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23.明日から

 朝早くから新幹線に乗るなんて、昨日の私なら思いもしなかった。


「泉璃はやくー」


 駅のホーム、エスカレーターの上から呼びかけてくる金髪は、にかっと笑う。


 今こうなっているのには理由がある。事の発端は、昨日にさかのぼる。






 薬品の一件から1ヶ月が経った。梅雨も終わり蒸し暑さが鬱陶しい。太陽はギラギラと、セミもミンミン鳴いている。


 今日は一学期最終日。明日から夏休みだ。


「時間あるけど今日はここまで。化学は宿題出すつもりないから、みなさん自分の学習頑張ってね」


 穏やかな笑みで柚希先生は教科書を閉じる。一学期最後の授業は化学だった。


「えーっと、余った時間は、そうだね、適当に駄弁ってていいよ」


 この人はあれ以来、怪しい動きを見せていない。別に監視しているつもりもなかったけど、それらしい話題はしていないことに少し違和感があった。


 教室内は椅子を引く音でざわざわとする。みんながそれぞれ友達のところに集まる。夏休みパワーなのか、頭上の数字は皆数週間しかない。しゃぼんはもちろん、ピンクな黄色、緑など、ポジティブな色でふわふわと浮かんでいる。私は斜め後ろの琴子の方を向く。


「琴子宿題終わらせるって言ってたけどどう?」


 琴子はこの前、夏休みに入るまでに宿題をやりきる、と豪語していた。


「いい感じ。あとは古文ちょこっとやったら終わり」


 どうやら終わる見込みがついているようだ。けっこう前に課題も一覧表が配られたけど、私はまだ手をつけていない。


「がちじゃん」


「がちだよ。旅行行くし」


「どこ?」


「韓国。推しのライブに行く」


「すごっ」


 まさかの海外。驚く私に、近づいてきたのは柚希先生だった。


「糸端さんは夏休みの予定ないの?」


 突然話しかけられて困惑しつつも、もう先生の裏の顔を知っている私は琴子のような嫌悪感はない。もちろん彼女はすごい形相で先生を睨みつけてる。角度的に、重ための前髪がガードしてるのか先生は気づかない。


「私が話してたんですけどー」


 鬼の目をする琴子。先生は「せっかくだから僕も入れてよ」と困った顔をしてみせる。多分、それは琴子には効かないと思う。むすっとした琴子は「いいですけど」と私の方を向いた。


「それで?泉璃はなんかあるの?」


「特にないかな。その日に行きたいとこ行くって感じ」


 好奇心一家だ。夕璃の買い物の付き添いくらいしかしない。


「なんか泉璃っぽい」


 褒め言葉かどうか分かんないけど、とりあえず「フットワーク軽いからね。家族全体」って言っとく。


「先生はなにかないんですか?」


 社交辞令で琴子が聞く。先生が嫌い、というよりは本性出せって気持ちの方が強いっぽい。つまり、今の先生は嫌いってことらしい。話を振られるとは思っていなかったのか、「僕かー」とちょっと考えてからにこっと微笑んだ。


「ここら辺の夏祭り行くかな」


「あー明日から。ありますね」


 珍しく琴子が大きく頷いた。ここら辺、って言っても輝高の最寄り駅の周辺で毎年開催される、大規模なお祭りのことだ。明日は花火大会、明後日から3日間は、道路が歩行者天国となって露店が立ち並ぶ。


「僕、花火好きなんだよね。毎年河川敷で見てるよ」


「えー意外。私も花火好きなんですよ」


 琴子が先生の話に食いついた。二人でお祭りの話で盛り上がるが、私は花火に思い入れもないので会話に適当に頷いておく。話はほとんど入ってこない。「ひとりで見るんですか?」「近くに弟が住んでいてね、二人で見に行くんだ」とか、二人の間でお祭り話が広がっていく。


「糸端さんは?」


 え?話聞いてなかった。聞き返すと、琴子が代わりに教えてくれる。


「泉璃は花火行かないのかって」


「……自分からは行かないですね」


 思い出す限り、友達に誘われたり、夕璃に引っ張り出されたりでしか行ってない気がする。歩いて渋滞が起こるような混雑した場所は、願望の数字の混雑もたびたび起きる。視界がごちゃっとして困るのも、理由の一つだ。


「えーじゃあ泉璃一緒に行こうよ」


 琴子に誘われ、頷こうとした瞬間、柚希先生は「あれ?」と口を挟んだ。


「金髪の()()と一緒に行くって噂聞いたんだけど、聞き間違いだったかな」


「え!!!」


 琴子が大きな声で驚く。あーもうこの人祭りの話のせいでテンション高くなっちゃってる。おかげで私の驚きが吹き飛んでしまった。


 そう、月緋さんからは何も言われてない。てか彼氏ってなんだ。一番関係を知っているのは先生でしょ。先生は恋バナする女子のように、手をグーにして顎にあてている。先生ふざけてますよね?


「じゃあだめかー。私露店の方はもう約束してる人がいるから、泉璃ごめんね」


「いいよ、誘われなきゃ行かないし。ていうかそれより」


「はい、じゃあもうすぐチャイム鳴るから席ついて。みんな、夏休み楽しんでね」


 教卓の前に立って、柚希先生は穏やかに微笑む。号令と共にチャイムが鳴り、先生は教室から出ていった。去り際にあのぱちっとした目がこっちに笑いかけてきたのは気のせいじゃない。


「琴子、違うの私誘われてないよ」


「またまた隠しちゃってー。私も彼氏と見に行こーっと」


 クールな皮がはげた琴子はノリノリでスマホをいじる。まるで希葵だ。


「え彼氏いたの?」


「最近出来た」


 そのミステリアスぶりはいつもの琴子なんだけどな。いやいやそうじゃなくて。


「ほんとーに誘われてないから!」


 琴子とどうしても花火が見たかった訳じゃない。現に今、彼女は彼氏を誘っているし。ただ、あのサイコパスの発言が嘘であることを言っておかなければ。


「そうなの?じゃあ先生の言ったことは嘘ってこと?」


 縦に首をがんがん振る。ついでに先生の本性の一つや二つ言ってやりたいけど、約束のこともあるので黙っておく。琴子は私を見てぽかんとし、そして納得したような顔を見せた。


「先生も嘘つくんだ。信頼できるな」


 どこでそうなった。


「前言ったじゃん、あの性格だと信用できないみたいなこと。けどちょっとずつ本性出してきたっていうか。花火好きって言ったのも本当だよね。表面の先生以外も見えてきたから、信頼できる」


 熱弁する琴子。つまりは、花火好きに嫌な人はいない、ってことで多分合ってる。


 へえ、と相槌を打つと、「次終業式だよ、はやくいこ」と筆箱と古文の道具を持って琴子が言う。この人内職する気だわ。とりあえずファイルで隠すように助言してから、私たちは体育館に向かった。


 今年の校長は話が長い。琴子の他にも勉強道具を持ってきた人は多く、揃いも揃って内職していた。生徒指導が見回り、端っこの列の人には声をかけている。私も持ってくればよかった。


 にしても、今日の柚希先生は危険を冒しすぎだ。キャラぶれとでも言うのだろうか。結果的に思いがけず琴子の持つ印象は良くなったんだけど。嘘をつく意味などあっただろうか。


 人が密集していて蒸し暑い。校長の話が終わると、あとはトントン拍子で終業式は終わった。大掃除ももう終わったし、あとは帰るだけだ。学期末はお昼に帰れるのが嬉しい。


 琴子と教室に戻り、担任が生ものを置いて帰らないように軽く注意をして教務室に戻っていく。それと同時に、希葵と詩保が教室にやってきた。


「みんな部活だっけ?」


「そーそー、ありえないよね終業式くらい帰らせてほしー」


 希葵が気だるげな声で机に突っ伏す。部活勢はお昼を食べるらしい。


「泉璃電車だいじょうぶ?」


 詩保に言われて時計を見る。


「余裕あるけど、お昼買うからもう行こうかな」


 私が言うと、詩保は「夏休み遊ぼーね」と少し伸びたボブをふわっとさせる。それを見た琴子は、思い出したかのようににいっと笑った。


「そうだ聞いてよ、柚希先生がさー」


「え、琴子が先生の話すんの珍しいじゃん!」


 琴子の話に希葵が食いつく。あ、これまずいやつだ。先生の話のついでに、月緋さんの噂も言われるかも。早いとこ帰ろうとすると、詩保が腕を掴む。


「泉璃聞いてきなよー」


「電車があるから!じゃ!」


 私は掴まれた腕を握手で誤魔化しつつ、廊下に飛び出した。


「泉璃帰っちゃった」


「そういえばまた校門にさー」


 琴子と詩保の声が聞こえてくるけど、気にしない。


 階段を降りて、下駄箱に向かう。蒸し暑いのはどこにいても変わらない。壁はひんやりしてるけど、いざ日向に出てみると直射日光が眩しい。リュックから日傘を取り出し、自分専用の影を作る。


 校門の方に陽炎が見える。門の片側には大きな木の影がかかっているけど、もう片方までは届いていない。


 校門をまたぐとき、木の影の中に座り込む金髪を見つけた。金髪。前も似たようなことあったな。


「何してるんですか?」


 月緋さんは私の顔を見るなり、立ち上がる。


「泉璃……」


「大丈夫ですか?」


 木陰といえど暑い。熱中症になってないか聞くと頷き、そして日傘を持ってない方の手を掴み、太陽の次に眩しい笑顔を見せた。


「明日から京都いこ」

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