第一章19 『最恐レディーファイト』
「おっと……」
クロタコ周辺の地面がボコボコと波打ち、その姿勢を崩す。
――ガキィン!
その隙を突く、ソーンの一撃。
クロタコは銃身で防御するが、直後に足場がガコッと崩れ、押し倒される形でのけぞった。
「死ね」
「そっちがな」
銃声と地鳴りが同時に響く。
背中を貫こうと魔法を唱えたソーンだったが、クロタコは驚異的な体幹で姿勢を取り戻し、空中でその腹部を銃撃した。
しかしクロタコも無事では済まない。倒れこむ彼女を迎えるように、尖った土塊が背中に突き刺さり、声にならない呻き声をあげた。
ソーンは土の壁を作りつつ後退。クロタコは横に転がって距離をとる。
「はぁ……ゲホッゲホッ! やりにくいわあ。その地面揺らすやつ、やめてくれへん?」
「卑怯な武器を持っていながら、贅沢を言うな……!」
どちらも遠距離戦を得意とするが、相性で言えばソーンに分があった。
クロタコはそれがわかっていたから、魔法を唱える隙を執拗に狙った。
ソーンは銃の脅威を知っていたので、狙いをつけさせないため、徹底的に足場を崩しにかかった。
互いに、相手の得意技を封殺する戦い。
ソーンは腹の銃槍がかすり傷であることを確認すると、また呪文を唱え始める。
「させるか」
クロタコが銃を構える。
――ドゴォン!
しかし呪文の途中で地面が隆起し、クロタコを上空へ打ち上げた。
「呪文はブラフだ。唱えなくても使える」
土塊を足場に高く飛びはね、瞬く間に空中のクロタコへと接近。ソーンは杖で追撃を加えようとした。
「さっきので学ばんかった?」
クロタコの体幹は凄まじい。
ひらりと身をひるがえし、またソーンの杖を銃身で受ける。
二度、三度、上下が入れ替わった後、二人同時に落下。
土煙が上がる。
武器を打つけ合う音が数回響いたあと、ぼっと二人が飛び出し、また激突。
「今度は肉弾戦? 興奮させるやん」
「貴様は、何が目的なんだ……!」
「言ったはずやで。ナカムラを助けに来た」
ナカムラ……あの転生者の名前か。
「ふ……」
「あら、そんなに面白かった? 笑った顔もステキやね」
「貴様が……利益もなしに転生者を助けるわけがない」
「…………」
「あの男には何かある、そうだな?」
――ガキィン!
クロタコが杖を跳ねのけ、そのまま持ち手を変えて銃剣突きを放つ。極めて流麗かつ迅速な動きだった。
しかしソーンはそれを脇の下に通して回避し、おもむろに、彼女の顔面めがけて杖を放り投げた。
戦闘時は、相手の武器に最も注意が向きがちだ。
故に、クロタコの視線はいとも容易く誘導された。それはたった一瞬のこと。しかし隙としては致命的。
「ぐっ!」
鳩尾に正拳突き。
これには、さすがのクロタコも顔を歪めた。
「予想外だったか?」
「はは……!」
――パァン!
すぐさま後ろに手を回し、クロタコは古風なハンドガンを乱射した。
特に狙いはつけず、追い払うためだけの弾幕。
銃を警戒していたソーンはすぐに飛び退き、また土塊の盾に隠れた。
「おえぇ……容赦ないわ、ほんま」
「……」
あの一撃で膝すらつかないのは、流石特付きと言ったところだろう。
しかし、妙だ。彼女からは全くやる気が感じられい。
確かにずば抜けた戦闘スキルを持っているし、銃の脅威もある。だがそんな程度で数千の船を沈められはしない。自分の知るクロタコは、もっと圧倒的な力を持っているはずだった。
何を隠している……?
「どしたん? 戦場で考えごとなんてしてると、たちまちに死んでしまうで」
「自然では考えを止めた者から死んでいく」
ソーンは攻撃の手を変えることにした。土塊の影に隠れ、流れに身を溶け込ませる。腹の中が読めない敵を相手に、無闇な接近を避けたかったからだ。
「あら、今度はかくれんぼ? 芸達者やなあ」
戯言を。
見当違いの方角を向くクロタコに、ソーンは息を潜めて接近する。
「そこ」
「ッ――⁉︎」
銃撃。
しかしそれは、ソーンの頬をかすめるに終わった。
「ハァッ!」
勢いを落とさずクロタコに組みつき、押し倒す。
「貴様の銃を攻撃し続けた甲斐があったな!」
なぜ気配を消したはずの自分を、クロタコが察知できたのかはわからない。しかし結局は、最後の保険として行なっていた「銃身への攻撃」が勝敗を分けた。
ソーンは知っていた。銃は強力だが、同時に繊細な武器でもある。
銃剣の使用と度重なる防御により、クロタコの銃身は大きく折れ曲がっていたのだ。
もがくクロタコの頭を地面に押さえつけ、ナイフに手を伸ばす。
私の勝ちだ。
もはやそこに、疑いはなかった。
――ドシュッ
しかしそれは、一対一だった場合の話。
「自分の能力を過信しているから、背に刃を食らうことになる。かつて私が言ったことだな? ソーン」
「貴様ッ……!」
腹を突き抜ける、黒い短剣。
まるで存在すらしていないような、極めて希薄な流れ。
ぞっとするほど、穏やかな声。
「ミスト……!」
「ああ。私も会えて嬉しいよ、ソーン」
「グっ……ッ!」
ソーンは短剣を握りしめる。
刃が手のひらを裂き、血が流れ、腹部の冷たい痛みが鋭さを増した。
それでも、こいつを逃すわけにはいかない。リーフェンに、会わせるわけには……!
「無駄で、哀れな足掻きだ。もうとっくに見限られたのに、まだリーフェンのことを考えているのか?」
「あの、子に……顔を見せるなッ!」
「嫌だな。あいつは私の愛する弟だ」
「貴様の、せいで……リーフェンがどれほど苦しんだと……!」
――バシュッ!
乱暴に短剣が引き抜かれる。
ソーンは血飛沫を上げ、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
「何を言ってるんだ? みんな、お前とエルフに苦しめられたんだ」
「く、う……」
明滅する視界の中で、ソーンは、空になった自分の手を見つめていた。
ここに、いったい……何が残ったのだろうか。
私は、本当に……間違って……。
「もう遅い」
その手を、ミストがぐしゃりと踏みつける。
「安らかに死ね、ソーン。じきにリーフェンにも会えるはずだ」




