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第三章8  『王子様』

「……なるほど。事情はわかりました」


 他の面々が去り、ようやく二人きりになったタイミングで、俺はキエリにラメドたちのことを説明した。


 最初は記憶喪失という現象に大量の「?」を浮かばせていたキエリだったが、ひとまず事実として受け止めてくれたらしい。そこは龍の度量と言ったところだろうか。


「記憶喪失にかこつけて色々できないかな、とか思ってたんだけどな」

「いい判断だったと思いますよ。おかげで彼を懐柔できたわけですし」

「でも、何がきっかけで記憶が戻るかわからないだろ? 俺からすれば時限爆弾だよ。急に背中を刺されたらたまったモンじゃない」

「ラメドがそんなことをするとは思えません」

「……なぜ?」

「彼は正義感の強い男ですから」


 そうは言っても正義なんて人それぞれだ。

 聖教会でいうところの正義は「転生者を殺すこと」だろうし、そういう意味で、やはりラメドは危険な存在だと俺は思う。


 そのことをキエリに伝えると、彼女は「わかってませんね」と首を横に振った。


「ラメドは真の強者です。自分の強さをしっかり自覚していて、その力を正しいことのために使おうとしています。

 だから、彼は絶対に卑怯なことをしません。それは私が保証します」

「なかなかの自信だな」

「力には責任が伴いますから」


 俺みたいな弱小にはてんで想像もつかない話だが、キエリにそれを言われると説得力がある。


 さすがは龍だ。同じ強者だからこそ、ラメドのこともよく理解できるのだろう。

 そう感心する俺に、キエリは落ち着いた態度でため息を吐き、それから信じられない事実を口にした。



「ラメドは私より強いですよ」

「えっ」

「下手すると龍王以上かもしれません」

「……冗談だよな?」


 龍王はさすがに言い過ぎだろとキエリを見つめる。


「特付きを()()()崇伐している騎士ですよ? そりゃあ強いに決まってるでしょう」

「初耳なんだが、その話」

「時を操る転生者、ベンヤミン・クロノ・アーク。認知を歪める転生者、ミカエル・ヴェール。不死身の転生者、エイブ。

 ラメドの犠牲者たちです」


 チート能力のバーゲンセールみたいなメンツだな。


 ほぼ俺の上位互換みたいな転生者もいるし……自信なくなってくるんだが。俺もう絶対勝てないじゃん。


「圧勝だったそうですよ。ラメドは傷一つ負わなかったとか」

「いったいどうやって……」

「閃光のラメドよろしく、光の速さで倒したんでしょう。とにかく速いのがラメドの強みですから」


 なんだその強み。牛丼屋かよ。


「だいたいの転生者は彼に瞬殺されて終わります。仮にそれを避けたとしても、光の速さなので誰も反応し切れず敗北します。まさに無敵です」

「すごいな。光の魔法……とかか?」

「それが、謎なんですよね」

「……謎?」

「ラメドの力は『強い』ということ以外が謎なんです。なんせ人前でめったに力を使いませんし、聖教会でも彼の情報はトップシークレット扱いですから」


 主力の手の内を明かすのは避けたい、という魂胆か。考えてみれば当然の話だったな。


「しかし、あまりに異質な強さなので、ラメドの力は魔法でなく転生者の『能力』なのではないかとまで言われています。あくまで噂ですけどね」


 キエリはそう言って話を締めくくる。


 聖教会の最強戦力が転生者の力を使ってるなんて、もし事実ならとんでもないニュースだ。十中八九ガセネタだろうが、「契約書」という道具がある以上、まったく無い話だとも言い切れない。


 閃光のラメド。わかりやすい性格してるくせに、意外と謎の多い人間だ。

 まずはローラーを倒すのが先だが、聖教会と転生者という関係な以上、いずれは彼と戦うことにもなるのだろう。



「…………」


 もっと、強くならないとな。


 ラメドとの直接対決を思い浮かべ、俺はどうしようもないほどの不安と焦りに襲われた。

 自分と(ラメド)との「差」は歴然だ。俺はこの世界で生き延びるには、あまりに弱すぎたのだ。それをことごとく実感してしまった。


 頭上に向かってため息を吐く。


 空はいつの間にやら灰色一色になっていて、遠くの方からは巨大な暗雲がゆっくりとした速度で、しかし確実にこちらへ接近していた。

 錆びた鉄のような匂い。じきに夕立がくるのだろう。人々は早足で歩きだし、露天商は屋台に布を被せはじめた。買いもの袋を抱えた少女が慌てた様子で横を通過する。


「……そろそろ帰るか?」


 なんの収穫もなかったが、今がちょうどいいタイミングだろう。俺はキエリに声をかけた。


「その前に、あそこに寄ってもいいですか?」


 彼女が指差す方には、アンティーク調の小さな服屋があった。

 いわゆるブティックというやつだ。


 そういえばキエリはオシャレ好きだったなと思い出し、俺はやや呆れながら苦笑する。


「見るだけだからな」

「もちろんです。私たちにはお金も時間もありませんからね。誰かさんのせいで」

「悪かったって」

「冗談ですよ。すぐ戻るので、外で待っていてください」


 そう言ってキエリはピューっと去ってしまう。

 別について行ってもよかったのだが、一人でじっくり服を眺めたいタイプなのだろうか。


「まあ、いいか」


 適当に雨宿りできそうな場所でも探しておこう。


 俺は周囲を見回した。



「……?」


 そして、一つの違和感に気づく。


 通りを走る人々。それらの進む方向が、全て同じ向きで統一されていたのだ。まるで何かから逃げるかのように。



「転生者だぁ!」

「逃げろ!」


 不意に、そんな叫び声があちこちから聞こえた。


 びゅうと風が吹き、屋台にかけられたままの布が大きくひるがえる。



「ふひっ!」


 不快な笑い声。そこまで大きい声でもないのに、なぜか異様なほどよく通る。


 通りを走る全員が足を止めて振り返った。俺もその視線に続く。



「みんな酷いなあ。まるでバケモノみたいに、さ」


 一人の少女が、ニタニタ笑いながら両手を広げていた。


 桃色の髪。無造作で伸びっぱなし。彼女が着ているスーツはシワだらけで、サイズもやけに大きく不恰好だ。

 ずさんで不潔。まるで混沌(カオス)が服を着て歩いているかのようだった。


「ボクはただのいたいけな女の子。それを大の大人が慌てふためいて……ふひっ! 恥ずかしくないの?」

「れ、レッテルだ……!」


 誰かが少女を見てそう叫んだ。パニックの波紋が勢いを増して広がっていく。


「この辺の村を潰しまわってる、悪魔みたいな転生者だって……」

「なんで特付きがここにいるんだ⁉︎ 自警団は何やってるんだよ!」

「誰か! 聖教会を呼んできてくれ!」


 レッテルはそんな声にまた「ふひっ」と笑うと、彼女をぐるりと囲む群衆を小馬鹿にしたような態度で見回した。


「残念だったねえ。聖教会は来ないよー」

「……え?」

「ど、どういうことだ!」

「キミたちが思ってるほど正義は正義じゃないし、悪は悪じゃないのさ」


 突如、水を打ったように静まりかえる。


 不思議なことに、全員が彼女の言葉に耳を傾けていた。

 逃げることもできた。大声を出すこともできた。なのになぜか立ち止まり、なぜか聞く姿勢を取っていた。例外は一人もいない。数十人はいる人々が、どれもまったく同じような反応を見せていたのだ。


 その異常さに気づいているのは、おそらく俺だけだろう。

 あたりを見回してそう判断した俺は、とりあえず群衆に溶けこみ、レッテルの出方を伺うことにした。



「さて、メルブレンの皆さん、こんにちは。ボクは災厄の転生者レッテル」


 こほんと白々しい咳払い。流れるように演説が始まった。


「今日はキミたちの()()に、大事なことを伝えに来たんだ。すごく深刻なニュースだよ。聞き漏らしたら命に関わるようなやつ。だからちゃんと聞いてね、ふひっ」

「ニュース……?」

「実は、キミたちの中に『人間爆弾』がいます」


 レッテルの言葉には謎の力があった。人の心にぬるりと入りこんで、それを聞かずにはいられないと思わせるような何かが。


「たぶん六日後には爆発するだろうね。ちょうど龍祭の日だよ。さあタイヘンだ」

「そんな……!」

「はやく、どこかに逃げないと!」


 人々は滑稽なぐらい簡単に動揺した。その反応がレッテルの思う壺だとはつゆも知らずに。


 中世の人々にとって「爆弾」は馴染み深い言葉ではないはずだ。しかし、レッテルの言葉にこめられた魔力で、彼らはその意味を不条理に理解してしまったらしい。


「その爆弾ってのは、誰なんだ?」


 一人の男が前に出て、まるで操られたかのようにそう質問した。


「知らなーい。それは本人にしかわからないからさ。キミたちの大好きな聖教会かもしれないし、大嫌いな転生者かもしれない。

 その誰でもない可能性だって十分あるよ。もしかしたらキミの隣にいるその人かも」

「……!」

「きっと慌てふためくボクたちを見て、人間爆弾は密かにほくそ笑んでるはずさ。だってほら、そこの彼女、今少しだけ笑わなかった?」

「え、え……?」


 急にやり玉に上げられた町人の女性は、怯えた様子で周囲の視線にたじろいだ。


「わ、わたし、笑ってなんか……」

「動揺してるねえ。ますます怪しくなってきた」

「違う! わたしは人間爆弾じゃない!」


 ――バキッ!


 ハッと息を呑む声。


 さっきの男が、おもむろに隣の彼女を殴ったのだ。


「この野郎! 俺たちを騙しやがったな!」

「ち、ちが……!」

「黙れ! こいつの親父は転生者だって噂があったんだ。ずっと怪しいと思ってたんだよ!」


 突然の暴力に驚いていた人々も、その話を聞いて顔を見合わせる。


 それがどんなに根も葉もない話だろうと関係ない。疑心暗鬼と死の恐怖にあえいだ彼らは、手っ取り早い「犯人」に狂気的な安心を見つけてしまった。


「その噂、俺も聞いた……」

「あいつが人間爆弾なんじゃないか?」

「そうだ! 転生者が人間爆弾に決まってる!」


 土砂崩れのように疑いが加速する。

 やがて少しもしない内に、人々はわっと女性に押しかけて、手当たり次第に暴力を振るい始めた。


「人間爆弾はお前なんだろ!」

「とっとと吐きやがれ!」

「ちがっ……ちがう! お願いやめて!」

「ふひひ。往生際が悪いねえ。みんなをずっと騙してきたのに、ごめんなさいも言えないの?」


 レッテルの煽りを受けて、人々の暴力が一段と苛烈さを増す。


「ふひひっ! ふひっ! ほらほら、もっと強く! 強く!」


 ドカッ! バキッ!


「そのチョーシ! そうだよ。吐かないならいっそ殺してしまおう。お腹の中から爆弾が見つかるかもしれないしね、ふひひっ!」


 女性が泣き喚こうが、血を流そうが、彼らはまるでお構いなしだった。むしろさらに殴る蹴るの勢いをエスカレートさせた。



 ――ゴキャッ!


 どこからかレンガを持ってきた一人が、ためらいもせずそれを女性の顔面に叩きつけた。

 ぞっとするような音。おおと歓声が上がる。うめき声を漏らす彼女はもはや虫の息だ。



「やめろ」


 ピタリ、と、止まる。



「もうやめろ! この大馬鹿野郎どもがッ!」


 それは口をついて出た声だった。


 理不尽な暴力に襲われる彼女の姿が、この世界に来て初めて会った転生者の女性と被って見えてしまったのかもしれない。

 自分が取り返しのつかないことをしたのは重々理解していた。しかし、その上で俺はさらに声を荒げた。


「自分たちが何してるか、ちゃんとわかってんのか⁉︎ お前らは滑稽な操り人形にされたんだよ!」

「なんだ、あいつ」

「転生者の仲間だろ。庇ってるのが何よりの証拠だ」

「レッテルだって転生者だろうが! なのに都合よく踊らされて、罪もない人間に矛盾した暴力振るいやがって……いい加減目を覚ませ!」


 俺の叫びは思ったよりも効いたらしい。人々は豆鉄砲を撃たれたような顔で後退する。


 自分たちの異常さに薄々気づき始めたのだろう。ドサリと落ちるレンガを見て、俺はあともう一押しだと口を開けた。



「……ぁ」


 しかしその瞬間、強烈な痛みが全身を駆け巡る。


 視界の端でちらつくドス黒い粉末。それは頬や肩にべっとりと張り付き、服を腐食し、皮膚を焦がした。

 長い釘が俺のみぞおちのあたりを貫いている。

 背中からは聖水の甘ったるい匂いと、異形化したローラーのくぐもった笑い声がした。


「ふひっ!」


 レッテルの顔がクシャッと潰れる。


 ()()()()()


 前にも似たような失敗をした。なのに俺は少しも学ばず、同じ手口を使った罠に引っかかってしまったのだ。レッテルは明らかにそのことを嘲笑っていた。


 彼女はパンッ! と手を叩いて注目を集めると、今度は俺の傷口を指さした。


「みんな見てよ。ほらあの人、傷がみるみる治ってるよ」

「く、そ……!」

「ボクはみんなに人間爆弾のことを教えてあげたけど、彼は素性を隠してそれっぽい綺麗事を話しただけだった。本当は悪い転生者だったのにさぁ!

 騙してるのはどっちかな? 怪しいのはどっちかなぁ? ふひひっ!」


 後ろから髪を掴まれ、地面に押し倒される。


「殺せ!」

「転生者を殺せ! 世界の敵だ!」


 シュプレヒコール。演説の次は公開処刑が始まる。


 群衆のボルテージは最高潮に達しつつあった。それに応えるようにローラーは何度も、何度も俺に釘を突き刺した。



「もう限界かぁ。なぁんだ。エイブみたいな不死身じゃないのか。ほんとキミってやつは、ことごとく()()()()()だねぇ?」

「なにが、したいんだよ……お前ッ!」

「キミを()()()()んだよ。グチャグチャに心を砕いてぇ、絶望させてぇ、ボク好みのバケモノにする!

 でもそのためにはプロセスが大事でしょ? だからキミにはもっと苦しんでもらおうかなって。ボク()()の脚本どおりに、ね」


 ドシュッ!


「ぐっ……⁉︎」

「ほら、あと何回耐えられる? それかみんなにも混ざってもらおうかなぁ? ほらほら、だってみんなウズウズしてる!」

「やめろ……!」

「なんで? ボクは別にキミが死んでも構わないよ」


 止まることなく突き刺さる釘。いよいよ意識が遠のいてきて、俺の中では「死」の一文字が鮮明になり始めていた。


「目を覚ませ、ローラー……! こん、なんで……お前は満足かよッ!」

「ふひひっ! 新手の命乞い? もう惨めすぎて笑えてきちゃうよ」


 何か方法は、方法は。


 あたりを見てもキエリはいない。助けは来ない。ローラーを倒そうにも瀕死で力が出ない。


 このままじゃ、死ぬ……!


 あてどなく腕を伸ばす。レッテルはそれを踏みつけた。


「キミは、()()()


 明らかな悪意がこもった言い方だった。

 レッテルはその言葉が俺に刺さると知っていた。だからそれを口にした。それがわかっているのに、俺は情けないほどショックを受けていた。


 俺は弱い。死の危機に立たされて、咄嗟に仲間の助けを期待してしまうほどに弱い。

 唯一のオリジナル技だった再生能力はみるみる弱体化し、クロタコから貰った能力ですらも今は使えない。


 俺は、何もない。空っぽだ。


 絶望が俺を侵食する。



「しっかりしろ、()()


 突如、目の前が真っ白に染まる。


 最初は雪にでも埋もれたのかと思った。だが違う。


 それは強い光だった。閃光が通り過ぎたのだ。あまりの眩しさにホワイトアウトする視界。体がふわりと浮き上がるような感覚がした。



「君は決して空っぽではない。なぜなら、君は正義ある人間だからだ」

「……ラメド?」

「そして、やはりトラブル体質でもあるようだな」


 いつの間にか俺をお姫様抱っこしていたラメドは、周りを軽く見渡し、それから柔らかく微笑んだ。


「ともかく、君が無事でよかった」


 そんな王子様すぎるセリフをさらりと飛ばす。地面には異形化したローラーが血を流して倒れていた。


「あの光……ラメドじゃないか?」

「閃光のラメドが、転生者を救った⁉︎」

「信じられない……」


 人々がざわつき始める。それでもラメドは気にしなかった。ヒソヒソと聞こえる声を全て無視し、「君に恩を返す時だ」などと言って一蹴した。


「あとは俺に任せて、ゆっくり眠ってくれ」

「いや、だが……」

「構わないさ。君が誰であろうと恩人は恩人だ。それに……」


 ラメドが睨む先には、コインを指で弾くレッテル。

 その後ろには無数の怪物がいた。おそらく彼女の手駒だろう。そのさらに奥には、斧を持った身長3メートルほどの巨大な怪物もいた。


「彼を侮辱するなら俺が相手だ、レッテル」


 しかし、ラメドは少しも物怖じしない。まるでおとぎ話の勇者さながらの姿だ。



「あーあ。キミのせいで台無しだよ」

「願ったり叶ったりだな」

「まあ……いっか。今日のスパイスは極上の劣等感、ということで」


 レッテルはニタニタと不気味に笑う。明らかに俺を見ているようだった。


 その視線から逃げるように、俺の意識はやがて消失した。

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