表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/84

第二章4  『恋バナ』

「…………」


 ナカムラたちが出て行った後も、キエリは玄関の扉をじっと見つめていた。

 二人の声が聞こえなくなり、部屋が次第に暖まっていき、流れた涙が乾いていく。


 そして二十秒ほど経った頃。キエリはようやく口を開いた。


「もう出てきていいですよ」


 すると、ベッド下からクロタコの顔がぬるりと現れる。


「いやー、びっくりしたなあ。キエリちゃん」

「その呼び方やめてください。不愉快なので」

「ははは。気分はまるで、クローゼットに隠れた浮気男」


 腹が立ったキエリはクロタコの顔を踏みつけようと足を伸ばすが、彼女はそれを華麗に回避する。


「まさか、キエリちゃんが協力してくれるとは思わんかったわ。そんなにうちと話したかった?」

「…………」

「あ、それとも。勇者サマに会わせたくなかったとか」

「……ふん。くだらない」


 キエリはニヤニヤ煽るクロタコの横を素通りして、暖炉の前に座る。蹴飛ばしてやりたいのが本心だが、今の自分では避けられるのがオチだ。無視して回復に専念しよう。


「……」


 火に手足を入れると、その熱が全身を広がり、徐々に心が落ち着き始めた。

 本当にくだらない。大事な話かと思って演技までしたのに、まさかただ挑発しに来ただけとは。



「うちに嫉妬してる?」

「は?」

「勇者サマにキスしたから」

「それは……大っっっ嫌いなあなたが、私の仲間を誘惑したことに腹を立ててるだけです。嫉妬ではありません」

「ふーん……そうなんや。ふ〜ん」


 人を食ったような態度。本当に腹が立つ。

 キエリの眉間のしわが一段階濃くなる。


「なんですか。何か文句でも?」

「別に。かわいらしいリアクションやなって」

「……ふん。彼が好きなら、どうぞご勝手に乳繰り合うがいいです。私のいない所で」

「それでええんや、キエリ()()()は」


 ――ゴオッ!


 暖炉の炎が勢いづく。

 そこを退き際と見たのか、クロタコは「はいはい」と肩をすくめた。


「まあ、言われる前に言うけど、うちはおふざけ()()をしに来たわけやないで」

「……何か、新しい指示でも出す気ですか」

「いや? 様子見と、警告」

「警告?」

「ちょっとマズいことになったから、それを教えとこうかなと……」


 そう話そうとしたところで、キエリの手が「ストップ」と遮る。


「その前に、一つ聞いていいですか?」

「ええよ。答えるかわからんけど」

「彼に、ジッポーを渡しましたね」

「……またキスの話?」

「ちがっ……もういいです」


 いちいち照れるのにも疲れたキエリは、暖炉から手足を出し、ベッドの横に置いていたリュックサックに近づく。



「これ」


 彼女がそう言ってクロタコに見せたのは、黒焦げのジッポーライター。その表面には龍の刻印が入っている。


「私の知る限り、このライターは一つしかないはずですが」

「……たまたま予備があったんやろうな」


 わざわざ探したんや。そう考えつつ、クロタコは適当な言い訳をした。


「私はこのライターの()()()を知っています」

「…………」

「あなたは、彼に気づかせるなと言いましたね。彼の本当の力を隠せと。さもなければ、紅龍王様を殺すと」

「うん。言った」

「なのにこれは、ヒントを与えているようなものです」

「それだけで気づくんは無理や」

「しかし、何がきっかけになるかはわからない。私も全てを隠し切れるわけじゃない」

「…………」

「あなたは意図も、行動も、すべてがチグハグです。私たちを助けているようにも見えるし、念入りに最悪の結末へと導いているようにも見える」


 キエリは黒焦げのジッポーをしまうと、少し身を低くして、クロタコを睨む。



「彼を翻弄するのも、誘惑するのも、好きにするがいい。しかし彼は、私の()()です」


 それは自分で決めたこと。ゆえに決して曲げない。


「ここでハッキリさせましょう。あなたは彼の味方か、敵なのか」

「…………」

「敵であるなら、私も容赦はできません」


 クロタコは感情のない目でキエリを見つめる。


 まるで試されているような気分だ。キエリはなぜかそう思った。

 今は、自分が相手の意を確かめている時間なはずなのに、むしろ自分の決意表明を引き出されたかのような……不思議な感覚。


 もしかするとあのキスも、彼女の策略だったのかもしれない。あえて見せつけて、自分を嫉妬させるための……

 いや、これは嫉妬じゃない。

 自分にとって大切なのは紅龍王様だけ。恋愛にうつつを抜かす暇などないし、そもそも彼は転生者だ。少し優しくて、勇敢な男だとは思うが、それは仲間として認めている部分。


「……くだらない」


 やはり自分はおかしい。


 不安定な情緒が思い込みを加速させていることに気づき、キエリは頭を振った。



「うちは勇者サマに生きて欲しい」


 キエリがそんな風に悶々としたタイミングで、見計らったかのようにクロタコが口を開いた。

 

「あいつが生きるためには、キエリちゃんとリーフェン、そして紅龍王の存在が必要や。だからうちはここにいる」

「また、雲を掴むような回答ですか」

「これ以上ない答えやと思うけど?」


 クロタコはそろそろ「警告」について話したかったが、キエリはやけに強情だった。

 少なくとも敵ではない。そう説明するクロタコに、「私が聞きたいのはそこじゃない」と首を振る。


「私に協力を取り付けたいのなら、無駄なはぐらかしはやめることです。もう、二度と」


 キエリのジッポーが木板の床を叩き、コォンと乾いた音を鳴らす。


「あなたは、誰のために動いてるんですか?」


 彼ではないですよね。


 琥珀の光がクロタコを貫いた。



「……ええよ。わかった。少し早いけど教えてあげる」


 仲間思いで結構なことや。クロタコは顔に貼り付けた笑みを剥ぎとる。


「うちが動く理由は、半分が自分のためや」

「もう半分は?」

()()のため」


 そうだろうとは思っていた。クロタコが動く理由など、彼女のため以外に考えられない。


「魔王が……彼女が、ナカムラに生きて欲しいと願った。そういうことですか?」

「そ。うちはその遺志を継いだだけ」

「彼を新たな魔王にするつもりなんですね」

「……」


 クロタコの口角が、またぐにゃりと歪む。


「なあ、好奇心猫を殺すって言うやろ?」

「ッ……!」


 キエリが危険に気づいた頃には、クロタコの声が耳元にまで近づいていた。その指先が頬を撫で、髪をなぞり、首筋にひやりとした感触を与える。


「魔王は魔王。勇者サマは勇者サマ。気になることは多いやろうけど、こっちにもプランがある。それ以上は余計な詮索や」

「……」

「いいから、黙って従え」



 ――――


「おや、いらっしゃい」


 今朝ぶりのカティアがカウンターからひょっこり顔を出し、陽気な声をあげた。


「ここがカティアさんの酒場?」

「そうだよ。こじんまりしてるけどね」


 そこは酒場と言うよりも村の寄り合い所に近い感じで、椅子とテーブルは組み分けされず、ざっくばらんに配置されていた。これでは、どこに座っても結局全員と酒を飲むことになりそうだ。


「都会の酒場とはかなり違うだろ? この村じゃ、暇つぶしって言ったら酒飲んで騒ぐぐらいしかないからね。アットホームがウリなのさ」


 内装を見回していた俺たちに、カティアは少し照れくさそうに説明する。


「ま、好きなとこ座りな」


 朝方なだけあって他に客はいなかったが、営業中ではあるらしい。

 俺たちはいったん顔を見合わせた後、とりあえず二人分の椅子が用意されたカウンターに腰掛ける。


「何にする?」

「……何があるんだ?」

「あ、そうか。メニューがないとわかんないね。あっはっは!」


 カティアは豪快に笑い飛ばしてから「ちょっと待ってな」と言い、肉球のついた足でトタトタと奥の部屋に入っていく。


「ねえ、僕たちお金持ってないよ?」

「大丈夫だ。キエリから少し預かってる」


 彼女に念のためと渡されたのは、銀貨三枚。それがどれくらいの価値なのかはわからないが……さすがに軽く飲み食いはできるはずだ。



「はい、お待たせ」

「好きなの選んでいいぞ、リーフェン」

「ありがとう」


 俺は字が読めないので、カティアから受け取ったメニューをリーフェンに手渡す。

 字が読めなくて転生者だとバレるのは、割とよくあるケースらしい。まだ基礎的な単語しか知らない俺は、読むのをキエリかリーフェンに任せるようにしていた。


「あたしが言うのもアレだけどさ、こんな時間から飲むなんて体によくないよ?」

「寒さに効く薬はこれが一番らしいからな」

「はははっ! なるほどね」


 リーフェンがメニューを解読している間、俺は会話で時間を繋ぐ。

 いきなり「紅晶石をくれ」なんてねだるのもアレだったので、本題を切り出すのは、もう少し話が弾んでからにしたかった。


「飲みすぎちゃダメだよ。それで子供に迷惑をかけたらサイアクだからね。あたしみたいに」

「経験済みなのか?」

「そうなんだよぉ〜。この前もゲロ掃除なんかさせちゃって、すっごい惨めな気持ちになったんだから!」


 なかなか豪快な母ちゃんだ。


「深酒するつもりはないよ。そこまで手持ちがあるわけでもないし」

「……? あんた、商人だろ? 手持ちがないのはマズイんじゃないかい?」


 あ、ヤバい。余計なことを言ってしまった。


「あるにはあるけど、仲間に預けてるからさ。今は持ってないんだ」

「ああ、そういうこと。ちゃんと代金払えるんだろうねぇ?」

「ははは……大丈夫だって」


 カティアは冗談っぽくこちらを睨む。なんとか誤魔化せたらしい。

 危なかった。ほんの一瞬だが、カティアの目が鋭くなった気がする。


「いや〜、悪いねえ。近くの収容所で転生者が逃げたって話を聞いたからさ、つい警戒しちまったよ」

「……!」

「あんたらも気をつけるんだよ?」


 思わずギョッとする俺に、カティアは屈託のない笑みを向ける。

 気づかれたのか? そう不安になったが、彼女は何事もなさそうな様子で話を続けた。


「それに先日、金を払わずに逃げた輩がいてねえ。赤髪のドワーフなんだけど……」


 なんか知ってるぞ、そいつ。


「まったく、次見つけたらぶっ飛ばしてやる」


 やめといた方がいいと思う。絶対勝てないから。


「ナカムラはそんなことしないよ。ね?」

「ああ。カティアは命の恩人だしな」

「わかってるよお。ちょっとからかっただけさ」

「で、何がいい? リーフェン」

「え〜……ナカムラ、どれくらい持ってるんだっけ」

「銀貨三枚だな」

「銀貨三枚も……? まあまあ大金だね」


 「さっき手持ちがないって言ってなかった?」と言いたげな様子で、カティアの目がまた細くなる。


「お、おすすめある⁉︎ カティアさん一番の自信作!」

「自信作? う〜ん、自信作かぁ……」

「朝ごはんもすっごく美味しかったし、僕それがいいなぁ!」

「またそんな喜ばせるようなこと……ほんっと、この子ってやつは〜! この子ってやつはぁ〜!」


 姉譲りの機転をきかせたリーフェンのおかげで、話がいい感じにうやむやになる。

 一瞬にして上機嫌になったカティアは、「ゴロゴロ」と喉を鳴らしながらリーフェンを撫で回した。



 もう、下手に喋らないでリーフェンに任せよう。 


「はぁ……」


 カティアの人が変わったような鋭い目つきを思い浮かべ、俺は小さくため息を吐いた。

 あの目は、エルフたちと同じ目だった。危険な化け物を憎悪するような目つき。獣人のカティアでも、やはり転生者が憎いのは変わらないらしい。


 まったく……生きた心地がしない。



 しかし、俺は気づいていなかった。


「…………」


 そんな憎悪の視線が、いまだに自分へと注がれていたことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ