11.あの子どんな子
火曜日の昼休み。チャイムが鳴った途端、詩保と希葵が教室にやってきた。
「ちょっと、昨日の話、聞こうじゃないか」
同じクラスの琴子も誘って空き教室へ移動する。
「なになに?」
理由の知らない琴子がきょろきょろする。私は見当がついていたので、黙って詩保の言葉を待つ。
「あの金髪イケメンは彼氏ですか?」
希葵にエアマイクを向けられ、私は言葉につまる。状況の分からない琴子に、詩保は説明している。
どうやら、詩保は私と別れた後に偶然振り返り、月緋さんに話しかけられる私を見たらしい。警戒心マックスのあの態度で、カップルな訳ないだろう。と言っても、不審者にナンパされたとか言ったらただただ月緋さんが不憫でならない。
「この前の事件で助けてくれた人で、その後もなんだかんだ交流があるっていうかー」
いやないけど。でも前半は事実だし、数日経てば後半のことも本当になる。盗難事件のことは言わない方が警察のためにも、私のためにもいい。
希葵は納得し、「あったねえそう言えば」とマイクを外してくれる。詩保は「恋が始まるって思ったのにぃ」と悔しがる。対して琴子は冷静に考察してきた。
「いや、まだこれからじゃない?」
3人の注目が彼女に集まる。
「運命的出会いから始まって、今は友情を育んでるんだよ」
熱弁する琴子。そしてなぜか納得する2人。いやそもそも本人の前で言うもんなのか。
「違うから!全然そういうのじゃないから!」
ちゃんと否定をする。しかし希葵は、鋭いところを突いてきた。
「でも事件でちょっと会っただけで、学校まで会いに来たりしますかねえ」
わざとらしく語尾を伸ばす希葵に再びマイクを向けられ、たじろぐ。たしかに、突然やってきた月緋さんはそういう方面で受け取られてもおかしくないが、実際、用があったのは松さん、警察だ。それすら明言できないのが悔しい。
「共通の、話題があって」
「やっぱ運命だわ」
苦し紛れの言い訳でも、何とか誤魔化せたらしい。ほっと一息ついて、お昼ご飯を食べ進める。
さすがに捜査だなんて言えない。しかも、今も絶賛協力中だ。
生徒が犯人、という前提でいけば、科学部や生物部の部員である可能性が高い。文系生徒にいるのは3人。理系は分からないけど、まずはこの3人を観察するべきだと思う。
「琴子、手どしたん」
希葵が大きな声を出す。琴子は手を見せながら、残念そうに顔を歪めた。
「昨日ハンドクリーム買ったんだけど合わなかった」
手は少し荒れていて、指の間は痒いらしく赤くなっている。
「琴子敏感肌だもんね」
「うん。泉璃いる?」
近くにいた私に、琴子はポケットから例のハンドクリームを取り出す。「いいの?」ときくと「使わないから」と、さっきの熱弁とはうって変わり、いつものミステリアスな調子で言ってくれた。
「ありがとう」
「合わなかったら他にあげていいよ」
「私も使うー」
「使うー」
詩保や希葵も手を出してくる。3人で馴染ませ、柑橘系の匂いを嗅ぐ。うん、いい匂い。
「あ、柚希先生」
琴子が廊下の方を見て言った。すると、他の2人も「まじか」と廊下に身を乗り出す。私も遅れて後ろから顔を出す。
柚希先生は理科の非常勤講師。目がぱっちりとした童顔で、黒髪ストレート。白衣も似合うし、穏やかで優しい性格。特に女子生徒から人気が高い。かっこいいと優しいに加え、非常勤というレアキャラだ。
琴子の手荒れも気になり、そっと顔を横目で見る。原因は違っても、薬品を誰かに危害を加えるために使われていた場合、誰が標的かも犯人特定のために重要になる。琴子が誰かに攻撃されている、なんて考えたくないけど。
「今日いたんだ」
柚希先生に目線を戻し、私が言うと、詩保は「リアクション薄くない?」と私の顔を凝視する。
「この子には彼氏がいるから、金髪派なんだよ」
「なんだ金髪派って」
月緋さんのことをまた思い出す。昨日連絡先を交換した後、スタンプを送りあってから何もしていない。まあ、手がかりが何もないから連絡先する必要もないんだけど。
「そう言えば柚希先生も敏感肌って言ってたよね?」
「そうなの?」
「友達から聞いた」
「あーゆいのちゃんね」
ゆいのちゃん、というのは詩保の幼なじみ。確か科学部で、柚希先生とも交流がある。
科学部。そうか科学部だ。
柚希先生も理科を教えている。もしかしたら、盗難事件のことも知っているかも。
話を聞きに行こうと思うが、目立った行動はやめておく。詩保たちに怪しまれる、というよりは自衛をするためだ。そもそも、こんな探偵ごっこ、一般人の浅い推察で犯人が分かる可能性も低い。
ここは、大人しく、水面下で動くべきだ。
3人がゆいのちゃんや先生の話をしてる中、私は聞き手にまわり、情報収集に徹することにした。




