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24.怪獣降臨

「……は?」


 薊くんの件が終わってから、松さんたちを交えて何回か話したりご飯を食べに行ったりしてたけど、なんで急に。月緋さんは「行かないの?」と言うように首を傾げる。


「京都ですか?なんで」


「それはおいおい」


 月緋さんは立ち上がり、黒いキャップをかぶる。この人がそう言う以上、私は説明の機会を待つしかない。


 電車のこともあるので、とりあえず月緋さんを日傘の中に入れて歩くことにした。


「俺持つよ」


 月緋さんが言うのでありがたく持ってもらう。なんだ、今日優しいな。


「暑くないですか?」


「別に。さっき来たとこだし」


 それ待ってた人が言うやつ。でも特に暑がる様子はない。不思議に思いつつも、私は気を取り直してまっすぐ前を見る。


「とりあえず私は帰ります。電車もちょうどいいので」


「じゃあ俺はついて行く」


 つい月緋さんを見るが、冗談ではなさそうなのでスルーする。


「なんで誘ったか聞きたいんでしょ」


 それはそうだ。かと言って、今話してくれてもいいのにとも思う。


「……学校にはどういった用件で?」


「泉璃を誘いに」


 即答する月緋さん。せめてもっと前もって言ってくれてもよくない?


「直前にも程があります。予定埋まってたらどうするつもりだったんですか?」


「その辺は問題ない」


 月緋さんはスマホのトーク画面を見せてくる。相手は、柚希。


「まさか、あの約束、まだ有効なんですか?」


「そうみたい。友達だしね」


 にかっと月緋さんは笑う。画面は、「糸端さん、例の日空いてるらしいよ」だとか、「終業式終わったよ」だとか、タメ口で仲良さそうに見えつつ、先生がこき使われていた。なるほど、終業式の終わりが分かっていたから、あんまり待たなかったってことか。


「……この例の日って何ですか?」


「あーね、明日のことだよ」


 思い出せば、化学の時間、先生は少し様子がおかしかった。私と琴子の会話に入って、下手したらあの穏やかなキャラが崩壊していたかもしれない。結局はいい方向に進んだものの、あれは結構ギャンブルだったと思う。


「もしかしてわざと先生に話させました?」


 私が言うと、「分かっちゃった?」と月緋さんはにやっとする。


「俺は予定聞いてって言っただけなんだけどなー」


 白々しく振る舞う月緋さん。「どんな風に聞いてきたの?」と言うのでありのまま話すと、「大胆だ」を面白そうに笑う。


「ていうか、普通に誘ってくださいよ」


「サプライズも大事でしょーよ」


 そんなことを言ってしばらく歩いていると駅に着いた。持ってもらっていた日傘を預かり、お礼を言う。改札を通ると、月緋さんもスマホをかざして通り抜ける。


「本当についてくるんですか?」


「京都行くなら家族に説明しなきゃ」


「行くって言ってませんけど?」


 だんだん月緋さんの行動に振り回されてる気がする。自販機でボトルジュースを買う月緋さんの背中に向かって言うと、月緋さんはジュースを取り出してこちらを向いた。


「泉璃は行くよ」


 根拠のないことを。私の呆れ顔を見たのか、月緋さんは一口飲んでからにやっと笑う。


「捜査の依頼だからね」


 私の耳がつい反応してしまった。パチッと月緋さんと目が合う。


 そうか、月緋さんはもう私の性格を分かっているんだ。分かっている上で、バディとして誘っている。


「……詳しく聞かせてください」


「へいへい」


 ほらやっぱり、と月緋さんはにやっとする。電車の案内放送が聞こえ、私たちは4番線のホームに向かう。


 前の事件を持ってきたときもそうだった。私の好奇心はこんな所で発揮される。


 列車に乗り込み、運良く空いていた席に並んで座る。周りに人がいるので、簡単に事件の詳細は聞けない。


「京都に行ったら何したい?」


「まだ行くって言ってませんよ」


「けど、じけ……」


 ん、まで言って月緋さんは黙る。


「泉璃、すんごい顔してるよ」


「静かにしてください」


 眉間に皺を寄せていたようだ。月緋さんは自分の眉間をトントンと指さし、「戻して」と言う。


「後でちゃんと詳しく聞くので」


 事件の話は今じゃない。私が月緋さんの方を見ると、月緋さんは口を尖らせたのも束の間、「じゃあ」といつものように笑う。


「京都の話。もし行くなら、どこ行きたい?」


 もし、と言っているけどこの人は私が誘いを断るとは微塵も思っていない。私も、微塵も想像できない。


「行くなら嵐山ですかね。定番ですけど、正直修学旅行で行ったきりなので」


「嵐山かー。俺もそれっきりかも」


 京都トークを繰り広げていると、あっという間に最寄り駅に到着した。私が列車を降りると、月緋さんもそれに続く。


「意外と近いね」


「自転車だと遠いんですよ」


 駅を出て、私は家に向かう。電車の中は冷房が効いていたからか、さっきよりも暑く感じる。日傘をさすと、また月緋さんが持ってくれた。


「泉璃この辺に住んでんだ」


 春休みに勉強していたカフェの前を通る。緑になっている木々は夏も姿を変えることはない。


「もうちょっと歩きますけどね」


 言う通り、やはり住宅街には20分ほどで到着する。あのさくらもちカラーに向かって進んでいくと、はしゃぎながら近づく小学生の女の子たちとすれ違った。


「さくらもちのおねえさん」


 呼ばれたので振り返る。トイプードルを飼っている子がその中にまじっていた。他の子たちは、「おねーさん」「さくらもち」と騒ぐ。月緋さんはただ一人、「さくらもち?」と小学生と私を交互に見る。


「こんにちは。もう夏休み?」


「おとといからだよ」


 女の子たちの数字はピンクや黄色で溢れかえっている。7月に誕生日があったこの子は、100個はあるだろう小さくて色とりどりな水風船が入ったバケツを持ち上げて私に言った。


「これたんじょうびにもらったの。これからこうえんであそぶ」


「ふうせんなげるの」


「たたかうー」


 ちっちゃい子たちは続くように言う。


「さくらもちのおねえさんもくる?」


 まさかの誘われてしまった。ちらっと月緋さんを見ると、「さくらもち」からついていけてないみたい。参加したい気持ちをぐっとこらえて、水風船を持つ女の子の頭を撫でる。


「ごめんね、私用事があるから行けないや。それ素敵な誕生日プレゼントだね」


「でしょー」


 私が断ると、女の子たちは「じゃあしかたないかー」と公園のある方に向かっていった。隣に立っていた月緋さんを話に出さなかったなーと不思議に思ったすぐ後、「あのきいろいひとだれだろうね」って後ろから声がしたのはたぶん気のせい。連れだと思われてなかったのかな。


 きいろいひと、こと月緋さんが「知り合い?」と聞いてきたので、「近所の子です」と答える。


 もう少し歩いて糸端家が見えた時、「さくらもちってそういうことね」と月緋さんは大きく頷いた。


「ほんとに家まで来ちゃいましたね」


「元々そのつもりだったし」


 なら最初からそう言ってよ。警戒する目を向けると、月緋さんは両手を広げて舌を出す。


「言ったじゃん。親御さんに説明しなきゃって。泉璃ひとりで説明できるの?」


「できるのって言われても……」


 実は、月緋さん関連の話はまだ一度も家族に話したことがない。もちろん、松さんのことも。学校であった事件系はニュースとかで知っているだろうけど、私がそれに関わっているなんて、微塵も思っていないだろう。


 小さな頃からそうだ。能力に関係する話は、自分だけが持つと分かってから誰にも話していない。親も夕璃も、幼い私が話していた能力のことは冗談だと思っている。


「……上がっていきますか?」


「俺が必要ってことね」


 いや、なんというか。


「月緋さんがいた方が説明がしやすいかと思って」


 私は正直に話す。私の家族が月緋さんのことを知らないと。聞いている月緋さんはありえない、というようにだんだん顔を歪めていった。


「そんなことある?せめて松さん、いや柚希あたりから話いかない?」


 反応は思った通りだった。


「やっぱりそうですよね。私以外から普通話がされますよね」


「俺は娘からも話される必要あると思うよ。知らん金髪と出歩かれてたら気が気じゃないでしょ」


 自分で言うのかそれ。


「今の高校生あんまり友人関係話しませんよ。というかやっぱり松さんは私の家に電話の1本くらい入れるべきですよね」


「そりゃまあそうなんだけど。みんなして事件関係者の親に話さないことなんてあるか?」


 月緋さんは怒っているように見えた。けど怒鳴ることもなく、また誰も悪くないがゆえにどう出るか模索しているようにも見えた。「俺は家族にちゃんと知っておいてほしい」。こうとも言われた。


「泉璃、なにしてんの?」


 玄関前で長く言い合っていたのも悪かった。いや、こんな暑い中画材買いに好奇心怪獣が外に出ていたのも悪かった。


 私たちの間を見るように、ルームクラッシャーであり、好奇心の権化であり、さくらもちと小学生から慕われる、あの怪獣が棒アイスを食べながらつっ立っていた。


「夕璃」


「ゆうり?」


「誰?」


 3人が交互に見ると、夕璃は気がついたのか間を通って玄関を開けた。入っていいよってことだろうか。らしくない気づかいに妹はびびる。


 すると夕璃は首だけ中に突っ込んで叫んだ。


「ママー、泉璃が彼氏連れてき」


 らしい報告に、私は夕璃の口をふさいだ。

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