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第二章18 『作戦開始』

「ガルァァ――ッ!」


 ガキィン!


 氷の鎧に攻撃を弾かれ、カティアは反動でのけぞる。


「もうよイ。飽きタ」


 蒼龍は目にも止まらぬ速さでカティアの喉笛に掴みかかる。氷結の手。捕まれば氷漬けは必至だった。


「ぐゥッ!」


 気合いで体をねじり、それを回避。転倒と同時に腕から血の刃を噴出させて蒼龍を斬る。


 しかし浅い。


 血飛沫の隙間で蒼龍と目が合う。即座に「死」を直感。

 カティアは血鎖を伸ばした。


is(イス) pilatus(ピラトゥス)


 空間がピシッと音を立て、直径 3mほどの氷柱が逃げるカティアめがけて突撃する。

 カティアは上に跳んで回避した。が、その判断を後悔する。動きの制限された空中。回避が困難なそこへ誘導されたのだと、せせら笑う蒼龍を見て気づいたのだ。


「死ネ」


 蒼龍はギュッと手を握る。



 ――バキィン!


 巨大な氷柱が爆発四散した。破片がカティアの視界を埋め尽くす。


「血よ!」


 飛んでくる氷塊を血の盾で防御した。しかしis(イス) pilatus(ピラトゥス)の恐ろしさは氷の雨霰(あめあられ)ではない。


 カティアはズンと盾に重みを感じる。次に寒気。次に痛み。


 盾に突き刺さった氷塊は熱力学を逸脱したスピードで氷の領域を広げ、盾の裏面へ回り込み、カティアの左手を氷漬けにした。続けて前腕、肘。凍結がみるみる全身を侵食する。

 それが肩へと到達する前にキエリが熱で食い止めたものの、カティアは痛みでもんどり打ち、着地に失敗してしまう。膝がグリンと嫌な方向に曲がった。


「ッ――!」

「大丈夫ですか⁉︎」


 キエリが背中からかける声も、戦闘に集中したいカティアにとっては煩わしい。


「黙ってしがみついてな! ちんちくりん!」

「なっ……助けてあげたんだから、お礼ぐらい言ったらどうですか⁉︎」

「クソっ。龍を背負(しょ)って戦うなんて、バカみたいだ。なんであたしまで転生者の手伝いをしなきゃ……!」


 なぜ、カティアがキエリを背負っているのか。


 それはカティアを失血死から守るためだ。

 熱を帯びた血の鎧は強力な防寒着となりえたが、代わりに消耗が著しかった。その消耗を抑えるためにナカムラが提示した新たな防寒対策。それが「キエリ湯たんぽ」である。


 ナカムラから作戦を聞いた時、この二人が最も気乗りしない表情を浮かべたのは言うまでもない。


「クククッ! 無様な姿だナ、紅龍」

「っ……!」


 蒼龍はそんな彼女を見てあざけ笑う。

 エルフにとっての森のように、熱は紅龍にとって神聖な存在だ。それを暖房代わりに安売りするなど、紅龍の恥晒しと言う他あるまい。蒼龍の口ぶりにはそんな軽蔑が込められていた。


「アスカトレアが草葉の陰で泣いていル」

「紅龍王様は死んでません!」

「あア……そういえば、(わらべ)の龍王がいたのだったナ。クク、失敬。あまりに小っぽけな存在だかラ、眼中にすらなかっタ」

「このっ……!」


 愛する主人を罵倒され、キエリは我を忘れて叫びそうになる。しかしその前にカティアが口を開いた。



「どいつもこいつも、お気楽なバカばっかりだ。うんざりするよ」


 戦闘中に喋るな。さもなくば舌でも噛み切って死ね。

 カティアはキエリを払い落とした。


「あたしは血牙。自分の敵は自分で(ほふ)る。転生者の策に乗るなんざ、もっての他だ」

「正気ですか⁉︎ 今のあなたは失血死寸前で……!」

「それがなんだ」


 獲物を他所(よそ)へ譲るのも、転生者に頼るのも、血牙のすることではない。


「息を止めるその時まで、あたしは血牙であり続ける」

「紅龍、エルフ、転生者、血牙……人はたった一つの値札で表現できるほど単純ではない。そこには一部があるだけで、本当の自分はありません!」

「そうだね。『母親』も、あたしのほんの一部だったわけだ」

「子供たちを見ても、まだ同じことが言えるんですか……⁉︎」


 カティアはキエリが指差す方を見なかった。

 血牙の罪を抱えて生き、罪と共に死ぬ。その覚悟を唯一鈍らせる存在だったからだ。そして、彼らがどんな目でこちらを見ているのか、それを知るのが怖くて堪らなかった。


「お気楽だナ、獣人」

「――⁉︎」


 ――キィン!


 左側面からの拳を釘で防御する。


 本気の龍の力。完璧に反応したはずなのに、それでも姿勢が崩されかねない。カティアは膝の激痛に苦悶しながらも鍔迫り合いに奮戦した。


「左腕が凍リ、片膝の靱帯が切れてもなオ、吾の攻撃を防ぐカ」

「はぁ――ッ!」


 助けに入ろうとしたキエリが回し蹴りを繰り出すが、蒼龍は片腕でそれを防いだ。


「ここまで抗う凡弱も珍しイ」


 ar(アル) bea(ベアー)。キエリが閃光に包まれる。


「あるいハ、()()()()と表現すべきカ?」


 蒼龍の銃口がカティアの方へと向く。


 後方に退避。しかし。



 ――ゴキュっ


 その音はカティアにしか聞こえない。

 繋ぎとめる靱帯を失った膝がひしゃげ、軟骨がすり潰される音だ。それはカティアに「死」を宣告した。


「終わりハ、呆気ないものダ」


 横にゆっくりと倒れるカティア。その真っ黒になった目を、光が青白く照らす。


「お母さん――っ!」



 ピィィン


 凍てつく怪音と共に、絶望の冷凍光線が放たれた。



「そ、そんな……!」


 準備に追われていたリーフェンとナカムラも、思わず手を止め呆然とした。

 カティアが光に呑まれた。致死的な直撃を全身に浴びた。それを、この目で見てしまった。


 遠くでキティの悲鳴が聞こえる。


「終わっ、た……」


 誰もが、そう思っていた。




「ガァァァァァ――ッッ‼︎」


 ドシュッ!


 釘三本。心臓、鳩尾、右肺。


「血よ――ッ!」


 血晶の花が咲く。舞い散る血飛沫。



「な、ア゙……ッ⁉︎」


 驚嘆に染まる蒼龍。カティアの頬が、とうとうあられもない程に歪み切った。


「豚がアァァッ!」

「ヒャハハハッ! 死ねッ! クソトカゲ!」


 脳内麻薬で狂いに狂った叫び声。二つ。氷壁を叩き割らんばかりにこだまする。



「よ、避けた……のか?」

「そんなはずは……」


 動揺する彼らの耳に、ふと、「ムゥ!」と鳴く声が聞こえた。


 見るとそこには、大急ぎで逃げ帰ってくる、数匹のケイブボアー。


「もしかして、さっきの光は……」


 そう。ケイブボアーの光だ。


 イノシシ属は犬に匹敵するほど知能が高い。主人を危機から救うためか、餌場をとられた腹いせか、彼らはその冴えた機転を働かせて蒼龍に一矢報いたのである。

 熱を光に変換する特性を活かし、生きた閃光爆弾となることによって。


「ナカムラ……!」


 そう一人推理していた彼の裾を、リーフェンが引いた。

 準備が終わったようだ。


 ――ドゴォン!


「ヒャハハハっ!」


 二人の視線の先には、血鎖を振り回して暴れ狂う、カティア。


 その左腕は完全に凍結し、使い物にならなくなっていた。

 膝は負傷ゆえか、失血ゆえか、ガクガクと踊っていた。

 攻撃は狙いが全く定まっておらず、蒼龍のはるか右に逸れていた。


 それでも戦う。動く限り戦い続ける。



 背中から「こわい……」と呟く声がした。


 その声が合図になる。二人は跳ねるように足を踏み出した。


「カティアさんを、これ以上戦わせちゃダメだ!」

「ああ。行くぞ、リーフェン!」



 カティアは凍結した腕を自ら引きちぎり、蒼龍の顔面めがけて投げつける。


左腕(こいつ)は冥土の土産にくれてやるよ! あたしにはもう必要ねェからさァ!」


 闇雲な攻撃。明後日の方角へ飛んでいく。

 彼女の意識はとっくに消失していた。それでもなぜか動いていた。理由は誰にもわからない、おそらく本人ですら。


is(イス) pilatus(ピラトゥス)


 笑止。蒼龍はそれをカティアごと氷柱で貫く。


「っぐ――!」


 が、間一髪のところでキエリが身代わりになった。


 人間に比べれば遥かに頑丈なキエリでも、さすがに甚大なダメージだ。壁に打ちつけられた彼女は冷気と痛みに悶える。


「次は其方ダ、紅龍!」


 氷煙の線が一瞬にしてキエリの目前まで到達し、霜立つ拳が振り下ろされる。


「間に合わねぇ!」 

「大丈夫、行って!」


 バシュッ!


「グッ――⁉︎ おのレェ!」


 攻撃を何度も邪魔された蒼龍は怒りに震えたが、追い討ちの矢に体をよじらせた。


「お前……!」


 動物を射止めることすら躊躇していたリーフェンが、蒼龍を射った。ナカムラはそれを成長と捉えるか、道を踏み外したと捉えるべきかわからず、彼を見る。


「はやく!」


 だが、リーフェンに迷いはない。彼の目に映るのはナカムラ、キエリ、蒼龍、そして力尽きたカティアだけだ。


 ナカムラは速度を上げた。氷の床面はともすれば滑って転びかねないが、どうにかなれと祈ってキエリの元へ疾走した。



「キエリ――ッ!」


 呼びかけに答え、彼女が両手を広げる。ナカムラはそこに飛びついた。


ar(アル) bea(ベアー)!」

「させない!」


 二人まとめて仕留めようとした蒼龍だが、再びリーフェンの矢に阻まれる。蒼龍の苛立ちはフルスロットルで加速した。


 まだ力は十分残っている。だが、こんな雑魚相手に全力を出すのはプライドが許さない。


 ――ズゴっ!


 ゴーレムが音もなく接近し、蒼龍の後頭部に拳を叩きつける。しかし笑えるほど低い威力だ。苛立ちが加速しただけ。


「小賢しイ!」


 それを術者、リーフェンへとぶん投げた。

 衝撃音と悲鳴を耳で聞き取りつつ、蒼龍は周囲を見回す。右手にエルフ。左手に紅龍と転生者。正面に獣人。


 まとめて殺ス。



di(ディ) dus(ダス)


 ブワリと煌めく白の粉塵。濃霧のように辺りを立ちこめる。


「ナカムラ!」

「っ……!」


 息を止め、ナカムラはカティアの方へ走った。キエリはリーフェンの元へと向かう。


「もう遅イ!」


 まだ動く二人にダメ押しの一手を繰り出そうとした蒼龍。


「何を言ってるんですか」


 その目前で、キエリが急停止する。


「全て読み通りですよ」


 ――ドゴォン!


 回し蹴り。欠片ほど残った龍の力を惜しみなく使用した一発だ。蒼龍が吹き飛ぶ。



 頼む。頼む……!


 カティアを確保したナカムラは、粉塵を避けながらそんな祈りを捧げていた。


 あるいは、()()


「……!」


 手に冷たい感触。来た、と、ナカムラは目を見開いた。


 そしてジッポーを開く。フリントを回転させる。


「火よ――ッ!」


 魔法を唱える。いつものプロセス。


「これで……最後」


 燃え上がるジッポーを握る。

 もう二度と、火の魔法は使えない。酷使への反抗が如く火が身体を焼いた。かつてないほどの痛みだった。自分の力が今、一つ消えつつある。


「今まで、ありがとう」


 覚悟はとうに済ませている。


 火炎を矢のように尖らせ、噴出させ、ミサイルのように放つ。

 土壇場で編み出した、唯一の模倣ではないオリジナル技。締めくくりにはおあつらえ向きだ。


 名付けるなら、そう……。


朱鷺(トキ)


 飛び立て。(あけ)空の鳥のように。



 ――バシュゥッ!


 弧線を描きジッポーが飛んでいく。


 狙いは氷壁に激突した蒼龍……ではなく、その壁面に走った亀裂。


 蒼龍に赫閃(カークセン)を喰らわせた時も、そこと同じ場所に亀裂が走っていた。その亀裂は蒼龍の手によって即座に修復されたが、考えてみれば妙な行動だった。

 蒼龍は他の壁面や照明用の氷塊が壊れても修復しなかった。なのに、なぜかそこの壁()()修復したのだ。



「つまり……」


 ――バリィンッ!


 朱の鳥、氷壁を穿つ。


 やがて吹き荒れる熱波。朱に呼応して輝く真紅。


「読み通り!」


 その先に、紅晶石がある。

 膝をついたナカムラ。彼は勝利を確信した。



「させるカァァァァッ!」


 is(イス) pilatus(ピラトゥス) turi(トゥリ)


 三本の氷柱が穴を塞ぐ。一匹たりとも通さない。


「終わりダ! 其方らが紅晶石を見る日は二度となイ!」

「…………」

静寂(しじま)に消え失せロ! 空っぽどモ!」



「お前だよ、空っぽは」



「ナ……?」


 氷柱が砕け散る。分厚い氷柱が、数秒足らずで。


 裏側から。


「い、いつの間ニ……⁉︎」


 紅龍は力を使い果たして倒れていた。動けぬはず。そもそも、誰かが通ったような気配は少しも……!


 ……気配。


 気配、気配! まさか――ッ!


「エルフ!」


「え、えへへ……作戦成功」


 ゴーレムの腹からずるりと崩れ落ち、リーフェンはナカムラに二本指を立てる。


「俺たちが散開すれば、お前は必ず大技(di dus)を使う」

「く、グッ……!」

「そいつを目隠しに使った。粉塵に隠れてキエリとリーフェンをゴーレムの中に格納し、そして、気配を消してお前の横を素通りする」


 リーフェンが消せるのは、ゴーレムの音や気配だけ。姿まで消せるわけじゃない。

 だから、俺の派手な魔法で注意を引いた。怒りで我を忘れた蒼龍はまんまとその策にはまり、脇を通るゴーレムには目もくれなかった。


「あとは……」


 猛烈な熱気。紅蓮の輝き。蒼龍は頭上を見上げて息を呑んだ。



「あとは、あなたが灰になるだけ」

「紅、龍……ッ!」


 キエリの肌が褐色に染まり、白く輝く紋様がへそを中心に全身を巡る。


 第二龍態(エーシェヘト)


「あなたのような()()には、第二で十分」

「クソ……ッ! クソッ! 死に損ないの分際デ、我を愚弄するカ!」

「枯葉はよく燃えるものです」


 龍 対 龍。

 決戦。

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