第三章1 『いつもここから』
「お金がありません」
歩きに歩いてようやくメルブレンに到着した俺たちを待ち受けていたのは、豪華な宿でも巨大カジノでも魔法学校でもなく、キエリのそんな爆弾発言だった。
「お金が、ありません」
赤レンガの街並みに感動する俺とリーフェンに、キエリはもう一度同じことを言った。
ここに来るまで、確かに「路銀を稼ぐ」という行為は一度もしてこなかった。しなくていいのかな、とも思っていた。
でも俺たちは山をくだり、道を進み、かれこれ半月は歩きまくったのだ。身も心もクタクタ。メルブレンの高級レストランと豪華な宿だけが心の支えだった。
なのに、到着と同時に「お金がないのでお預けです」だなんて認められるか。
「……腹減ったなあ、リーフェン」
「そうだねえ。でも、僕はとりあえず宿に泊まってゆっくりしたいよ」
「無理です。お金がないので」
流れるように現実逃避を始める俺たちに、キエリは懲りることなく事実を突きつける。
「どこのレストランも美味そうだ」
「お祭りが近いから、市場に露店も出てるらしいよ! 楽しみだね!」
「ちなみに食料もなくなりました」
俺とリーフェンは凍ったように固まった。
最悪のニュースは一つだけじゃなかったらしい。
「今夜私たちができるのは、路上に落ちてる砂粒をついばむぐらいです」
「……んなことできるかァ!」
「ニワトリしかしないよ! そんなこと!」
「お金がないんですぅ!」
耐えきれなくなった俺とリーフェンがツッコミを入れると、キエリはやや涙目になって四度目の「お金がない」を言った。
「もう金がないのはわかってんだよ! 何回も言うな!」
「ナカムラが、ナカムラがしっかりお金を管理しないからぁ……!」
「お金の管理はキエリの担当だったでしょ!」
「はい、そうです……ごめんなさい」
シュンとなるキエリ。
まあ、素直に謝ったのなら許してやろう。キエリがものすごく反省しているのは見てるだけでも伝わった。
これ以上目立つのもまずいので、俺は咳払いして冷静さを取り戻す。
「ちなみに、残ってるのはどれくらいだ?」
「銅貨が四枚と、銀貨が二……一枚です」
一瞬「二枚」と嘘をつきかけたのは見逃してやることにする。
道中でキエリから教えてもらい、異世界についての知識がついてきた俺は、金の価値もわかるようになっていた。
銀貨が一枚と銅貨が四枚。
日本円にするとだいたい14000円弱ぐらいだ。
宿は一人あたり6000円はする。三人が泊まるのはまず不可能だろう。夕食を食べてどれくらい残るか、といったところだ。
「要するに……選択肢は二つです。夕食を買って全員道ばたで寝るか。夕食を我慢して一人だけが道ばたで寝るか」
「…………」
「…………」
とりあえず、俺が道ばたで寝るのは確定した。
「ぼ、僕が……」
「いいんだ。無理するな、リーフェン」
「私の紅晶石を売れば……」
「せっかく貰った貴重な物だろ。万が一のためにとっておくべきだ」
「じゃあカジノ! カジノで増やそうよ! 僕こう見えて運がいいから……」
「リーフェン!」
早まったアイデアへ走ろうとする彼に喝を入れる。
「もう、いいんだ……!」
「っ……」
二人は苦々しげにうつむく。それでもまだ諦められなかったのか、「でも」や「いや」を言おうとしきりに口を動かしたが、それが言葉になることはついぞ無かった。
重苦しい沈黙。
この妙に悲壮感たっぷりな空気に耐えきれなくなった俺は、とりあえず何か話そうと口を開く。
「ついこの前は金貨数十枚とかだったのに、まさかもう無くなるとはな」
「そうですね。かなり余裕があったので、うかつにも油断してしまいました」
「僕、ムダ遣いしすぎちゃったのかなあ……」
そこで誰かを責めるのではなく、まず自分の落ち度から考えるのがリーフェンの偉いところだ。
だが、俺は薄々資金不足の原因を察してもいた。キエリは言い訳をしたくないだろうから、代わりに俺が言うことにする。
「やっぱり原因は、食料の食い過ぎか?」
「…………」
キエリは無言で頷く。
このチームの料理担当は俺だ。食料の減りが異常に速かったのは、俺もなんとなく気づいていた。まさか資金を大幅に圧迫するほどだとは思わなかったが……それにもっと早く気づいて対応していれば、こんな事態にはならなかっただろう。
「すまん、俺の食料管理が甘かったせいだ。これはキエリの責任じゃない」
「そ、そんなこと言ったら僕だって……!」
「もうやめましょう。責任の奪い合いをしても仕方ないです」
また同じ内容で揉めだした俺たちを、キエリが冷静に止める。
「責任の奪い合い」なんて初めて聞くワードだ。少し前までは押し付けあっていたのに、俺たちもずいぶん成長したものだな。
「それに、そもそもの話をするなら、食料の減りを速めた元凶を責めるべきだと思いませんか?」
こちらの背後に目をやるキエリ。彼女が誰について話しているのかは一発でわかった。
クロタコが置いていった仲間……もとい、特大の「お荷物」のことだろう。俺はキエリの視線をなぞる。
「んあー?」
赤髪のドワーフ、ブーカ。
彼女は干し肉のようなものをガジガジとかじりながら、こちらにペカッとした笑顔を向けた。
その隣には、申し訳なさそうな顔をした半獣人の少女、コニー。
「ブーカ……その干し肉、どこで手に入れた?」
「ニクじゃねーぞ。キノコだ」
干した洞窟キノコ。俺たちが餞別にとカティアからもらったものだ。
つまりこいつは、俺たちの食料をかっぱらい、平気な顔でガジガジしているのである。
「ブーカって、本当によく食べるよね……」
「いっぱい食うと強くなれっからな!」
「食べるなら自分の物を食べてください。あなたのせいで破産寸前です。どうしてくれるんですか」
「まったくだ。夜な夜な盗みにきやがって……ネズミか、お前は」
「面目ないにゃ……」
ネズミの代わりに、なぜかコニーが謝罪する。
「コニーもちゃんと怒ったにゃ! でもブーカがぜんっぜん言うこと聞かないのにゃ!」
「あたしはヨエーやつの言うことは聞かねー」
「キエリ、言ってやれ」
「食料を盗むのをやめなさい。あと弁償しなさい」
「やだね。バーカ」
キエリは一度ブーカを倒したはずだが、ブーカ的にそこはノーカウントだったらしい。
どうせ誰が言ってもブーカは聞かないだろうな。そう考えた俺とキエリはブーカに見切りをつけ、コニーの方を向く。
「話は聞いてましたね?」
「はい……宿に泊まるお金がにゃいとか」
「お前が悪くないのはわかってるよ、コニー。でも俺たちが困ってるのも事実なわけでさ」
「はい……弁償しますにゃ」
「そうですね。それが当然ですよね」
「とりあえず銀貨一枚でいい。いったんそれで許す」
「えっと、えっと……!」
コニーはポケットに手を入れると、そこから小石やら虫の死骸やらをポロポロと落としながら、必死でサイフを探す。
ものすごく罪悪感をかき立てる光景だ。当然の権利を主張しているはずなのだが、どうもカツアゲをしているような気分になってしまう。
「あっ、あったにゃ!」
サイフを取り出したコニーは、続けてその中身をちまちま計算し始める。
ひぃ、ふぅ、みぃ……少し古臭い数え方。そのまま声に出して最後まで数え終えると、彼女は数秒ほど硬直した。
に、し、ろ……。今度は別の数え方で、また計算し始める。
「えっと……小銅貨、十枚……にゃ」
つまり、銅貨一枚。
日本円にして1000円弱。
「…………」
「…………」
俺とキエリは無言で見つめ合う。
「お、お納めくださいにゃ……」
「いやいやいや」
「さすがに貰えません。少なすぎますし」
おずおずと小銭を差し出すコニーに、俺とキエリが慌てて止めに入る。
「残りは、借金して払うにゃあ……!」
「そこまでして取り返すつもりはないから」
「ナカムラの言うとおりです。だいたい、あなたも泊まる宿がないじゃないですか」
「ううん、大丈夫! 獣人のハーフは珍しいのにゃ。だからコニーが見せ物小屋に行けば、金貨ガッポリにゃ!」
なにが大丈夫なんだ、それ。
大丈夫そうなポイントが一つも見つからないんだが。
「コニー、もうお金は返さなくていいです。あなたの気持ちはよくわかりましたから」
「すまん。俺たちが意地悪だった」
「安宿を探せば泊まれる所が見つかるかもしれません。おそらく全員同じ部屋ですが……外で寝るよりマシです」
「ああ、今日はそこに全員で泊まろう。ブーカは外だがな」
「コニーも外でいいにゃ。ごはんも残飯とかでいいにゃ」
「コニー!」
「一緒に暖かいベッドで寝ましょう! 今すぐに!」
「そして明日はドナドナにゃ。見せ物小屋にドナドナ〜♪」
「コニーが壊れました!」
「しっかりしろ! お前は何も悪くない!」
そのあまりに過剰な自己犠牲に胸を打たれた俺とキエリは、二人してコニーを抱きしめる。
「とりあえず金は明日考えよう……な? それがいいよな?」
「ええ。どうせすぐ稼げますからね! はやく次の街に行かないとですし!」
「コニーがブーカを止められてたら、明日には出発できてたにゃ……」
「コニー!」
「みんな聞いて!ブーカがどっか行っちゃった!」
「次から次へと……!」
慌てて走ってきたリーフェンの報告に、俺はうんざりしながら顔を上げた。
いつのまにか、俺たちの周りにはちょっとした人だかりができていた。そしてその人壁の向こう側から、ものすごい量の怒鳴り声や靴音が聞こえてくる。
「止まれェ! コソ泥ドワーフ!」
そうハッキリ聞こえた頃には、「ほっ」と群衆を飛び越え、腕いっぱいの食料を抱えたブーカが着地していた。
満面の笑みで。
「うい。食いモン持ってきたぜー」
十中八九、盗ってきたのだろう。
「どけどけェ! 自警団だ!」
「そこのクソドワーフを逮捕する!」
しかしツッコミを入れる暇はない。俺、キエリ、リーフェンは猛烈なスピードで判断を下し、ほぼ同時に回れ右をした。
とりあえず、逃げる。
「おー、なんだー? 鬼ごっこか?」
「こっち来んな! クソドワーフ!」
後ろに大量の追手がいるとも知らず、クソドワーフは呑気にこちらを追いかける。
「仲間がいるぞ!」
「応援を呼べェ! 聖教会でもなんでも構わん!」
「なんで……なんで!」
俺はコニーを抱えて走る。
心臓から込み上げてくるのは、魂の叫びだった。
「なんで毎回、こうなるんだぁッ!」
俺の頭上には死兆星が輝いているに違いない。
追手をなんとか振り切った後、疲れ果てて地面に倒れこんだ俺は、すっかり暗くなった空を見上げてそう思った。




