第二章5 『魔王』
「はっはっはっは!」
酒の力は強大だ。
先ほどのピリッとした雰囲気はどこへやら。俺たちはすっかり談笑で夢中になっていた。
「ほんっと、何から何までかわいい子だねえ」
「しかたないじゃん! 昔から雷は怖かったの!」
「なんで怖いんだっけ?」
「音が、姉さんの怒った声に似てるから……」
「変な理由!」
カウンターを叩いて爆笑する俺たちに、リーフェンは真っ赤な顔で「もういい!」とジョッキを一気飲みする。
リーフェンの飲酒は年齢的にグレーな気もするが、カティアが平然と酒を出したので、特に何も言わないことにしていた。中世にそんな法律があるとも思えないし。
それに、紅晶石のこともある。リーフェンもさすがにこんな時に羽目は外さないだろう。
「おかわり!」
「はいよ〜」
「待てリーフェン。それ何杯目だ?」
「さん」
なんだ三杯か。顔が赤いので心配になったが、その程度なら大丈夫だな。多分。
「……」
「……どうした、俺の顔をじっと見て」
「えへへ、何でもない」
こいつ……本当に大丈夫か?
どうしよう。すっかり紅晶石について尋ねるタイミングを見失っているのに、その上リーフェンまでベロベロになったら話どころの騒ぎじゃない。
早いとこどうにかしないと、とんでもないことになってしまう。
「はい、お待たせ!」
「やった!」
カティアがちょうどいいタイミングで戻ってきたので、俺はジョッキに飛びつくリーフェンを尻目に口を開く。
「あの、カティ「おいしい!」
リーフェンを睨む。
ああ、ダメだこいつ。「え、どうかした?」みたいな顔してる。さては完全に紅晶石のこと忘れてるな。
「こっちはおつまみ。あたしのサービスだよ」
「わーい!」
「……」
ヤバい。母性の塊みたいなカティアと、アルコールで幼児退行したリーフェンが最悪のケミストリーを起こしている。
もはや収集がつけられない。いったん帰って出直すべきか……?
「これ、おいしい……なに? これなに?」
「それはねえ、洞窟キノコだよ」
「へー! キノコなんだぁ!」
いやぁ、でもなぁ……。
紅晶石のこと聞かないと、ぜったいキエリに「ふーん。私は一人でシクシクしてましたけど、あなた達は二人で楽しく遊んでたんですね」とか、「お酒を飲んで、美味しいご飯も食べて、私のことなんかスッッッカリ忘れてたんですねっ!!!」とか言われるしなあ……。
「すっごいかはいね」
「乾燥させたやつだからね。でも、元のキノコもすっごい硬いんだよ。
あたしたちはケイブボアーって家畜を飼ってるんだけど、そのキノコはケイブボアーの大好物なのさ」
「ふぇー! こんなかはいの、たべられるんぁ!」
いやぁ、でもなぁ……。
このままここに留まって、リーフェンがアルコール中毒にでもなったら、「貴様の保護者責任だ」とか言われてソーンに殺されるし……。
「ケイブボアーはこの辺にしかいない、珍しい家畜なんだよ」
「なんえ?」
「さあ……なんでだろうね。熱いところが好きだからじゃない? 洞窟キノコもそこに生えてるし」
「あふいの? どうふつ」
「そりゃそうさ。紅晶石がたんまりあるからね」
「ふぇ〜」
いやぁ、で……
「え、紅晶石?」
「ん?」
「いま紅晶石って言ったか?」
「言った」
「ナカムラ、あ〜ん」
リーフェンがするすると近づけてきた干し肉みたいなのを回避し、話を続行する。
「実は俺たち、紅晶石が欲しいんだ」
「あら、そうなのかい?」
「ナカムラ……」
「後にしろ、リーフェン」
「あ〜ん」を無視されて涙目になるリーフェンをどかし、カティアに詰め寄る。
「その洞窟まで案内してくれないか?」
「……う〜ん」
まさかこんな絶好のタイミングで紅晶石が出てくるとは思わず、つい鼻息が荒くなってしまった。しかし何か問題があるのか、カティアはモフッと腕を組み、悩ましげ目を伏せる。
ちなみに、リーフェンは拗ねてふて寝した。マジで連れてこなきゃよかった。
「ダメだ。教えられない」
「それは、紅晶石が貴重な物だからか? 俺たちは別に金のためじゃ……」
「だとしてもだ。たとえ紅龍の嬢ちゃんのためだろうが、あんたらに紅晶石は譲れない」
いきなり異常なほど頑固になったカティアに、思わず困惑する。
「……理由を聞いても?」
恐る恐るそう尋ねる。カティアの目が、また先ほどの鋭さを取り戻し始めていた。
「あんたら、商人じゃないだろ?」
「…………」
「実はね、最初からおかしいとは思ってたんだ。こんな山奥で商人が護衛もなしに歩くわけない」
「それは……」
「いいよ。あんたらにも事情があるんだろうし、気にしないでやる」
こちらに言い訳させる隙を与えず、カティアはまくし立てるように話を続ける。
「これは、あたしの独り言だ。別にあんたに向けてとかじゃない」
「…………」
「あたしたち獣人はね、転生者に滅ぼされた種族なのさ」
え……?
唐突に繰り出された衝撃の情報に、思わず頭が真っ白になる。
「三百年前……あの時の出来事は、あたしたち種族の魂に刻まれている」
三百年前。
それは確か、転生者が憎まれる原因になった……。
「あたしたち獣人は、最も栄えた種族だった。転生者は色んな知識を持っていて、獣人たちは好奇心旺盛な種族だったからね。転生者の技術をどんどん取り入れて発展したのさ。
獣人は転生者を崇拝していた。知恵と恵みを与えてくれる、神様のような存在だった」
崇伐、という言葉が、頭の中に反響した。
「崇貴なる者を伐するから、崇伐」。その根底には、かつての獣人族の思想があったようだ。
「でも、裏切られた……!」
カティアは、牙が見えそうなほど忌々しげな表情を浮かべる。
「魔王に、滅ぼされたんだ! 最低最悪の転生者……!あいつのせいで、あたし達獣人族は数えられるぐらいしか生き残らなかった」
「……!」
「信じられるかい⁉︎ 一つの種族が消えたんだよ? たった一人の、理由もわからない暴力で! よりにもよって転生者を一番崇拝してた、あたし達が……!」
「どうして」と、彼女の口が動く。声にならなかったのは、言ったところで意味がないことを理解していたからだろう。
「……既に魔王は死んだ。今の転生者たちは、その魔王とは別の存在だ。そんなことはわかってるんだ。
でもね、この血がそれを許さない。祖先から脈々と受け継がれた血が、転生者を憎め殺せと叫び続けている。あたし達は魔王を忘れることができないんだ」
どう受け止めていいかわからず愕然とする俺に、カティアは「そういうことだ。わかったね」と言って締め括った。
……魔王。
少し前の俺なら、「そんなの俺と関係ない話だ」なんて思っていただろう。だがエルフから種族の誇りや文化を学んだ今となっては……少しわかる。
それが、彼女達の生き延びた歴史なんだろう。
非業の死を遂げた祖先のために、過去の悲劇を決して忘れず、彼らの代わりに怒り続ける。
彼女達の今は……魔王に殺された祖先の、犠牲の上にあるのだから。
「よお、カティア!」
バン! と乱暴な音がして、ガタイのいい獣人がゾロゾロと入ってくる。
「ああ、いらっしゃい! 好きなとこ座りな」
「……どうした、カティア。泣いてんのか?」
マズい……と、思ってカティアを見るが、彼女は驚くほどいつも通りの笑みを浮かべていた。
「いやぁね。ちょっと泣ける話だったモンでさ。な、そうだろう?」
「あ、ああ……」
「おお! お前知ってるぜ。エルフと人間と……なんかよくわらん角女!」
「そうそう。変な三人組だと思ってたんだよな!」
カティアの名演技により、屈強な獣人たちはすぐさま陽気な笑顔に戻る。
彼らが席についたのを見届けた後、「一週間だけ泊めてやるから、その子連れて帰りな」と、カティアが低い声で囁いた。命まで取るつもりはないらしい。
なんだか……凄まじく惨めな気分だ。真剣勝負で峰打ちをされたような、敗北感。
彼女が俺を憎むのは、歴史があるからだ。そこに文句を言うつもりはない。
しかし彼女からは、まるで「やらなきゃいけないから憎んでる」みたいな雰囲気を強く感じた。そこが気に食わなかった。
信念も理由もない、惰性の憎しみ。彼女はそれが間違いだと気づいているはずだ。なのに、そこから目を背けて、何となくで転生者を憎んでいる。
そうやって間違った自分から目を背け、本当に大切な物すら見失った人間を、俺はよく知っている。
だからこそ、「それでいいのかよ」と憤る自分がいた。
「なあ、どんな話してたんだぁ〜? 俺らにも教えてくれよ、人間」
「この村で一番腕っぷしが強いカティアを泣かすとか、相当だぜ?」
「余計なこと言うんじゃないよ、毛玉ども。死にたいのかい?」
「ああ、いや……俺はもう帰るよ」
「釣りはいらない」と言って銀貨を一枚置き、リーフェンを担ぎ上げる。
まあ、ごちゃごちゃ愚痴を垂れても仕方ない。
考え方が気に食わないとはいえ、カティアはまたしても俺を救ってくれた恩人なわけだ。間違ってるなどと異を唱える以前に、彼女には感謝すべきことが山ほどある。
とにかく、今は紅晶石を……
「カティア、洞窟キノコのシチューくれ」
「ああ、はいはい。わかってるよ」
「……?」
しかしふと、違和感を覚える。
「あれ……?」
肩が、異様に軽い。
酒場を見渡す。騒ぐ獣人たち。スープの鍋を持ったカティア。
おかしい。確かに俺は……
――ゴッ!
「……ぇ」
頬に
痛
景色が急速に左へ旋回。
目を見開いたカティアの顔面が視界いっぱいに広がる。
――カァン!
続けて金属音と、ミシッという音。
一瞬見えたのは、鍋蓋で咄嗟に防御したカティアと、むにゃむにゃした顔で足を振り上げている、リーフェン。
「寝相ッ……!」
悪すぎだろ――ッ!
しかし、そうつっこむ暇はなかった。
「あっ……!」
「あ」
シチューの入った鍋が、ゆっくり、カティアの手から滑り落ちる。床に倒れた俺の顔面めがけて。
バシャッ
「あ――ッヅ!」
直後、頭が割れるような痛み。熱。絶叫。
「お、おい大丈夫か⁉︎」
「えらい大火傷になるぞ! 雪持ってこい!」
「いや、その前に拭かねえと!」
ドタバタと動き回る音がして、アレをしろとか、コレを持ってこいとか、騒ぐ。
ヤバい。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい――!
脳が「ヤバい」の三文字に支配された。やがて「何がヤバいのか」に気づき、咄嗟に顔を隠した。が、手遅れだ。
「き、傷が……」
「治ってる、だと……⁉︎」
獣人たちは一斉に俺を指差す。
ああ、終わった。
「こいつッ――転生者だ!」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
評価、ブックマーク、感想などなど、是非ともお願いいたします。




