第二章22 『らしくあれ』
「出口まであとどれくらい⁉︎」
「もうすぐそこにゃ!」
「本当か? 来た時はもっと時間がかかったが……」
今のところ洞窟をまっすぐ走っているだけで、曲がったり登ったりしたことは一度もない。明らかに来た道とは別のルートを進んでいる。
不安になった俺は、先を走る猫耳少女、コニーに疑問を投げかけた。
「コニーの箱庭は変幻自在にゃ! 出口に続く一本道を作ったり、そこまでの距離をできるだけ縮めたり、何でもアリにゃあ」
コニーは息を切らしながらも、心なしか得意げにそう説明する。
なるほど。イメージで作った仮想空間だから、その形状や大きさも自由に変えられるわけか。どうりで歩きやすい道ばかりだと思った。
箱庭が最強魔法と呼ばれる理由がよくわかる。これをたったの10分で作ったなんて、正直今だに信じられない。
「だああぁぁぁ! まだるっこしい!」
真ん中を走っていたブーカが急に大声を出した。
「ムズいことペチャクチャ話しやがって。喋るヒマあんなら走れ! おっせーんだよ!」
「ブーカが人に合わせてたなんて驚きにゃ! またヘンなもの食べたにゃ?」
「うっせえ! オマエいねえと出れねーからだろ! ったく、しかたねえ……オラァッ!」
体がものすごい力で前方に浮いたかと思うと、景色がビュンと加速する。
「わわっ!」
「にゃ!」
「しゃははは! やっぱあたしはサイキョーだぜ! やっしゃー!」
謎のかけ声と共に、ブーカは車に匹敵するほどの速度で全力疾走を始めた。
ケイト、キティ、リーフェン、コニー、俺。計五人を、ブーカはその女子中学生くらいの小さな体一つで持ち上げてしまった。いったいどこにそれほどの力があるのだろうか。
敵になると恐ろしい分、味方になると心底頼もしい。
ほどなくして、俺たちは洞窟の出口にたどり着いた。
外はいつの間にか夕暮れ時になっていて、蒼龍とはまた別の、大自然の冷気がその強さを増しつつあった。吹き抜ける風が汗ばんだ体を冷やすが、不思議とそれに懐かしみのような心地よさも感じた。
西の方では、昼の青と夕暮れの赤が絶妙に混ざり合った、美しい桃色の大空が広がっていた。うろこ雲の一つ一つですら美しく、思わずあっけにとられてしまう。
「紅龍と蒼龍も、こんな風に仲良くできたらいいのに」
誰に向けてでもなく放たれたリーフェンの言葉に、俺は心の中で同意した。
「出るまでに何秒かかったにゃ⁉︎」
しかし、景色に目を奪われている場合ではない。
切迫詰まったコニーの声に、俺の意識はすぐさま現実に引き戻された。
「僕、数えてたよ! 100秒くらいだった」
つまり、残り時間は80秒ほど。
蒼龍王を食い止めつつ逃げて間に合うかどうか。
いや、まず間に合わない。
「この三人なら間違いなく大丈夫」というメンツを残したつもりだ。しかしいざこの場に立つと、やはり無謀な判断だったかもと後悔が襲ってくる。
ただ待ってるだけじゃ間違いなく殺られる。何か策を考えないと……。
「ねえ、コニー。箱庭を小さくできる?」
「……!」
どうしようかと唸る一方で、ふと、リーフェンがコニーにそんな提案をした。
さすがは魔法に長けたエルフだ。かなりの妙案だったらしく、不安で押し潰されそうだったコニーの顔がぱぁっと明るくなる。
「できる……! できるにゃ!」
コニーは洞窟の入り口に手をあてると、目を閉じて集中し始める。
「なんで小さくするんだ?」
「箱庭から出られるのはコニーが許した人間だけにゃ。だからこのまま一気に小さくして、出口の方から三人を迎えにいくにゃ」
俺は邪魔しないようリーフェンに聞いたつもりだったが、コニーが早口で返答した。話していても集中はできるらしい。
「爆発と蒼龍王だけを閉じこめて、箱庭の中に密封する……ってことか? すごいな」
「その通り。箱庭は封印魔法でもあるからね」
「すごく、いいアイデアにゃ。コニーはちっとも思いつかなかったにゃ」
コニーは空中で指を動かして何かを操作し始める。実にテキパキした素早い動作だが、その声にはどことなく力がない。
「みんな、すごいにゃ。リーフェンの機転も、勇者サマの冷静さも、すごく羨ましい」
「そんなことは……」
「ううん。コニーは頭がよくないから、ぜったいムリだったにゃ。ブーカはなおさらムリにゃ……」
「オイ」
「コニーは、箱庭以外はなんにもできないにゃ。クロタコはコニーを救ってくれたのに、まだ、ちっとも恩返しできてにゃい……にゃ」
コニーはどこか悔しげな表情を浮かべる。
「まだ、コニーは『にゃ』をやめられ……にゃい」
「……?」
「ほんとは言いたくにゃい。クロタコに、コニーは大丈夫だよって、教えてあげたい……にゃ」
突然、コニーがバッと顔を上げる。
「っ……来るにゃ!」
――ブォン!
風切音と共に穴から赤い鎖が飛び出した。それはジャラジャラとうねりながら地面に落ちる。
「カティアの鎖だ!」
雪に線を描きながら洞窟の中へ戻っていく鎖。俺は慌てて飛びついた。
「ヅッ……!」
鎖の刃が腕に食いこむ。どうせなら刃無しの鎖にしてくれよと憤りはしたが、絶対に放しはしない。
だが、ものすごい力だ。
腕がブチブチとグロテスクな悲鳴をあげる。痛みを無視して地面を踏みしめても、体ごと洞窟内へ引きずりこまれてしまう。
「あたしにも貸せ!」
ブーカが手助けに入り、鎖の動きが止まる。
「よし、せーので行くぞ」
「わかった」
「せー「ウラァァァァァァ――ッ!」
いや無視かよ。
たわんだ鎖が夕焼け空をバックに大きく跳ね上がった。だがカティアたちの姿はまだ見えない。
「もっかい行くぞ!」
「せーの」
今度は息を合わせて引っぱる。よくよく考えればブーカ一人の力で事足りたような気もするが、今さら気にしてもしょうがない。
長い鎖が勢いよく外へと飛び出していく。ジャラジャラと巻き上がる。やがて最後に大きな黒い影を伴って雪原へとしなり
ボフゥッ!
遠くの方で、巨大な雪煙をたてて落下した。
「……」
「みんな、無事かな……?」
薄くなっていく煙。固唾を飲んで見守る。
「……!」
コニーの耳がピンと立ち、跳ねるように走り出す。続けてリーフェンも走り出した。
チリィン
その後を追いかけた俺の耳に、きれいな鈴の音が響いた。
「は、はは……取り返してきた」
ふらりと立ち上がったクロタコが、「ここにいる」と言うかのように玉鈴を揺らしていた。
そして腕を大きく広げる。
「ただいま。コニー」
「クロタコっ――!」
「ゴフッ! あ、あかん、ほんまに死ぬ……」
コニーの頭が鳩尾に入ったのか、クロタコはかなりヤバめな声を出してふらついた。よく見ると彼女の唇は真紫になっている。どうやらかなりの無茶をしたらしいが、死ぬことは……ないはずだ。たぶん。
後で念のためチェックするとして、ひとまずあちらは置いておこう。
「ハァ、ハァ――ッ! 鈴、ゲホッ! もっと、楽に逃げられ……ゲホッゲホッ!」
「まったくだ。おかげで、こっちは死にかけ……付き合わされる身にもなってほしいね」
「でもみんな、無事でよかった!」
俺とリーフェンは、雪の上でぐったりしているキエリたちの方へ歩み寄った。二人とも真っ青な顔をしている。特にカティア。
「気分はどうだ、カティア」
「片腕がなくなって、子供たちを怖がらせて、膝は今にも千切れそうなぐらい痛む。最高の気分さ」
それでもウィットに富んだギャグを飛ばせる元気はあるらしい。命に別状なし、とザックリめな診断をする。
「蒼龍王は?」
「わかりません……爆発の寸前まで、ずっとあの調子でした。おそらく生きてるでしょうね」
「あのトカゲ野郎、追いかけても来なかったよ。まったく気味が悪い」
「遊ばれたんですよ。奴がその気になれば、すぐに私たちを殺せてましたから……ゲホッ!」
「とにかく、もう二度と来ないでほしいね」
それは同感だ。あんなのが俺たちのラスボスだなんて考えたくもない。
とはいえ、さすがに今日はもう追ってこないだろう。というかそう願いたい。
蒼龍王は「もう腹パンパン」と言っていたが、正直言ってそれはこっちのセリフだ。バケモノじみた体力のブーカと、サポートに徹していたリーフェン以外の面々は、とっくに満身創痍の状態だった。
俺もアドレナリンで何とかなっていたが、さっきから目眩だの謎の痛みだのに襲われて、今は立っているのがやっとだ。
ふと左腕を見ると、肘から先の再生が途中で止まっている。腹の減り具合的に栄養は足りてるから、おそらく精神の疲れによる影響だろう。
「とにかく全員休まないと……だけど」
リーフェンは全員をぐるっと見回してから、最後にカティアを見つめた。その意図を察したのか、彼女は手をパタパタと左右に振る。
「わかってるよ。あんたらは命の恩人で、村の英雄だ」
「カティアさん……!」
「全員うちに来な。村の連中にはうまく言っとく」
リーフェンが嬉しそうな顔をこちらに向ける。
さすがはカティア母さん。惚れ惚れしてしまうほどの漢気……いや、包容力だ。
「ならまずは、助けを呼ばないとな」
「のろしを上げよう。すぐに誰かが飛んでくる」
のろしと言われても……まわりは雪景色。燃やせるものはない。
「僕の魔法で薪は出せるね」
「そうか。その手があったな」
「あとは火だけど……」
三人同時に、キエリの方を向く。彼女は座ったまま虚空を見つめていた。
「……」
「……キエリ?」
「やけに静かだと思ったが、まさか」
「き、気絶してる……⁉︎」
口からヨダレが垂れている。しかし「あー」と小さく頷いたところを見るに、意識はあるようだ。
また力を使い果たしたらしい。
キエリの力を回復させるために洞窟へ潜ったのに、最後には結局これだ。俺たちの頑張りはなんだったのか。
「また、洞窟に潜るか?」
「ははは……え、冗談だよね? ナカムラ?」
「仕方ないね。村にある紅晶石を分けてやるよ。金貨五枚で」
リーフェンと顔を見合わせる。金貨五枚。はたして俺たちに用意できるだろうか。
「それって、どれくらいかな?」
「大金なのは俺でもわかる」
キエリも呆けた顔のままではあるが、俺たちの輪にすすと潜り込んだ。
「……僕、お皿洗いできる」
「俺は簡単な料理ぐらいなら……」
「わらひ……たくさん、たべます」
「いやそこはウェイトレスだろ、流れ的に」
「はひ。がゆばいます」
「ていうかキエリは休んでて!」
小声でそんな会話をする俺たちを見て、カティアは「ほんと、仲がいいねえ」と苦笑していた。
一見すると状況はほとんど好転していない。情けない話だが、そんな三歩進んで二歩下がる感じの締めくくりが、なんとも俺たちらしいと感じた。
それでも、決してムダな頑張りではなかった。
目に見えない部分で大きく変わった何か。
俺は、それにどうしようもなく救われていた。そんな自分がいることに、ふと気づいたのだった。




