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第二章15 『余興』

「最初は驚いたガ、喰らってみれば大したことはなイ」


 平気な表情で首を鳴らす蒼龍を見て、ナカムラは自分のしたことが、時速165キロで紙風船をぶつけたようなものだったと悟った。


 いくら超音速とはいえ、そもそも人間の足があまりに脆すぎる。威力は間違いなく一番凄まじかった。しかし片足を失ったことや、無茶な魔法の使い方をしたことを考えれば、そのコストパフォーマンスは最悪だ。

 もう二度と、超音速赫閃(カークセン)はやらない。

 ナカムラは密かにそう決意した。



「しかし、フム。魔法が使えたとハ」


 相手はいちいち考えを口に出すタイプらしい。それをヒントに突破口を探ろうと、ナカムラは頭を絞る。


 まず、蒼龍(こいつ)は俺を舐め切っている。だから俺の能力についてさほど考察していない。肉体を犠牲にした捨て身の攻撃に毎回驚いていたのが何よりの証拠だ。

 ジッポーを引き離したのも、おそらく「ただ欲しそうにしていたから邪魔した」だけだろう。


 そして、こいつはジッポーが二つあることに気づいてない。普通リアクションするならそっちが先のはずだからだ。

 偶然気づかなかった。あるいは、相手の武器に注意すら払わないほど油断していたのか。


「…………」


 ナカムラはもう一度、この広々とした氷の牢獄を観察する。


 天井の中心に、ミラーボールのような氷塊がある。おそらく照明の代わりなのだろう。それは強い光を放ち、部屋全体を青白く照らしていた。


「……どうしタ。もう限界カ」


 そして、やたらと攻撃を促してくる蒼龍。

 彼がキエリと同等の力を持つなら、踏み込んで一気に接近することもできるはず。しかしなぜかそれをしない。



「火よ」


 分析は終わった。ナカムラは一つ浮かんだ推測を確信に変えるため、四肢に炎を纏わせる。


「また紅龍の模倣カ。白紙はよく染まるものだナ」

「お前の顔面も真っ青にしてやるよ」

「笑止」



 炎をジェット噴射。横に飛ぶ。


「多芸な豚ダ」


 蒼龍は手のひらをずるりと伸ばす。パーの形に開かれたそこには、蒼白の光球。


ar(アル) bea(ベアー)


 ピィン、針を弾いたような音。


 閃光が氷山を作りながら直進してくる。


「冷凍ビーム……!」


 噴射の出力を上げて逃げ回るが、蒼龍はビームを塗り潰すようにぐちゃぐちゃと動かした。

 顔の間近をビームがかすめる。直撃していないのに、冷気で片目が凍った。


「堕ちロ、豚」

「豚さんだって立派に生きてんだよ!」

「ククッ。仲間意識カ?」


 もう一発。消耗度外視の連続攻撃。


 一撃必殺の紅龍と違い、蒼龍は手数で勝負する。接近の機会を伺うナカムラに、情け容赦ない冷気の弾幕が襲いかかった。

 四方八方に飛び交うジェット噴射とビーム。中世世界の戦模様ではない。


「ラチが明かねぇ!」


 空を側転しながら、ナカムラは手で三角を作る。


灼煉(シャクレーン)

「ッ――⁉︎」


 咄嗟に防御をとる蒼龍。技名に体が反応した。



 ――ゴッ!


「なんてなァ!」


 嘘だ。そんな大技を出せるほどの余裕はない。


 ナカムラの飛び蹴りが上から炸裂。氷床に亀裂が入る。


「小賢しイ」


 蒼龍はその足を掴み、半月状にナカムラを振り回す。


「火よ!」


 どうにか逃げようと、ナカムラは無我夢中で魔法を唱えた。

 ゴオッと足裏から炎が噴射される。


「グッ!」


 それが運良く蒼龍の顔面に直撃した。

 地面に叩きつけられるギリギリのところで、ナカムラは空中へと解放される。


 ――ドゴォン!


 しかし龍の力たるや凄まじい。速度を殺し切れなかったナカムラは対面の氷壁に激突してしまう。


 背骨がひしゃげる感覚に震え、ナカムラは「限界」の二文字を文字通り痛感した。

 キノコの予備はまだある。故に再生能力の限界ではない。


 魔法の限界だ。

 リーフェンから「魔法を使いすぎるとモノに嫌われる」という話を聞いていた。そしてナカムラはその限度をある程度は把握していた。

 超音速の赫閃(カークセン)。炎のジェット噴射。凝った魔法を使いすぎた。いつ魔法が使えなくなってもおかしくはない。


「だが……!」


 これで確信した。


 ナカムラは覚悟を決め、炎の立つ拳を握る。

 左手で凍結した目を焼き、右手のジッポーを捨てた。


「火よ!」


 魔法を唱える。


 ゆっくりと落ちていくジッポーへ、もっと燃え盛れと。


 たとえもう魔法が使えなくなっても構わない。今この時を死に物狂いで()()()()()


「くっ……あぁ゙ッ! 火よ! 噴出しろ!」


 魔法を唱える。 


 焼けた片目を即座に再生。火の塊になったジッポーへ全力で集中。イメージを形に。


 ――バシュゥッ!


 まるで小型のミサイルだった。ジッポーの炎は矢のような形状になり、蒼龍めがけて真っ直ぐに飛んでいく。


ar(アル) bea(ベアー)


 蒼龍は「くだらン」とそれを一蹴した。


 コントロールが難しかったため、ナカムラは火矢(ジッポー)に超音速ほどの速度を乗せることができなかった。

 せいぜい時速300キロほど。通常の矢より多少速い程度だ。それでもギリギリだったが、蒼龍にすればハエが飛んで来るようなものだった。


 だが、それでいい。こちらから注意が逸れた一蹴。その一瞬が欲しかった。


 二つ目。いや、一つ目か。とにかく落ちていたもう一つのジッポーを拾う。

 あとはもう、最後の魔法を唱えるだけ。


「火よ!」


 跳躍。全身の炎を片足に集約させ、赤熱させる。


 蒼龍もそれを見て、ようやくナカムラの()()に気づいた。彼の進路上にビームを放つ。


 しかし、それは外れた。見当違いの方角に飛んでいき、ナカムラのすぐ後ろで氷塊を作るだけに終わった。


 そしてナカムラはやはりと確信する。


 天井の照明。なぜか見逃した、もう一つのジッポー。でたらめな攻撃。自分から仕掛けることはなく、移動も最小限しか行わない。


 その理由は一つ。視力が弱いからだ。


 反応が速いので、てっきり視力も優れているのかと錯覚していた。

 だが、よくよく観察してみれば、彼は音や光の強さというぼんやりした物を目印にしているだけ。反射神経は優れていても、動体視力がそれに追いついていない。



爆羅(バクラ)ァ――ッ!」


 蒼龍の言うように、それは真の爆羅(バクラ)には遠く及ばない。

 重要なのは「爆羅(バクラ)のような技」というイメージ。それで威力が桁違いに変わる。


 故に、十二分。十二分の威力。



 ――バリィン!


 天井のミラーボール。ナカムラの爆炎が、氷の牢獄に闇をもたらした。


 当然、ナカムラも闇に呑まれた。しかし彼の目的は勝利ではない。時間を稼ぎ、あわよくば紅晶石も手に入れて、()()()


 地面にべしゃりと落下し、その傷をアドレナリンと気合いと僅かな栄養で再生。


 これで蒼龍は位置を掴めない。彼は息を潜めて退路を探した。



di(ディ) dus(ダス)


 しかし、無惨。


 蒼龍を中心にして氷の粉塵がブワリと広がり、部屋全体を包み込んだ。

 気温が致死領域にまで急降下する。闇に包まれた視界でナカムラが認識できたのは、微かにきらめく粒子の幾つかだった。だから危険を察知するのが遅れた。息を吸ってしまった。


「カッ……!」


 出したこともないような声。いや、呼気のかすれた音なのかもしれない。


 自分が吸い込んだのは空気ではなく、ドライアイスの一塊だったのではないか。喉を内側から串刺しにされたような冷痛が、彼にそんな錯覚を与えた。


 全身が内側から冷えていく。凍結していく。

 それに気づいた彼は即座に再生で対処しようとしたが、もうとっくに栄養は尽きていた。動きを止めて絶対零度の静寂の一つになる。それ以外の道は無かった。



「まだ、死なぬカ」


 なんという気骨。そこだけは認めざるを得ない。


 再生を重要な部位だけに絞り、凍結しながらも寸前で凍死に耐えるナカムラ。蒼龍は、そんな彼にある種の狂気じみた執念を感じた。


「見事……とまでは言わヌ。しかし何が其方をそうさせル?」


 こんな凡夫に大技を使わさせられた。その屈辱を自分に与えた。彼が弱者なのは事実だが、少なくとも、自分が見た弱者の中では最もしぶとい相手だった。


「あるいハ。その死でもって、凡夫の格を抜け出ス……カ。クク」


 蒼龍は龍態を解き、静止したナカムラの前にどっかりと腰を下ろした。


 すぐに殺すこともできたが、この男がどこまで冷気に耐えられるのか興味が湧いた。

 あと一息でも冷気を吸えば、彼は死ぬ。しかしその一息が最後まで来なかったら。氷人形になる最期を望まず、酸欠による死を選ぶ高潔さを見せたとしたら。


「紅龍が来るまでの余興には、十分」


 面白い。


 そう思わせる時点で、彼はすでに凡ではないのかもしれない。

 最初は論外だと考えていたが、やはり生かして()()にするべきか……?


 そう考えた辺りで、蒼龍はふと周囲を確認する。


 気配はない。


「思い違いカ……」




「――⁉︎」


 ――バギャァン!


 しかし突如、氷塊が宙を飛散した。

 蒼龍は地面を蹴って上空に避難し、いったい何が起きたのかと目を細める。


 影……動く影がある。


 転生者ではない。というより、人間ではない。それにしては巨大過ぎるからだ。


di(ディ) dus(ダス)


 蒼龍は影のいる辺りへ粉塵をばら撒いた。

 この暗闇ではまともに戦えない。冷気の壁で時間を稼ぎ、ひとまず照明を修復する。



「ナッ……⁉︎」


 しかし、真正面からの衝撃。その影は冷気の壁を直進し、蒼龍を思いっきり叩き上げた。


 目を見開く彼が直前に見たものは、木。


 ぎっしりと編み込まれた木の(つる)が、拳のような形をとって自分に迫った。それで理解する。その攻撃が誰の、何による物かを。


「エルフ……!」


 木の魔法を使う者など、他にあり得ない。


 蒼龍は知っていた。

 エルフの中には気配を消すのに特化したダークエルフという種が存在することを。

 そして、そのダークエルフの中でも特に傑出した才を持つ者は、自分だけでなくその()()の気配すら消してしまえることを。



「残念、不正解だ」


 聞き覚えのある声。背中から響いた。


「其方ハ……!」

「おうとも」



 動く血塊。もうもうと湯気を放つ。


「カティア・()()・フランメールさ」


 ドシュッ



 絶対零度の静寂を、一本の釘が貫いた。


(追記)

紅龍は近くが見えにくく、蒼龍は遠くが見えにくい傾向にあります。

第一章六話でキエリが眼鏡をかけていたのはそれが理由です。一文しかない上に前の話過ぎるので本文からは省きましたが、いちおうヒント的な描写ではありました。

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