幕間 『可哀想は可愛い』
――ドサっ
次は命をとる。
そう言って、ナイフを前方に突きつけたまま、ナカムラは地面に倒れた。
「か、勝った……!」
「次は私が先ですよリーフェン!」
キエリがナカムラに向かって走り出したので、リーフェンもそれに続く。
が、二人して転倒。
「やめろと言っただろうが」
ソーンは軽く咳き込んだ後、大杖で地面を叩いて土塊を片付ける。彼女が困惑げに見下ろす先には、泣きべそをかくキエリ。
「うぅ、ぐすっ……リーフェンだけズルいぃ」
「……力を使い果たしたせいで、感情の制御を失ったのか?」
「それか、聖水でおかしくなったのかも」
「よくわからんが……とにかく全員病室行きだ。私も含めてな」
ソーンは仲間に「手伝ってくれ」と指示を出す。
それを受けて、四、五人ほどのエルフが怪我人を運ぶ手伝いに向かった。
「お、終わったのか……?」
「みたい……だな」
そんな囁き声が、残ったエルフ達の間で広がりはじめる。その場の全員にどっと疲れが押し寄せていた。これ以上は戦う気もおこらない。
「やっぱり、聖教会は許さないわよね」
ふと、エルフの一人がそう呟いた。
「そう、だろうな」
「さすがに席騎士は言い訳できまい」
エルフ達の間で「はあ」と、ため息が広がる。
聖教会の力は世界全土に及んでいて、一介の村ごときが相手になる存在ではない。転生者を助けると自分たちで決めたものの、そんな連中とこれから戦争するなど、考えたくもないことだった。
「じきに、大軍勢が押し寄せるだろうな」
「一週間……早ければ数日。どちらにせよ勝ち目はない」
「いっそのこと他へ移り住むべきかも……」
「…………」
と、エルフ達が不安を口々に話していた折。
「全員止まりなさい! 聖教会です!」
突如、そんな声が響き渡った。
「ふっふっふ、箱庭の術師は私たちが捕まえました。観念することですね!」
「おー」
「捕まえたぞー」
チーシャ・カリーファ。サニとレイン。そして、縄でぐるぐる巻きにされた、金髪の獣人少女。
大体のことはとっっくに解決していたが、チーシャはそんなことなど露も知らない。彼女は指をビシッ!とローラーに突き立て、高らかに魔法を唱える。
「特にローラー・ペグ・ロイギラファ! 絶対に動かないように!」
魔法を使うまでもなく、ローラーはとっくに動きを止めている。
「は、何?」という空気。エルフたち、そしていつの間にか戻ってきていたクロタコは、心底めんどくさそうに天を仰ぐ。
しかしただ一人、ソーンだけは違う。彼女は徐に足を踏み出した。
「さて、これは一体どういう了見だ? 説明しろ」
ソーンは露骨にナカムラを隠すような位置に立つと、きっとチーシャを睨みつける。もちろん演技だ。
「放火の主犯は貴様らか、聖教会。よもやサニたちを誘拐したのも……」
「え、ほ、放火⁉︎ 誘拐⁉︎」
まさかの対応に、チーシャは度肝を抜かす。褒められると思っていたのに、まさか主犯を疑われるとは夢にも思うまい。
彼女は気の毒になるほど必死で首を振った。
「私はこの箱庭を作った獣人族を捕まえて……というか、捕まえる手伝いをしただけで!」
「ほう」
それを受け、ソーンが「ならこれは?」と、下の方を顎で指す。
「う、うぅ……」
「助けてぇ……みんなぁ」
「…………」
はめられた。
そう気づいた頃には、時すでに遅し。
やはり、ソーンは圧倒的に上手だった。彼女はこの土壇場で、全てを丸く収める妙案を思いついたのだ。
そして双子にアイコンタクトを送った。「アワセロ」「リョウカイ」。エルフの勝利が確定した瞬間である。
「一度、森を燃やしたことに目を瞑った。そこの問題児が暴れた時も、私は目を瞑った。
今度は放火と誘拐か。いい加減、私も我慢の限界なのだがな」
なんという剛腕。本来、聖教会に言い訳をすべき立場のエルフが、今や逆に釈明を求める立場へとすり替わったのだ。
「え、えっと……えっとぉ……」
チーシャの額から、汗がダラダラと流れ落ちる。
こんな展開は想定していなかった。教科書にも載ってない。まさしく八方塞がり。
「そ……そうよ! 野蛮な聖教会め!」
「謝れ!」
「謝って、サニとレインを解放しろ!」
「あとその獣人の子も返してや」
「そうだそうだ!」
シュプレヒコール。
エルフたちはサラッと参加したクロタコにも気づかず、腕を振り上げ、とりあえずソーンの作戦に乗っかった。
「うわぁん、怖いよぉ」
「待ってろ、今助けに……うっ、腹の傷が」
「ソーン! それって、そこのローラーとかいう奴に刺された傷じゃ……!」
「なんてことはない。あの子たちの恐怖に比べれば、こんな傷……」
「おのれ聖教会!」
「この人でなし!」
エルフの社会に上下関係はない。彼らは平等に、助け合って生きていく。その団結力は人間社会のそれとは比にならない。
「…………」
チーシャは何も言わなかった。
是非もなし。やはり自分は凶星の元にあるのだと、ただただ強く実感した。それだけだ。
しかし、キエリとリーフェンだけは気づいていた。
チーシャの体が一瞬、ガクッと横に崩れかけたことを。彼女の青い瞳が、かすかに潤んでいたことを。小さく口が動き、「もうやだ」と言っていたことを。
可哀想に……。
群衆に詰め寄られるチーシャを遠巻きに見つめ、二人は同じことを考えた。




