エピローグ4『お疲れ様』
※微エロ注意
一方、キエリとリーフェン。
「美味しいですね、これ」
「そうでしょ? 料理は苦手なんだけど、お茶をいれるのは昔から得意だったんだ」
リーフェンが出してくれたハーブティーを啜り、キエリは優雅な一時を過ごしていた。
口一杯に広がる優しい味わい。ハーブの香り、木の匂い、朝食の残り香……全てが絶妙に混ざり合い、調和し、キエリに安息感を与える。
いや、違う。そんな場合ではない。
すっかりくつろいでいたキエリだが、いくら彼女と言えど、「すべきこと」はしっかり覚えている。というか思い出した。
「リーフェン」
「うん、どうしたの?」
ハーブティーを一口啜り、キエリは食器を片付ける彼の背中に声をかけた。子犬のような顔で振り返るリーフェン。しかしキエリの目つきを見て、彼も何かを察する。
「あなたに、大事な話があります」
「大事な話……?」
「ええ、ナカムラが小うるさくて」
「……もしかして、またケンカしたの?」
ナカムラが小うるさいのはいつもの事だったので、キエリは特に悪気なくそう言った。しかし純粋なリーフェンは違う。
彼は食器から顔を覗かせるように、「また、ひどい事してないよね」と、じっとキエリを睨む。
「違いますよ。いつも通り仲良しです」
「ほんと? よかった」
しかし、リーフェンはチョロかった。キエリの「いつも通り」という嘘すぎるセリフにも突っ込まず、彼は一瞬で笑顔を取り戻す。
「で、大事な話って?」
「ナカムラが心配していました。あなたを歓迎したくはあるが、本当に後悔しないのかと」
「ああ、ちゃんと考えてくれてるんだ……やっぱり優しいね、ナカムラって」
「私には優しくないですけど」
自分の胸に手を当てて考えろ。
心優しいリーフェンはそこまで思わなかったものの、限りなくそれに近いことを考えた。そして言葉にせず飲み込んだ。キエリの顔が真剣だったからだ。
「後悔……するのかなあ。自分でもよくわからないや」
「大きな決断ですから、しっかり考えた方がいいですよ」
「僕は、後悔したら帰ろうかなぐらいの気持ちだったけど……それじゃダメ?」
「……!」
確かに……!
全然それで問題ない。キエリは「嫌なら帰る」という意見に、思いっきり納得してしまった。
ナカムラとソーンがあれだけ話して何とか飲み込んだ決断を、リーフェンはたったの一言で片付けてしまったのだ。
決して、キエリもリーフェンの決断を軽く受け止めていたわけではない。リーフェンだってそうだ。
しかし二人とも若かった。大人なら「こうなるかも」と悪い予想が巡るところだが、それはあくまで経験ありきのこと。人生経験が乏しい二人の思考回路には、「やってみないとわからない」が根底に存在していた。
「なるほど。では、とりあえずあなたも来るということで」
「うん、よろしくね!」
その間、わずか三分。
ナカムラたちはベリー何某の名前どころか、まだ森にすら到着していない。
本来であれば、例えばリーフェンの目標だとか、ミストとの確執だとか、聖教会や紅龍に対する彼の姿勢だとかを、突き詰めてハッキリさせるべきだ。ナカムラがキエリに頼んだ「すべきこと」は、つまりそういうことだった。
しかし結局、やってみなければわからないのだ。そして、嫌になれば途中で帰ってしまえばいいのだ。
リーフェンは気まぐれにも似た若気の衝動でついてくるだけだし、キエリがそこに確固たる意志を求める道理もない。
単純だが、それでいいのだ。彼女たちの「真剣な会話」はいとも容易く完了した。
「ぷふっ!」
「どうしたんですか? 急に吹き出して」
「さ、さっきのナカムラ思い出しちゃって……っ!」
「ごふっ」
「わー! 飲んでたのにごめん! 火傷……はしないか。紅龍だもんね」
「おかわりください……」
布巾やカップを持ってワタワタと走り回るリーフェン。
笑った拍子に焦がしてしまったテーブルの一部を、鉢植えを動かして隠蔽するキエリ。
今しがた、ようやく森に着いたナカムラ。
ある者は、二人の友達を手に入れた。
またある者は、二人の下僕を手に入れた。
そしてある者は、二人の保護者になった。
可能性は未知数だ。ただ、相性はいい。それは全員が薄々と感じていた。
目的地、自由国。
――――
そして三日後。出発の日。
見送りにきたエルフたちに囲まれて、ナカムラたちは少し慌ただしい別れの挨拶を交わしていた。
「着替えは持ったな?」
「うん、持った」
「あとは、あとは……」
汗だくのソーンとリーフェン。二人とも朝が弱いらしく、思いっきり寝坊した。
本来は日の出とともに出発するはずだったが、太陽は今や遠くの山の上にある。
「まったく、先が思いやられますね」
「お前もギリギリだったけどな」
この三日間は、実に速かった。ローラー達と戦った一日は死ぬほど長く感じというのに、不思議な話だ。
サニとレインの遊びに付き合わされたり、キエリに文字を教わったり、リーフェンとふざけたり、たまにソーンと話したり等々、色々やったのだが……ていうか、ほぼ遊んでたな、俺。今度から魔法の訓練とかもちゃんとやろう。
「やだぁぁぁ!」
「いかないでぇ!」
そして片や、俺の両足にしがみついて大泣きするサニとレイン。なんて可愛い奴らなんだ。
「あと一日! あと一日ぃ!」
「ダメです! 昨日もそれで延ばしたでしょう!」
「あと一週間だけぇ……」
「増えた⁉︎」
「ごめんな、二人とも。手紙書くからさ」
「うえぇ……キエリのいじわるぅ」
「クソザコハレンチ角女……」
「あなた今なんて……いたっ! 石投げましたね⁉︎ 紅龍の私に向かって!」
ギャーギャー喧嘩する二人を無視して、俺は苦笑いするエルフたちに軽く会釈する。
数人はばつが悪そうに顔を背けたものの、穏やかに笑って手を振る者もいた。
「終わったぞ、ナカムラ」
その横から、ソーンがため息混じりに声をかける。
「ああ、お疲れさん」
「まさか二人揃って寝坊するとは……こんなことなら、昨日しっかり寝ておくべきだった」
「眠れなかったのか?」
「妙に落ち着かなくてな。こんな日が来るなど、夢にも思わなかったから」
キエリから二度目の荷物チェックを受けるリーフェンを眺めつつ、ソーンは感慨深そうに腕を組む。
「だが、そこまで悪くはない」
「……そうか。よかったよ」
「お前のおかげだ、ナカムラ」
ソーンの手が、パーの状態で俺の前に差し出される。握手か。
「貴様がリーフェンを連れて帰る日を、楽しみにしている」
「次は射ったりするなよ」
「約束はできないな」
「……マジで勘弁してくれ」
「冗談だ。村のことは任せろ」
ソーンが冗談を言うとはな。そう思いつつ彼女の顔を見ると、少し笑っていた。
ソーンが笑うとは……! かなり驚きだ。最後にいいものが見れた。
しかし急に、彼女の顔がキッと強張る。
周りを見ると、他のエルフ達も構えをとっていた。これは、まさか……。
「おはようさん」
ややあって、脇道の薮からぬらりと、黒スーツの美女が現れる。
それに続く形で、金髪の猫耳少女と……赤髪でギザ歯の、筋肉質な女。ブーカだ。
クロタコで身構えた自分の体が、彼女を見てより一層硬くなった。
「いやあ、皆さんお疲れ様どす。ああ、そのままそのまま……」
クロタコは矢を番えんとするエルフ達を「お構いなく」と片手でなだめる。
どうやら、戦いに来たわけではないらしい。
「うちに用があるんは、そこの勇者サマ」
「……俺?」
指をさされ、全員の視線が俺に集まる。
そういえば勇者とか呼ばれてたっけな。何か意味があるのだろうか……。
いや、多分ないな。ふざけてるだけだ。何故かそんな気がする。
「失せろ、メス犬」
「いい感じに旅立てそうだったのに、邪魔しないでください」
「……」
ソーン、キエリ、リーフェンが順番に俺の前を立つ。
クロタコはそれに「ははは、嫌われてんなあ」と嘘笑いし、「何とか言ってやって?」みたいな顔で俺を見つめた。
「よせよ。プリンセスか、俺は」
「でも……!」
「用事があるんだろ、クロタコ。手早く済ませようぜ」
なるべく余裕そうな声を作り、三人の間を通り抜ける。
怖いは怖いが、クロタコはいちおう命の恩人でもある。さすがにこんな場面では襲ってこないはずだ。
「……」
「……おはよ。勇者サマ」
手が届きそうなほど近く、彼女の真正面に立つ。
近づいて見ると、とてつもない美人だ。ここまで会った人間の大体が美男美女だったが、やはり彼女は頭一つ抜けている。
所作、表情……どこをとっても魅力的。魅力的すぎる。だから、思わず警戒してしまう。
「いい目やな」
「……?」
「初めは、うちと似てると思ってた。でも違うわ。灰と炭ではまるで違う」
意味ありげな微笑み。それも魅力的で、思わず目が奪われてしまう。
彼女が一歩近づくたびに、否応なく、情けないほど胸が高鳴る。
「実は、勇者サマにプレゼントが」
「……プレゼント?」
変な物じゃないかと思わず警戒したが、クロタコがポケットから取り出したのは、龍の刻印が描かれたジッポーライター。
燃えたはずのそれは、なぜか完璧に元通りになっていた。
「はい、あげる」
「これは……」
受け取ったジッポーを見つめ、なぜ? と、言いかけた瞬間。
頬に、冷たい感触。
「え?」
するりと伸びた、白くて細長い指。俺の頬を撫でて、掴み、ぐいと引き寄せる。
「……」
「……」
時が止まったかのような、静寂。
気絶しそうなほどいい匂いがして、心臓が耳に移動したかのような、爆音の鼓動が鳴り響く。口には、柔らかくて、熱い……
「ッッッ――――――!?!!!?」
クロタコの顔が息継ぎで一度離れ、もう一度近づいた時。ようやくそれに気づいた。
キス……!
あまりの衝撃に腰が抜けた……が、彼女はなおも俺を放さない。
今度は膝立ちになる俺の上から、口の中に熱くてどろりとした、何かを……侵入、撫でる、刺激。
「な、あ゙……」
「わ……」
ざわめきが起ころうが関係なし。むしろもっと激しくなる。音を聞かせるように、見せつけるように……
「ぷはっ……」
脳の血管が破裂しそうになったあたりで、ようやく、クロタコの顔が離れる。
しかしその手は頬を掴んだまま。唾液の滴る長い舌を、「これが入ってたんやで」とでも言いたげな顔で見せつける。
「これは、うちが普通にシたかっただけ」
「あの、初めて……なんすけど」
「実は、うちも」
そこで気絶。
今にして思えば明らかに嘘だが、トドメの一言としては完璧だった。
「放てェ!」
「え、でも……」
「ごと行って構わん! 教育に悪い物をっ……恥を知れ!」
「さて、宴もたけなわ。もう行くわ」
「またしような? 勇者サマ」そんな捨て台詞を吐き、にこっと微笑み、矢の雨を悠々と通り抜けていく。
もう、訳がわからん。
背中に矢が刺さり、目の前に炎が通り抜けたが、そんなことはどうでもよかった。
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