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10.バディ組もう

「例えば、先々週くらいに理科の先生から相談があって、薬品が減っていたことに気づいたとしよう」


 松さんが言っていたのとは少し違うけど、最初はほんの少しの違和感だったってこと。先々週、5月の下旬くらいということは、私と月緋さんがすれ違って1週間経ったくらいだろうか。


「使った授業もなかったし、部活とかで使用記録付け忘れてたんじゃないかってことでその時は問題にならなかったらしい。けど、その一週間後、今度は1本、丸々なくなった」


「学校側は盗難だと思ったんですか?」


「最初は片付けが甘いとかですぐ見つかると思ったらしいけど。同じ週、もう1本、別の種類がなくなった」


 いつの間にか、例え話の設定がなくなっているが、こだわるものでも無いので黙っておく。月緋さんは続けた。


「これはおかしいということで、再度相談が来た。さすがに松さん達も盗難の可能性が高いって思って、捜査してる」


 なるほど。それで。


「犯人は生徒なんじゃないかって考えられてる」


 だから、協力依頼をする価値が、生徒である私にあるということか。


「生徒、というのは?」


「教師なら盗む必要がない。ぶっちゃけいつでも使えるから。あとは他に侵入者がいないから」


 さすがに、あの事件の後から警備員はしっかり巡回してるし、授業中は校舎内に入れないようにしている。消去法のようだ。


「なんで秘密裏なんでしょう」


「何もしないでいたら2本も盗られたからじゃね。気づかれてないって油断してもらってる方が解決しやすいし」


「戻ってくるとは限りませんよ」


 その2本を盗むことが目的なら、もう盗むことはないだろうし、わざわざ返すようなこともしない。


「いや、戻ってくる、もしくは取りに来る」


「どこからそんな自信が」


「犯人像を考えてみてよ」


 1週間で少量盗み、バレてないと思ってその次の週で2本盗んだ。


「慎重な性格だと思います。あと、犯人側からしたらバレてないことになるので、戻せばいいと思ってそうですね」


 バレなきゃセーフ、松さんみたいだ。いや、松さんは意外とバレる前提でやってそう。


「そう。泉璃探偵っぽいね」


「先に気づいたのは月緋さんです」


 月緋さんは「まーね」とまんざらでもなさそうにジュースを飲む。


「私は学校で犯人候補でも絞ればいいんですか?」


 私は質問してみた。どのように協力しようというのか。


「別にしなくていいよ。もしかしたら危険な目に遭っちゃうがしんないし」


「危険な目?」


「うん。盗まれたのは」


 月緋さんはそこまで言って、思い出したかのように「例えばの話ね」と前置きしておく。


「オキシドールと、塩酸、だったとしよう」


 どちらも中学の理科の実験で使ったことのあるものだ。知ってる薬品だから盗った、とすれば。


「ますます生徒っぽいですね、犯人」


「でしょ、じゃなくて。どっちも、皮膚が荒れるものでしょ」


 危険な目、というのはその事か。


「まるで、誰かを攻撃するために盗んでるみたいです」


「俺の憶測だけどね。松さんたちじゃない」


 警察という言葉を使わず、あえて松さんを名指ししている。彼なりの配慮だろう。実際、ファミレスで話していても、警察が動いているとは第三者に伝わりにくい。


「月緋さんの方が探偵向いてるんじゃないですか」


「俺はバディものの方が好き」


 向いていることは否定しない。バディって、組む気はないんだが。


「相方は松さんですか?」


「どこから来た松さん」


 刑事と探偵の方が面白そうなのに。


「探偵は探偵と組むものでしょ」


 そうなの?まあどうでもいい。それより、危険だと思うならこんな話持ち込むんじゃないと言いたくなるが、そこはなんとか好奇心が抑えてくれる。


「話を戻すと、つまり私が下手に動けば、標的にされる可能性があるってことですね」


「そゆこと」


 もしかしたらもう既にそうなのかもしれない。身に覚えがないことを、相手はずっと恨んでいる可能性だってある。


「この話は後にして、もう帰ろっか。送るよ」


 月緋さんに促され、席を立つ。


「千円って、松さん3人分も払ってくれるんですね」


「なんだかんだ俺にも優しいんだよ」


 松さんが置いていったお金で支払いをする。後ろから「釣り銭半分こしない?」と聞こえてくるが、躊躇なく近くにあった募金箱に入れてやる。少し意地悪をしてしまったかと反省し、月緋さんの方を見るが、目線は少しずれていた。私の頭上だ。


「こういうのがマイナスに繋がるんだな」


 傍から聞けばモラハラ男の意見だが、彼の言う「マイナス」は意味が違う。2日前ということだ。つまり褒めてくれてる。


「2時間って人もそう見ませんよ」


「マイナスなんて泉璃が初めてだよ」


 慰めになってないっぽい。素直に言葉を受け取っておく。


「月緋さんって、数字どうやって見えてるんですか?」


 駅まで送ってもらう途中、ちょっときいてみた。


「んー、普通に?数字と、時とか分とか年とか。泉璃の場合、それに負の符号」


 英文字ではないのか。同じ能力でも、表記に違いがあるらしい。


 私の表記を話してみると、同じような反応をした。


「ぶっちゃけ俺だけが超能力者って思ってたからさ、ちょっと恥ずかしい」


「私もそう思ってましたよ。けど孤独に思ってたので、少し嬉しいです」


 正直に伝えてみると、並んで歩く月緋さんはにこっと私の方を向く。


「バディ組む?」


 なんでそんな、バンドやらねえ?みたいなノリですぐに探偵やろうとするんだ。


「今回協力するだけです」


「釣れないなあ」


 口を尖らせそっぽを向く。月緋さん、自分の言ってること矛盾してるの気がついてないのか?


「一緒に事件を解決したい、というのは分かりますが危険に晒したくない、なんて言われたら、行動しようがありません」


 私が動けないなら、協力の意味がない。捜査に進展がない。


「あー、分かった」


 月緋さんはぽんっと手を打ち、指を差してくる。


「危険なときは俺が行く」


「また不法侵入するつもりですか」


 ヒーローのようなセリフも、月緋さんから発せられれば犯罪予告にしか聞こえない。「ちっがーう」と彼は叫び、むすっと反論する。


「ちゃんと正規ルートで行くから」


「はあ」


 正規ルートってなんだ。


「木曜の放課後なら、泉璃、大暴れしてもいいよ」


 時間指定をされる。大暴れ、というのは恐らく大胆な行動、ということだと思うが、そんな大きく動くつもりはない。


「暴れまではしませんよ。せいぜいステップ踏むくらい」


「とにかく、連絡先交換しよ」


 立ち止まり、はい、とスマホを出される。助けを求めるには連絡が必要だ、ということだろうか。コードを読み取れ、というように画面に出してある。


「松さんがいるときが良かった……」


 未成年の主張は、挨拶がわりに月緋さんが送ってきた変なスタンプの着信音で、吹っ飛ばされてしまった。

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