊くんの件で松さんが私たちに勝手に捜査協力を依頼したとき、えらく怒っていた。葉賀さんのつり目が鋭く光ると、大して反省もしてなさそうな月緋さんは諦めたようにスーツケースに軽く腰かける。
「俺の幼なじみが今京都の大学行ってんだけど、その大学の教授が孤里のおじさんと仲がよくてー」
だいぶ遠いが繋がりがある限り、月緋さんがコンタクトを取ろうとすればできることだ。
「じゃあその幼なじみを伝手に孤里さんに接触したわけですか」
「いや俺は会ったことないよ」
会ったことない?どういうこと?
「幼なじみって言ったじゃん、やっぱり親同士も仲良くて、女の事件のことをちらっと親に話したら京都にまで飛んでっちゃったって感じ」
つまり、ニュースになったあの事件、私自身命の恩人である月緋さんを探すために新聞にも載せてもらったあの殺人未遂事件がきっかけだったそうだ。
月緋さんが言うには、その教授は孤里さんから「いい探偵を知らないか」という相談を持ちかけられたらしく、特に深く考えないで講義の際にちらっと話した。それを聞いた幼なじみは、危機回避能力が高い、という印象を小さい頃から受けていた月緋さんのことを事件のことと一緒に教授に伝えた。そして教授は孤里さんに月緋さんの話をする。
「で、孤里の相談が元々は狸坂の相談だったっていうことで、孤里家は狸坂家に話し、依頼が来たってこと」
「売り込んだって訳じゃなかったんですね、すみません」
私が謝ると、「あいつは売り込んでるから、半分そんな感じだよ」と頷いた。
対して葉賀さんは怒っている。
「本当に言ってなかったんですね。言わないままこの事件に巻き込もうだなんて、よく連れて行こうと思いましたね。この調子じゃ事件の概要も教えてないんでしょ」
低い声で話し続ける葉賀さんに、私は「はあ」と返事をすることしか出来ない。
「糸端さんも糸端さんです。なんでかって理由も知らないでほいほいついてくるなんてどうかしてます。いくら彼に信頼が置けるとはいえ、成人男性に誘われたらさすがに警戒するものでしょう」
私も私だ。けどもったいぶって興味を持たせたのは月緋さん。正直、連れてきたもん勝ちという部分はある。
「泉璃は好奇心に弱いんだよ。許してあげてください」
月緋さんが庇ってくれるが、前回よりも葉賀さんは怒っているようだ。
「いや、今回はさすがに連れて行けないです。糸端さん、今からでも私と帰りましょう」
急な展開に私は戸惑う。ね、という葉賀さんが心配しているのは分かる。けど、せっかく準備したのに?正直、シンプルに京都を楽しみに来ているのだ、しかも宿代交通費も狸坂さんが負担してくれるという。今更帰るなんて選択肢、ない。
「行きたいって決めたのは私です。そもそも、月緋さんは一度行くのやめようって言ってくれました。それでも今日来たのは私の意思です」
私もちゃんと説明する。が、葉賀さんは「佐野くんはわざと中途半端に情報を出しといて判断をあなたに委ねたんでしょう?そんな男は信頼しちゃいけない」と語気強めに否定。月緋さんはきゅっと口を結んだ。言い返す言葉などない。
「けど京都行きたいですし」
私の言葉に葉賀さんは首を振る。
「そんな軽い気持ちで行く用事じゃないです。どうして佐野くんが糸端さんを誘ったのか疑問に思うくらい」
葉賀さんが言うと、月緋さんは立ち上がり、私の前に手を出し、葉賀さんの圧を受け止めた。
「俺は泉璃の側を離れないって約束するんで。お願いします」
離れない、その言葉だけが重く聞こえた。事件は、私が思っているよりも深刻なようだ。
「月緋くーん、新幹線、もうすぐ来るよー」
良くも悪くも絶妙なタイミングで、大きな黒いかばんを肩にかけ4本のペットボトルを持った松さんがやって来た。それぞれ松さんからお茶をもらい、お礼を言う。松さんの言う通り、新幹線はゆっくり止まり、ドアが開いて人が降りてくる。
「乗るんですか?」
耳元で葉賀さんが訊いてくる。私はもちろん頷いた。
「解決したいので」
私の能力で誰かが助かるなら、なんだってしよう。
私たちが乗り込み、ドアが閉まる。新幹線が動き出した。狸坂さんは指定席を取ってくれているそうなので、松さんと葉賀さんは私たちの分のスーツケースを持って移動した。
「佐野くんは糸端さんにちゃんと説明してから来なさい」
他のお客さんがいる中で事件の話をする訳にはいかないからだろう。私と月緋さん、2人がドアの前に残される。他に誰もいない。目が合うと、月緋さんは目を見開き、そして壁におっかかってしゃがんだ。
「……やっぱ…………った」
「なんですか?」
「……いや」
葉賀さんに怒られたからだろうか、少しへこんでいるように見える。声も小さいし、何言ってるのかよく聞こえない。事件のことは話してくれるだろうけど、沈黙も待てないので私は能力の話をする。
「松さん、3週間でしたね。しかも明るい色でした」
あの雰囲気で口には出せなかったが、松さんの頭上は3w、しかもほわほわしたピンクだった。ここ最近、色が増している。
「松さんの奥さん、今妊娠してるんだってさ。予定だと9月上旬って言われた」
少し落ち着いた声で月緋さんは話す。「だからうきうきしてたんですね。おめでたいです」と私が言うと、「性別はあえて聞いてないらしい」と月緋さんは答えた。
私はその勢いで葉賀さんの数字にも触れる。
「葉賀さんは10週間でしたね。なにか知っていますか?」
「松さんほど仲良くないからなー、分かんない」
月緋さんは頭をかき、下を向いてしまった。体調不良か、元気がないのか、らしくない月緋さんに、私は目線を合わせる。
「どうかしましたか?」
「……巻き込んじゃった。願いがある人がいるのに」
それだけ言うと、月緋さんは顔を左右に振って黙った。いつもこんな感じじゃないのに。何を今更、と思いつつも励ましてしまう。
「月緋さん、大丈夫ですよ。私たちは事件を解決して、巻き込まれる人を無くすんです」
「泉璃のことも、巻き込んだ。ごめん」
顔をあげた月緋さんは、私と目は合わなかった。少し上、普通の人には見えないもの。
「私の数字、おかしいですか?」
いつもなら基準の-2dが出てるはず。月緋さんのおかげで知った私の数字だ。月緋さんは何も言わない。
「……事件のこと、教えてください」
私が改めて尋ねると、月緋さんは私と目を合わせる。そして、「……泉璃は、自分の数字、変えられる?」と呟くように言った。基本は能力者しか数字を操作できない。ただ、強い殺意のように、歯止めが効かない他人による感情で数字が変わることもある。それは稀だ。しかも、最初に会った事件のように、実行するほんの前でしか変わらない。「もちろんです」と答えると、月緋さんはようやく事件の概要を話し始めた。
「……今月から行方不明者が数人出ているらしい」
数人、か。先週、女子大生が一人行方が分からないというニュースを見た。私が知ってるのはそれだけ。
「数人って、何人ですか?」
「俺が聞いたところ3人」
そして、葉賀さんが懸念していた理由であろうことをそっと話した。
「被害者は全員、女子大生だ」




