第二章9 『やっぱり』
「僕、リーフェン」
「僕はケイトです」
「私はキティ」
実に簡潔な自己紹介だ。
しかし、彼らが交わす視線には言葉以上の何かが含まれている。なぜかそんな気がする。
「話す前に、ちゃんと髪をふけ。よく見たらビショビショじゃねえか」
リーフェンの前髪から水滴が落ちたのが見えたので、俺は彼の頭にタオルを被せる。このままじゃ風邪を引くか、髪が凍ってしまう。
「わー! 力強い!」
「こら。ジタバタするな」
「おじさん、リーフェンのお父さん?」
「お兄さんな」
「お兄ちゃんなの?」
「いや違うけど……まあいいや」
きゃーきゃー騒ぐリーフェンの髪をふき終え、二人にタオルを返す。
「貸してくれてありがとな」
「すぐ乾いたでしょう?」
「ああ。すごい吸水性だった」
「毛が多い僕たちには必需品なんです」
「氷漬けの獣人になっちゃうからね」
「なので、返すのは村に戻ってからでいいですよ。氷漬けの人間さんになったら大変ですし」
そう言って、ケイトは再び布を渡そうとする。さすがに悪いので断ろうとしたが、「たくさんあるから」という理由で押し切られてしまった。
やはりしっかり者の兄妹だ。おそらくリーフェンの方が年上だと思うが、二人はずっと大人っぽく見える。
「ところで、ケイト達はこれから何するの?」
「ケイブボアーを餌場に連れて行きます」
「餌場って……たしか、洞窟キノコを食べるんだよね?」
「そうだよ。すっごく硬いやつ」
「見たい!」
それどころじゃねえだろ。目を輝かせるリーフェンの背中を小突く。
「なあ、紅晶石って知らないか?」
「紅晶石……ですか?」
「村にある、おっきな石のことだよね」
「そう。僕たちそれを探してるんだ」
「わたし、知ってるよ」
「ほんと⁉︎」
「どこにある⁉︎」
思わず二人で詰め寄る。
しかし、びっくりして後ずさったキティの前に、兄のケイトが割り込んだ。
「ダメです。教えられません」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「絶対にダメか?」
「はい」
無理そうだ。彼からはテコでも教えないという、強い意志を感じる。
「そ、そっかぁ……」
「いやまあ、そうだよな」
やっぱり、家が建つほどの高級品がある場所を、おいそれと他人に教えるわけないか。
二人同時にため息を吐く。
それを見たキティが、ボソッと「ほんとに親子みたい」と言ったが、せめて兄弟と言ってほしかった。
「そこをなんとか、お願いできないかな?」
が、しかし。ここにきてリーフェンが食い下がる。いつもなら諦める所だが、彼なりに勇気を出したようだ。
「僕たちの仲間が弱ってて……その子を助けるには、どうしても紅晶石が必要なんだ」
「…………」
「頼む。本当に少しだけでいいからさ」
リーフェンが頑張った以上、俺も黙って引き下がるつもりはない。彼に便乗する形でそれとなく援護射撃を送ってみる。
「お兄ちゃん……」
キティも同情してくれたのか、「いいんじゃない?」と言いたげな顔でケイトを見つめた。
「ダメです」
しかし、彼は頑なだ。強張った顔つきがカティアによく似ている。
「でも、その……なんでダメなの?」
「お母さんから、絶対にそこに行くなと言われてるからです」
「危険な場所なのか?」
「そうなの。そこで昔、誰かが死んだんだって」
「こら、キティ!」
誰かが死んだ……か。
あの屈強な獣人たちだったら、多少足を滑らせたぐらいじゃ死ぬことはないだろうな。
どうしよう、壁一面が全部紅晶石とかだったら。秒で黒焦げになってしまいそうだ。
「少し前ぐらいから、すっごく怖いバケモノが住み始めたらしいの」
「バケモノ?」
「キティ、ダメだってば!」
「でもその洞窟が使えないから、みんな困ってるんだよ?」
「それは……そうだけど」
「なんで困ってるの?」
リーフェンの質問に、二人は顔を見合わせる。先ほどみたく視線で会話しているようだ。
やがて、ケイトの方から「ぐう」と声が上がった。キティの勝利らしい。彼女は俺たちの方へくるりと向き直り、説明を始める。
「あそこに大きな山があるでしょ?」
キティは周辺の山々の中で、一際標高が高いものを指差す。
「その山の中心に、すっごく大きな紅晶石があるの」
「山には洞窟がいくつもあって、そこは紅晶石の熱で暖められています」
「ボアーちゃんにとっても、洞窟キノコにとっても、住みやすい場所ってこと」
「でも、洞窟キノコはたくさん生えてるわけじゃないので、僕たちは山の周りをグルグルしながら各地の洞窟を巡るんです」
それは一般的な遊牧のシステムと同じだな。
家畜をたくさん放牧すると芝が食いつくされるから、次が生えるまで別の場所へ移動。そこが食い尽くされたらまた移動……みたいなやつ。
「僕たちが行くなと言われている洞窟は、その中でも一番紅晶石に近くて、一番キノコが多い場所だったんです」
「そう。だからそこが使えないと、キノコが足りなくなっちゃって……」
キティの声が震え始めたので、ケイトがその背中を撫でる。
「ぐすっ……この前も、ボアーちゃんが……!」
「……僕たちが、一番大事にしてた子だったんです。でも飢えに耐えきれなくて……死んでしまいました」
遊牧民にとって、家畜は家族も同然だと聞いたことがある。そんな家族が飢えに苦しみながら死んでいくのは、かなり辛いことだっただろう。
「あの子は、お父さんが最後にくれた子なのに……!」
「キティ!」
「……お父さん、何かあったの?」
境遇に親近感を覚えたのだろうか。リーフェンは二人に歩み寄り、その手を片方ずつ握る。
「僕も、小さい頃にお父さんが死んじゃったんだ」
顔を背けるケイトに、いつになく優しい口調で語りかける。今のリーフェンはかなり大人の顔だった。
「お父さんだけじゃない。お母さんも」
「……」
「だから、二人は幸せ者だよ。あんなに優しいお母さんがいるんだもん……僕、すごく羨ましい」
「リーフェン……」
「僕にできることはない? きっと、力になれるはずだからさ」
不思議なやつだ。
コロコロと表情を変え、子供っぽくはしゃいだと思えば、急に大人の顔をしたりする。全く変わってないようで、その実、凄まじい速度で成長している。リーフェンは見ていて本当に飽きない。
ひょっとすると、親になるって、こんな気持ちなのかもな。
その感情が合っているのかわからないが、ふとそんなことを思った。
「……俺らが様子を見てくるっていうのは、どうだ?」
「え?」
三人の視線が俺に集まる。なんとなくの思いつきで言ったのだが、まさか、ここまで注目されるとは思わなかった。
「ほら、もしかしたら今は安全かもしれないしさ。確認するだけなら大丈夫だろ?」
「それは……」
もう一押しだな。そう思って次の言葉を考えたが、その前にリーフェンが口を開いた。
「大丈夫! 僕はエルフだから、流れを読んで危険をすぐに見つけられるんだ」
「すごい……! リーフェン、そんなことできるの?」
まあ、ちょいちょい見逃すことはあるが……余計なことは言わないでおこう。
「うん! それにナカ……フレイだって聖き……あの、せき……いやダメか、えっと」
「俺も腕には多少自信がある」
たぶん「席騎士を倒したぐらい強い」とアピールしたかったんだろうが、それを言うと転生者だと明かすような物なので、横から口を挟んでリーフェンを止める。
こういう突っ走って転ぶ所は変わらないみたいだ。今後の成長に期待しよう。
「そう! ナカ……フレイはすごく強いんだ!」
「ほんと⁉︎」
「ああ、本当だ。リーフェンも強いぞ」
「……魔法は使えるんですか?」
「もちろん! 僕は木の魔法が使えるし、ナカ……えっと、ね? そうだよね?」
「そうだな。俺は火の魔法が使える」
何回「ナカムラ」って呼び間違える気だ。そんなに間違えるなら、せめて「彼」とか「この人」とかにしろ。
と、内心でツッコミの嵐な俺をよそに、ケイトとキティは妙にキラキラした目でこちらを見上げていた。
「す、すごい……! 魔法が使えるんだ!」
「リーフェンだけじゃなくて、人間さんも……!」
「……」
リーフェンの方をチラッと見る。彼も察したようで、「ちょっと待っててね」と二人に微笑んでから後ろを向いた。
「言ってなかったけど、実は魔法を使える人ってほんとに少ないんだ。エルフを抜いたら、千人に一人いるかどうかってぐらい」
「……そうなのか?」
ヒソヒソと伝えられる新事実に、思わず目を丸くする。最初に「誰でもできる」なんて言われたから、てっきりさほど珍しくない物かと思っていた。
「千人に一人って、かなりレアだな」
「ほら、魔法って『なんか凄そう』みたいなイメージあるでしょ?」
「まあ……あるな」
「そういうのが悪い方向に働いて、『自分なんかが魔法を使えるわけない』って思い込んじゃう人が多いんだ。一度使えれば簡単なんだけど、なかなかそこを振り切れる人がいなくてさ」
「……ああ、なるほど。だからあの時、やたら『簡単だよ』ってアピールしてたのか」
「うん。『できる!』って思いが大事だからね。まさか、あんなに使いこなせるとは思ってなかったけど」
と、言うことで。
キョトンとする二人に、ぎこちない笑顔で振り返る。
「僕は木の魔道士、リーフェン!」
「お、俺は火の魔道士……フレイ」
「おぉー!」
「かっこいい!」
……なんだこれ。
リーフェンに「やろう!」と興奮気味に言われたから付き合ったが、想像を絶する恥ずかしさだ。自分のノリの良さが憎い。
「木の魔道士ぃー!」
「ひ、火の魔道士〜」
「もっとやって!」
「別のポーズ! 別のポーズも見たいです!」
しかしまあ、二人はそれでよかったらしい。腕を振りまわしてピョンピョン飛び跳ねていた。
やっぱり子供って、よくわからん。




