第二章21 『フィナーレ』
「よぉーく考えな、魔王殿。あんたの決断にガキの命がかかってるぜ?」
「姑息な、クソ野郎がッ……!」
「カカっ! わかってねぇな。勝ちゃいいんだよ、勝ちゃあよォ!」
フレミオレトロはナカムラの手をグリと踏みつける。
負ければ弱者、勝てば強者。そして、弱者に生きる価値はない。それが蒼龍たちの基本思想だ。
騙し討ち、裏切り、脅し。彼らは勝利のためなら何でもやる。
「なあ、もう諦めて俺らの仲間になれよ」
「ふざけんな。仲間にもならねぇし、子供も開放しやがれ」
「イキのいい魔王だな……ったく、紅龍なんかの何がいいんだ?」
フレミオレトロはスッと足を上げる。
「こぉんな、負け犬どものさ」
ゴッ!
そしてキエリの頭を、半ば蹴り飛ばすように踏みつけた。
彼女から「ゔっ」と鈍い悲鳴が上がる。ナカムラのハラワタは煮えくり返る寸前だった。
「こいつらプライドだの伝統だの、形のねぇモンばっか拘ってんだよ。マヌケだろ?」
「恥も外聞もねぇお前なんかより、ずっとマシだ……!」
「オイオイ、カンベンしてくれって。お前もそこの爆弾カメラくんと同じタイプ?」
後ろの元配下にちらと目をやったフレミオレトロは、「まだ時間ありそうだし、暇つぶしでもするか」と、キエリの前にしゃがみこんだ。そしてさらなる勝利の美酒を求め、敗者の陵辱を開始する。
「紅龍がプライドだのでシコシコやってる間に、俺ら蒼龍は着々と戦力をつけた。アリとキリギリスみてぇにな」
「ぐっ! く、ぅぅ……」
髪を掴まれ、乱暴に振り回されるキエリ。彼女の口から悔しげな唸り声が漏れる。
「魔王。転生者。聖教会。強くて味方になるなら素性なんて関係ねぇ。俺らは何でも使う」
「聖教会……だと?」
「なんだ、知らねえの? 今の蒼龍は聖教会と手ェ組んでんのさ。自由国と、そこにコソコソ隠れてる紅龍王をぶっ殺すためにな」
キエリの血相が変わる。
ナカムラも別種ではあるが、同じような顔をしていた。
聖教会を潰す。
紅龍王を見つけ、蒼龍王を倒す。
二人の目的が、今ここで一つに交わったのだ。それも最悪の形で。
「ホントはエルフも抱き込んで、『包囲網』だかを作る予定だったらしいが……妙に強情なエルフがいて邪魔されちまった。そいつもいずれ消すけど」
「……強情な、エルフ?」
リーフェンが思わず反応するが、フレミオレトロはそれを無視した。
「ま、そんな感じでさ。ともかく紅龍はお先真っ暗なワケ。早いトコ俺らに乗り換えちまえよ」
そう言って、まるで火のついたタバコを消すみたいに、キエリの頭をグリグリと地面に押し付ける。
「あ、そうそう。シッポ巻いて逃げるなら、ついでにアスカトレアのガキに言っといてくれよ。『もうじき喰いに行くぞ』って」
「ぐッ……!」
「あのガキィ……きっと、怖くて眠れなくなるだろうなっ! クカカッ!」
殺――
ドガァンッ!
「はい、不敬」
キエリが顔を上げた瞬間、フレミオレトロは待ってましたとばかりにその顔をまた地面に叩きつける。
「図が高えよ。俺、王様だぞ?」
「く、うっ……」
「カカッ! 泣いてんの? マジ⁉︎ 紅龍は側近までお子ちゃまかよ!」
「うぁあ……! うぁぁぁッ!」
「き、エリ……」
治れ。治ってくれ。
ナカムラの望みは叶わなかった。下半身は一向に再生しなかった。
「……っ」
リーフェンの身体は動かなかった。
何度も動こうとした。でも、その度に頭が「死ぬぞ」と警告して許してくれない。
『良心で動く前に、頭を使えよ』。こんな時だけそれを忠実に実行する自分自身が、憎くてたまらなかった。
状況は悪くなる一方だ。
膨張する死体はいよいよ光を放ち始め、おそらく口にあたるであろう肉の裂け目から、凄まじく不愉快な笑い声をあげる。
「く、クひっ! ふひひっ! ヒャハハハ!」
それはチェザワードの声ではない。彼は誇り高く死んだ。こんな品性に欠けた笑い方はしない。
笑い声は、その開発者の壊滅的なセンスによって組み込まれた、ある種の「お楽しみ」。妥当な理由は一つもなく、ただ犠牲者の尊厳を踏みにじるためだけにある。
「……まったく、見るに耐えん」
そんな惨憺たる光景を遠巻きに眺めていたヤエミカド。
彼女は腰に下げたひょうたんをグビリとあおって、辟易し切った様子で唾を吐いた。
「善をも思わず。悪をも思わず」
この世は斬るか斬られるか。斬るは我をおいて他になし。
それが剣豪少女、ヤエミカドの全てだ。事の善悪などはどうでもいい。
しかし、なんとも不愉快なこの景色。善悪を語る以前に「風情」がない。
ヤエミカドはうんざりを通り越して退屈だった。花の美を楽しむことはあっても、悪趣味な死体蹴りや、無垢な幼子の涙に面白みを感じることはない。
つまらん。あー、つまらん。
「こんなことなら、先ほどの二人をもっと生かしておけばよかった」
ヤエミカドはそんな後悔を独りごちる。
あそこまで歯ごたえのある連中はそう居ない。そう思わせるほどの傑物だった。顔をかすめる巨大な砲撃、今でも背筋がゾワリとする。
サパリと一刀両断ではもったいない。我ながら実に惜しいことをした。
「フフフ……特に、あの『ぶーか』なる小人は良かった。アレは間違いなく五本指に入る」
もし次があるなら、まずは腕からいって様子見を……などと、ヤエミカドは退屈しのぎに妄想を始める。
洞窟の壁にもたれかかり、右手にひょうたんを、左手を何の気なしに刀の柄に置いた。
――チリン
鈴の音。
柄にくくり付けられた鈴が、小さな音を鳴らした。
「……む?」
はたと、思う。
この鈴は、何ぞ?
しかしその考えは、ふと視界を横切った赤髪で中断された。
「ッ――⁉︎」
ヤエミカドは大きく目を見開く。
「ぶーか」なる小人。
見間違いかと思ったがそうではない。確かに殺したはずのそれが、フレミオレトロへ斧を振り下ろさんとしていたのだ。
「バカな……! あれでも死なぬかッ⁉︎」
そう焦る反面、ヤエミカドは湧きたつ高揚に胸を弾ませてもいた。
僥倖――ッ!
ヤエミカドは踏み込む。爆発する死体なんざどうでもいい。
強者と交わる二度目の好機。決して逃しはしない。今度こそ、骨の髄まで味わい尽くす。
「裂叱ァ! 威坂二重一釖斬――ッ!」
ザパァンッッッ!
吹き出す血飛沫。切断された片腕が空中でくるくると回転する。
稀代の大剣豪、裂叱一釖ヤエミカド。
心、技、体。全てが一級品を超えた特上品。
その一太刀の威力たるや凄まじい。肉骨をいとも容易く真っ二つにしてしまう。
「何、やってんだ……?」
「……む?」
いとも容易く切断する。
たとえそれが、龍王の片腕であっても。
「お前……ッ! 誰に攻撃したか、わかってんのかァ⁉︎」
「ほう! 腕を斬られても飄々とは、見上げた強者よッ!」
「ガッ⁉︎」
バスっ! と重い一撃。フレミオレトロのもう片方の腕が吹き飛ぶ。
「かっかっか! さあ、どう出る⁉︎ ぶーかなる小人よ!」
「何言ってんだテメェ! イカれたのか⁉︎」
ヤエミカド、突然の奇行。
蒼龍王だけでなく、ナカムラたちですら意味がわからなかった。
なぜコイツらは、いきなり味方同士で殺し合いを始めたのか、と。
しかし、カティアがふと気づく。
「鈴……?」
ヤエミカドの刀の柄頭。彼女の動きに合わせてチリチリと音を立てる、玉鈴。
見覚えのあるデザインだ。たしか……。
『ナカマをはめるのは、複雑な気分にゃあ』
クロタコの仲間。獣人のハーフ。金髪に三白眼、特技は
「箱庭にゃ」
――チリン
「……⁉︎」
ナカムラは、ナカムラたちは、目を疑った。
「あーあ。こんなヒキョーなマネして、あたしのホコリに傷がついちまうぜ」
「ブーカ、ボロ負けしてたにゃ」
「うっせーな! もうちょいで勝てたんだよ!」
「ムリムリ。コニーがいなきゃ、今ごろ幻覚どおりに生クビだったにゃあ」
金髪の獣人、コニー。その隣にブーカ。
「言うてる場合か、どアホ。ええからはよ子供ら回収しや」
そして、クロタコ。
その首はしっかり胴体と繋がっていて、刀傷まみれであることを除けば、二人ともいたってピンピンしていた。
「幻覚の効き目はどうや?」
「10分ぐらいで作ったから、せいぜいハリボテみたいなもんにゃ。あんなヤバい連中を騙せたなんてキセキにゃ」
「さよか。……ところでさ、なんでうち毎回あんなエグい殺され方なん? もうちょい何とかならへん?」
「文句いうにゃい。天才コニー様に感謝するにゃ」
争うフレミオレトロたちを眺めながら、二人はそんなリラックスした会話を交わす。
最強の幻覚魔法、「箱庭」。
遅れて追いかけてきたコニーと合流し、援護に向かおうとしたクロタコ一行と、監視カメラの映像を見てやってきたフレミオレトロたちが、洞窟内でバッタリ遭遇した時間帯。
すなわち、キエリが紅晶石を食べて復活したあたりから、洞窟内はまるごとコニーの箱庭に変化していた。
キエリがあれだけの戦いをしても洞窟が崩落しなかったのは、ひとえにこの洞窟全てが箱庭、すなわち「幻覚で構成された仮想空間」だったからである。
クロタコとブーカの生首も、もちろん幻覚で作られた偽物だ。
「は、箱庭を……?」
「たった10分……で?」
しかしそんなことよりも、コニーがポロッとこぼした言葉に全員が愕然とした。
箱庭を作るには最低でも半年かかるのが通常だ。幻覚を仕込んだり、大洞窟ほどの巨大なサイズであれば、軽く五年はかかってもおかしくない。
しかしコニーはそんな箱庭を、たった10分で作り上げてしまったと言うのだ。
事実なら天才どころの話ではない。もはやチートである。
その秘密は、彼女の「鈴」にあった。
それはかつてクロタコから譲り受けた、コニーの思い出の品だった。命よりも大切な品。深い深い愛着がある。
それを踏まえて具体的な考え方を示すと、こうだ。
「鈴」=「お気に入り」
「鈴がある場所」=「お気に入りの場所」
「お気に入りの場所」=「箱庭」
よって、「鈴」=「箱庭」。
つまり、彼女は「お気に入りの鈴」を起点に箱庭を作っていたのだ。
通常の箱庭であれば、「見ず知らずの土地」に愛着を抱くための長い準備が必要になる。しかし、鈴がある場所を全て「お気に入りの場所」と解釈してしまうコニーは、その準備過程をまるっと省略することができた。
魔法は気持ちの問題。どんなにぶっ飛んだ屁理屈でも、本人が「これだ」と心から納得できていれば、それは平気でまかり通ってしまう。
コニーの規格外さは技術や知識によるものではない。理屈や常識に囚われない自由な発想。それが、彼女にチート級の芸当を可能にさせたのだ。
「やほ、勇者サマ。うちが生きてて嬉しかった?」
恐ろしく魅力的なポーズで、クロタコはナカムラの顔を覗き込む。
「……その前に、体くっつけてくれないか?」
「ブーカ、頼んだ」
「うーい」
気絶したケイトとキティを肩にかつぎながら、ブーカは余った手でひょいとナカムラの胴体を持ち上げる。
相変わらずものすごい力だ。これでもあのヤエミカドには敵わなかったのだから、本当に末恐ろしいものがある。
「di dus」
白の粉塵がふわと視界の端で揺らめいた。
キエリはガバッと起き上がって炎の壁を作る。が、チェザワードのそれとは比べ物にならない冷気だった。
圧倒的なはずの温度差を無視して、徐々に冷気がキエリを侵食し、指先を凍らせていく。
「はい、キエリ。あーん」
「……あ」
クロタコは隠し持っていた紅晶石の欠片をキエリの口に次々放り込んだ。それで何とか冷気を食い止めることに成功する。
「カカッ! やってくれるねぇ、オイ」
凍ったヤエミカドをつま先でつうと滑らせ、フレミオレトロは余裕のある笑みを浮かべる。
その腕はすっかり元通りになっていた。龍王クラスになると、たとえ腕を失ってもすぐに再生できるらしい。
「まさか、ドワーフ以外にそんなバケモンを飼ってたとはなぁ? クロタコちゃんよ」
「ほざけ、ブス。死ね」
ド直球な悪態。フレミオレトロは「そういうのもイケるぜ」と気色悪いことを言って笑い飛ばす。
「フィナーレまであと3分てトコか。さぁて、何人道連れにできっかなァ? カカッ!」
つまり、あと180秒。死体の笑い声は鼓膜を破りそうなほどうるさくなっていた。
「逃げるで、勇者サマ」
「異論はねえ」
「ただし、問題は……」
「誰がアレを食い止めるか、だろ?」
ザッと前に出たのは、好戦的なブーカでも、再生能力があるナカムラでもなく、意外なことにカティアだった。
彼女は胸元から紅晶石のような赤い結晶を取り出し、それをボリボリ頬張る。
紅龍から着想を得た、血を一時的に補充するためのアイテム。血晶の飴玉だ。気休め程度にしかならないが、全く効果がないわけではない。
「おい、食い逃げ野郎」
「んあ?」
「あんただよ、あんた。赤髪ドワーフ。ウチの子をそこの抜け作に渡しな。あんたじゃ信用できない」
勝手に話を進めるカティア。それでいいのかとナカムラたちは悩むが、あまりに時間がなさすぎた。
箱庭の出口へと先導するコニーに、全員が釈然としない表情でついていく。カティアを一人残して。
「カティア、これ」
「……?」
ナカムラは何かをカティアに放り投げた。彼女はそれを片手でキャッチし、少し驚いた表情を浮かべる。
「あんた、初めから……」
「カティアが蒼龍を殺すべきだと思ってた」
それは、少し前にケイトから借りた、吸水性がすごい例のタオルだ。そこにはカティアの「血」がたっぷりと染み込んでいた。
ナカムラは戦闘のドサクサに紛れて地面に散らばった血痕を拭き取り、それが乾かないよう、ずっと大事に隠し持っていたのだ。
理由は一つ。カティアに仇をとらせるため。
「でも、やっぱり違う。キエリが殺して正解だった。あんたの力は殺すためだけの力じゃないはずだ。そうだろ?」
「……!」
「今は俺たちを、子供たちを、救うためにある」
洞窟の奥へ奥へと進む全員。そちらに一瞬目を向けて、ナカムラは最後に一言と口を開いた。
「それも、ある意味で罪と向き合うってことだ」
「……」
こんな奴が空っぽなわけあるか。
カティアはそう思ったが、口にはしなかった。おそらく表情で伝わっている。
「じゃ、後は頼んだ」
そうして、彼は闇の中に消えていく。
「任しとき」
「仕方ありませんね」
カティアと、二人の仲間を残して。
「あんたら……!」
「チーム名、何にします?」
「蒼龍王ぶっ殺し最恐レディース、でどや」
「……ほんと、緊張感のない奴らだね」
そう呆れる半分で、それが「強者の余裕」だと納得してもいた。
故に、彼女は笑った。狂笑とは全く別の、今生きることを心底楽しむような笑顔で、口を開ける。
「でも、乗った!」




