表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/84

第二章22 『らしくあれ』

「出口まであとどれくらい⁉︎」

「もうすぐそこにゃ!」

「本当か? 来た時はもっと時間がかかったが……」


 今のところ洞窟をまっすぐ走っているだけで、曲がったり登ったりしたことは一度もない。明らかに来た道とは別のルートを進んでいる。

 不安になった俺は、先を走る猫耳少女、コニーに疑問を投げかけた。


「コニーの箱庭は変幻自在にゃ! 出口に続く一本道を作ったり、そこまでの距離をできるだけ縮めたり、何でもアリにゃあ」


 コニーは息を切らしながらも、心なしか得意げにそう説明する。

 なるほど。イメージで作った仮想空間だから、その形状や大きさも自由に変えられるわけか。どうりで歩きやすい道ばかりだと思った。


 箱庭が最強魔法と呼ばれる理由がよくわかる。これをたったの10分で作ったなんて、正直今だに信じられない。


「だああぁぁぁ! まだるっこしい!」


 真ん中を走っていたブーカが急に大声を出した。


「ムズいことペチャクチャ話しやがって。喋るヒマあんなら走れ! おっせーんだよ!」

「ブーカが人に合わせてたなんて驚きにゃ! またヘンなもの食べたにゃ?」

「うっせえ! オマエいねえと出れねーからだろ! ったく、しかたねえ……オラァッ!」


 体がものすごい力で前方に浮いたかと思うと、景色がビュンと加速する。


「わわっ!」

「にゃ!」

「しゃははは! やっぱあたしはサイキョーだぜ! やっしゃー!」


 謎のかけ声と共に、ブーカは車に匹敵するほどの速度で全力疾走を始めた。

 ケイト、キティ、リーフェン、コニー、俺。計五人を、ブーカはその女子中学生くらいの小さな体一つで持ち上げてしまった。いったいどこにそれほどの力があるのだろうか。

 敵になると恐ろしい分、味方になると心底頼もしい。



 ほどなくして、俺たちは洞窟の出口にたどり着いた。

 外はいつの間にか夕暮れ時になっていて、蒼龍とはまた別の、大自然の冷気がその強さを増しつつあった。吹き抜ける風が汗ばんだ体を冷やすが、不思議とそれに懐かしみのような心地よさも感じた。


 西の方では、昼の青と夕暮れの赤が絶妙に混ざり合った、美しい桃色の大空が広がっていた。うろこ雲の一つ一つですら美しく、思わずあっけにとられてしまう。


「紅龍と蒼龍も、こんな風に仲良くできたらいいのに」


 誰に向けてでもなく放たれたリーフェンの言葉に、俺は心の中で同意した。



「出るまでに何秒かかったにゃ⁉︎」


 しかし、景色に目を奪われている場合ではない。

 切迫詰まったコニーの声に、俺の意識はすぐさま現実に引き戻された。


「僕、数えてたよ! 100秒くらいだった」


 つまり、残り時間は80秒ほど。

 蒼龍王を食い止めつつ逃げて間に合うかどうか。


 いや、まず間に合わない。

 「この三人なら間違いなく大丈夫」というメンツを残したつもりだ。しかしいざこの場に立つと、やはり無謀な判断だったかもと後悔が襲ってくる。


 ただ待ってるだけじゃ間違いなく殺られる。何か策を考えないと……。


「ねえ、コニー。箱庭を()()()できる?」

「……!」


 どうしようかと唸る一方で、ふと、リーフェンがコニーにそんな提案をした。

 さすがは魔法に長けたエルフだ。かなりの妙案だったらしく、不安で押し潰されそうだったコニーの顔がぱぁっと明るくなる。


「できる……! できるにゃ!」


 コニーは洞窟の入り口に手をあてると、目を閉じて集中し始める。


「なんで小さくするんだ?」

「箱庭から出られるのはコニーが許した人間だけにゃ。だからこのまま一気に小さくして、出口の方から三人を迎えにいくにゃ」


 俺は邪魔しないようリーフェンに聞いたつもりだったが、コニーが早口で返答した。話していても集中はできるらしい。


「爆発と蒼龍王だけを閉じこめて、箱庭の中に密封する……ってことか? すごいな」

「その通り。箱庭は封印魔法でもあるからね」

「すごく、いいアイデアにゃ。コニーはちっとも思いつかなかったにゃ」


 コニーは空中で指を動かして何かを操作し始める。実にテキパキした素早い動作だが、その声にはどことなく力がない。


「みんな、すごいにゃ。リーフェンの機転も、勇者サマの冷静さも、すごく羨ましい」

「そんなことは……」

「ううん。コニーは頭がよくないから、ぜったいムリだったにゃ。ブーカはなおさらムリにゃ……」

「オイ」

「コニーは、箱庭以外はなんにもできないにゃ。クロタコはコニーを救ってくれたのに、まだ、ちっとも恩返しできてにゃい……にゃ」


 コニーはどこか悔しげな表情を浮かべる。


「まだ、コニーは『にゃ』をやめられ……にゃい」

「……?」

「ほんとは言いたくにゃい。クロタコに、コニーは大丈夫だよって、教えてあげたい……にゃ」



 突然、コニーがバッと顔を上げる。


「っ……来るにゃ!」



 ――ブォン!


 風切音と共に穴から赤い鎖が飛び出した。それはジャラジャラとうねりながら地面に落ちる。


「カティアの鎖だ!」


 雪に線を描きながら洞窟の中へ戻っていく鎖。俺は慌てて飛びついた。


「ヅッ……!」


 鎖の刃が腕に食いこむ。どうせなら刃無しの鎖にしてくれよと憤りはしたが、絶対に放しはしない。


 だが、ものすごい力だ。

 腕がブチブチとグロテスクな悲鳴をあげる。痛みを無視して地面を踏みしめても、体ごと洞窟内へ引きずりこまれてしまう。


「あたしにも貸せ!」


 ブーカが手助けに入り、鎖の動きが止まる。


「よし、せーので行くぞ」

「わかった」

「せー「ウラァァァァァァ――ッ!」


 いや無視かよ。


 たわんだ鎖が夕焼け空をバックに大きく跳ね上がった。だがカティアたちの姿はまだ見えない。


「もっかい行くぞ!」

「せーの」


 今度は息を合わせて引っぱる。よくよく考えればブーカ一人の力で事足りたような気もするが、今さら気にしてもしょうがない。


 長い鎖が勢いよく外へと飛び出していく。ジャラジャラと巻き上がる。やがて最後に大きな黒い影を(ともな)って雪原へとしなり


 ボフゥッ!


 遠くの方で、巨大な雪煙をたてて落下した。



「……」

「みんな、無事かな……?」


 薄くなっていく煙。固唾を飲んで見守る。



「……!」


 コニーの耳がピンと立ち、跳ねるように走り出す。続けてリーフェンも走り出した。


 チリィン


 その後を追いかけた俺の耳に、きれいな鈴の音が響いた。



「は、はは……取り返してきた」


 ふらりと立ち上がったクロタコが、「ここにいる」と言うかのように玉鈴を揺らしていた。


 そして腕を大きく広げる。


「ただいま。コニー」

「クロタコっ――!」

「ゴフッ! あ、あかん、ほんまに死ぬ……」


 コニーの頭が鳩尾に入ったのか、クロタコはかなりヤバめな声を出してふらついた。よく見ると彼女の唇は真紫になっている。どうやらかなりの無茶をしたらしいが、死ぬことは……ないはずだ。たぶん。


 後で念のためチェックするとして、ひとまずあちらは置いておこう。


「ハァ、ハァ――ッ! 鈴、ゲホッ! もっと、楽に逃げられ……ゲホッゲホッ!」

「まったくだ。おかげで、こっちは死にかけ……付き合わされる身にもなってほしいね」

「でもみんな、無事でよかった!」


 俺とリーフェンは、雪の上でぐったりしているキエリたちの方へ歩み寄った。二人とも真っ青な顔をしている。特にカティア。


「気分はどうだ、カティア」

「片腕がなくなって、子供たちを怖がらせて、膝は今にも千切れそうなぐらい痛む。最高の気分さ」


 それでもウィットに富んだギャグを飛ばせる元気はあるらしい。命に別状なし、とザックリめな診断をする。


「蒼龍王は?」

「わかりません……爆発の寸前まで、ずっとあの調子でした。おそらく生きてるでしょうね」

「あのトカゲ野郎、追いかけても来なかったよ。まったく気味が悪い」

「遊ばれたんですよ。奴がその気になれば、すぐに私たちを殺せてましたから……ゲホッ!」

「とにかく、もう二度と来ないでほしいね」


 それは同感だ。あんなのが俺たちのラスボスだなんて考えたくもない。


 とはいえ、さすがに今日はもう追ってこないだろう。というかそう願いたい。

 蒼龍王は「もう腹パンパン」と言っていたが、正直言ってそれはこっちのセリフだ。バケモノじみた体力のブーカと、サポートに徹していたリーフェン以外の面々は、とっくに満身創痍の状態だった。


 俺もアドレナリンで何とかなっていたが、さっきから目眩だの謎の痛みだのに襲われて、今は立っているのがやっとだ。

 ふと左腕を見ると、(ひじ)から先の再生が途中で止まっている。腹の減り具合的に栄養は足りてるから、おそらく精神の疲れによる影響だろう。


「とにかく全員休まないと……だけど」


 リーフェンは全員をぐるっと見回してから、最後にカティアを見つめた。その意図を察したのか、彼女は手をパタパタと左右に振る。


「わかってるよ。あんたらは命の恩人で、村の英雄だ」

「カティアさん……!」

「全員うちに来な。村の連中にはうまく言っとく」


 リーフェンが嬉しそうな顔をこちらに向ける。

 さすがはカティア母さん。惚れ惚れしてしまうほどの漢気……いや、包容力だ。



「ならまずは、助けを呼ばないとな」

「のろしを上げよう。すぐに誰かが飛んでくる」


 のろしと言われても……まわりは雪景色。燃やせるものはない。


「僕の魔法で(まき)は出せるね」

「そうか。その手があったな」

「あとは火だけど……」


 三人同時に、キエリの方を向く。彼女は座ったまま虚空を見つめていた。


「……」

「……キエリ?」

「やけに静かだと思ったが、まさか」

「き、気絶してる……⁉︎」


 口からヨダレが垂れている。しかし「あー」と小さく頷いたところを見るに、意識はあるようだ。


 また力を使い果たしたらしい。

 キエリの力を回復させるために洞窟へ潜ったのに、最後には結局これだ。俺たちの頑張りはなんだったのか。


「また、洞窟に潜るか?」

「ははは……え、冗談だよね? ナカムラ?」

「仕方ないね。村にある紅晶石を分けてやるよ。金貨五枚で」


 リーフェンと顔を見合わせる。金貨五枚。はたして俺たちに用意できるだろうか。


「それって、どれくらいかな?」

「大金なのは俺でもわかる」


 キエリも呆けた顔のままではあるが、俺たちの輪にすすと潜り込んだ。


「……僕、お皿洗いできる」

「俺は簡単な料理ぐらいなら……」

「わらひ……たくさん、たべます」

「いやそこはウェイトレスだろ、流れ的に」

「はひ。がゆばいます」

「ていうかキエリは休んでて!」


 小声でそんな会話をする俺たちを見て、カティアは「ほんと、仲がいいねえ」と苦笑していた。



 一見すると状況はほとんど好転していない。情けない話だが、そんな三歩進んで二歩下がる感じの締めくくりが、なんとも俺たちらしいと感じた。


 それでも、決してムダな頑張りではなかった。


 目に見えない部分で大きく変わった何か。

 俺は、それにどうしようもなく救われていた。そんな自分がいることに、ふと気づいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ