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第一章5  『ドゥラグォン』

『十二日、水無月。

 商都メルブレンで買った商材が当たり、資金に余裕ができた。それで馬と、ずっと欲しかった本を買った』


「……へえ、旧暦か。(こよみ)は一緒なんだ」


 完全に元通りになった左腕で、日記帳のページを一枚めくる。



 時間が経って落ち着いてきた俺は、とりあえず情報収集がてら、例のハレンチ角女の荷物をあさることにした。

 彼女の巨大なリュックからは、野菜の入った小瓶やら本やら、とにかく色んな物がゴロゴロ出てきた。が、どれも見たことのない文字で書かれているせいで、その具体的な内容はサッパリわからない。


 会話は翻訳してくれるくせに、文字は翻訳してくれないようだ。まったく……聖教会といい、転生者のアレコレといい、なんて不親切な異世界だ。

 お決まりの神様が解説してくれるご都合主義感満載のシーンはどうした。

 今ならたとえ神様だろうが、五、六発は殴れる自信がある。



 そんなふうに内心で愚痴っていると、たまたま英語に近い文字で書かれた本を、一冊だけ見つけることができた。


 それがこの本。彼女の日記帳である。



『しかも、本のおまけで白紙の手帳まで貰ってしまった!

 せっかくなので日記を書いてみようと思う。()々の努力の()録だ。これを紅龍王さまに見せれば、きっと「よく頑張った」と褒めてくれるはず。(ここは後で消す!)』


「……現金なヤツ」


 下の方でぐちゃぐちゃっと書かれた注釈に、俺は思わず苦笑いする。


 例の角女は、少し離れた所で外套を毛布代わりにぐったりしている。襲われはしたが、なんとなく話のわかりそうな奴だったので、とりあえず彼女が起きるのを待っている。他に頼れそうな人もいないし、致し方ない。

 だが、油断はしてない。すぐ手元に石は山盛り置いておいた。


 少女の奥には土が若干盛り上がった場所があり、その上には一本の枝が立っている。

 一応……お墓だ。一緒に捕まってた女性の。

 「あんなのが?」なんて言わないでほしい。これでも大分頑張ったんだ。なんせ、俺はそのために彼女をここまで運んだのだから。


「まだ、ここの方が嬉しいよな。きっと」


 景色を眺めて、しみじみと独りごちる。


 背後には青々と茂る森林。正面には川。その岸辺には、時おりどこからかやってきた落ち葉が、一息つくように流れ着く。


 近くには小鳥が数匹。リュックからパンを拝借して彼らに与えてみると、嬉しそうにこちらに寄ってきた。

 一羽が肩にとまり、お礼を言うみたいにピヨピヨと歌う。意外と人懐っこい。


「………」


 風の音。川の流れる音。小鳥の鳴き声。

 全てが、心地いい。


 耳介にこびりついた凄惨な断末魔を、跡形もなくかき消してくれるかのようだ。


 こんな世界でも、自然は相変わらず美しい。



「……ごめんな」


 何に対しての謝罪なのかはわからない。しかしふと、そんな言葉がこぼれ落ちた。


 自分だけ生き残ったことへの……罪悪感だろうか。

 結局俺にできたのは、彼女を助からない段階まで放置して、死体を安全な場所に埋めるぐらいだったから。


 一度策が失敗して、俺はそこで折れてしまった。ローラーの狂気に怖気(おじけ)づいてしまったんだ。

 情けない話だ。俺はこの期に及んで生きたくなり、結果として、彼女を見捨ててしまった。本当はもっと、何かできたかもしれないのに。



 だからもう、こんな情けない真似は二度としない。約束だ。



「いつか……」


 そう。いつの日か、あの”転生者収容所”を……いや、聖教会を、ぶっ壊してやる。


 彼女のような人間を、二度と出さないために。

 転生者に、息をするぐらいの権利を与えるために。


 あんな思いは二度としたくない。誰にもさせたくない。

 もしも自分の大切な人が死んで、その次に目にするのがあの牢屋だったとしたら……そんなこと、考えただけでも恐ろしい。


 だから俺は、もっと強くなる。

 あの化け物どもを倒せるぐらい、強く。


 

「……よし!」


 決意を固めると、自然と力が湧いてくるような気がした。

 内心では無謀な決意だと理解していた。でも、できるできないはともかく、こうして前を向けば苦しみを活力に変えることができる。



「とにかく、今は情報を集めないとな」


 俺は学生時代の知識を総動員し、少女の日記の解読に取り掛かった。



 ――――


「なるほど」


 そして、数刻ほどで読み終える。そこまで長い内容ではなかった。

 しかし、字や文法は英語に近いものの、急に見たことない文字が出てきたり、謎の用語があったりで、読むのにずいぶん苦戦してしまった。


 日記の端までは読んだ。

 でも、おそらく内容はほとんど理解できていない。「なるほど」とか言ったくせに。



 わかったことは、彼女が「紅龍王」とやらに従う、龍であること。

 転生者はむかし、厳密に言うと三百年前。なにか悪いことをして、今では世界中で憎まれていること。

 その転生者を捕まえたり倒したりするのが、聖教会という組織であること。……つまり、聖教会は宗教関係の組織ではなく、むしろ警察とか軍隊に近い組織ようだ。



 まあ……まとめると、そこまで大した情報はなかった。

 龍の話は俺と関係ないことだし、せめて三百年前に何があったか、ぐらいわかればよかったのに。


 空では太陽がかすかに傾いていたが、そこまで時間をかける価値があったかと考えると……微妙なところだ。



 しかし、最後のページ。そこだけは話が違った。


『二十日、文月』

 少し肌寒いが、どうやら今は八月末あたりだったらしい。それも意外だった。でも、何より驚いたのはその内容。


 とりあえず、意訳してまとめるとこんな感じだ。



『私は今、情けないことに遭難している。森に迷い込み、食料もなく、自分の居場所もわからない。

 それもこれも、ぜんぶ転生者のせいだ! 目的はわからないが、とにかく連中に攻撃された。それだけはわかる。

  おかげで馬が逃げてしまった……名前つけたのに。お気に入りの服まで無くなった。絶対許さない。

 あの攻撃は知っている……大きな、音。転生者しか使わない武器。覚えておくがいい。いつか――』



 大きな音、転生者しか使わない武器。


 これを聞いて、思い起こすことは一つしかない。つい先ほど、それを目にしたばかりだったから。


 銃剣付きのライフル。俺を助けてくれた、謎の美女……。



「クロタコ……なのか?」

「知ってるんですか」

「うおっ!」


 思わず飛び退く。

 とっさに石を掴んで臨戦対戦に入ったが、一方の少女は首を横に振り、苦々しげに両手をあげた。


「降参です。もう、力がありません」

「……本当か?」

「嘘をつく理由がないです。本当に力があれば、あなたなんてイチコロですから」

「まあ、確かに……」

「返してください。私の日記」

「あ、うん。勝手に読んでごめんな」


 素直にそれを返す俺に、少女は「まあ、根っからの悪人ではないみたいですね」と鼻を鳴らす。そして俺の横で(かが)み、散らばった荷物をそそくさと片付け始めた。


「……再生能力、のようですね」

「え?」

「あなたの腕、それから頬。一度焼いたはずですが、今では(あと)すら残っていない」

「……」


 改めて、左腕を確認してみる。

 三度熱傷は最も重度の火傷で、仮に治ったとしても、傷跡(きずあと)はほぼ確実に残るはずだ。なのに、俺の左腕はつるりとしていて、今やどこが火傷した場所なのかもわからない。


「転生者の能力は、やはり常軌(じょうき)(いっ)している。それがあなた達を害たらしめる要因の一つです」

「強さを危険視されてるってことか?」

「あなたたちの使う魔法は、人間のそれとは違いますから」


 少女は自然な口ぶりで「人間」と「転生者」を区別した。この世界の人々にとって、もはや転生者は人間ですらないのだろうか。


 彼女はさらりとした黒髪を整え、体についた土埃(つちぼこり)を落として立ち上がる。改めて見ると、先ほどのクロタコほどではないにしても、かなり整った顔立ちだった。

 この世界は美男美女ばっかりだな。


「クィリエリです」

「……なんて?」

「私の名前。発音しにくいので、キエリで構いません」


 涼しい顔で差し出された手に、俺は若干警戒しながら後ずさった。彼女の意図が読めない。


「日記を読んだのでしょう? 私は紅龍。そこらの人間とは考えの尺度が違うのです。個人的に転生者は嫌いですが、だからといって、聖教会なんぞと同じにされるのは不名誉なこと」


 ふんと息を吐くキエリの態度からは、特に嘘のようなものは感じられない。彼女には彼女なりのプライドがあるのだろうか。


「……まだ、お前を信用できたわけじゃない」

「信用しろなど一言も言ってません。私もあなたなんてちっっとも信用してませんが、ひとまず敵ではないと認識してやる。ということです」

「……」


 そういうことならと、俺はキエリの手を握る。かなり温かい……というか、少し熱い手だった。


「俺はナカムラだ」

「いい偽名ですね」


 キエリはそんな嫌味混じりの軽口を飛ばすと、きっと顔を強張らせて一歩近寄る。



「それで」

「……え?」

「それで、そのクロタコと言うのは?」

「あー……いや、俺もよく知らない」

「庇っても無駄です。あの特付きが、この近くに居たんですか?」


 特付き……そういえば、ローラーもそんなことを言ってたな。

 転生者の中でも、特に目立った存在に対する呼び名だろうか。


「クロタコって人が、俺を牢屋から助けてくれたんだよ。その時に銃を持ってたから、もしかしたらそうなのかなって」

「あのメス犬が……? まったく、次は何を企んでいるやら。

 忠告ですけど、アレは信用しない方がいいですよ。そもそも、同じ転生者だからと言って、信用できるとも限りません」

「詳しいんだな。知り合いなのか?」

「いえ。ですがまあ、特付きの情報は嫌でも耳にしますから。聖教会の席騎士しかり、どれもこれも頭のおかしな連中です。特付きは五人、席騎士は七人。ですが私に言わせれば、しめて十二人の狂人です」


 キエリは愚痴をこぼすかのようにそう言うと、あたりの枝を拾いはじめる。

 龍は人間と別の尺度で動く、か……なるほど。彼女たちにとって、転生者のいざこざなどは対岸の火事なんだろうな。


「とにかく、彼らと関わらない方が身のためですよ」

「そうか、ありがとう」

「は?」


 素直な感謝を告げたつもりだったが、キエリは「意味がわからない」と言わんばかりの顔でこちらを見つめてきた。


「え? いや、教えてくれてありがとうって……」

「あなたの為でも、教えたわけでもありません。調子に乗らないでください」

「さっき『忠告ですけど』って言っただろ。自分で」

「言ってません」

「……」


 なんというか、凄まじい奴と出会ってしまった。

 キエリはもう一度「言ってません」と、まっすぐな目つきで言い放つ。自分がメチャクチャなことを言っているとは微塵(みじん)も思わぬ態度だ。


 仲良くできる気がしない。


 そんな確信にも似た不安が、俺の胸底に渦巻(うずま)いていた。

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