第二章10 『最強の二人』
「ギャゥッ!」
「つ、強すぎる……!」
ナカムラたちが洞窟へと向かった一方、村では、今なおも戦闘が続いていた。
「あー、歯ごたえがねえ」
心底つまらなさそうに首を鳴らすブーカ。彼女の力は圧倒的だった。
獣人族は決して脆弱な種族ではない。むしろ、人間と比べれば筋肉量も動体視力も段違いに強い。獣人一人の力は、人間男性五人分に相当するとまで言われている。
それが、二十人。
人間だと百人分にあたる戦力を、ブーカは瞬く間もなく地面に転がしてしまった。
「やっぱ、本気出したらちゃんと強いんやな」
「当たり前だぜ。あたしはサイキョーだからな!」
カティアの横振りを回避したクロタコが、着地と同時にそんな呑気なセリフを吐く。
「この髪、前見やすくていいなー! また結んでくれよ」
「戦う時はな」
「えー、毎日やってくれよー」
――キィン!
「っ……!」
「アホか。何分かかると思ってんねん」
見向きもせずに、速度の乗った突きを横にいなす。
銃剣の剣先で。しかも片手。
クロタコはここまで一度も銃を使っていない。重量もパワーも絶大なハルバードによる攻撃を、小さな銃剣だけで受け流していた。
「クソッ!」
カティアは屈辱に顔を歪ませる。
自分は今、弄ばれている。すぐに殺せる獲物をあえて仕留めず、その実力差を念入りに叩きこまれている。
執念深い嫌がらせ。なんて性根の腐ったやつだ。
「ふざけんじゃ……ッ!」
柄を握りしめ、再びカティアは突撃する。
技量は桁違いだが、力は弱い。そして自分は獣人。力押しでねじ伏せる。
クロタコに避ける素振りがないことを確認し、カティアは一気に加速した。緩急をつけて油断を誘い、全力の一撃で不意を狙った。
「おい」
「わかってるわ」
――ガキィン!
しかし、やはり圧倒的な実力差。
ハルバードの刃先が宙を舞う。
クロタコが攻撃を迎えに行く形で銃剣を伸ばし、そこに速度が乗る前に柄を叩き折った。
「衰えたな、カティア」
クロタコは反撃の動作に入った。が、それを押しのけ、ブーカがカティアめがけて突進する。
「かっ……⁉︎」
「もうひっこんでろよクロタコ。あたしがやる」
折れた柄で地面を突き、棒高跳びの要領で後ろに逃げようとしたカティアだが、ブーカの速度には勝てなかった。にべもなく吹き飛ぶ。
「転生者どもがァッ!」
カティアと入れ替わる形で、間髪入れずに獣人たちの第二波が押し寄せる。
「物足りひんからって邪魔すんなや」
「オマエの戦いには敬意がねえんだよ」
しかし、二人はまるで散歩でもするかのように、ゆうゆうとそれらを薙ぎ倒して進む。
カティアと違って、相手は戦闘技術もないただの村民だ。いくら獣人とはいえ格が違う。力任せの攻撃はブーカにねじ伏せられ。死角をついた攻撃はクロタコの技量でカバーされる。
「どんなザコでも、やるならトコトンやれ」
「殺す価値のない相手は殺さへん。それがうちのモットー」
「ゴチャゴチャうるせーなー。この世はうるせー鳥から死んでくんだぜ。知ってっか?」
「ブーカまっ先に死ぬやん」
片や技、片や力。ただでさえ強い二人が、互いの死角を埋めるように連携し、迫りくる群衆を淡々とひっくり返していく。
二人は村の戦力を削り切るまで止まらない。そんな勢いだった。
「くそっ! まるで歯が立たん!」
「せめて魔法が使えれば……!」
獣人族は屈強だが、代わりに魔法が大の苦手だ。
それは転生者の知恵、すなわち科学技術を取り入れたことによる、種族単位の後遺症だった。
「おら、もっとかかってこいよ! ジョージンども!」
「じゅうじんな」
「テメーらはカッコーのエモノなんだよ」
「えじきな」
「あたしの剣のサビにしてやるぜ!」
「斧やん」
「うっせーな! 黙ってろ!」
ブーカは獣人の肉壁をパワーでぶち抜いた。
クロタコは銃のストックを鈍器のように扱い、背後から来た獣人の顎をかち割った。
「チッ……」
とことんふざけた奴らだ。
血痰を吐き捨て、カティアは憎悪の眼差しで立ち上がる。
「舐めんじゃ、ないよ……!」
路肩の雪。その白に溶けていく、真っ赤な飛沫。
血……獣人の、血だ。その血がある限り、体は転生者を憎むことをやめない。
「血よッ……!」
凝固し、沸騰し、皮膚を突き破る。
前方にかざしたカティアの右腕から、咲き誇る彼岸花のような血飛沫が上がった。
「血の魔法、か」
獣人が束になっても止まらなかったクロタコの足が、止まる。
「血牙のカティアが、本気になったみたいやな」
獣人族は基本的に魔法が使えない。それは傾向として事実であり、その事実が彼らの「自分には魔法が使えない」という思い込みを強くさせた。そして、その思い込みは魔法をより困難にさせる。
事実と思い込みの悪循環である。今や、この世界で魔法が使える獣人は、片手で数えられるほどしかいなかった。
しかし、カティアは使えた。
彼女は「魔法が使えない」という種族的特性、思いこみを突破した。その後に残るものは何か。
極めて強固な、自信。
困難を乗り越えるたびに心は強くなる。魔法は必ずそれに応える。
「血よ! 高く昇り、滾り! 降り注げ!」
血液の雨が、クロタコたちの上空を埋め尽くした。まるで捕縛する網のように広がる。逃げ場は存在しない。
「うわ、なんかグロいぜ」
ブーカはそれをボーッと眺める。この程度で狼狽えはしない。どうしようかな、そう考えたところで、横から「ブーカ」と声がした。
「んあ?」
「ありがとう」
クロタコは迷いなくブーカを盾にした。
血液がブーカの全身にまとわりつき、ジュッという音と共に煙があがる。
「あっづ! このチめっちゃアチい!」
「へー、そうなんや」
「マジおぼえとけよテメェ!」
ブーカは予想外の痛みに悲鳴をあげた。
冷えた血液が蝋のように固まっていき、やがて石のように硬くなる。
「真面目に……戦えッ!」
カティアが腕を振り上げた。
「うちはずっと真面目やで」
その腕を正確に銃撃。
魔法を解禁した相手を前に、こちらも銃を解禁した。いたって真面目な判断だ。
クロタコは続けざまに足を撃つ。
「やっぱ衰えたな。ガッカリや」
「勝手に失望しときな」
パリィン、と、ガラスの割れたような音。
カティアが拳を握ったと同時、ブーカの全身に付着した血液が突然膨張し、鋭利な結晶へと変化する。
血の魔法の本領は熱ではない。鋼のように硬い血晶だ。それは銃弾をはじき、最強のドワーフの皮膚をも貫くことができる。
「……いてぇ」
ブーカは棒立ちで顔をしかめた。せいぜい薄皮を貫いた程度だ。普通に痛いだけ。
しかし、カティアの狙いはそちらではない。
「あちゃあ……また油断してしもた」
ブーカから伸びた血晶の針は、クロタコ手足を串刺しにした。彼女のワイシャツに赤い斑点が滲む。
針を抜こうにも、それらは上下左右と様々な角度を向いているため、一気に引き抜くことができない。かなり時間がかかる。
絶好の機会……ッ!
「グルォォア!」
「殺スッ!」
カティアの死闘を前に、黙って見ている彼らではない。
村人のほとんど全てが、獣の大群となって二人に襲いかかる。
「あ、ヤバい」
隣のブーカを見る。
「ザマみろ、バーカ」
当然、助けるわけがない。彼女は中指を立てた。
血の雨の次は、獣人の雨だ。空を埋めるそれが今か今かと接近しているのを感じつつ、クロタコはその対応に迷った。
御せないことはない。しかし死人を出してしまう。
――チリィーン
「……⁉︎」
鈴の音。
それは喧騒を上書きするように鳴り響き、場に困惑を帯びた静寂をもたらした。さらにその静寂をバンッ! という衝突音が破る。
空中の見えない壁に激突した獣人たちは続々と地面に落ちていき、鈴の鳴る方角をいっせいに見つめた。
「ナカマをはめるのは、複雑な気分にゃあ」
指先で鈴を挟み、催眠術のように左右へ振る。
黄色っぽい金髪を二つに結び、「にゃあにゃあ」と猫っぽい口調で話す……獣人の、ハーフ。
「あんたッ……!」
「そこはコニーの作った箱庭にゃ。害はないから安心するにゃ」
「獣人の身で、転生者の味方をするつもり⁉︎ そいつは魔王の仲間なのよ!」
「コニーはコニーにゃ。クロタコはクロタコにゃ。みんな違ってみんないいにゃ」
平気な顔でそう抜かすコニーに、カティア、そして獣人たちは揃って閉口した。
獣人と転生者など、紅龍と蒼龍が仲良くするぐらい有り得ない組み合わせだったのだ。
「それにコニーがいなかったら、今ごろ全員オダブツにゃ。むしろ感謝してほしいにゃあ」
「また、ふざけて……!」
「おふざけやと思う?」
前方から放たれる、黒いオーラ。
「なら、おふざけで済んでよかったやんか」
クロタコの手には、巨大な、漆黒の銃が握られていた。
否。それは銃というよりも、最早「砲」だった。
その全長は長身の彼女に匹敵するほどの長さで、先端にぽっかり空いた銃口は腕が入りそうなほど大きい。見たところ数十キロはありそうだ。しかしなぜか、クロタコがそれを重そうに扱う素振りはない。
合理性を逸脱した巨大さ。見る者全てを萎縮させる、重厚かつ圧倒的な存在感。
銃を知らぬ者ですらその危険性を本能で直感した。
――神弓。
クロタコの能力は、「物を自由に生成できる能力」だ。
生成する物は八つまで設定でき、その後の変更は不可能。しかし、一度設定した物は何度でも生成することができる。
タバコ、銃剣付きのKar98k、Mauser c96。全てクロタコの能力で生成した物だ。
残りの枠は五つ。
クロタコはその内の四つを贅沢に消費して、このオーバーパワーな武器を作り上げた。
必中のスナイパーが、必殺の超火力を獲得したのだ。
「ひれ伏せ」
必中必殺。まさに無敵。
彼女の視認距離に入った生物は、おしなべて死神の鎌が首にかかったも同然となる。
最強の魔法、箱庭。最強の転生者、特付き。最強のドワーフ。
「グゥ……!」
「相手が……悪すぎる」
格の違いをこれでもかと見せつけられた獣人たちは、とうとう屈服した。




