第三章3 『ワンショット、ツーショット(前)』
「いいか、もう一度聞くぞ」
「ああ」
深呼吸し、もう一度ラメドの記憶を洗い直してみる。
「名前は?」
「ラメドだ。それ以外はわからない」
「仲間とか……所属は?」
「わからん」
「特技」
「体が頑丈だ。あと速く走れる」
なんだその特技。小学生かよ。
とにかくいろいろ質問してわかったことは、この男が「ラメド」という名前のハーフエルフで、特技は体が頑丈で足が速いこと。この二つだけだった。他は何も覚えていないらしい。
「つまり、キオクソーシツってやつだな!」
なぜかその原因であるブーカがまとめた。まあいいけど。
記憶喪失……ない話ではないが、まさか実際に目の当たりにするとは思わなかった。さすがに俺程度の医療知識じゃ治し方はわからない。
「でもラメドって、なんか聞いたことある名前なんだよなあ」
「そうなのか?」
俺が何の気なしに呟くと、ラメドが「詳しく教えてくれ」と食いついてくる。
どうしても記憶を思い出したいらしい。その気持ちはよくわかるしできれば協力してやりたいのだが……。
「ちなみに、あたしはなんも知らねーぞ」
「大丈夫だブーカ。お前にはなんの期待もしてないからな」
俺はなんとか「ラメド」について思い出そうと頭をひねってみる。
が、思い出せる気はまったくしない。
ラメドにそれを伝えると、彼は「そうか……」と残念そうに肩を落とした。素直というか、なんというか、わかりやすいやつだ。
「とりあえず、ついてくるか?」
このまま放って帰るのはさすがに心が痛んだので、俺はラメドにそう提案してみる。
「仲間にキエリっていう物知りなやつがいる。そいつなら、ラメドのこともわかるかもしれない」
「本当か……⁉︎ ぜひお願いしたい。なぜだかわからんが、俺にはものすごく重要な使命があったような気がするんだ」
こちらが悪いのにも関わらず、ラメドは「協力してくれてありがとう」と頭を下げた。
かなりいいやつだ。こんなに性格のいい人間を見るのはリーフェン以来かもしれない。俺の中でラメドの好感度がうなぎ上りに上昇していく。
じゃあとりあえず宿に向かうか。
そう、俺が口にしようとした、そのタイミングで。
「あ〜!」
間の抜けた声が俺たちの間を突き抜ける。
ブーカの声でもラメドのでもない。ならば誰かと横を見る。
「やぁっと見つけたや〜。いくら強いからって、装備もなしにフラフラ歩いちゃダメって言ったでしょ〜?」
のんびりした口調でそう話すのは、白髪の少年だった。
リーフェンにかなり似ている。彼をもっと人懐っこそうな顔つきにして、全体的に白くしたような感じだ。
そんな白髪少年の容姿に目を引かれた後、俺はその服装を見てギョッとする。
白銀の鎧。逆十字と満月の紋章が描かれた青いマント。
聖教会だ。
「だんちょー? 聞いてる?」
俺の横を素通りし、少年はラメドの胸元をコツコツと叩く。
まさか、ラメドは……。
それが発端となり、俺はやがて「ラメド」の全てを思い出した。
ラメド・エメリヒ・シャンロッテ。
通称「閃光のラメド」。第三の席騎士。所属は聖教会の花形である崇伐騎士団。
そして、聖教会の最強戦力。
キエリから「もし会っても絶対に戦うな」と口酸っぱく警告されていた相手だ。そのことを今ここで思い出した。
「……君の知り合いか?」
戦々恐々とする俺にラメドが小声で話しかける。
そうだ。こいつは記憶喪失。おそらく白髪少年はラメドの部下なのだろうが、当の本人はそれを覚えていないのだ。
……うまくやればチャンスかもしれない。きょとんとするラメドを見て、ちょっとした悪巧みが浮かぶ。
「いいか、ラメド。あいつらは聖教会っていう、とんでもなく悪い連中なんだ」
「セイキョウカイ……?」
「そうだ。お前みたいな人間に知り合いのフリして近づいて、裏路地に連れこむことを目的にしている」
「なんて恐ろしい組織なんだ……!」
まあ実際の聖教会は牢屋に閉じこめて拷問してくるもっと恐ろしい連中なのだが、それを伝えるとラメドが記憶を取り戻しそうだったので、黙っておくことにした。
「ちなみに……その聖教会とやらについて行くと、どうなるんだ?」
「食われる」
「食われるのか⁉︎」
俺のかなり適当な嘘をあっさり真に受けたラメドは、大きく開いた目で白髪少年をチラ見する。
「ひ、人を食べるのか?」
「見た目に騙されるなよ。若いやつを使って油断させる作戦だ」
「しかし、なぜだろう。なんとなく聖教会に覚えがあるような気が……」
「おい聖教会! 俺らに何か用か⁉︎」
こういうのは勢いだ。ゴニョゴニョ喋るラメドを押し除けて白髪少年に声をかける。
「用って言われても……僕ぁ、そこの人を連れて行きたいだけだよ〜」
予想以上に願ったり叶ったりな返事がきた。俺はすぐさま緊迫感たっぷりな声色を作る。
「裏路地に連れて行く気だぞ……!」
「本当だったのか……!」
ラメドはすっかり信じこんだ様子だ。自分で言うのもアレだが、こんなにショボい嘘で騙されるのは最強の席騎士としてどうなんだろうか。
「だんちょ〜。よくわかんないけど、みんな心配してるから早く帰ろー」
「団長? うっ、頭が!」
まずい、ラメドの記憶が戻りかけている。
「ブーカ、やれ」
「あいよ」
ブーカでも俺の意図は察せたらしい。指示を出したころにはとっくに踏み込んでいた。
――ドゴォン!
打撃音。さすがは最強のドワーフ。おそらく手加減したのだろうが凄まじい威力だ。
「ガッ……⁉︎」
ラメドが空中で一回転する。白髪少年はよくわかっていない様子で「わー」と口を開けていた。
とりあえずこのまま回収していったん逃げよう。ラメドの記憶がないうちに嘘をたっぷり吹き込んで、聖教会の信頼を地に落としてやる。
そんな陰湿すぎる作戦を練っていた俺の足が、ふと止まった。
「ウラァァァ――ッ‼︎」
「……え?」
ブーカがラメドをぶん殴った勢いそのままに白髪少年へ突進していた。
「そっちじゃねえェェェ!」
――ドゴァッ!
俺のツッコミは先ほどよりもはるかに巨大な打撃音にかき消された。白髪少年が鼻血を散らしながら吹き飛ぶ。
「何やってんだお前ェ!」
「ノリでいった」
「ノリで殴んな! どこまで野蛮なんだお前は!」
「だってよー、人を食うワリーやつらなんだろー?」
「それは……ああクソっ! こいつもバカなんだった!」
ラメドについた嘘がこんな形で裏目に出るとは思わなかった。思わず天を仰いでしまう。
「とにかく逃げるぞ! 仲間を呼ばれでもしたら大変……」
「あたた……」
背後で起きあがる白髪少年。
マジかよ。あれを喰らってまだ意識があるとか、聖教会には不死身しかいないのか? クロタコの契約書みたく、騎士たちに再生能力を配ったりしてるんじゃないだろうな。
聖教会ならやりかねなさそうだなと末恐ろしくなる俺の一方で、白髪少年はきょとんとした顔をこちらに向ける。
「あれ〜……なんか、忘れちゃったや」
マジかよ。
「僕って、だれだっけ〜? これってもしかして……」
「記憶喪失だな!」
「だよね〜。ところで君はだれ〜? ここはどこ〜?」
「くっ! こいつラメドより重症だ!」
人も集まってきたし、とにかく逃げよう。俺はブーカにアイコンタクトして白髪少年を抱える。
「あいつ、昼間の赤髪クソドワーフだぞ!」
「捕まえろ!」
そして少しも経たない内にそんな叫び声が背中から聞こえた。ブーカの髪色がやけに目立つせいだ。
白髪少年のマントをブーカの頭に被せてひとまず応急処置したが、獣人村の時みたく追手はみるみる増えていく一方だった。
俺は平然とこちらを置き去りにして先へ行くブーカに声を荒げる。
「いちおう俺の護衛なんだろ! ちゃんと守れよ!」
「知るかバーカ! キンパツヤローを運んでるだけありがたく思いやがれ!」
「つーかお前ってなんでこう、人を記憶ごとブッ飛ばすのがうまいんだ⁉︎」
「セーキョーカイがバカばっかなんだろ」
「なワケあるかァ!」
なんか、こんな感じのやりとりを毎回やってるような気がする。そのせいか少し足も速くなったし。
なんて感慨にふけっている場合ではない。
相手は剣や鎧を着ているため足は遅いが、その分人数と土地勘がある。適当に逃げれば囲まれておしまいだ。
「はじめまして。僕、テキーラ・メム・ガラハッドです」
「おお、ご丁寧にどうも。俺はラメドという者だ」
そんなこちらと打って変わって、のんびりと談笑を始める聖教会のバカ二人。ブーカの「聖教会はバカしかいねー」理論が現実味を帯びてきた。
ふと、背後の靴音に別のものが混じっていることに気づく。人よりもずっとテンポの速い金属音。俺はこの音を知っていた。
――ブォン!
直後、鋭くとがった剣先が頬をかすめる。
ブルルという鳴き声と共に横を通り過ぎるのは四足歩行。
「馬だぁぁぁ!」
「わ、お馬さんだ」
「かわいいな」
「うまそうだぜ」
「ウマだけに、ね〜」
クソっ。ここはバカの群生地なのか。
俺は使えない強者連中に頼ることを諦め、自分で何とかする方法を考える。
奥の手を使うか……それだとやりすぎてしまうが、うまくやればなんとかなる。
周囲を見回す。狭い裏路地。レンガ造の建物と石畳の道。
少し進んだ先にはやや開けた空間があり、巨大な鐘が吊り下がったレンガの時令塔がある。
あれだ。
俺は浮かんだ策を即座に実行へ移した。




