エピローグ 1『がんばった』
「……」
顔にあたる、暖かくて、眩しい日差し。小鳥の鳴き声。
「……朝か」
それで目を覚ます。体調はぼちぼち。可もなく不可もない。
エルフがくれた毛布をどかし、葉っぱのベッドから体を起こす。伸びをして軽くストレッチすると、全身に血が巡り、寝ぼけた頭が一気に鮮明になってきた。
あれから、およそ一週間……ひょっとすると半月は経ったかもしれない。しばらく寝込んでいたせいで、その辺の記憶がかなり曖昧だ。
とにかく地獄の日々だった。またしてもだ。俺は間違いなく呪われている。
魔法の酷使による肉体の衰弱。聖水の禁断症状……この二つが特に辛かった。ソーン曰く、能力が無かったら百回は死ぬレベルの重体だったらしい。
禁断症状で獣のように暴れ、力がなくなったら苦悶に唸り、また暴れる……といった感じで、かなり大変だったようだ。「キエリはその百倍大変だった」とゲッソリするエルフ達の顔が忘れられない。
「はあ……」
憂鬱になってきた。こんな過ぎた話を考えるのはよそう。
外の景色でも眺めて気分転換しようかな。そんな風に考えて、修繕された牢屋の格子へと近づく。
「お」
「おー」
そこには、口を開けて両手を「わー」と上げる、二人の子供。サニとレインだ。
「おはよ、ナカムラ」
「おはよー」
「おはよう。なんだ、もう朝食の時間か?」
食事の時間になると決まって呼びに来る二人を見て、俺はそう尋ねてみる。
「ううん。まだぜんぜんだよ」
「さっき起きたんだって。ねぼすけさんだよね」
「やれやれ、困ったもんだ」と体を左右に倒す二人。いかにも双子っぽいポージングだ。
リーフェンの家に泊めてもらうこともできたのだが、俺はそれを断って、一人牢屋での生活を続けていた。
まだ村には転生者を憎むエルフがごまんといるし、安易にうろついて、彼らと余計な揉め事を起こしたくはない。転生者の印象回復のためにも、石を投げられて怪我しないためにも、これは必要な判断だったと思う。
「あそぼ、ナカムラ」
「あそぼう」
そんな一方で、二人は両腕をグーにしながら、上下に揺れる謎のダンスを始める(最近のお気に入りらしい)。朝っぱらから元気なやつらだ。
「また中当てか? 昨日死ぬほどやっただろ」
「今日はかくれんぼだよ」
「ナカムラが鬼ね」
「絶対勝てないやつじゃん、それ」
「うるせえ」
「だまってつきあえよ」
「こら、そんな言葉どこから……俺か。参ったな」
これも、もはやお決まりのやり取りだ。
牢屋から出ることを許され、いよいよ二人とも遊べるようになった俺は、暇さえあれば謎の遊びに付き合わされていた。
まあ、ずっと遊びたいって言ってたし、二人には随分と助けられた。少しは恩返ししてやらないとな。
「ナカムラー?」
「おーい、聞いてるー?」
聞いた話では、あの戦いの後、二人はかなりのお手柄だったらしい。箱庭の術師を捕まえて、聖教会の変な名前のやつ……チンゲンサイだっけ? か何かを、うまいこと嵌めたんだとか。
俺の知らない間に、随分とすげえことをしたもんだ。やはり子どもは末恐ろしい。
まあともかく、それでひとまず一件落着できたみたいだ。平和になってよかったよかった。
「うんうん」
「……なんか、また自分の世界はいってるよ、レイン」
「つまんないの」
「わかってるって。今行くから」
二人が口を尖らせ始めたので、俺は軽く返事して立ち上がる。
外に出ると、太陽の光がわっと広がって、視界が真っ白になる。いい天気だ。風の涼しさと、日差しの暖かさがちょうどいい。
明るさに目が慣れ、視界が鮮明になると、そこには青々と茂る森林。
あの日焼かれたはずの森は、すっかり元通りになっていた。
どうやらあの火事は、箱庭に仕組まれた幻覚の一つだったらしい。一層目にバレやすい幻覚を仕込んで、二層目に本命の幻覚を仕込む……という、箱庭では定番のトリックが使われていたようだ。「エルフや魔道士を騙すにはこれが一番なんだ」とリーフェンが教えてくれた。なぜか自慢げに。
それでも、多少は燃えた部分もある。原因は俺とキエリの炎だ。そちらは幻覚ではないので、箱庭が消えても影響が消えることはなかった。
一昨日そこを見に行ったが……まさしく圧巻の光景だった。グラウンド二つ分くらいのスペースが、まるごとくり抜かれたかのように焼失していたのだ。その時は、改めて当時の戦闘の激しさを実感した。
「いやあ……頑張ったな、ほんと」
「また自分の世界入ってるよ」
「石投げる?」
「しみじみさせてくれよ。俺は今、生き延びた喜びを感じてるんだ」
「サニたちも頑張ったよ」
「ああ、聞いたよ。二人ともありがとうな」
みんな……よく頑張った。
キエリは枯渇した力を振り絞って戦った。リーフェンは恐怖に揉まれながらも、自分の声を大にして立ち向かった。
ソーンや、エルフたちだって……
また、そんな感慨にふけっていると、見慣れた角頭がこちらに近づくのが見えた。
「また遊んであげてるんですか。面倒見のいい人ですね」
「おはよう、キエリ。体の具合はどうだ?」
「ようやく聖水の感覚も抜けました。お腹のペコペコ具合で言うなら、ペコと言ったところです」
よくわかんねえな。とりあえず元気らしい。
「ナカムラをいじめたドラゴン……」
「ぐるる……」
一方、サニとレインは俺の影に隠れ、敵意剥き出しでキエリを睨んでいた。
おそらく例の「修行」のことだろう。
「あれはいじめたんじゃなくて、ちゃんと理由があったんだ。別にキエリは悪いやつじゃ……まあ、良いやつでもないか。やっぱ悪いやつかも、すまん」
「フォローになっていませんが」
「日頃の行いだろ」
「くっ!」と逆ギレしたキエリはいつもの飛び蹴りを放とうとしたが、サニとレインを見てそれを断念する。
今の俺は無敵だ。何があっても二人が守ってくれる。
「服?」
木の周りをグルグルするサニとレインを眺めつつ、俺は切り株に腰かけて、キエリから要件を聞く。
「あなたが自分から言うのを待ってたんですけどね。いっこうにその気配がないので、私が代わりに頼んであげました」
隣に座るキエリは、そんなめんどくさい彼女みたいなことを言って目を細める。
「いつまで、そんな見すぼらしい格好を続けるつもりですか?」
そう言われて、自分の服を再確認する。Tシャツもズボンも、スニーカーも、あちこち破れたり焦げたりで、まるで戦争帰りの日本兵みたくなっていた。
「言われてみれば……今さら恥ずかしくなってきた」
「本当に今さらですね。ついでに言うなら、あなたの服装はかなり目立ちます。そこも厄介です」
「一発で転生者ってバレそうだもんな」
「ええ。なので、リーフェン達に頼んで、適当な服をいくつか用意してもらいました。サイズや好みがあるでしょうから、あなたに選んでもらおうかと」
キエリはそう言うと、足早に立ち上がって「さ、行きますよ」と背中を向ける。
……まあ、キエリもたまには優しいようだ。最初と比べて、彼女の距離が格段と縮まった気がする。
俺はサニとレインに「また後で」と手を振ると、彼女の後を追いかける。
「気をつかわせて悪いな」
「構いませんよ。本当はしっかりした服を渡す予定でしたが……ひとまずです」
「そこまでしなくていいよ。別にこだわりはないし」
「そうもいきません。これは約束ですから」
「……約束?」
「覚えてないんですか?」
……ああ、初めて会った時のやつか。
「完璧に忘れてた」
「……次からは気をつけてくださいね。エルフも紅龍も、約束を大事にしますから」
それは……気をつけておこう。二人とうまくやっていく上で重要なことだし。
キエリから、今後の予定は一通り聞いていた。
まず、三日ほどここで療養と準備をすませる。それからここを出て、街道まで戻り、自由国を目指す。道順が決まっていないのでザックリだが、大体はこんな感じだ。
自由国は転生者の楽園とも呼ばれていて、かなり住みやすい国らしい。
俺はとりあえず安息の場所を手に入れるため、キエリはそこにいる紅龍王に会いに行くため、共に自由国を目指すということで合意した。
そして、なぜかリーフェンもその旅に同行する。どうやらキエリが勝手に決めたらしい。俺がその話を聞いた頃には、とっくにそれが確定していた。
本人は願ってもないという感じだったし、リーフェンがいれば森で迷うことも、キエリと二人で口喧嘩に明け暮れる心配もない。だから、それは素直に嬉しいのだが……本当にそれでいいのだろうか、とも思う。
「……なんですか? 人の顔をじっと見て」
キエリの目がギロっとこちらに動く。
リーフェンのことを相談しようかとも思ったが、彼の家はもうすぐそこだ。込み入った話をするには微妙な距離だった。
「あー……いや、今日はポニーテールなんだなって、ふと思っただけ」
「ふふん。自分の服のボロボロさは気づかないくせに、よく気づきましたね。ナカムラもたまにはやるじゃないですか」
途端に機嫌がよくなるキエリ。なんてチョロいんだ。
キエリはオシャレ好きなのか、頻繁に服装や髪型が変わる。そういう所はしっかり女の子らしい。昨日はエルフの民族衣装を自慢げに着ていた。
「服はいつも通りなんだな」
「あれは……その、うっかり燃やしちゃって」
ああ、それで昨日怒られてたのか。
「仕方ないので、今日は髪型でも変えようかなと」
「それで髪も切ったのか?」
「へ?」
「もともと腰のあたりまであったと思うけど、今は……肩にかかるぐらいか。だいぶ切ったな」
「え、そ、そんなことも気づくんですか……?」
途端に顔を赤らめ、たじろぐキエリ。
「引くなよ。普通、そこまで短くなったら誰でも気づくからな」
「あなたが、初めてですけど……」
「……マジで?」
こくりと頷き、キエリはか細い声で「マジです」と答える。
「…………」
「…………」
そうなると、無性に恥ずかしくなってきた。多分向こうも同じだ。全くそんなつもりではなかったが、彼女の変化に気づいた唯一の人間が自分というのは……なんかこう、変な感じだ。
「いい天気だな」
「風が気持ちいいですね」
気まずい話題を速攻でゴミ箱に叩き込む。
こんな偶然の出来事で、互いにあらぬ気まずさを抱えたくはない。おそらく初めて、俺とキエリの意思が一致した瞬間だった。




