間章 『出発の前夜(後)』
「お前、いつから隠れてた?」
「勇者サマもいけずやなあ……今度は、うちを妬かせるつもり?」
クロタコは質問を無視して、俺をさらにギュッと抱きしめた。
背中に、柔らかい感触。
「クロタコさん」
「はいな」
「あたってます」
「意外とありますやろ? Eどす」
「京都弁巨乳女」という謎のフレーズが俺の脳裏を通過した。いつも思うが、我ながらなかなかのネーミングセンスだ。
「……」
一方のキエリは刺すような視線をこちらに向けている。視線で「痛い」と感じたのは初めてかもしれない。
「……ふん。こんなに露骨な誘惑でも、鼻の下は伸びるんですね」
「気絶しなかっただけ褒めてくれよ」
「でも、前よりリアクション薄なったなあ。うち寂しい」
「いいから離れろ。あとこのジッポーの説明もしろ」
「はいはい」
クロタコは俺の手からジッポーをつまみ上げる。
後ろから抱きついた姿勢はそのままだ。
しかし俺が文句を言うよりも先に、彼女はさらりと説明を始めた。
「エルフ村で言ったやろ? このジッポーはうちからのプレゼントやで、って」
「それは聞いた。でも『無限にジッポーを生み出せる謎の力』のことは何も聞いてない。あと離れろ」
「同じことやんか」
クロタコはようやく俺の言うことを聞くと、「はーやれやれ」とでも言いたげなジェスチャーをする。
「うちはなにも、『ジッポーがプレゼント』とは一言も言ってないで?」
「いや言ってただろ、ついさっき」
「嘘が雑すぎます」
「とんでもないバカだと思われてんのかな、俺ら」
「その力も含めてプレゼントってことやんか」
「……どういう意味だ?」
「うちの能力は、『事前に設定したモノを八個まで、望み通りに生み出せる能力』」
と、いうことは……
「俺が無限にジッポーを生み出せるのは、その能力をプレゼントされたから?」
クロタコは「そゆこと」と指パッチンする。妙にテンションが高い。
それから彼女はスーツのポケットに手を入れ、中から金属製の細長い何かを取り出した。
「これ、覚えてる?」
「暗くて見えない」
「ほい」
クロタコがほうり投げた物を空中でキャッチする。
見ると、それは空の薬莢だった。ライフル弾の薬莢。
覚えてる? と聞かれてもな……そう思いつつ、それを手のひらで転がしてみる。すると裏面に、ナイフで書かれた小さな文字を見つけた。
知ってる字だ。おそらく英語。
つづりは C、o、n……
「Contract……『契約書』か」
「さすが、頭ええな」
クロタコが感心したように息を吐く。
「それを使うと、転生者の能力を他人に譲ることができるんです」
「条件は簡単。まず適当なものに『能力を譲ります』って契約書を書いて、それを渡したい人のおでこに当てるだけ」
そんなんあるのかよ。特殊な魔道具みたいなものか?
クロタコが普通に能力を使えてるところを見るに、契約書で渡しても元の持ち主が能力を失うことはないのだろう。
「つまり……契約書を使えば、能力あげ放題か?」
「もちろんデメリットはあるで」
まあ、そうだよな。俺は少しだけガッカリする。
「契約書で渡した能力は、とんでもなく弱体化してしまうんや。基準が曖昧な能力とかは特にな」
「クロタコの能力は『八個』って基準が明確にあるから、弱体化しにくくて渡しやすい能力だったと」
「それに、契約書はかなり貴重なものです。ただ契約文を書くだけでは作れません」
キエリは「具体的な方法は長い上に複雑なので省きますが」と補足説明を終わらせた。
俺の「再生能力を渡しまくって不死身の軍団を作る」という妄想がはかなく砕け散った。やはりこの異世界は色んな意味でやさしくない。
ブーカが再生できたらすげえ強そうなのに……いや、無くても十分強いか。普通に「いらねー」って言われそうだな。なんか傷つくけど。
「うちはその貴重な契約書を使って、勇者サマを強くしてあげてたわけ。どうやら魔法が使えへんくなったみたいやし、保険として大助かりやろ?」
「それはそうだが……いつ渡したんだ?」
「覚えてへんの? ひどいわあ。うちと勇者サマが出会った、運命の日やのに……」
クロタコと初めて出会ったのは、たしか俺が転生した直後のことだ。
たしか、ローラーに殺されるギリギリのところでクロタコが助けにきて、それからローラー対クロタコの戦いが始まって……
――――
『跳弾や。こんな狭い場所で、無計画に撃たへん』
『ふふ、特記事項その一『彼女の撃ち損じを期待してはならない』。失念していました』
クロタコは「へえ」と興味なさげに呟き、後ろで固まっていた俺の額に、空薬莢を投げつけた。
『あづっ!』
(第一章三話『雷管』)
――――
「……あの時か!」
「そ。うちと勇者サマが初めて会った、運命の日」
「私とも会いましたけどね」
ぜんぜん気づかなかった。というか、なんならちょっと忘れかけてた。
魔法に代わる新たな力。
まさかそんなものを、俺が魔法を使うよりもずっと前の段階から仕込んでいたとはな。
もしかして、クロタコは初めからこうなることがわかっていたのだろうか。彼女の仲間は未来がわかるらしいし、十分ありえそうだが……だとしたら気味が悪いほどの用意周到さだ。
なんとなくクロタコを信用し始めていたが、こういう部分を見るとやっぱり油断ならない相手な気がしてくる。
「どう? うちええ女やろ? 結婚する?」
「しない」
「えー、残念」
しかし、度りに船とはこのこと。
今までの戦闘はほぼ魔法頼りだったし、新しい力が手に入ったのは素直に嬉しい。
「俺はあといくつ物を設定できるんだ?」
「今まであげた人は二個が限界やったから、勇者サマも同じとちゃうかな」
「つまりラスト一個か」
「そ。よう考えときや。一回決めたらもう変えられへんから」
そこは魔法と違うのか。
たしか、魔法は最初に選んだモノから変更することもできるが、それをするとモノから「浮気野郎」判定されて嫌われてしまう……みたいなルールだった気がする。
望み通りにモノを生み出せる能力。使い方によっては強力そうだし、何を選ぶかはとてつもなく重要になるだろう。
なぜそんな貴重な枠が最初の段階から「ジッポー」で埋まっていたのかは謎だが……クロタコのおふざけだろうか。クロタコならそれぐらいはやりそうだ。
「ラスト一個って言われると……悩むな」
「今すぐ決める必要はありませんけど、メルブレンに着くまでには決めておきたいですね」
「そうだな」
なんか、魔法の時にも似たようなことしたな。俺はエルフ村の牢屋を思い出して、なんとなくしみじみした気持ちになる。
「参考ついでに聞くけど、クロタコは何にしたんだ?」
「最後に選んだやつ? タバコやったな、即決で」
そこで武器とかではなく嗜好品をセレクトするのがいかにもクロタコらしい。
「ちなみに、何を選んでもだいたいはいけるけど、生き物だけは無理やしな。例えばうちのクローンを作って“情欲のはけ口”にするとかはできひん。残念ながら」
「どうします?」
「うーん。シンプルに銃が強そうだが……」
クロタコの扱いがわかってきた俺とキエリは、淡々とボケる彼女を華麗にスルーして相談を始める。
転生者の能力は魔法と似て「願望」や「イメージ」が重要だ。願望は考え方次第でどうにもなるが、問題なのはイメージの方。
銃の構造ぐらいなら俺でもわかる。でも例えば弾丸の構造であったり、それに使われている火薬の組成まではわからない。しかも銃を使ったことがないので、それを具体的にどう扱うかのイメージもない。
魔法の時にも似たような悩みを抱えたが、今回も同じ結論になりそうだ。「俺にとって馴染み深くて、見慣れた物が一番いい」という。
それで最初に思い浮かんだのは「食べ物」だ。
俺の再生能力は栄養が必要不可欠なわけだし、無限に食べ物を出せれば、それを食べ続けるだけで無限に再生できるようになる。そしたら俺は完全に不死身だ。
ただ、いかんせん再生能力がパッとしない。無限食料で俺が不死身になっても、攻撃力が一般人程度のままなら「無限に殴れるサンドバッグ」になるだけだ。選ぶなら武器とかの方がいい。
武器……模造刀とかでギリだな。人生で触った武器らしい物がそれぐらいしかない。
日本の平和さがここにきて仇になるとは。こうなることが事前にわかってたら、俺も核爆弾の作り方とか勉強しといたのに。
「ま、具体的な使い方はここに書いといたし、あとはそれ見て考えとき」
英語の文章がズラッと書いてあるメモをクロタコに手渡される。
「ごめんな、勇者サマ。うちはしばらくお別れや」
彼女の言葉に、俺だけでなくキエリまで「えっ」と声をあげた。
クロタコは俺たちの見守り役で、旅の道中はずっとリーフェンに気づかれないギリギリの距離を保ちつつ、俺たちに危険がないかを背後から監視してくれていたらしい。
知らなかったとはいえ、「もしヤバい敵が来てもクロタコが助けてくれる」というのはものすごい安心感だ。
クロタコがいるなら今後の旅も大丈夫だろう。
そう思っていた矢先の「お別れ」だった。
「しばらく、というのは……?」
「そっちがメルブレンに到着する頃には戻るつもりやけど、実際どうなるかは何とも言えへんな」
「自由国に何かあったのか?」
「今のところは大丈夫。ただ蒼龍王が動き出した以上、こっちも色々と手を打たなあかん」
それはたしかに……重要なことだ。
そう納得する一方で、やはりどうしようもない不安に襲われてもいた。
クロタコがいなくなることも不安の一つではある。しかし何より不安だったのは、彼女の発言が「重大で深刻な事態」の前ぶれかのように聞こえたことだった。
「そない不安がらんでも大丈夫や。大した用事やないし、もしもの時はコニーとブーカが助けてくれる」
それはそれで心強い。だが、俺の不安はむしろ加速していた。
「基本は別行動やと思うけど、たまにあいつらの相手もしたってな。二人とも、うちがおらんくて寂しいやろうから」
「お前は……一人で大丈夫なのか?」
「なに言うてんの。うちは特付きやで?」
心配する俺に、クロタコは柔らかい笑みを浮かべる。
「そう簡単に死なへんよ」
いつもなら茶化すくせに、返ってきたのは彼女らしくもない真面目なセリフだった。




