第二章12 『ソヨン』
「走れ! ブーカ!」
「全速力だっつの! 黙ってろ!」
「ちょっ、なんであたしもなんだい!」
「案内がいるやろ!」
ぜったい、行ってる。
こういう時の勘は絶対当たる。間違いなく戦ってる!
超スピードで流れていく地面、巻き上がる雪の粉塵、「邪魔だ!」と薙ぎ倒される針葉樹。
ブーカの背中にしがみつきながら、クロタコは爪を噛みたくなる衝動を堪えていた。
「そんな焦るほどかい⁉︎ あんたにすれば、大した相手じゃないだろ!」
「うちは、な」
彼らは違う。
何十分、いや、何分保つか。相手によっては瞬殺もあり得る。
「なんだ、せめてちゃんと説明しておくれ!」
「勇者サマのことや」
そこでカティアも、よくやくクロタコが何に焦っているのかを理解した。
「あいつ……! でも、あたしは紅晶石の場所は教えてないよ!」
「大人が村で戦ってる間、子供は外で家畜の世話をしてたらしいな」
クロタコは言うべきか一瞬迷ったが、無駄な慈悲はかけないことにした。
「う、うそ、だろ……?」
カティアの腕がだらりと垂れる。察してしまった。
「……」
「そんなわけ……あの子たちがそんなことするはず……!」
他に考えられる要素はない。最悪はいつだって同時に降りかかる。クロタコには揺るがぬ確信があった。
「うそだ……あ、あたしを、騙そうとして……!」
「……また、逃げるんやな」
「――!」
「そんな誰かの大切を、悪びれもなく殺してきたくせに」
二代目魔王。
優しい人だった。何も悪いことはしてなかった。
彼女は転生者の居場所を作っただけ。誰も近づかないような島に、ひっそり生きていけるような国を作っただけ。
しかし聖教会と、蒼龍。
奴らが全てを奪っていった。
誰も傷つけず、抵抗すらせず、魔王は連れて行かれた。そんな彼女を呆然と見つめるうちらに、こう言った。
『後は、頼んだ』
それが決して「復讐をしてくれ」などという意味ではないことを、うちは理解している。
「殺人鬼が、しゃらくさく人間ぶるな!」
雪原を、音の波動が走り抜ける。
クロタコの声は驚くほどよく通った。皮膚と骨を貫通し、心の臓まで届き、物理ではない痛みをもたらした。
「あんたに、何が……!」
「うちはクロタコ。罪の重さで折れた骨を、折れたままにして生きていく。残虐な殺しの鬼」
「……!」
「それ以外の、何者でもない」
その事実から逃げたことは一度もない。
「あたしは……」
「カティア・ペグ・フランメール」
その腕を、掴む。爪が食い込み、血が流れるほど強く。
「血牙のカティアやろうが……ッ!」
でなければ、その罪は誰の物でもなくなってしまう。
消えてしまう。無かったことになる。そんなことは許されない。
絶対に許されない。
『それでも、君がいてくれてよかった』
そう。それでも……
「戦えッ――! 血牙のカティア!」
――ドシュッ!
鮮血が宙を舞う。
真っ白の背景に飛散し、集結し、やがて太い線になる。
「……ここをまっすぐ進んで、最初に見えた洞窟。入って右に二回、左に三回」
左手の動脈から伸びる、血の鎖。
右手には一本の釘。
鋭く尖った、深紅の眼光。まさしく血牙のカティア。
「先に行く」
来たければ来るがいい。そう告げるかのように、血牙のカティアは鎖を伸ばして跳躍した。
「ゥ――ラァ!」
急ブレーキをかけたブーカが、そんな彼女目がけて何かを投げた。カティアはそれを極めて冷静に受け取る。
「……」
去っていくその背中を、二人はしばし眺めていた。
「オマエも、ガラでもないことすんだな」
「ほんま。自分でもビックリ」
崇密の騎士に同情するつもりはない。しかし、
『命を傷つけることに、なんの恐怖も抱かないやつなんて……死んだ方がずっとマシだ』
「…………」
誰の影響かは、考えるまでもなかった。
なるほどな、と。クロタコは改めて気づく。そしてちょっとした自己嫌悪と言うべきか、諦念と言うべきか。形容し難い何かが胸中に渦巻くのを感じた。
「結局、うちもしゃらくさく人間ぶってたか。人の心はどうにもならん」
「オマエはずっとしゃらくせーぞ。あと紅茶くせえ」
「やかましいわ、口臭」
互いに一発ずつ殴り合い、前を向く。
「さ、行こか」
「走んのあたしだけどな」




