表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/84

幕間    『鈴の音』

「酷いツラや」


 真っ暗な地下牢の鉄格子。


 その向こう側で、見ず知らずの誰かさんは、こちらを見るなりそんな言葉を吐き捨てた。


「まるで、鏡を見てるよう」


 薄汚れた外見。顔や体に点々とある、無数の青あざ。服すらも着せられず、身にまとっているものと言えば、鎖で繋がれた革製の首輪だけ。


 見ず知らずの誰かさんは、そんな少女の要素を一つ一つ確認していき、その度に苦しそうな顔をした。

 少女は「すごく綺麗な人だ」と見惚れる一方で、少し不安にもなっていた。


「にゃ、にゃ……」


 少女は必死で、覚えた「芸」をした。

 二本足で立ち上がってみたり、ごろんと寝転がってみたり、にゃーにゃー鳴いてみせた。


 それでも見ず知らずの誰かさんは、みるみる苦しそうな顔をするばかりだった。

 少女もみるみる不安になっていった。


 少女は、誰かさんの手を食い入るように見つめた。


 それがどう動いて、何を掴みとって、どこにめがけて振り下ろされるのか。少女はひたすらそのことだけを考えた。


「金持ちの道楽として、飼われたんやな。にゃーにゃー言うように強制されて、猫餌を食わされて、尊厳を奪われた」

「にゃ……?」


 しかし、誰かさんの手はピクリとも動かなかった。


 少女は不思議になる。

 誰かさんの言うことはしっかり理解できる。でも、何を言っているのかよくわからない。


 自分は「猫」で、この牢屋と、その隅っこに置かれた「ごはん」や「トイレ」が全てだ。

 教え込まれた「芸」が全てだ。

 たまにくる「しつけ」が全てだ。


 少女は不思議で不思議でならなかった。


 この綺麗な人は誰なんだろう。自分に何を求めているんだろう。どうすれば苦しそうな顔をやめてくれるんだろう。


 少女は難しいことがよくわからなかった。



「……!」


 ふと、誰かさんの手がすすと動き、少女は思わず身を屈めた。


「ッ……クソ外道の、変態どもが」


 誰かさんはそれを見て、もっともっと苦しそうな顔をした。しかし少女を殴りはしなかった。

 懐から金属の何かを取り出して、シュボッと火をつけただけ。


「……コニー、か」


 誰かさんは少女の首輪に書かれた文字を見て、そう口をこぼした。

 少女は反射的に「にゃ」と鳴いた。


「コニー。ご主人様はな、死んだで」

「……?」

「神聖逆十字騎士団、七席騎士議会第二席。崇務騎士団団長」

「……?……⁇」

「アシュレイ・グレイ・ジャスティス。蒼龍王とのパイプ役で、うちの大切な人を奪った一人やった」


 少女は混乱する。急に難しいことをペチャクチャ話されてもわからない。


 とにかく、誰かさんの顔がすごく怖かった。

 なんとなく残酷そうで、もう今にも自分へ手を出しそうで、それでもやっぱり少し優しそうにも見えて、不思議でわからない。わからないのが怖かった。


「うちが、憎い?」

「……」


 少女は特に反応しなかった。こういう時の芸は教わってない。代わりに「にゃあ」と小声で鳴いてみた。


 誰かさんはそれから、少し迷ったように、ゆっくり口を開けた。


「じゃあ……」


 少女はそんな誰かさんを見て、暗がりに浮かぶその表情を見て、初めて自分以外の誰かも怖がることがあると知った。


「うちと、来る?」

「にゃ!」




 それが、コニーとクロタコの初めての出会いだった。

 何年前かも定かではないが、その時の光景と感情だけはハッキリ胸に残っている。


 お互い何か大切なものを失っていた。

 それを埋める何かを探していた。



 コニーを牢屋から出したクロタコは、彼女にスーツのジャケットをふわりと羽織らせた。すごくいい香りがして、コニーはなんとなく気分が良くなった。

 それから、クロタコはコニーの両手を、彼女が怯えない程度に優しく握った。


「うちは、クロタコ」

「……」

「ほら、呼んでみて?」

「にゃ、にゃ……」

「コニー……もう、『にゃ』って言わんでもええんやで」


 クロタコの顔が崩れそうになったので、コニーはまた不安に襲われた。

 「にゃ」と言わなくていいとして、それじゃあ何を言えばいいのか。それがわからなかった。


「にゃあ……にゃっ!」

「それは……」


 コニーはモゾモゾと動き、たまたま手に当たった何かをクロタコに差し出した。

 「あげる」という意味だ。元はクロタコのものだが、コニーにあげられるのはそれぐらいしかなかった。


「ふふ……くれるん?」

「にゃ、にゃあ?」

「それはな、鈴っていうんやで」


 クロタコが笑顔になって少し安心したコニーは、そのチリチリと鳴る、鈴とやらに目を奪われた。差し出すはずだったが、その音が妙に気になってしまった。


「懐かしいなあ、うちのお守りやってん。『音でバレるから作戦中は外せ』って、上官に何度怒られたことか……」

「にゃあ……? にひひっ!」


 振ると、やっぱりチリチリ音がする。

 それが面白くて、コニーはついつい笑ってしまった。


「ふふっ! ふふふ! にゃひひっ!」

「お、気に入った?」

「あ……」

「大丈夫。それでいいよ」


 コニーは怒られるかと思って咄嗟に身構えたが、クロタコは優しく抱きしめるだけだった。


「笑ってもいい。『にゃ』を言ってもいいし、言わんでもいい……」

「にゃ……にゃあ!」

「大丈夫、大丈夫……うちは、殴ったりせえへん」

「にゃあ! にゃあぁぁ!」


 不安に駆られる。

 コニーは立て続けに鳴いて、なんとかクロタコの機嫌が戻らないかと焦った。


「コニーは、コニーなんやから」

「に……にゃ……」


 クロタコはコニーから離れると、指先で目元を拭った。


「その鈴は、あげる」

「にゃ……?」

「それはな、うちの一番『大切な時』に鳴る鈴やってん。鈴が鳴るたびに、うちは命の大切さを思い出してた。生きる尊厳を思い出してたんや」


 それが、いつからだろう。付けなくなってしまった。

 邪魔だし、うるさいからと、付けなくなってしまった。


 本当はこんなに大事な意味があったのに、前世では最期まで思い出せなかった。


「うちには、もう必要ないんや」

「にゃ……にゃぁ」

「だからあげる。ほら、鳴らしてみて?」


 コニーはまたクロタコが悲しそうになったので、喜ぶならと鈴を振った。


「きれいな音やろ?」

「にゃ! にゃっ!」


 クロタコを喜ばせるはずが、コニーはまた、ついつい自分だけが楽しくなってしまった。

 それでもクロタコは笑ってくれた。「にひひ」と変な笑い声を漏らすコニーを見て、満足そうな笑みを浮かべてくれた。


 コニーは知らないうちに、そんなクロタコが大好きになっていた。



「コニーにも、いつかきっと、思い出せる日が来る」

「ふふふ……! にゃひっ!」

「その時になったら、うちにも聞かせてな。きれいな、きれいな、鈴の音を」

「にゃっ!」


 こうして、一人の伝説的な箱庭魔導士が誕生した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ