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第三章4  『ワンショット、ツーショット(中)』

「ブーカ、いったん止まれ!」

「あたしにメーレーすんじゃねえ!」


 そう言いつつも速度を落とすブーカ。意図は伝わったと判断した。


「何するの〜?」


 のんびりたずねる白髪少年、テキーラを無視し、俺は石畳を滑りながら急旋回する。そして片手を前方にかざし魔法を唱える。


「火よ!」


 俺はもう火の魔法は使えない。つまりブラフだ。


「なんだと⁉︎」

「くっ、魔道士か!」


 その効果は十分で、前列の自警団たちの足はいとも簡単に止まった。あくまでも「自警」の団だ。衛兵と違ってその道のプロではないし、やる気はあっても自分の命が惜しいことに変わりはない。



「ハッタリだ! 騙されるな!」


 しかし自警団がそれに気づくのは早かった。そこはさすがと言うべきところだろう。


 だがそれで問題ない。自警団たちと俺との間にできた数メートルほどのスペース。それが欲しかった。

 潰されたりしたらひとたまりもないからな。


 俺はかざした手に念をこめる。

 巨大なイメージ。粘土をこねるように、空想の一塊で物質を形成する。


 そして、能力で生成。



 ――ズゥゥン!



 ナカムラの、「はぁ!」という掛け声と共に、地を這うような重厚な衝撃があたりを揺らした。

 驚いた夜鳥の群れが、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ飛び立つ。


「なんだ、これは……⁉︎」


 自警団たちは隘路(あいろ)に突如出現した巨大な()()()に思わずどよめいた。

 それは数人の男たちが激突しようとびくともせず、悠然(ゆうぜん)と月明りを反射して白銀の光沢を放つ。


「巨大な鉄の塊……か?」


 そう。それは巨大な鉄の塊だった。


 形は円筒形で、高さは大人の身長の倍はある。

 ナカムラがクロタコから譲り受けた「モノを無限に生み出せる能力」を使って生成した物だ。


 正式名称は「5000L貯水タンク」。

 マンションの屋上などに設置されている、アレである。



 事前に設定したモノを、思い通りかつ無限に生成できる能力。


 それで何を生成するかを考えたナカムラは、最終的にある考えへ行きついた。


 デカい物を無限に出せたらすげえ強い。


 医学部卒とは思えないほどの単純な発想だ。だが事実としてそのアイデアは極めて合理的だった。


 モノを生成する上では、その構造、組成などに対する深い理解が必要になる。例えば構造が複雑な銃などは、それを長年使いこんできたような人間でない限り生成することはできない。

 その点、貯水タンクはただの円筒形のデカい鉄だ。ジッポーよりもはるかに単純明快な構造。ナカムラでなくとも、その詳細な構造は1秒足らずでイメージできるだろう。


 1秒で容量5000L、重さにして5トンはある鉄の塊を、無限に生成できてしまうのだ。


 文句なしに強力だ。「重くて巨大」というのはただそれだけで絶大な効果がある。

 ナカムラがやったように壁として使えば防御にもなるし


「うりゃ」


 今し方ブーカがやったように、投げて転がせば攻撃にもなる。



「うわぁぁぁぁ!」

「逃げろ!」


 悲鳴を上げる自警団たち。ブーカは高らかに笑う。


「ギャッハッハ! やっしゃー! やっぱあたしはサイキョーだぜ!」


 問題は、「タンクをぶん投げる」という行為が一切ナカムラのプランに含まれていなかったことだ。ボウリングのピンみたくはね飛ばされていく自警団を前に、ナカムラの脳内では「平和的解決」の五文字が粉々に砕け散っていた。


「何やってんだお前ェ!」

「あー? あれで皆殺しにすんじゃねーの?」

「ちっげーよ! バカ! おまえバカおまえェ!」


 タンクを壁にして時間を稼ぎ、塔に登って屋根伝いに逃げる。

 ナカムラが考えていたのはそこまでで、ちょっとしたトラックぐらいの重さはあるタンクを人に向けて転がすような鬼畜外道な発想は微塵もなかった。


 最初にハッタリをかけたのはタンクで自警団を下敷きにしないためだ。そんな創意工夫もブーカの行為で全てムダになったが。


「せっかく怪我人が出ない策を考えてたのに……」

「小手先なんざめんどくせぇ。やるならトコトンがスジだぜ」

「うるせぇわ! おかげで俺らはとんでもない重犯罪者だよ! 処刑待ったなしなんだよ!」

「元からそうじゃん」

「……あ?」

「テンセーシャは元からそうだろー?」

「……」


 たしかに。


 まさかのブーカに論破されてしまったナカムラは、あまりのショックで数秒ほどフリーズする。


「つかそんなことしねーでも、屋根ぐらいジャンプすりゃフツーに行けるし」

「いやでも、俺は無理だから……」

「あたしがテメーらかついでジャンプすりゃいいじゃん。そんぐらいヨユーだわ」

「……」


 二回目の論破。ナカムラは膝から崩れ落ちそうになった。


 こんなに屈辱的な気分になるなら、もっとまともな策を考えておくんだった。

 そんな後悔で思わず沈んでしまう彼の肩を、後ろから聖教会の二人がポンと叩く。


「よくわからんが、俺はいい案だったと思うぞ」

「そうだよ〜。元気だして〜」


 ……いいやつだな、こいつら。


 記憶喪失にかこつけてラメドを懐柔するはずが、ナカムラは逆に懐柔されてしまいそうになった。



「ところで、先ほどの君が出したアレはなんだ?」


 が、唐突にラメドの目つきが鋭くなる。


 聖教会ゆえの本能だろうか。ラメドは明確な理由こそハッキリ持っていないものの、ほぼ無意識でナカムラの()()(いぶか)しんだ。


 ナカムラは適当なすぐさま嘘を用意する。


「あれは魔法だ」

「……ほう? 魔道士だったのか」

「ああ。金属の魔法が使える」

「なるほど……」


 ラメド・エメリヒ・シャンロッテ。

 「閃光のラメド」、「一千年に一人の逸材」、「人類最強」……彼の実力を褒めたたえる肩書きは枚挙にいとまがない。


 しかし、彼には一つだけ弱点があった。


「あんなに大きな魔法が使えるとは、君はなかなかの実力者だな」

「そ、そうなんだ……かなり練習した」

「才能に(おご)らず、努力を(おこた)らない。素晴らしいことだ。俺も見習わないとな」


 とんでもなく騙されやすいこと。それがラメドの弱点だった。


 彼は生まれついての強者であり、あらゆるトラブルを戦闘力だけで解決してきた人間だ。そのため、「他人を疑うことで身の安全を守る」という思考回路そのものが存在せず、「騙されたらその時はブチ殺そう」ぐらいの蛮族じみた考え方しか持ち合わせていなかったのである。

 ある意味でこれは、強者の余裕というやつなのだろう。ラメドは記憶を失っても強者だったわけだ。


 ともかく、彼は怪しさ満載なはずのナカムラを「なぜか助けてくれる優しい人」と素直に解釈していた。



「……む?」


 その時、ラメドはふと不自然な「流れ」に気づく。リーフェンには遠く及ばないものの、ハーフエルフの彼はかすかに流れを読むことができた。


「ちょっと失礼」

「えっ……?」


 ラメドはすぐさまナカムラの襟首を掴む。

 彼にとってナカムラは恩人だ。なんら疑問も持たずに「助ける」を選択した。



 ――カッ!


 直後、ナカムラの残像を通過した何かが地面に突き刺さる。


「なっ……⁉︎」

「君、怪我はないか?」


 そんな王子様じみたセリフを平然と口にするラメド。

 しかしナカムラの注意は強烈な引力によって他へ向いていた。


 自分を狙って投射された何か。

 地面に突き刺さった何か。

 計四本の、棒状の何か。



 それは、()だった。



「ひ、ひ……」


 かすれた笑い声。気づけば辺りは驚くほど静かになっていた。


「ははは! ヒャはははははは!」


 黒色の、ヘドロのような液体が石畳を濡らす。

 濃さを増す夜闇。より黒く黒く、その向こう側から()い出る(おぞ)ましい怪物の存在を予兆した。


 怒鳴り散らすような笑い声に混じって、金具を引きずるような音が近づいてくる。


 直感的に戦闘態勢をとる面々。ナカムラはそれらの一歩前に踏み出て声を発した。


「……ちょうど、会いたいと思ってたんだ」


 暗闇がピクリと反応する。


「ふひっ……」


 返ってきたのは笑い声。

 やがて月明かりに照らされたその姿を見て、全員にさらなる動揺が走った。



 黒と白の液体をボタボタと全身から垂らすそれは、まるで粘液で形成されたスライムのようだった。

 しかしよく観察すれば二本の足があり、頭があり、そして四本の腕がある。それでようやくその怪物が「人間のような何か」であると理解することができた。


 怪物の眼にあたる部分には空洞のような「闇」があり、粘液はそこから漏れ出していた。まるで涙を流しているかのようだが口角は上向きに歪んでいる。

 四本の腕のうち、後方の二本は祈りを捧げるような形で握られており、前方の右腕には剣のように長い釘が、左腕には破れた羊皮紙の手帳が握られていた。


 釘。聖典。白に近いブロンドの髪。


 ナカムラ以外の誰もが「この怪物はなんだ」と混乱する一方で、彼だけはその正体を理解していた。



「久しぶりだな、()()()()

「……」


 何があったかなど、いちいち質問する気もおこらない。相手はやる気でこっちも同じ。次に始まる展開は火を見るよりも明らかだった。

 ナカムラは仇敵を前に全ての疑問をかなぐり捨て、援護に入ろうと隣に立つラメドを手で後ろに戻す。


「邪魔するなよ」

「しかし……!」

「こいつは俺の相手だ」


 その言葉に呼応するように怪物(ローラー)は折れた翼を広げた。

 喉元を掻きむしり、黒の粘液を吐き出しながら口を開く。



「『初めましテ。出来損なイの魔王様』」


 そこから出てきたのは、ローラーとは全く違う女の声だった。

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