第二章7 『鈍感』
「うぅ……ほんとにごめんねぇ」
「起きたもんは仕方ないって。気にすんな」
紅晶石の場所は分からず終い。キエリはクロタコに預けて安否不明。俺は転生者だとバレてしまったので、もう村に戻ることはできない。
今の俺とリーフェンにできることと言えば、とりあえず命が助かったことを喜び、ついでに「ああ、やっちまった」と途方に暮れて雪山を歩くぐらいだった。
今ごろ、村ではかなりの戦闘がおこっているはずだ。カティアは大丈夫だろうか。うまく逃げてるといいが。
しかし、いるのはなんとなく察していたが、まさかクロタコが助けてくれるとは思わなかった。助けたり、襲ってきたり、また助けたり。相変わらず彼女の意図はさっぱりわからない。
そういえば……。
そこでふと、思いだす。「勇者サマ」という呼び名のことを。
「なあ、リーフェン」
「うぇぇ、ぐすっ……おえぇ」
「……とりあえず、吐くのか泣くのかどっちかにしろ」
目だの口だのから色んな液体を吐きだし、リーフェンの顔はもうビッショビショになっていた。世話の焼けるやつだ。
「ああもう……ほら、拭いてやるから、こっち来い。俺の服もゲロまみれだけど」
「ごめんねぇ!」
「いいって。それより聞きたいんだけどさ」
「うん……ぐすっ、なに?」
リーフェンの調子が落ち着いたのを見て、俺は彼に魔王のことを尋ねてみる。
「リーフェンは、魔王って知ってるか?」
「ちょっとだけなら……あ、でも、話せないんだぁ」
「話せない?」
なぜ? と率直に聞いてみると、彼は言いづらそうにモジモジする。
「キエリと、約束しちゃったんだ。魔王のことは話さないって」
キエリが……?
いや、そういえば、あいつは何か隠してる風だったな。当時はそれどころじゃなかったので流していたが、リーフェンに口止めまでしていたとは。
「具体的には、どんな約束をしたんだ?」
「キエリが話すまで、ナカムラに魔王のことを教えないって……それだけ」
「ということは、ゆくゆく自分から話すつもりではいたのか」
「うん。キエリもそう言ってたよ」
どうせ隠しても気づくと判断したのだろうか。現に、俺はカティアから聞かされて魔王を知ってしまったわけだし。
「ねえ、ナカムラ」
「ん?」
「キエリのこと、嫌いになってないよね?」
リーフェンが不安そうにこちらを見上げる。
この隠し事で、仲間という関係性にヒビが入らないかと怖くなったのだろう。
「たぶん、キエリはナカムラを守りたかったんだよ。理由は詳しく聞けなかったけど、そんな雰囲気だった」
「わかってるよ。キエリはどうしようもないクズだけど、一度仲間と決めた相手を裏切るような奴じゃない」
「う、う〜ん?」
「いや、たまに裏切りはする。でもそれはアレだから。キエリだから」
「そういうことじゃなくて!」
正直な意見を言ったつもりだが、リーフェンには不満だったらしい。彼はむくれたような、そして少し呆れたような様子で腕を組む。
「僕たちって、仲間なのに仲良しじゃないよね」
「……そうか?」
十分うまくやってる方だと思うが……違うのだろうか。前世が孤独だった俺には、仲良しの基準がよくわからない。
「まだ一ヶ月ちょっとだし、仕方ないかもだけど……僕はもうちょっと仲良しがいいなあ」
「だったら、隠し事はするべきじゃないよな?」
「う、それは、たしかに。じゃあ、魔王と別のこと教えてあげるから、それで仲良しになろうよ」
別のことと言われても、俺が知りたいのは魔王の話なんだけどな。
そう思いはしたが、リーフェンが「コホン」と咳払いをしたので、とりあえず聞く体勢をとる。もしかしたら、それとなく魔王に関係する話かもしれないし。
「転生者に不思議な力があるのは知ってるよね?」
「俺の再生能力とかな」
「そうそう。僕たちはそれを『能力』ってそのまま呼んでるんだ。転生者にしか使えない、特殊な能力だからね」
ここまでは確認。そう断ってから、リーフェンは話を再開する。
「その能力はね、一人につき一つしか持てないんだ」
「魔法に似てるな」
「そう! すっごい似てるんだよ! 噂だけど、能力はそれを使う人の願いに合った内容になるんだって。不思議だよねえ」
一人につき一つのモノしか使えない魔法。一人につき一つしか持てない能力。
モノに「お願い」して唱える魔法。「願望」を形にする転生者の能力。
たしかに似ている。リーフェンほど興奮したりはしないが、不思議な話だ。
「俺の願望は、『体をすぐに治したい』だったのか……」
「ナカムラ的にはどうなの?」
「そう言われれば、そんな気もする」
「そっかあ。もしかしたら、ナカムラの能力も『もっと速く治したい!』って願ったら、強くなるかもよ? 魔法みたいにさ」
そう言われてみれば、確かに時と場合によって再生速度が変わっていた気もする。
戦闘時は、一瞬で体の部位を元通りにしたり、致命傷を再生しまくって耐えるという芸当が可能だった。だが、雪山では少しの体温変化を治すのも一苦労だったし、いざ死んで意識を失うと復活にかなりの時間がかかった。
割とどうでもいい傷だったり、願望以前に意識がない状態だと、俺の再生速度は落ちる……ということか。
まあでも、再生速度は腹の減り具合とかにも影響されるからな。
いくら「治すぜ!」と意気込んでも、空腹だったらほとんど再生できないし、無理にやりすぎると餓死してしまう。ローラー戦の後とかは正にその状態だった……
「あ、そうか」
やっぱ使えない能力かもな。そう思いかけたところで、ふと妙案が浮かんだ。
「なにも、速く治すだけが願望じゃないよな」
「……どういうこと?」
「俺の再生能力は、とにかくコスパの悪さが難点だったんだ。ちょっと再生しただけで、すぐ腹が減るからさ」
「ちょっと……かなあ?」
たしかに「ちょっと」ではないか。だが、いつもガス欠に苦しんでいるのは事実。
「ともかくだ。これからは『もっと楽し再生したい』と考えるようにする」
「なんか、ダメな人みたいだね」
「それで不死身の如く戦えるなら、やってみる価値はあるだろ?」
それに、そうすればリーフェンを戦いから遠ざけることができる。
彼は平和で自由を愛する、真のエルフだ。そんな彼を戦闘に巻き込んで、「平和なエルフ」のあり方を破壊したくはない。
「ナカムラが傷つくと悲しいから、あまり無理はしないでほしいなあ。僕のワガママだけどさ」
「ちゃんと気をつけるよ。俺だって痛いのは嫌だしな」
リーフェンは「本当かなあ」と言わんばかりに目を細める。
まあ、思いっきり嘘だ。その気持ちだけ受け取っておくことにする。
「それで……どこまで話したっけ?」
「転生者の能力はその人の願望によって決まる。みたいな話だったな」
「あ、そうそう。本当にいろんな能力があってね、面白いんだよ」
「例えば?」
「時間を止める能力とか、未来を読む能力とかが有名だね。あと、人をバケモノにする能力とか」
「人を……バケモノに?」
なんだ、そのエグすぎる能力は。どんな飯食ったら「人をバケモノにしたい」なんて願望が生まれるんだよ。
「ちなみに、魔王はどんな能力だったんだ?」
「それはナイショ」
やっぱダメか。さすがは約束を大事にするエルフだ。
「でもね、転生者の能力は、決まった周期ごとに同じ内容の物が与えられるらしいよ。よくよく見ればちょっと違うし、能力によって周期もバラバラだから、予想は難しいみたいだけど」
「へえ……」
本人はお詫びのついでに何気なく言ったのだろうが、これはかなりの大ヒントだ。
俺の頭の中で、急速に仮説が組み上がっていく。
例えば、魔王に何か特別な能力があったとして、その周期がちょうど三百年だとしたら。
そしてそんな新魔王の到来を、未来予知の転生者が予言していたとしたら。
俺が勇者なのも腑に落ちる。
いや、なぜ俺なのかはわからないが、少なくとも勇者サマがどんな存在かは予想できる。
復活した二代目魔王を倒すための存在……的なやつだ。
いや。なんか、違う気がする。
クロタコの「勇者サマ」にそこまで大きな意味があるとは思えない。
ただの勘なので理由は言えないが……とにかく、クロタコは俺を「勇者」だとは思ってない。せいぜい「なんか勇者っぽいやつ」ぐらいの感覚だ。彼女の勇者サマという呼び方には、おふざけでつけたニックネームみたいなニュアンスを感じる。
ダメだ。頭がごちゃごちゃしてきた。相変わらず訳のわからんことばっかりだ。
でも、かなり惜しいような気もするんだよなぁ。
クロタコの意味不明な行動も、「未来予知があったから」でだいたい説明できるし……。
じゃあ、俺が魔王だった、とか?
「…………」
くだらないな。こんなの推理じゃない。妄想だ。
今しがた俺がやったのは、仮説に仮説を重ねて悩むという、世界一無駄な行為だ。こういうのは盛大な勘違いを招く。
キエリはなぜ俺に魔王の話を隠したのか、クロタコは何が目的で、なぜ俺を「勇者サマ」と呼ぶのか。
一度考え始めると、ものすごく気になってきた。しかし推理するには情報が少なすぎる。
「おーい、ナカムラー?」
今度、ソーンに手紙で聞いてみるか。さすがにキエリも、彼女まで口止めはしてないだろうし。
「ねえってば!」
「……ん?」
リーフェンに肩を揺すられ、いったん思考を中断する。
「どうした。ゲロならその辺でしていいぞ」
「違うよ!」
「まったく、もう二度と酒は……?」
飛び跳ねるリーフェンの背後。およそ30メートルほど離れた場所に、いくつかの影が見えた。
目をこらして、それらを見つめる。
だだっ広い雪原に、ぽつりと白いテントが一つだけ建っていた。村にあるテントより大きめの造りで、入り口が一つではなく複数用意されている。
その前には、赤っぽい独特な毛色をした、獣人の子供が二人。イノシシのような動物を連れて、こちらを不思議そうに見つめていた。
「あれ、お風呂だよね!」
リーフェンが話しているのは、テントの方のことだろう。その中からは、たしかに湯気がもうもうと上がっていた。
「聞いたことあるんだ。この辺では紅晶石の熱を使った、温泉が湧くんだって!」
「ということは、やっと体を洗えるのか。感無量だな」
「やったー! 今日でイチバン嬉しい出来事かも!」
しかし、それより気になるのは……。
「あそこにいるの、カティアの子供じゃないか?」
「なんでカティアさんの子だと思ったの?」
「ほら。毛の色が似てるだろ。少しだけ」
「そうかなあ? 似てるような、似てないような……」
「とりあえず聞いてみようぜ」
「……なにを?」
こいつ、マジか。
数秒ほどの間があった後、リーフェンは「あ!」と大声を出す。
「まさか、仲間のことを忘れたわけじゃないよな?」
「お、お風呂に夢中で……」
まったく。これでは仲良しどころか、仲間かどうかも怪しいな。
申し訳なさでしょんぼりするリーフェンに苦笑しつつ、俺は子供たちに手を振った。




