第二章3 『山岳の村』
「…………」
「…………」
そして、朝。
寝相の悪いリーフェンのかかとが顔面に直撃し、心地よい目覚めを迎えられた俺は、そのお礼代わりに彼を正座させていた。
「これで何回目だ、リーフェン」
「し、仕方ないもん……」
「質問に答えろ。これで何回目だ?」
「十回目……」
「そうだ。しかもただの十回じゃない、連続十回だ」
昨夜の獣人が案内してくれた家には、二つのベッド横並びに置かれていた。片方は俺用、もう片方はリーフェン用だ。キエリは女の子なので別の家にいる。
ベッド同士の隙間は2メートルほどで、軽く手足を伸ばしたぐらいじゃ届きそうにはない。
「お前、絶対わざとやってるだろ」
「そんなことしないよ!」
「じゃあなんだ! おまっ……この隙間だぞ⁉︎ 寝相悪いとかのレベルじゃねえんだけど! もう歩いてるだろこれ!」
「わかんないわかんない! 起きたらナカムラのベッドにいて、蹴っちゃってたの!」
それが一日だけとかなら、まだ納得できた。
しかし十日連続だ。むしろ九日は我慢した俺を褒めて欲しい。
「もう許さん。次はお前を縛ってから眠る」
「やだ〜……僕、窮屈だと眠れない……」
「俺はお前が怖くて眠れねえんだよ!」
そんな会話をしていると突然、室内を寒風が吹き抜ける。
「朝っぱらから、元気な連中だね」
玄関の方を見ると、猫耳の女性が呆れたように笑っていた。
声からして、昨夜助けてくれた獣人だろう。昨日は猫そのものなビジュアルだったが、今は猫六割、人間四割くらいだ。狼男みたく時間帯によって見た目が変わるのだろうか。
「ああ、すまん。うるさかったか?」
「賑やかなのはいいことさ」
そう言って、椀に入ったスープを机に置く。片方は肉のスープで、もう片方は野菜のスープだ。
「エルフは肉を食わないって聞いたんだけど……これでよかったかい?」
「うん! ありがとう!」
「かわいい子だねぇ〜! あんたが面倒見てるんだろ?」
「まあ、そんなとこだ」
「大事に育てたんだねえ。ここまで素直な子は滅多にいないよ」
彼女には、自分たちが「山で遭難した商人一行」だと嘘をついた。「自由国を目指してる転生者です」なんて言えるわけがないからな。
「えへへ〜、野菜スープおいしい」
「そうだろうそうだろう。いっぱい食べるんだよぉ〜」
母性を刺激されて猫撫で声になる猫獣人。文字に起こすと風変わりな光景だ。
リーフェンも甘やかされて悪い気はしないのか、露骨に上機嫌になっていた。
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はフレイだ」
「僕、リーフェン」
ナカムラはどう考えても異世界っぽい名前じゃなかったので、炎(Flame)からとってフレイと名乗ることにした。
リーフェンは普通に本名を名乗った。まあ、あえて嘘をつく理由はないだろう。
「あたしはカティアだ。この村で酒場を経営してる、しがない母親さ。よろしくねえ」
「……子供がいたのか?」
リーフェンへの態度は性格故にだと思っていたが、まさか本当に母親だったとは。
彼女の身長は俺の胸のあたりぐらいしかなく、ドワーフのブーカに匹敵するぐらい小さい。その上、毛がフサフサなので年齢も分かりづらく、なんとなく若い人だと勝手に思っていた。
「そうだよ、子供が二人。ダンナは死んじゃったんだけどね」
「それは……悪いことを聞いたな」
「いいのさ。だからあんたみたいに子連れの冒険者を見ると、つい応援したくなるんだよぉ〜!」
またスイッチが入り、カティアはふにゃふにゃと喜ぶリーフェンを撫でまくる。
リーフェンは子供かどうか微妙なラインだが……本人的にはそれでいいのだろうか。
カティアはしばらくリーフェンを可愛がった後、酒場の支度があるということで、せかせかと出て行った。
まるで嵐のようなスピード感だった。それだけ多忙なのだろう。やはり親は偉大だと思う。
俺とリーフェンは朝食を食べ終えて、早々にキエリの様子を見に行くことにした。
カティア母さん曰く「死にはしない」とのことだが、やはり心配なのは心配だ。
「おぉー……!」
外に出るなり、リーフェンが目を輝かせる。
あたりを歩く獣人族たちが珍しいのだろう。彼らも彼らで物珍しそうにこちらを見ていたが、特に話しかけてきたりはしない。
獣人族は全て猫科か犬科の動物で統一されており、ケモノ度合いはまちまちだった。ケモ耳だけの人もいれば、カティアみたいに半々の人もいるし、ほぼ猫の人もいる。その辺は個体差なのだろうか。
「思ったより寒くないな。雪もそこまでだし」
「うん……そうだねえ」
「……あまりジロジロ見るなよ、目立つから」
あたりは獣人たちの他に、テントのような家々がいくつも並んでいる。俺たちが出てきた家もそれと同じ型だ。
教科書で見たアレに似てる……なんて名前だっけな。ゲル? とにかく、モンゴルだか中国だかの、移動式住居に近い造りの家だった。
「ねえ、あそこ」
「ん?」
リーフェンが指差す方向には、白いテントに混じって、いくつか黒いテントが並んでいた。
「他は白なのに、あそこだけ黒色だよ。なんでだろうね?」
「素朴な疑問だな。黒は熱を吸収しやすいから、あったかいんじゃないか?」
「でも、中はまっ暗だよ?」
「たしかに……なんでだろうな。不思議だな」
しかし、今は観察よりもキエリの方が大事だ。
チョロチョロと動き回るリーフェンをいったん拘束し、目的の家へと向かう。
そして一分も経たない内に到着する。本当に隣の隣ぐらいの距離だった。家の外観は、やはり俺たちがいたテントと全く同じだ。
「あー……ごめんください」
とりあえず扉を叩いてみるが、反応はない。
「なにしてるの?」
「いや、全部同じに見えるからさ。本当にこの家で合ってるか不安になって」
「間違えたら謝ればいいんじゃない?」
まあ、それもそうか。
リーフェンのやや向こう水な意見に賛同し、俺はとりあえずテントの扉を開ける。
「お、おはよう……ございます」
そこには、息を切らしながらベッドで正座しているキエリ。
「その、着替え中だったので……危ないところでした」
どうやら俺の「ごめんください」を聞いて、ラッキースケベを回避したらしい。それは危なかった。俺も変態扱いはごめんだ。
「あれ、そうなの? 他の人の流れを感じたんだけど……誰かいなかった?」
「いえ? 気のせいですね、絶対」
「なあんだ。そっか」
「まったく、私はピチピチの女の子なんですよ。裸を見るなんて百年早いです」
「…………」
まあ、「ほぼ裸みたいな格好してるくせに何言ってんだ」、とは言わないでおこう。
「ちゃんと確認しといてよかっただろ?」
「でもキエリってほぼ裸みたいな格好だし、いいんじゃない?」
「……お前もかよ。本人には言うなよ。怒るから」
「聞こえてますが?」
聞こえていたようだ。
キエリがギロっと俺を睨む……いや待て、おかしいだろ。俺はマジで何もしてなかったぞ。
「具合はどう?」
「あまり……良くはないです」
「そっかあ。でも、目が覚めてよかったよ」
一人で憤る俺をそっちのけに、二人は会話を進める。文句の一つは言いたいところだったが、今さら蒸し返すのも大人気ない。そこはグッと我慢することにした。
「火にあたって少し回復しましたが、思ったより消耗が大きくて……迂闊でした」
「腹のペコペコ具合で言ったらどれくらいだ?」
「ペコペコのペコペコです」
「なるほど……かなりマズイな」
「わかるの?」
全然わからん。少しふざけてみただけだ。
しかし、「かなりマズイ」で正解だったらしく、キエリは神妙な顔で頷いた。
「今は動けますが、下山は、無理だと思います」
「炎にあたって回復するとして、どれくらいかかりそうだ?」
「……一ヶ月」
「えっ、そんなに⁉︎」
キエリはエルフ村での戦いで、ほとんど力を使い果たした状態だった。そんな中でずっと無理をしていたんだ。それも、俺たちのために。
ある程度の時間がかかるのは覚悟していた。
しかし、一ヶ月か。
別に俺は急いでないし、構わないと言えば構わないのだが……。
「うぅ、私のせいで紅龍が、みんなが……」
問題はキエリだな。彼女は一族のため、なんとしても急ぐ必要がある。
リーフェンの余計な一言も相まって、彼女の情緒不安定が後ろ向きに働きはじめた。平常時の凛々しさは消えてなくなり、ポロポロと涙をこぼし始める。
「ご、ごめん。責めるつもりじゃなくて、少しびっくりしただけで……」
「わかってます、わかってるんですけど……また、心が暴走してぇ……!」
そう言って、悔しそうに唇を噛む。
思ったように制御できない感情だとか、自分の力量を見誤って倒れたことだとか、とにかく自分に嫌気がさしてたまらないのだろう。
「そっとしておこう、リーフェン。少し外を歩いてくる」
「え、でも……」
良心を痛めたリーフェンが「このまま置いていくの?」と言いたげな様子で顔を上げた。俺はそれに、「いいから」と手招きする。
ここで話してもキエリをさらに追い詰めるだけだし、こういうセンチメンタルな時は、一人で落ち着くのが何よりの薬だ。センチメンタル常連の俺が言うんだから間違いない。
リーフェンは少し迷ったように首を振ったが、キエリの「私は大丈夫です」という言葉に背中を押され、俺の後に続いた。
「さて。作戦立てるぞ、リーフェン」
「……作戦?」
首を傾げるリーフェンを連れて、俺は体の感覚を頼りに足を進める。
視界の端を通過していく無数のテント。今気づいたが、俺が目指している方向は、ちょうど黒いテントがあった場所のあたりだった。
「俺の予想が正しければ、キエリを何とかする方法があるかもしれない」
「何とかって……力を回復させるってこと?」
「そうだ」
「どうやって?」
「この村、あんま雪が積もってないよな」
リーフェンの足元を指差す。そこには真っ白の雪ではなく、灰色の地面が見えていた。
「それと少し、暖かい」
「あ。たしかに……なんでだろう?」
そこは流れでもわからないのか。なんてことを考えていると、目的の物がチラッと目に入った。
当たりだ。
回れ右して、テントの隙間を通り抜ける。
やがて少し開けた大きな道に出た。それと同時に、右側から電気ヒーターに当たったかのような刺激。
「こ、これ……!」
村の中央広場にあるそれを見て、リーフェンは「すごい」と感嘆の声を漏らした。
俺も、そのあまりの大きさに、思わず圧倒されてしまった。
「紅晶石……!」
それも、かなり巨大なやつだ。金属製の台座に乗せられて、赤い光と熱を放っていた。まるで小型の太陽だ。
遠いので具体的な大きさはわからないが、高さはおよそ3メートルほど。キエリよりも遥かに大きい。
「あんなの、初めて見たよ……」
「あのデカさなら、寒さも忘れて快適に暮らせるだろうな」
「なるほどねぇ……暖炉の代わりか。いいなあ。あれが僕の村にあったら、みんな喜んだのに」
「夏は地獄だろ、それ」
「あ、確かに……昨日までずっと寒かったから、夏のこと忘れてたや」
喉元過ぎれば、というやつだろうか。いや、ちょっと違うか?
まあいいや。そんなことより……。
「問題は、あれをどうやって手に入れるかだな」
「うーん……僕だったら、死んでもあげたくない」
「参考までにだけど、紅晶石って買おうとしたらいくらするんだ?」
「すっごく高いとは聞いたよ。一欠片で家が建つって」
うん、絶対買えないな。
「じゃあ、プランBだ」
「プラン、B……!」
語感が気に入ったのか、リーフェンのテンションがあからさまに上がる。今にも「ワクワク」と声が聞こえてきそうだ。
「紅晶石を、掘りに行こう」




