第一章17 『箱庭』
「では、何があったか説明します」
落ち着いたキエリはいつもの正座に戻ると、忌々しいぐらいキリッとした表情で話を始める。
高所から足を踏み外した猫みたいだ。「え、何かありました?」とトボける感じが。
「……」
「ひっ!」
無言で右手をあげると、キエリがとっさに身構える。まあ、ちゃんと応えてはいるようだ。
「続きを」
「は、はい……ソーンにはちゃんと、あなたを殺すのは難しいという旨を説明したんです」
キエリも一応、本気で俺を助けるつもりではあるらしい。協力関係を結んでるわけだし、当たり前と言えば当たり前なのだが……どうにも認め難いものがある。日頃の行いのせいで。
「仮にあなたを殺すとしても、二時間ほど丸焼きにする以上の損傷を与えない限り不可能ですよ、と」
そうすれば、エルフ達は「そこまで酷いことはできない」と尻込みするはずだった……ここまではさっき話した通りだな。
というか二時間て。そんなに焼かれてたのかよ。煮物か俺は。
なんて容赦のないやつなんだ……いや、違いを意識して考えてみよう。彼女は龍で、人間とは少し違うのだ。
キエリにとって火は危険なものじゃないし、むしろ力を与える存在だ。そんな彼女にとって、炎で丸焼きにされる苦痛というのは、共感し難いものがあったのかもしれない。
なるほど……こういう考え方をしてみると、なんとなく相手のことを理解できた気がする。依然としてキエリがヤバいやつだという印象は変わらないが。
「……それで?」
「ソーンは、かなり悩んでいる様子でした。彼女もリーフェンほどではありませんが、例の騒ぎを重く受け止めていたようで……処刑が仲間の残虐性をさらに強めるのではないかと」
「まあ、それはそうだよな」
「そこまでは良かったのですが……」
キエリが言い淀む。
実に意外なことだったが、彼女にも罪悪感というやつが存在していたらしい。体を極限まで小さくさせて、苦々しげに唇を噛む彼女からは、自分の行いを悔いる様子が見てとれた。
「ならば聖教会を使うと、彼女が言い出しまして……」
「……」
ここで聖教会か。
エルフと聖教会。転生者嫌いの最凶コンビが、ここに来てタッグを組んだ。これ以上に最悪な展開があるだろうか。
昨夜の騒ぎの原因は、なんとなく予想がつく。そこにローラーがいたなら尚更だ。
「エルフの処刑と聖教会の崇伐、同時にやろうって魂胆だな」
「はい。それではエルフの面目が潰れますが、処刑はあくまで『聖教会の崇伐』だったということで片付きます。エルフは直接手を下さないので、残虐なのは聖教会だけになる」
「しかも、俺の身柄の奪い合いにも折り合いがつく」
「……今の話だけで、そこまでわかったんですか?」
「腐っても高学歴だからな」
「コーガクレキ?」と馴染みのない言葉に首を傾げるキエリを流し、俺は一人思案する。
「……だとして、なぜ一日早める必要があるんだろうな。別に明後日でも問題なさそうだが」
「おそらく、聖教会の口利きだと思います」
「その心は?」
「チーシャ・カリーファを見かけました」
……変な名前。
呑気にそんなことを考えたが、キエリの顔はやけに神妙だった。
「七席騎士議会の、第六席。所属は崇務騎士団です」
「第六席ってことは……下から二番目か」
「彼女自体は大したことありません。特異な魔法を使いますが、それだけです。
ただ、崇務騎士団は得体が知れないというか……奇妙な勝負強さがあります。目的はわかりませんが、チーシャがそこにいた以上、連中が何かを企んでいるのは間違いありません」
「狙われすぎだろ、俺……憂鬱になってきたんだけど」
うなだれるナカムラに対して、キエリは別のことを考えていた。
聖教会が、ナカムラの本質に気づいているとは考えにくい。
「気をつけろ。片方は再生だが、もう片方の能力はわからん」。
川辺で連中と対峙した時、彼らは確かにそう言っていた。
そもそも、これは自分でも確証のない話。
たとえあの崇務騎士団と言えど、そこまで小さな可能性を見越して、わざわざ多忙な席騎士を送り込むのは理屈にあわない。
「ひょっとすると、目的は別なのかもしれません」
「別?」
「あなたよりも、もっと大きい、別の標的が……」
そこまで言いかけて、キエリは動きを止めた。
――――
「放して……! 放してよ! 姉さん!」
「……」
樹木と一体になった家屋が立ち並ぶ、集落の中央。
我が家の近くまで来たところで、リーフェンは彼の姉、ソーンの手を乱暴に振り払った。
「……いつから、私にそんな真似をする子になったんだ?」
きっと睨みつけるリーフェンの目を見て、ソーンは素直な気持ちを口にしたつもりだった。
それが彼の神経をさらに逆撫でするとも、気付かず。
「子供扱い……! いい加減やめてよ。僕は姉さんの子供じゃないし、操り人形でもない!」
「リーフェン……」
「姉さん、昨日僕に言ったじゃんか! 村のみんなを説得して、ナカムラ……転生者を、なんとか逃がしてみせるって」
「…………」
「何が逃すだよ……! 村のみんなも、姉さんも、本当はナカムラを殺したくてたまらないのに」
昨夜の聖教会とのいざこざの後、リーフェンはソーンを夜通し説得した。
理由もなく命を奪うのは、自然の摂理に反した行為だ。そんなもので自然の均衡は守れやしない。それどころか乱してしまいかねない。
今のエルフは、間違っていると。
彼は確かにそう説明した。
そしてソーンが、彼と同じ気持ちだということを、確認したはずだった。
「リーフェン、私は……」
「姉さんは嘘つきだ!」
「ッ……! なぜわからない! お前は、優しい子だ……私だって、可能ならお前の優しさに答えたかった!」
「……」
「だが転生者は別。奴らを優しさで見逃すなど、エルフの誇りと伝統が許さない」
「……そんなの、何の価値もないじゃん」
「リーフェン!」
苦しむ人に寄ってたかって、「殺せ」「もっとやれ」と囃したてる。
今のリーフェンにとっては、それがエルフの全てだった。
「こんなの、野蛮だ……!」
「今はそうというだけだ。しかし誇りを失えば、私たちはエルフですらない!」
「だから兄さんを追い出したんだ。母さんを見殺しにした自分を、間違ってないって信じたいから」
「っ――!」
「姉さんなんて、信じるんじゃなかった! こんなことだったら、いっそあの時――」
――パシッ!
「…………」
「……あ」
視界の陰で何かが急速に動き、それがリーフェンの頬を横なぎに回転させた後。
ソーンは、ようやく自身の過ちに気づいた。
取りこぼしては二度と拾い上げられないものを、手のひらから地面へと、落下させた。
先に一線を越えたのは、確かにリーフェンだった。
しかしその後を決定づけたのは、他でもないソーンの逆上。
「すまない……」
その言葉が、どれほど無意味に響いたことか。
まるで初めから言ってすらなかったかのように、沈黙の静けさに吸い込まれて、跡形もなく消えてしまった。
「ソーンとリーフェン……何かあったのか?」
「大方、あの転生者でもめたのだろう」
「まったく……リーフェンもいい加減大人になれないのか」
ささやく声が、二人の間の軋轢を、広げていく。
「あいつも、転生者の仲間なんじゃないか?」
「ッ……!」
「やめろ!」とソーンが叫ぼうとした瞬間、時が止まった。
一瞬、心をざらりと撫でた、波動のような違和感。
エルフたち、ソーン……リーフェンですらも。
その場の全員が、今しがた察知した異常に、口をあんぐりと開くしかなかった。
――――
「もう……次暴れたら、本気で言いつけるからね、ローラー」
「ええ。暴れません。崇伐します」
また時は少し遡って、森を歩く聖教会の二人。
「そうじゃなくて、エルフのこと! 転生者はどれだけ殺してもいいけど、ソーンはエルフのお偉いさんなんだよ?
次あんなことやったら、エルフに協力してもらえなくなるじゃない」
「ええ、ええ。よくわかっています。私たちには果たす使命がありますから」
「違うってば。転生者を殺すついでに、勢い余って別の人を殺しちゃダメだよって私は……」
いっこうに話を聞かないローラーに、チーシャは頭痛をこらえながら辛抱強く言いなだめる。
一見会話が成立していないが、実はそれなりに会話になっている。付き合いの長さか、あるいはチーシャの性格か。彼女は比較的ローラーには親身な方の騎士だった。
「…………」
「そんなんだからローラーは不気味って……どうしたの?」
突然、ぴたりと立ち止まるローラー。
チーシャは蹴つまずきながら振り返り、表情のない彼の顔をじっと見つめた。
「おーい、ローラーくん〜。またおかしくなっちゃった?」
顔の前で手を振っても特に反応はない。
そもそも彼の目は糸で塞がっているので、それで反応を示すはずもないのだが。
「……気づきませんか、チーシャ」
「あ、やっと私の名前覚えてくれた……というか、気づくって何が?」
ローラーは呑気なチーシャを無視して、一歩前に踏み出す。
まさに勿怪の幸い。一石二鳥。
「箱庭ですよ」
「――ッ⁉︎」
最強の幻覚魔法、箱庭。
彼女の仲間に、それが得意な者がいるのは知っている。
「ふふ、ふふ。楽しく、楽しくなって、きました」
――――
ナカムラたち、エルフ、聖教会の三すくみ。
舞台は整った。後は荒らすだけ。念入りに組み立てた積み木の城を、突きとばして瓦解させる、爽快な瞬間。
「さあ……」
丘の上で、ゆらりと動く、黒い影。
しめて四つ。
「大戦争の始まりや」




