エピローグ2『仲間』
「……どうだ」
「っ……!」
新しい服に着替えた俺を目にした瞬間、リーフェンの頬がぷくっと膨らむ。笑いを堪えるので必死のようだ。
それもそのはず。まず着てみろとニヤけ顔でリーフェンに渡されたのは、彼の服。俺にはサイズが小さすぎた。
腕もパッツパツだし、胸のあたりが張り裂けそうだし、腹はヘソ出しファッションみたくなっている。
だが、俺もこういうおふざけは嫌いじゃない。
「なーんて、冗談だよ」と微笑むリーフェンから服を奪いとり、ウケると思って着てやった。
「どうだ、リーフェン。ん?」
「こ、こっち来ないで……!」
「似合ってるか?」
「っ――!」
とうとう我慢の限界が来たのか、リーフェンの口風船が音を立てて破裂する。
「あははは! それ、ぜんっぜん似合ってない!」
「そうか? 俺は気に入ったが」
「やめて! 笑い死ぬ……!」
「色がアレか」
「あはははっ! そこじゃないってば!」
ふざけてポーズをとってみると、リーフェンがベッドの上を転がり始めた。
そんなに面白いのか。鏡がないので、俺にはちっともわからない。
「どうした!」
「着替えは終わりまし……」
慌てて様子を見に来たソーンとキエリが、こちらを見るなり硬直する。
リーフェンならまだしも、女子勢に見られるのはまあまあ恥ずかしい。しかし今さら照れるのも逆にカッコ悪いので、俺は徹底的にふざけることにした。
「どうだ、似合ってるか?」
「ッ……!」
「ふむ……」
キエリは思いっきり顔を背けたが、ソーンは微塵も動じない。いつもの表情で腕を組んでいた。
周りの反応からして相当ヤバい服装だと思うが……さすがはソーンだ。彼女のブレない姿勢には、もはや尊敬すら感じてしまう。
「まあ、これはこれで……」
いや違う。ソーンのファッションセンスが壊滅的過ぎただけだ。
全員から注がれる驚きの視線に、彼女は「何がおかしい?」と困惑した表情を浮かべる。
「まあ、少しサイズが小さいか」
「いや少しどころか……くふっ!」
「俺が言うのもアレだけど、キエリの反応は正しいぞ」
「別に服など何でもいいだろう? 多少肌を出す方が、エルフにとっては自然な格好だ」
リーフェンを見る。「そんなわけないじゃん」みたいな、いつになく呆れた表情をしていた。
「姉さんは筋肉しか興味ないから、他はどうでもいいんだよ、きっと」
なんだ、その過激な筋肉崇拝は。意外すぎるんだが。
「それは昔の話だ、リーフェン。今は違う」
「ウソばっかり。絵描いてたの見たもん」
「なぜそれを……まさか、私の部屋に入ったのか?」
「あ、えっと……入ってません」
「入ったんだな?」
「入りました。ごめんなさい」
「座れ。朝食の前に説教だ」
「はい……」
「エルフは、中性的なほど美しいとされています」
秒で攻守交代する二人をぼーっと眺めていると、キエリが横から小声で説明してくれる。
「彼ら目線だと、筋肉フェチはかなりマニアックな趣味なんです」
「筋肉は男性の象徴だから……的なことか?」
「そういうことですね」
「じゃあ巨乳好きとかも?」
「ものすっごい変態です。ゲテモノ食いのような物ですから」
「へえー」
やはり異世界には、その世界独特の価値観があるんだな。最初はあまり興味なかったが、段々と、こういう文化の違いを学ぶことに楽しさを感じ始める自分がいた。
多分……ローラーの影響だろうな、認めたくはないが。
人々を殺しの罪から守るため、自分一人だけが手を汚す。それが彼の信念だった。あんな狂人でも、一応は信念と善意に基づいて動いていたのだ。
ハッキリと説明はできないが……とにかく敵であれ味方であれ、そういう考え方の違いを理解するのは、意味のあることだと感じるようになった。これはある種の成長だな。
「……そういや、ローラーはあの後どうなった?」
「わかりません。箱庭が消えたと同時に、彼もいなくなったようです」
「まあ、生きてるんだろうな。どうせ」
「あなたがそう決めたんでしょう?」
少し責めるような口調。何か思うところがあるらしい。手近な椅子に座り、キエリは「私が口を挟むことではありませんが」と断ってから話を続けた。
「彼を、殺すべきだった」
「…………」
「あなたにはその権利がありましたし、席騎士を殺せる機会など滅多にないことです。あなたの美徳は尊重したいですが……率直に言うと、理解できません」
損得勘定がハッキリしているキエリにすれば、俺の行いはかなり愚かな物に感じられるのだろう。まあ、それも無理はないと思う。
だが、時には理屈よりも感性に従った方がうまくいくこともある。これもある種の成長だ。
「あいつが死んでも、どうせ他の奴が手を汚すだけだ。そんな得体の知れないやつに次を委ねるくらいなら、まだローラーに賭けた方がマシだろ?」
「でしょうね。しかし次に会う彼は、以前よりもずっと強大になっているはずです」
「わかってる。その時は、ちゃんと自分で責任をとるよ」
「……お人好しですね」
キエリは「仕方ないので、それで納得してあげます」とため息を吐く。
「自由国に辿りつく前に、彼が立ち塞がらないことを祈りましょう」
「そうだな」
改めて、自由国のことを考えてみる。
全ての種族を受け入れる、転生者の楽園。それはまさしく俺の「転生者に息をする権利を与える」という目標を叶えた国だ。
しかしそんな国がある一方で、異世界のいたる所では転生者の「収容所」が設置され、日夜拷問と処刑が繰り返されている。
たった一つの国で、世界が変わることはないのだろう。なんともやるせない話だ。
「……自由国が、転生者の楽園という話は覚えていますか?」
またこちらの考えを読んだキエリが、そんなことを口にする。
「覚えてるよ」
「では、あの国を作ったのが誰かは?」
「……それは知らない」
「転生者ですよ」
「……」
それで、転生者の楽園か。なるほど。
俺と同じ目標を持った転生者が、一応他にもいたらしい。そういう人が味方になってくれると心強いんだが……クロタコは、ちょっと違うか。あまり信用できなさそうだ。
「転生者にとって、自由国は世界に新しい風を吹かせる、希望の存在。挽回の起点となる場所です」
「……そうだな」
「しかし聖教会も馬鹿ではありません。自由国は何度も攻められ、今も危機に瀕しています」
「紅龍の現状と同じ……ってことか」
キエリは無言で頷いた。
「……今から、柄に合わないことを言います」
「どうぞ」
「一緒に、頑張りましょうね。ナカムラ」
小指がこちらへと伸びる。
キエリの顔は見えないが、それが偽りのない、心からの言葉であることは伝わった。彼女は俺を明確に仲間だと認めてくれたらしい。
「ああ。紅龍王を見つけて、聖教会を潰す」
俺はその指を握る。やっぱり意外と良いやつかもな。そんなチョロすぎることを考えながら。
「ここを出る前に、リーフェンともしっかり話そう」
「……どうしてですか?」
「ただついてくるだけじゃ、後悔するかもしれない」
「ああ……なるほど、わかりました。では、そちらは私が担当します」
キエリは膝に手を置くと、リーフェンとソーンを順番に見つめた。「そちらは」というのが引っかかったが、そういうことか。
「仲間……ですからね」
「そうだな」
そして最後に、彼女は俺を見上げる。琥珀色の瞳。吸い込まれそうなほど、不思議で、美しい輝きを放っていた。
その瞳が上から、下へ……
「ぷふっ! その格好で真剣な顔ッ……!」
「……そろそろ恥ずかしくなってきた」
それからいい感じの服を見繕い、朝食も済ませた俺たちは、粛々と出立の準備を始めた。




