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間章    『敵敵敵』

「かっかっか! まさかこの天下の大剣豪たる我が、幻術なんぞにかかろうとはな! かぁーっかっか!」

「ったく。しっかりしてくれよ、ヤエミカドちゃんよ」


 一方、こちらは蒼龍王とヤエミカド。


 箱庭に閉じこめられたはずの彼らは、現在、聖教会の本部へと帰還したところだった。


 箱庭は現実から隔離された仮想空間だ。術者をどうにかしない限り脱出は不可能である。

 しかしそれは、あくまで相手の実力が「術者の想像の範囲内」だった場合の話だ。人智を超えた実力者二人にとって、箱庭を内側から破壊することなどそう難しいことではなかった。


「確かに我の失態であったが、はこにわ? をぶった斬ったではないか。それでチャラぞ」

「まさか空間まで斬っちまうとはなぁ。さすがの俺もビックリしたぜ」

「この世は斬るか斬られるか。斬るは我をおいて他になし!」

「それで俺に斬りかかってちゃ世話ねえけど」

「次はクビを飛ばしてやろうぞ」

「カカッ! 五億年はえェよ」


 そんな物騒なやりとりも、倫理というタガが存在しない彼らには()れたシロモノだ。


 人払いが終わった石畳の通路を悠々と歩き、二人はやがて約束の部屋へとたどり着く。


「面倒よのお」

「聖教会にも色々あんだろ。俺だけならまだしも、転生者と手を組んでるって知られちゃまずいからな」


 ヤエミカドはやや乱暴に扉を開く。



「お待ちしておりました。蒼龍王、フレミオレトロ様」


 手を後ろに組んだ眼鏡の女騎士が、彼らの到着を予知していたかのように口を開けた。


 彼女は深々と蒼龍王に頭を下げる。続けて、隣のヤエミカドへ顔を向けた。


「そして……ヤエミカド・ソウエモン様。

 あなたとお会いするのは初めてですね。私は第二の席騎士、トリスタン・グレイ・ドルバロムと申す者です。どうぞよろしく」


 そのあまりに落ち着いた態度に、ヤエミカドは「ほう?」と片眉を上げる。


「飛びかかってくるかと踏んでおったが、意外や意外」


 ヤエミカドは室内をぐるりと見渡す。


 聖教会側の人間はトリスタンの他だと、入口の脇を固める下っぱの兵士が二人だけだ。

 ここまで来ると肝が座っているどころか、こちらを舐めていると考えられなくもない。


 そんな意図を察してか、トリスタンはにこりと口を開いた。


「あいにく荒事が不得手でしてね。私ではあなたなど、とてもとても……足元にも及びません」

「張り合いがないのう」


 ヤエミカドはふんと鼻を鳴らす。


「お主、席騎士のくせに転生者が憎くないのか?」

「ええ。まったく」

「我が何人の席騎士を殺したか、知らぬわけではあるまい?」

「ちょうど()()。もちろん存じていますよ」


 のれんに腕押し、ぬかに釘。


 ヤエミカドは心底つまらなさそうに腰の刀から手を離した。


「お主とは、()りが合わなそうだ」

「そうですか? 私はあなたから似たような匂いを感じますが」

「腹に虫を飼うような女子(めなご)は好かん」


 いまいち噛み合わない会話だったが、そのやりとりが一つの区切りとなる。


 ヤエミカドは適当な壁に陣取って腕を組み、トリスタンは暇そうにしていた蒼龍王へと本題を切り出した。



「で、彼はどうでした?」


 彼、というと一人しかいないだろう。トリスタンはややざっくりとした質問を繰り出す。


「魔王かどうかって話か?」

「そこはどちらでも」

「まあ、どっちにしろ()()()だしな」


 それでもナカムラが並な転生者でないのは、蒼龍王も十分に察していた。

 あんなにイカれた奴は見たことがない。あの時のナカムラ(あいつ)は間違いなく限界だった。再生能力を加味しても、なぜ意識があるのかと目を疑ったぐらいだ。

 しかしその限界を、あいつは超えた。


「たった一発……ククッ! 俺を、たった一発殴るだけのために、だぜ⁉︎ 信じられるか? マジでイカれてる!」

「彼は戦力になりそうですか?」

「いや全く。まるで力を活かしきれてねえし、心意気以外はカスだ。アレに負けたおたくの席騎士はクビにした方がいいぜ」

「……へえ」


 トリスタンはやや含みのある返事をする。


「もし不要ならこちらで処理することも可能ですよ。ちょうどそのための人員を用意していますので、時間はかからないかと」

「人員?」

「うちの主力です」

「カカッ! 閃光のラメドか?」


 「ラメド」という名前に、口を閉ざしていたヤエミカドが小さく反応する。


「そいつはちっと過剰じゃねえか?」

「私の目的は魔王ではなく、自由国を崩すことですから」

「ああ、なるほど」


 蒼龍王は淡々と策を説明するトリスタンに、柄にもなく感心した。


「魔王をエサにするってか」

「ええ。理由はわかりませんが、どうやら自由国はクロタコを護衛につけてまで彼を守りたいようですからね。

 彼を攻めれば自由国は必ず動く。他の戦力を引きずり出すチャンスです」

(おとり)かもしれねえぞ?」

「崖っぷちの自由国が、クロタコほどの戦力を囮に使えるとは思えません。仮に動かなかったとしても相手の出方を知れますしね」


 だがまあ、確実に動くだろう。トリスタンはそこに迷いを持っていなかった。


 理由は、彼の周辺で起こる出来事の不可解さだ。

 クロタコはなぜか彼が転生したばかりの収容所を攻撃し、なぜか手の込んだ箱庭を用意してまでエルフ村を襲い、そのどれもが不可解なほど自由国にとって都合のいい形で終わった。


 これの意味することは、何か。

 未来予知だ。


 自由国は彼の未来を知っている。それはつまり、彼が自由国の未来に関わるほどの重要な存在、ということでもある。


 魔王だか何だか知らないが、相手にとって大事な存在なら、それを潰してやろう。敵が嫌がることは何でもやる。

 それが第二の席騎士、トリスタン・グレイ・ドルバロムの末恐ろしい一面だった。



「カカッ! 面白え」


 だが、ここにもっと末恐ろしいことを考えている男がいた。


()()にやろうぜ、それ」

「……同時?」

「実を言うとな、こっちはこっちでもう仲間を動かしてたんだ」


 ああ……なるほど。


 トリスタンの冴え渡った思考は一瞬で答えにたどり着いた。


「災厄は、あなたの手引きですか」

「ま、ただの偶然なんだけどな」


 ローラーが対処に向かったらしいけど……今から呼び戻して間に合うかな。


 トリスタンは口にこそしなかったが、そんな風に席騎士の少年へと思いを()せた。


「とにかく、ラメドやら災厄やら魔王やら、全部グッチャグチャに混ぜてみようぜ」

「意図をお伺いしても?」

「ヤエミカドから面白えこと聞いてなぁ。毒虫を一箇所に閉じこめて共食いさせたら、すげえ毒ができるんだとよ。人間も虫みてえなモンだろ?」

「……」


 トリスタンは特に同意も否定もせず、それとなくヤエミカドの方に目を向ける。

 この「独特な性格」の蒼龍王と彼女とが、いったいどういう風な付き合い方をしているのか素直に気になったからだ。


「……ぐう」


 立ったまま寝ている。なるほどその手があったかと、トリスタンは心の中で自分の額を叩いた。


「さぁて、誰が生き残るかな? 魔王はまずムリだとして、ラメドか災厄か。俺的には災厄が本命だな。あいつには……」

「失礼、少しお待ちを」


 相手の事情などお構いなしで進んでいく蒼龍王の話を、トリスタンはおもむろに制止した。


 悦に入っていた彼は邪魔されたことに不快げな表情を浮かべたが、トリスタンは気にせず、入り口の脇を固めていた二人の兵士に声をかける。


「君たち、悪いんだけど席を外してもらえるかな。これからは少し込み入った内容を話すから」

「はっ!」


 兵士たちは彼女の指示に従い、一人ずつ礼をして退出を始める。


「別にいいだろ。どうせ漏れたって困らねえよ」

「ですがまあ、これ以上()()()()()()()()()のも(しゃく)ですから」


 退出しかけた一人の肩を、トリスタンが後ろから掴む。



「ね、スパイくん?」

「ッ――⁉︎」


 ドシュッ



 音もなく抜いていたトリスタンの短剣が、鎧の隙間をかいくぐって兵士の脇腹に突き刺さる。


「やるねえ、君。スパイがいるのは気づいてたけど、まさか近衛兵とは……どうやったの?」

「と、トリスタン様、な、なにを……っ⁉︎」

「いいから」


 グリと短剣がねじれ、兵士はその痛みに悶絶して倒れこむ。


「君ぃ、災厄のことを私に報告してきた人だろ?」

「……!」

「覚えてるよ。私の部下ならまだしも、なんで本部を守る近衛兵がそんな情報持ってるんだろうって、不思議だったもの」


 最初は蒼龍王のスパイかと思って無視していたが、災厄が蒼龍王の仲間である以上、消去法で自由国のスパイということになる。


 トリスタンは兵士を足で転がし、その顔をもう一度確認した。


「……これは失礼。スパイ()()じゃなくて、スパイ()()()だったか」


 先ほどは屈強そうな男性だった顔が、徐々に見知らぬ少女の顔つきへと変わっていく。


「顔を変える能力? 便利だね」

「おやや、バレてしまいましたか。さすがは崇務のトリスタン」


 少女は驚くほどに無表情だった。痛みに苦しむ様子は微塵もない。

 ただ口角を吊り上げ、笑顔のような何かを浮かべていた。


「ですが残念でしたね。情報はすでに自由国へ渡っていますよ。してやったり」

(したた)かだねえ。どうせ拷問しても吐かないだろうし、せめて私の推測が当たってたかだけ教えてよ。死ぬ前にさ」

「ご冗談を。あなたには私の名前すら教えてあげません」


 そう言って「べーだ」と舌を垂らし、少女は迷いなくその舌を噛みちぎった。


 ものすごい根性だ。トリスタンは痛々しい自決に思わず眉を(ひそ)める。



「あら……意外と、()ねまへんね」

「……介錯しようか?」

「う」


 長剣を抜いてとどめを刺してやる。


 その光景を見ていた蒼龍王が「自由国の連中は面白えのばっかだな」と呟いたが、トリスタンは彼が感じる面白みとやらを理解できなかったし、しようとも思わなかった。

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