幕間 『もう一つの利害関係』
※本筋には絡まないので読み飛ばしても大丈夫です。
「うぅ……」
一方その頃。まだ火の手が及んでいない、森のどこか。
「怖いぃ……暗いぃ……」
茶色のポニーテールをゆらゆらと揺らし、延々と「暗い」「怖い」を連呼する少女が一人。
チーシャ・カリーファ。崇務騎士団所属。
使える魔法は、本名を使って他人を操る「名前の魔法」。
好きな食べ物はアイス。嫌いな食べ物はナッツ類。
趣味は読書。特技は暗記。
「好きな人、団長。嫌いな人……」
嫌いな人。思い出そうとすれば、何人でも名前を出すことはできる。
しかし今、彼女の頭の中にある名前は一つだけ。
あの、かなり不気味で、頭のネジが三百本ぐらい外れた、天使のような少年。
「ローラー……!」
火柱を見るなり、彼は自分を置いてどこかに消えてしまった。本当、一瞬の隙にだ。迂闊だった。
慌てて彼を追いかけたが、鎧を着たままじゃ五分走るのがせいぜいだった。名前の魔法で彼の居場所を特定しても、素早いローラーとの距離は少しも縮まらず……こんな暗くてよくわからない場所に置き去りにされる始末。
「……使えないからって、まくことないじゃん」
年下の少年にあっさり「足手まとい」判定されてしまった。一昨日ソーンに完膚なきまで言い負かされたと思えば、次にはこれだ。チーシャの腹は敗北感でパンパンになっていた。
「戻ってきなさぁい! ローラー・ペグ・ロイギラファ!」
ふぁー、ふぁー、ふぁー。
本人に聞こえないかと大声を出してみるが、虚しいだけだった。
「これだから聖教会は嫌なんだ……帰ったら絶対やめてやる」
チーシャは平べったい胸元にしまっていた辞表を、鎧の上からなぞる。
「毎日毎日、崇伐だの殺すだの……バカみたい」
家系を助けるために聖教会に入っただけで、転生者に思うところは何もない。知らない間に席騎士なんかになってしまったが、やっぱり自分には過ぎた身分だったんだ。
もう十分お金はたまったし、そろそろ頃合いだろう。平和な自分は聖教会に合わない。
「よくよく考えたら、転生者も生きてるんだし……さすがに殺すのは間違ってるよ」
「そうだね」
「よくわかってるじゃんか、小娘」
悲鳴をあげて飛び上がる。席騎士らしからぬ、あまりに情けない悲鳴。
ガサっと音を立てて現れたのは、獰猛な熊でも、恐ろしい転生者でもない。
くりっとした目の、実に可愛らしいダークエルフの子供たち。顔は鏡写しのようにそっくりだった。
「な、なんだぁ……びっくりした」
子供好きのチーシャは、そんな二人を見てすぐに安心する。
「どうしたの、君たち。お母さんとはぐれちゃった?」
「子供扱いするな、小娘」
「サニたちは家出したんだよ、小娘」
「小娘……いやそんなことより、ダメじゃない。森を燃やされたぐらいじゃエルフは何ともないだろうけど、この辺にはわるぅ〜い転生者がいるんだよ? 食べられちゃうかも」
「けっ」
「アホくさ」
取りつく島もない。でもそういうところが、すっごく愛らしい。可能なら持って帰りたいぐらいだ。
「ね、おやつ食べる?」
「ほどこしは受けないよ、小娘」
「こざかしい小娘」
「きゃ〜! かわいい〜!」
チーシャはローラーのことなどすっかり忘れて、エルフの双子に夢中になっていた。
「小娘、聖教会だよね」
「あ、うん。そうだよ。お姉さんこれでも席騎士なんだ、すごいでしょ! ……帰ったら辞めるけど」
「じゃあ、ヒマだよね?」
「ヒマなら手伝え、小娘」
「なに、どうしたの?」
くるりと先へ進む二人を、チーシャは理由も考えずについていく。
「ナカムラを出してやるんだ」
「……ナカムラ?」
「中当てするんだよ、いっしょに」
「それは、転生者の名前?」
明らかにこの世界のものではない名前に、チーシャの足が思わず止まる。
「なんだ、文句あるのか小娘」
「も、文句っていうか……転生者を助けるのは、よくないことなんじゃないかな〜? って」
「さっき言ってたじゃん、転生者も生きてるって」
「そ、それとこれとは……」
「おねがい小娘。サニたち、他に頼れる人がいないの」
サニが一歩近づく。近くで見るとなおさら可愛い。
「どうせやめるんでしょ? 最後ぐらい悪さした方が面白いよ」
「う、うーん……でもなあ」
「守ってくれるだけでいいの。サニたちがやって、小娘は見てただけ。それならいいでしょ?」
なんて強かな子たちなんだ。
もはやくっつきそうな距離まで近づく二人に、チーシャは末恐ろしい何かを感じた。
しかしまあ、こんな場所で子どもをほっとくわけにはいかない。それでは席騎士の名が廃る。
「仕方ないなあ……守るだけだからね?」
「やった!」
「ありがとう、小娘!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる二人に、チーシャは悶えそうな自分を必死で抑えこむ。
決して、二人が可愛いからとか、そういうんじゃない。これは席騎士として当然のこと、当然のこと……。
「チョロかったね、サニ」
「席騎士でいちばんヘボいらしいよ、あの人」
「……なにか言った?」
「ううん。なんでもないよ小娘」
「サニたちが前を行くから、こっそりついてくるんだよ」
二人の気配が急激に薄くなったのを見て、チーシャは慌てて神経を集中させた。
チーシャは覚えるのが得意なだけで、考えるのは大の苦手だ。
これもまた何かの縁。そんな運命論的な結論だけで、簡単に納得できてしまう。それ以上深く考えることはなかった。
・補足
ローラーはたまに目が見えてるっぽい動きをするので、チーシャ目線で「火柱を見た」と表現してます。実際は見えてないです。感じてます。




