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第一章27 『黒』

「これは……⁉︎」


 森を包みこむ炎が螺旋を描いて天に登り、ローラーの真上で巨大な火球を形成し始める。



 ナカムラの魔法は成功した。

 リーフェンが話したように、魔法は理屈ではなく感情に左右されるものだ。有り体に表現すれば、魔法の強さは思いの強さに等しい。


 この時、ナカムラは「やれる」と確信して魔法を唱えた。

 これまで父の言葉に助けられてきた。だからきっと今回も助けてくれるはず。

 そんな根拠のない経験則、あやふやな感情論が、むしろ魔法を強くさせた。


 偶然か、必然か。あるいは子を思う父の力か。それともナカムラの芯の強さか。

 魔法を覚えて一日足らずのナカムラが、奇跡的に、熟練の魔道士にすら匹敵するレベルの魔法を実現させた。リーフェンが「木の魔法」を「森の魔法」へと進化させたように、ナカムラは「火の魔法」を「火災の魔法」へと進化させたのだ。



「さあ、たんと食らえよ」


 キエリほどの火力はない。しかし決定的な火力。


 この一撃で、ナカムラの勝利が確定する。



「…………」


 ローラーは何も言わず、しかし何か言いたげな表情で、火球の方へとゆっくり顔を向けた。今やアウロラで防ごうともしない。


「見事……見事です」


 一つの生き物のように(どよ)めき、牙を剥く業火。それを受け入れるかのように両手を広げる。彼は心のどこかで、「その時」を待ち侘びていたのかもしれない。



「言い残すことは」

「次は、負けませんッ……!」


 釘を落とし、アウロラを消失させる。

 「次」の存在を信じて疑わず、「今回は負ける」という形で敗北を認める。哀れな負け犬の遠吠え。


「絶対に負けない!」


 しかし、その顔つきは負け犬のそれではない。



「……次があろうと無かろうと、結果は同じだ」


 ナカムラの指が、前方の空をさらりと切る。

 やれ。そんな彼の号令に答え、太陽の如き火球はゆっくりと下降した。




 ――――



「ん、ぅ……」


 体中に、心地よい熱が走る。沸点を超えた血液が循環し、全身が脈打つような感覚。


 ここはどこで、私は何を……。


 そんな風に考え周囲を見回すキエリの前に、にゅっと黒い笑顔が現れる。



「おはようさん、キエリ」

「クロタコ……⁉︎」


 キエリは地面を蹴って距離をとり、脊椎反射で力を使おうとしたが、すぐに中断した。


「…………」

「ええ判断や。うちが憎いやろうに、よう我慢したなあ」


 ギッと、歯を噛み締める。


 今は、ギリギリの状態だ。「よう我慢した」などと上から目線が癪に障るが、これ以上力を乱用すれば、二度と龍の力が使えなくなってしまう。


 背後を見ても、エルフたちはリーフェンの手当てか、ナカムラの援護で忙しくしていた。見るからにそれどころではない様子だ。わざわざ呼び立てて戦闘を起こすのも気が引ける。


「さ、おいで」

「……」


 キエリはため息を吐き、手招きするクロタコの後ろへ続いた。



「やはり生きていましたか」

「残念ながら、な。知っての通り、箱庭は幻術魔法や。さっき死んだのは幻術で作った偽物」

「どうせそうだろうと思ってました。……それで?」

「んー?」


 眉を上げ、ゆったりと振り返ったクロタコを、キエリはありったけの殺意をこめて睨む。


「そのはぐらかす癖。相変わらずですね」

「冗談やんか。試練うんぬんの話やろ?」


 少し離れた茂みに隠れ、二人はもう一度エルフの様子を確認する。やはり全員、リーフェンやナカムラ達に集中していて、こちらに気づく様子はない。



「ここで言っときたいのは、三つ」


 盗み聞きの心配を絶った後、クロタコは本題を話し始めた。


「一つ、まずはお疲れさん」

「まだ終わっていませんが」

「じきに終わる。かなり大変やったろうに、よう頑張ったわ、ほんま」


 またムッとするキエリの顔を見て、クロタコが「こっちは本心」と付け加える。


「さっきも話したけど、ここまでキツくする予定はなかった。不確定要素が悪さしたんや。いざとなったら助けるつもりやったし、それで堪忍して」

「…………」


 不確定要素、と聞いて、キエリはチーシャ・カリーファの存在を思い出す。


「二つ目」


 しかしそこを詳しく説明するつもりはないらしい。クロタコは早々に話を切り上げて、次に進む。



「ナカムラのこと、どこまで気づいてる?」

「……やはり、あなたの目的はそれですか」


 これも察しはついていた。なぜこのような状況を仕組んだのかはわからないが、クロタコの狙いは明らかにナカムラだ。


「普通の転生者でないことは把握しています」


 キエリはあえて推測の核心を話さず、曖昧な表現をした。そうすれば相手の方から話しだすと踏んでの策略だったが、クロタコはそこまで簡単な相手ではない。

 彼女はそれに「ふうん」と呟くと、一歩近づき、警戒するキエリの耳元に口をあてる。


「それ、絶対に言ったらあかんで」

「……彼に気づかせるなと?」


 その意図がわからなかったキエリは、思わずそう聞き返した。


「そうや。それ以外は好きにしたらええけど、全部を話すのは許さへん」

「彼が無自覚だと困るのでは? てっきり、あなたは彼を利用するつもりかと思っていましたが」

「それはそう。でも、キエリちゃんもお互い様やろ?」


 撫でるような声で、囁く。キエリの背筋に寒気が走った。

 クロタコはふうと息を吐き、やけに妖艶な手つきでキエリの髪に触れる。指先でその流れをなぞり、やがて頬の近くで止まる。


「あれは希望でもあり、絶望でもある。それは、うちとキエリちゃんだけのヒミツ」

「……もし、それを断ったら?」

「殺す。紅龍王もまとめてな」


 「紅龍王」という言葉に、キエリの体が跳ねるように反応した。


 クロタコなら、人間の力を遥かに上回る龍王を殺せてもおかしくはない。だからこれは脅しじゃない。ある種の宣言。

 たった一人の秘密を守るために、世界のバランスを破壊するというのか。



「お願いな? キエリちゃん」


 愕然とするキエリから、ゆっくりと離れるクロタコ。その微笑みからは一切の意図が読み取れない。深淵のような未知。


 クロタコはナカムラをどうしたいのか。ナカムラは一体何者なのか。彼女が知る未来には、どんな未曾有が待ち受けているのか。

 キエリの頭を巡回する疑問は数あった。しかし口をついて出たのは一つだけ。


「あなたは、紅龍王様の居場所を知っているんですか?」

「…………」

「答えなさい!」


 なりふり構わず声を荒げるキエリ。それをしみじみと、哀れむような顔で見下ろすクロタコ。



「それが三つ目」

「……?」


 口を「は」の形に開くキエリに、クロタコは一枚の紙を投げ渡す。


「ザックリ地図は書いといた。道順はご自由に」

「道順……」

「三人には、自由国に行ってもらう」


 自由国。


 つい最近できたばかりの、孤島の国。

 そこは種族を問わず人々を受けいれる。人間も、エルフも、ドワーフも、獣人も……転生者ですらも。



「……そこに、紅龍王様が?」


 視線を地図とクロタコの間で行き来させるキエリに、彼女はゆったりと頷いた。やはり目的は見えない。


 果たして信用できるのか。

 腑に落ちる情報と、腑に落ちない情報源を前に、キエリは迷った。


 他に手がかりはない。時間もない。しかし、クロタコを信じるわけには……



 ――ズゴォォォン


 悩むキエリの一方で、少し離れた場所から、突然地響きのような音が聞こえた。


「な……⁉︎」

「ははは、すごいなあ」


 思索にふけっていたせいで、気づかなかった。

 灼煉(シャクレーン)を思わせるような巨大な火球と熱気。吹き抜ける風。いつの間にか、あたりの炎が全て消失していた。


 あれを、ナカムラが……⁉︎


 絶句。それに尽きる。魔法に疎いキエリでも、彼が生成した火球が常識はずれな巨大さなのは、一目瞭然のことだった。



「さあ、終わったみたいやな」


 そして、クロタコは長い銃を取り出すと、スタスタと元の場所に戻っていく。


「勇者サマを、迎えに行こうか」


 また、「おいで」と、まるで子犬を呼ぶかのような手招き。



「やはり、あなたは嫌いです……!」


 そう呟いたものの、キエリは地図を捨てることなく背中に隠す。

 それから「わっ」とざわめく森の広間を見つめ、クロタコの後を追った。

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