14.帰り道
「どういうことですか」
私は耳を疑う。真っ黒?女と同じ?たしかに、ファミレスで聞いた話だと、月緋さんが見た女の人の色は私と違った。けど、女の人と柚希先生が同じ色って、どういうことなんだ。
「どういうことも何も、あいつの数字は真っ黒だった。何か、事件を起こしかねない」
頭の整理が追いつかない。私と月緋さんの色の表し方が違うのは何となく気づいていた。だけど、柚希先生はしゃぼんのような色だった。間違いない。こんなに真逆なことがあるか。
「ちょっと、考えさせてください」
詩保と行ったスイーツビュッフェを計画する時も、彼女の数字はしゃぼん色だった。このことから、しゃぼんは人を傷つける色じゃないって分かる。
「……詩保、校門で私が別れたあの子の色、見ましたか?」
「あのくせっ毛ボブの子?見たよ。絶対いい子でしょ、黄色く光ってた。どしたの急に」
やっぱり。月緋さんと私で見える色は異なるけど、いい子の区別はつく。じゃあ、なんで先生には差があるのか。バグ?そんなゲームみたいなことないだろ。
「泉璃大丈夫?」
全身が熱くなる。ぶわっと汗が吹き出すような感覚。取り乱していることが体に表れる。
「……大丈夫じゃ、ないかもです」
目の前が真っ白になる。ショックを受けていることを、体が教えてくれる。
「よし、どっか店入ろう」
ちょうどよく、目の前にカフェがあったので入る。月緋さんに肩を支えられ、席に座った。
貰った水をゆっくり飲む。視界が安定してくると、心配そうに顔を歪める月緋さんが目に入った。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
深呼吸をして、落ち着く。
「話を戻しましょう」
「いやあいつのことなら話さなくたって」
「月緋さんと共有しなきゃいけないことです」
まっすぐ月緋さんと目を合わせる。月緋さんは仕方なさそうに頷いた。
「大丈夫じゃなかった理由は、月緋さんと私の能力は、完全に同じでないということに気づいたからです」
「どういうこと?」
今度は月緋さんが首を傾げる番だ。
「詩保の数字は、私にはしゃぼん玉のように見えます。そして、女の人は血のように赤かった」
ここまで話すと、月緋さんは目を見開いた。
「俺と違う」
「そうです。あと、あの件の女の人は、数字から血のように雫が垂れて見えました。月緋さんはどうですか?」
「それは俺もそう。だけどなんで色だけ」
「分かりません」
だけど、共有して、互いに知っておくべきだと思う。
「……あいつの色は?」
目線だけこちらに寄せてくる。再び深呼吸をして、私は口を開いた。
「……しゃぼん色、です」
月緋さんは口を手で押さえた。「ありえない」と小さく呟き、細かく首を横に振る。
「吐きそう」
「吐かないでください」
月緋さんも水を飲み干し、珍しく取り乱していることがうかがえる。深呼吸の後、落ち着に取り戻し小さく頷いた。
「泉璃、よく倒れなかったね」
「倒れかけましたよ、けど今は元気です」
分かってくれる人に打ち明けると、不思議と気分が軽くなる。「ならよかった」と、月緋さんも笑ってくれた。
「でも、そうなると謎が増えたな」
ひとつはなぜ私たちで色が違うのか、そして、柚希先生の色が違う理由。
「そうですね」
「とりあえず、あいつには注意して。いつでも」
「分かってます」
よかった、いつもの調子を取り戻せたようだ。
「事件は私の方でもう少し調べてみます。何かあれば連絡するので」
「おっけい」
にんまりと月緋さんは口角を上げる。そして「あ」と間抜けな声を出した。
「木曜、高校に寄るから。何の日か分かってるよね」
何の日か。前に言っていた「暴れてもいい日」だ。いや暴れないし。
「なんの用ですか」
「正規ルートだよ」
人差し指を口に当て、にやっと笑う。嫌な予感しかしない。これ以上言ってくれないけど、どうせ重要なものじゃないんだろう。気にしてらんない。この人のすることは意味が分かんないから、せめて松さんとかに報連相がされていればいいのに。
「ああ!」
「どうした?」
自分でも大きな声を出したことに驚くけど、そこじゃない。せっかくチャンスがあったのに。
「松さんと連絡先交換したかった……」
「好きなの?」
「そうじゃないです」
机に突っ伏し、うなだれる。
「月緋さんより、警察の方が情報が速いはずなので」
知るのも伝えるのも、直接な方が互いに助かる。現在、事件についてメッセージを送ることができるのは月緋さんにだけだ。
「今から行く?」
「めんどくさいのでいいです」
本当に歩けばすぐ近くなんだけど、今更戻りたくもない。
「じゃあせっかく来たし、なんか奢ってあげる」
メニューを開き、鼻歌まじりでページをめくる月緋さん。まさか、わざと交換の機会をくれない?
「泉璃、目が怖い」
疑うのはよくない。睨むだけで我慢する。
「松さんのなんか要らんでしょ」
メニュー表から覗き、ウインクしてくる。わざとかよ。
私もメニュー表を開く。どでかいフルーツ盛り盛りパンケーキを注文し、来月の月緋さんのバイトのシフトを増やしてやった。それぞれ飲み物を注文し、到着を待つ。しばらくして、でかい皿に乗ったでかいデザートが、机の真ん中に置かれた。ご丁寧に、取り分け皿もついてきた。
「俺のバイト代……」
「奢るって言ったのはそっちです。半分あげます」
「全部食べるつもりないんかい」
「多いので」
いざ実物を見ると、写真よりずっと大きかった。お金のことを気にしているのか、月緋さんは自分用のデザートを頼まなかったので、私なりの謝罪でもある。
「うわめっちゃおいしそう」
さっきと違い、お金のことを忘れたように目を輝かせている。
「甘党ですか?」
「うん。超がつくほど」
私が頼んだのに、先にナイフを入れる。私も負けじと自分のお皿に盛り、ほおばる。
「知り合いいたら困っちゃうね」
「なんでですか?」
「だって、俺のこのポジション、まんま彼氏じゃん」
「意識してないので問題ないです」
ばさっと切り捨てるが、一応奢って貰う身なので補足する。
「見られたくないだけなので。悪い気はしないです」
ご馳走になってるこの状況も、嫌ではない。ただ、噂にされたくないだけだ。
「彼氏いるんだっけ」
「いませんけど??」
私が強く否定すると、ひひひと意地悪そうに笑う月緋さん。やっぱり高いパンケーキを選んでよかった。
でも、こうやって事件以外で関わるのもつまらなくはない、そう思った。




