エピローグ1『アルバイト』
「じゃあ、もう一回やってみな」
「はい」
イスの肘かけをコツコツと二回叩く。
そんなカティア監督の指示を受け、俺たちは少し緊張しながら配置についた。必死で覚えたセリフを反芻しなおし、口角をぐにゃぐにゃさせて顔の筋肉をストレッチする。
「あーあ。ひまやなー」
「こんなところに、笑顔がすごくステキそうな酒場があるにゃ」
「ほんまや。ちょうど小腹すいたし、入ってみよか」
外からお客様役のクロタコとコニーによる、コントの前置きみたいな会話が始まった。
続けて、クロタコが「ウィン」と扉が開くジェスチャーをしながら入ってくる。なぜか自動ドアの設定だ。
「いらっしゃいませー!」
俺たちは、おもてなし精神たっぷりの笑顔を作る。
「憩いのカティア酒場へようこそ! ステキなお客様!」
ウェイトレス風の格好をしたリーフェンが、長めのスカートをひらひらさせながら手筈通りのセリフを口にする。
踊るような足取り、歌うような口ぶり。ほとばしる笑顔はミュージカルの一幕のようだ。
男用の服もあったのだが、「需要がある」ということでリーフェンはスカートになった。本人は意外とノリノリだ。それでいいのか、リーフェンよ。
「何名様でしょうか?」
「二人にゃ」
「かしこまりました! お客様来店でーす!」
「喜んでー!」
俺はキッチンの方からできるだけ大きな声を出す。両隣でぐったりしてるキエリとブーカは頼りにならないので、俺が声を出さないと、また「やりなおし」を喰らいかねない。
これは、試験だ。
カティアの調子が戻るまで、俺たちが代わりに酒場を切り盛りする。それを彼女に認めさせるための試験。
話は、洞窟から帰った翌日までさかのぼる。
そこそこ調子が戻った俺は、リーフェンとキエリを連れ、散歩がてらにカティアの様子を見に行った。
『その体じゃ無理だって! 頼むからベッドで寝ててくれ!』
『放しなァ! あたしは店開けんだよ! 開けるッたら開けんだよ!』
大柄な獣人男性四人を相手に、互角の取っ組み合いをするカティア。
その光景の激しさは説明するまでもない。助けに入った俺たちが説得を試みても、カティアは「店を開ける」の一点張りだった。
カティアの酒場は、かつての彼女が亡き夫と再出発を誓った大切な場所らしい。
「ぜったいに潰したくない」。そう力強い目で言うカティアに、俺たちはかける言葉が見つからなかった。
しかし、カティアは蒼龍との戦闘で左腕を失い、右膝の靭帯まで切ってしまった。もう補助装具や杖なしでは歩くこともままならない。
そのうえ片腕で酒場を切り盛りするなんて、とてもじゃないが不可能な話だった。
そこで、俺たちが名乗りをあげた。
カティアには世話になったし、結局タダでくれた紅晶石の恩も返せていない。当然の行為だ。俺もリーフェンも、キエリも、そのことに異存は少しもなかった。
そして、かれこれ二日。俺たちは酒場を切り盛りするどころか、そのスタートラインにすら立てていない。
まさかここまで厳しいとは思わなかった。最初はザックリ動きを確認するだけだったのが、知らないうちにどんどんエスカレートしていき、今や高級レストランさながらの接客術を求められている。
「なにボサっとしてんだい。とっととお客様にメニューをお渡ししな」
「……はい。すいません」
カティアは「早くしないと、またやりなおしだよ」とこちらを睨みつける。俺の時はメニューなんてスッカリ忘れてたくせに。
自分でやるのと、人に任せるのとでは感覚がまるで違うらしい。その理屈はわからなくもないが、果たしてカティアの思う「酒場」はこれで合っているのだろうか。「ようこそ! ステキなお客様!」なんてアミューズメントパークぐらいでしか聞いたことがない。
「おい、キエリ」
「わかってますよ」
リーフェンと同じ格好をしたキエリが、カクついた足取りでテーブルに向かう。
フリフリのスカートに始めこそテンションが上がっていた彼女だが、そのあまりのポンコツっぷりにダメだしを受けまくり、もうスッカリ意気消沈してしまっていた。
「メニューです、どうぞ」
「それとこちらはお水です!」
キエリが水を忘れたので「やりなおし」を覚悟したが、リーフェンのファインプレーで事なきをえる。
しかし、これは第一関門に過ぎない。
問題はここからだ。俺は生唾をゴクリと飲んで聞き耳を立てる。
「コニー、何にする?」
「ホットミルク」
「ほな、うちは『シェフご自慢のアーリオ・オーリオ風サラダ 〜つみたてのハーブを添えて〜』にするわ」
そんな料理はメニューにない。
クロタコのアドリブだ。
彼女は何度「メニューにあるものを頼め」と言っても徹底して無視を貫き、「シタビラメのムニエル 〜季節の野菜を添えて〜」とか、いちいち高級そうな料理を注文してくるのだ。
毎回何かしらを添えてくるのが本気でウザい。さっきのシミュレーションでは「ブリのカルパッチョ 〜オリーブオイルを添えて〜」とか意味のわからない物を注文してきた。カルパッチョは、簡単に言うと刺身にオリーブオイルをかけた料理だ。つまりオリーブオイルは添えるまでもなく前提として含まれている。
しかし、俺たちに「喜んで」以外の返事は許されない。
そのアーリオなんたらが何かはわからないが、とにかく勘で作る他ないのだ。
「よし、やるぞブーカ」
「なんであたしまで……」
「食い逃げしたんだから仕方ないだろ」
俺は数少ない料理知識を総動員して考える。
アーリオなんたらは、たしかパスタでよく聞く名前だったはずだ。そして「〜風サラダ」という表現から察するに、おそらくサラダによく合うパスタソースなのだろう。
我ながら名推理だ。あとはアーリオの味を特定するだけ。俺は脳内にパスタソースを列挙していく。
トマトソース、ミートソース、クリームソース、バジルソース……くそっ! ここまでわかったのに、パスタソースの種類が豊富すぎて検討がつかない。
イタリア人め……ムダに料理の多様性を広げやがって。何にでも合うのはパンと白米だけで十分なんだよ。
その上小洒落た名前までつけて、どんだけモテたいんだお前らは。料理できる系男子がモテるのはラノベの世界だけなんだよ。
「なあ、ザコゾンビ」
「誰がザコゾンビだ」
「もう何でもいいからよー、適当に作っちまおうぜ」
えらく投げやりな提案だが、それしか方法が無いのも確かだ。俺はため息を吐いてブーカを見る。
「ブーカ、どうせ知らないと思うが……」
「知らねえ」
「だよな。わかった」
ブーカは戦闘だと頼りになるが、それ以外だと丸っきりゴミだ。ここまでの失敗はほぼコイツのせいと言っても過言ではない。
俺は早々に切り替え、ブーカにとりあえず簡単そうな仕事を任せることにする。
「じゃあ俺はサラダ作るから、ミルク温めてくれ」
「あー……どこだ?」
「下の棚に入ってるだろ」
「それは見つけた。でも、中身がどっか行っちまった」
「……」
ブーカは空っぽの牛乳瓶をぷらぷらと振る。
口元には白い「ひげ」。
「お前まさか、飲んだのか?」
「飲んでねえ。なくなったんだ」
「……うまかったか?」
「うまかった」
「飲んでるじゃねえか!」
もうメチャクチャだ。キッチンが騒然とし始める。
「くっ……! 仕方ない。予備を使うぞ!」
「おー、どこだ?」
「後ろの棚!」
「これか……げぷっ。ゴチソーサマ」
「だから飲むなっつってんだろうがァ!」
カティアは今にもブチギレそうだ。このままじゃ「やりなおし」どころかクビもありうる。
「き、キエリ、どうしよう……」
「とりあえず謝って、注文を変えて貰いましょう」
ウェイトレス二人組が機転をきかせてフォローに回ってくれたが、不運なことにメニューを持って行ったのはキエリだった。
ずるっ。
「あ」
惚れ惚れするほどのポンコツっぷり。キエリが何もない場所で転ぶ。
が、すんでのところでうまく受け身をとり、みっともない転び方だけは回避した。
ものすごい身体能力だ。ブーカが「おお」と感心する。やはり本調子に戻ったキエリの力は伊達ではない。
プス……プス……
「……あ」
「あ」
「あ」
しかし、キエリはやはりポンコツだった。
いつの間に刺さったのか、彼女の二本角にはプスプスと煙を立てるクッション。たちまちボッと燃え上がる。
「……こちら、つみたてクッションのバーベキューでございます」
キエリは色々考えてから、燃え上がるクッションを皿の上にそっと置いた。
どう考えても無理がある。
「うち、そんなん頼んでへん」
「黙って食いなさい。それと同じ目にあわせますよ」
これはもう、完全にやらかした。
だが諦めるわけにはいかない。俺とリーフェンはヤケクソになるキエリをいったん置き、すぐさまカティアの元へフォローに入る。
「……」
「あ、あの……カティアさん」
「今のはちょっとしたミスなんだ。だからもう一回だけ……!」
「あんたら全員、クビだ――ッ!」
クビだった。




