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第三章2  『トラブルメーカー』

「…………」


 寝れるか。



 もう晩飯とかそれどころじゃなかったが、俺たちはなんとか泊まれる宿を見つけることに成功した。

 かなりギリギリの値段だった。具体的に言うと、一部屋で銀貨一枚。


 ()()()で、銀貨一枚。



「寝れるかァ!」


 俺の叫び声が赤レンガの建物に衝突し、そのまま乾いた反響音をたてる。


 時刻は深夜。こんな時間に叫んだら近所迷惑だ。

 それに気づいた俺はすぐさま冷静さを取り戻した。



「女多すぎだろッッ!」


 そしてすぐに取り乱す。


 いやいやだって考えてほしい。宿の部屋はだいたい六畳一間ほどで、メンバーは俺と性別グレーなリーフェン以外は全員女だ。


 そこでぎゅうぎゅうになって寝るんだぞ? 寝れるわけねぇだろ!


 ……俺がウブすぎるだけなのか? わからん。恋愛とかしたことないし。


 まあ、寝れない理由は他にも空腹だの何だの色々ある。どっちにしろこうなることは分かりきってた。


「はぁー……」


 石で舗装された道をあてどなく散歩しながらため息を吐く。最近は一人で起きることが増えたので、夜の散歩はほぼ日課になっていた。


 メルブレンはレンガ造りの街並みが特徴的な、かなり豪華で大きな街だ。

 しかしそんな場所でも当然ながら街灯はない。夜だとかなりの暗さだ。たまにどこかの家の蝋燭灯りがちらほらと見える程度。空には満点の星と月。

 大きいのに夜は暗い街、というのは、現代人からするとまあまあ違和感のある光景だった。人がいる場所は決まって明るいという先入観があるからだろう。昼間とは正反対の静けさを見せるメルブレンは、さながらゴーストタウンのような風情が感じられた。


 だが獣人村とは少し違い、夜のメルブレンは全く静かというわけでもなかった。


 宿から出て角を二、三回ほど曲がり、俺はほの明るく賑やかな区画に出る。


 歓楽街だ。


 ここはたとえ夜であっても眠らないらしい。

 あちこちから楽しげな笑い声が聞こえてきて、歩く人々の数も昼と変わらないぐらい多い。ただ昼間は旅行者や商人らしき人が多かったのに対して、夜は酔っ払いや少しガラのわるそうな連中、娼婦(セックスワーカーと言うべきか?)、それから巡回中であろう自警団の小隊が目立つ。


 大きさの割に治安がいい街だと思ったが、こうして自警団の人たちが昼夜問わず頑張ってくれているおかげなのだろう。昼はブーカ(バカ)が迷惑をかけて申し訳ない。



「おい」


 ふと、横から声をかけられた。


 言われなくてもわかっていると思うが、この街に知り合いはいない。


 つまり、俺に声をかけてくる人間は限られている。

 ガラの悪いやつか、仲間かだ。


「おいユウシャー、金くれー」

「…………」


 そしてこいつはその両方。ガラの悪い仲間だ。


「ムシすんな」


 腰のあたりを叩かれた。おそらく軽くやったつもりなのだろうが、骨が折れるかと思うぐらいの威力だった。


 逃げられないことを悟った俺は、観念してブーカにとびきり冷たい視線を送る。


「……なにしてんの、お前」

「見てわかんねーの? メシ食おうとしてんだよ」

「メシ食う金がねえって、なんでわかんねーの?」

「なんで金がねえとメシ我慢しねーといけねーの?」


 ダメだコイツ。話にならん。


 俺は無視して他へ行こうとするが、ブーカが服を掴んでいるせいで逃げられない。


「メシか金くれ。そしたら逃してやるぜ」

「……」


 メルブレンに来るまでで、ブーカのことはだいたいわかった。


 こいつは、とんでもなく頭が悪い。


 だからブーカは世の中の全てをパワーで解決しようとする。腹が減ったら食い逃げするし、金がなくなったら強奪するし、怒られたら武力で黙らせる。もう犯罪者予備軍どころか生粋の犯罪者なのである。



「ブーカ。何度でも言うが、俺はそもそも金を持ってない」

「じゃあ……」

「食い逃げはダメだ」

「うっせーなー。ンな何回も言わねーでもわかってるって。ようは金払ってメシ食えばいいんだろ?」

「……何する気だ?」

「オメーがムリだから、他のやつに頼むんだよ。いくぜユーシャ」


 「いくぜ」と言いつつ、ブーカは俺を引きずりながら前進する。拒否権はない。


 彼女を一人にするとえらいことになりそうだったので、俺は仕方なく従うことにした。どうせ暇だったし。


「あいつに頼もうぜ」


 そうして、彼女は歓楽街をぶらついていた一人の犠牲者に目をつける。


 透き通るようなブランドの髪が印象的な、冒険者風の出たちをした男性だった。

 なんとなくキエリに似ている気がする。鋭めの目つきとかが特に。


「それで……お前は今からあの人に『金がねーからくれ! メシでもいいぜ!』って頼むわけか?」

「さっきからそう言ってんだろ。バカだな、オマエ」

「バカはお前だ。まともな思考回路してたら、そんなん二億パー無理だって普通はわかるんだよ」

「金持ってそうだからいけるって。髪もキンピカだしなー」


 ブーカの中では「金髪=金持ち」らしい。彼女は俺の反対を無視し、止める間もなく男性に声をかけてしまった。



 ……やっぱり、帰ろうかな。


 凄まじく頭の悪い頼みごとをしているブーカを遠巻きに眺めていると、「俺はいったい何をしているんだろうか」という虚無な考えが湧き始める。


 そもそも俺には「聖教会を倒す」という目標があったはずなのだが……こんな調子で達成できるのだろうか。

 蒼龍王だのトリスタンだのヤエミカドだの、相手が大きくなり過ぎたせいで、情けない話だがちっとも敵う気がしなくなっていた。


 ローラーは元気してるかな。

 変な話だが、たまにあいつが懐かしくなる時がある。話したいとかいう親しみじゃなくて、「もう一度あいつと戦いたい」という闘争心に近い感情だが。



 そんな感じでぼんやり考えていると、いつものニコニコ顔を浮かべたブーカが戻ってくる。


「どうだった?」

「ダメだった!」


 だよな。


 にぱっとギザ歯を見せるブーカ。バカだから失敗してもへこたれることはないのだろう。


 まあでも、犯罪に走らなかったのは褒めてやるべき部分だな。ブーカも昼間のことで多少は反省したのかもしれない。


「よし、じゃあもうバカなこと言うのはやめて帰っ……」


 そう言いかけた俺は、ブーカの少し奥を見て硬直する。



 先ほどの金髪男性が、頭から血を流して倒れていたのだ。



「なんかよー、急に動かなくなっちまったんだよな」


 聞いてもいないのに言い訳を始めるブーカ。

 彼女の拳からは謎の赤い液体がしたたり落ちていた。




「大丈夫ですか⁉ もしもし! 大丈夫ですか⁉」


 俺は前世の医学知識を総動員し、転がるように男性へとかけ寄る。


「呼吸ヨシ! 脈拍ヨシ!」

「なにしてんだー?」

「医療措置だ!」

「おー! あたし知ってるぜ。クロタコから聞いたいい方法が……」

「やめろブーカ。お前は何もするな」

「シンゾーソーセージってんだ」

「おいおい。それを言うなら心臓マッサー……」


 ――ボキッ



「ガァァァァァ――ッ⁉︎」


 ブーカのやりすぎ心臓マッサージで男性の体がくの字に跳ね上がる。


「何もすんなッつったろうがァ!」

「でも起きたぜ」


 確かに男性の目は開いた。その表情は明らかに苦しげだが。


「く、ぐ……」

「大丈夫か⁉︎ いやそれより……すいませんでした! ほらブーカ! お前も謝れ!」

「わり」


 男性は混乱した様子でフラフラと立ち上がる。意外と元気そうだ。


「こいつも反省してるんで、許してやってください」

「そうは見えなかったが⁉︎」

「ブーカにしては謝った方なんです」

「これで⁉︎」


 その後もひたすら謝罪を続けたら、男性も最後には釈然としなさそうな様子で許してくれた。

 俺が言うのも変な話だが、あれだけやったのに許してくれるなんて、かなり懐の大きい人だと思う。頭を打ったせいでボーッとしてる可能性も否めないが。


「まったく……とんでもない力だ。久しぶりに死ぬかと思ったぞ」


 ブーカのパワーを考えれば「死ぬかと思った」どころの怪我じゃな済まないと思うが、男性は意外と平気そうだった。


「オマエすげーなー。あたしにアレだけやられて生きてるなんて、タダモンじゃねーぞ」

「ああ。鍛えてるからな」

「あんた、名前は?」

「ラメドだ。ラメド……」


 なんとなく聞いたことある名前だな。


 そう考える俺の一方で、男性は「ラメド」と口にしたまま固まる。


「ラメド……えー」


 いっこうに出てこないラストネーム。嫌な予感がした。



「えっと、ラメドという名前は、覚えてるんだが……」


 ラメドの額から汗がふき出してくる。


「他の記憶が……ない」


 呆然とするラメド。


 俺はそそくさと逃げようとするブーカの襟首を片手で掴んだ。

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