第一章16 『角を折ってやろうか』
「本当にすいませんでした」
「リーフェンにも謝れ」
「偉そうに……」
ムッとした表情で上げたキエリだったが、背後からとてつもない冷気を感じたのか、また頭を下げる。
「本当にすいませんでした」
まったく同じ口調。
こいつ、さてはちっとも反省してないな。大方、「まあ少しやり過ぎましたけど、あなたを思ってのことですから」とか考えてるんだろう。
「二度と余計な揉め事を起こすな。そして、私の弟にショッキングな物を見せるな。どちらか一つでも破ってみろ。貴様らまとめて串刺しにしてやる」
ソーンはぎっと歯ぎしりした後、そんな捨て台詞を吐いてその場を去る。リーフェンもついでに連行されていった。
彼が俺の胸元でわんわん泣いてる絵面を目撃されなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
まあ、とりあえず……
「あぐっ!」
一発殴る。グーはアレだったので、さすがにパーだが。
「ふざけんなよお前。リーフェンめちゃくちゃショック受けてたじゃねえか」
「……自分のことより、そちらが先ですか」
「うるせえ、どっちもだよ。受けた仕打ちがエグすぎるせいで、俺の語彙力が表現の限界迎えてんだ。たった一個の恨み言で片付けてたまるかよ」
「気持ちはわかりますが、何度も言ったように、あなたのためです」
「火の恐怖を薄めるためだろ? むしろ強まったからな」
「たったそれだけの理由で、あそこまで惨いことはしませんよ」
キエリはムカつくほど心外そうな顔で、サラリとそう口にする。
「あれは演出です」
「……演出?」
「あなたの再生能力をエルフたちに見せつける、それが目的でした」
ということは、人だかりができたのも予想の上か。
そんなこちらの考えを見透かしてか、「止められるどころか、歓声が上がったのは予想外でしたが」とキエリは付け加える。
「エルフは本来、争いを好まず、自然の中で静かに暮らす平和な種族です。だから『こいつを殺すのはかなり骨が折れるぞ』とアピールすれば、処刑を諦めてくれるかと……」
そして最後に、本当に聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で、「でもダメでした。ごめんなさい」と呟く。この謝罪はおそらく本心だ。
「ここのエルフは……何かがおかしい。あまりに好戦的で、野蛮すぎます」
「転生者がそれだけ憎まれてるってことじゃないのか?」
「憎しみや怒りは乱れた感情です。それは争いごとを生み、争いごとは自然を壊す……これは本にも書かれているぐらい、エルフ全体で共通する考えのはず」
例の残虐な仕打ちでも死なない俺を目にすれば、本来エルフは「さすがにこんな酷いことはできない」と尻込みするはずだった。しかし、結果は真逆。エルフ達はこぞって、自然を破壊するはずの悪感情に酔いしれた……それがキエリの予想外か。
俺にはよくわからないが、彼女やリーフェンの反応からして、それは相当異常なことらしい。牢屋にゴミ投げてくるやつのどこが平和だという感じだが……そういえば、キエリやリーフェンはそれを知らないんだったな。俺のいない場所では、案外エルフも温厚なのかもしれない。
「まあ、無理なもんは仕方ない。エルフのことはエルフに任せようぜ。ソーンとリーフェンはちゃんとしたエルフみたいだし」
とはいえ、それはそれ、これはこれだ。そもそも処刑が喉元にかかっている状況で、種族のあり方だのに構っている暇はない。俺は適当に結論をつけて、話を終わらせようとした。
しかし、なおもキエリの曇り顔は変わらない。
「……ソーンが、ちゃんとしたエルフ?」
「……? ああ。リーフェンから聞いたぞ、説教されてたって」
「説教なんて、されてません。一言、謝れ。それだけです」
口を「え」の形に広げる俺に、キエリは不快感を噛み殺すような、いつになく感情的な表情を浮かべる。
「私が話したのは、あなたを『どうすれば殺せるのか』。炎で何時間焼けば死ぬのか、矢を何本刺せば死ぬのか……そんな話、ばっかりでした」
悲しむリーフェンを納得させて、黙らせるために。本当は自分も「野蛮なエルフ」の一人であることを隠すために。どうやらソーンは嘘をついたらしい。彼女はもっぱら、俺を殺すことしか考えていなかった。
「卑怯な、大人です……!」
「…………」
キエリの思いは、俺でも少しわかる。
リーフェンはとにかく純粋なやつだ。きれいな心を持っている。それを汚い大人の思惑に利用されるのは、はたから見ても不愉快なことだった。
「もしかしたら、リーフェンは薄々それに気づいていたのかもしれません。あなたをやけに慕うのが妙でしたが、それなら納得できます」
「他に心を許せる相手が、いなかったんだな」
窮屈だっただろうな。俺は、思わずリーフェンに同情した。
「……どうして、彼らは道を踏み外したのでしょうか」
キエリはまた、悩ましげにそんな疑問を口にする。
「俺だったら、一時の気の迷いとかで流すところだが……やけにそこが気になるみたいだな」
「私は紅龍として、同じく伝統を重んじるエルフを尊敬しています。リーフェンは立派なエルフですが、意地でもあなたを殺そうとするソーン達は……私の知るエルフではない」
「意地……か」
エルフは、伝統的で厳格な種族だ。それは紅龍のキエリにも通ずるものがある。
「……歴史なのかもな」
「歴史?」
「前に言っただろ。生き延びてきた歴史が、俺をもっと生きたいと思わせたって。それは、ある意味で意地だ。『今まで生きるために頑張ったんだから、これからも頑張らないとダメだ!』っていうさ」
「転生者を憎んできた歴史を、大事にしていると?」
「違う。そうじゃない」
そういう意地は、自分で言うと悲しくなるが、そう長持ちするものじゃない。少なくとも、子々孫々と受け継がれる類のものとは違う。
もっと衝動的で、短絡的。
「……ミスト」
「え?」
「リーフェンの兄だ。昔……」
そこでふと止まる。これをキエリに話すと、言いふらしたことになるような気がした。
しかし、これは俺にも関係のある話だし、キエリの意見も聞きたい。だからひとまず、俺は心の中でリーフェンに謝罪して、話を続ける。
「ミストは、自分の父親を殺してここを追放されたんだ」
「それは……初耳です。知らない間に、ずいぶんリーフェンと仲良くなったみたいですね。そこまで込み入った話をする間柄だったなんて」
「本人からじゃなくて、サニとレインから聞いたんだけどな」
「ふーん。まあ、別になんでもいいですよ」
なんでちょっと棘のある言い方なんだよ。
「ともかく、それが関係してるんじゃないかな。自分の家族や、村の仲間を追放するなんて、大きな決断だろ?」
「その歴史が、彼らを意地にさせたと?」
「そういうことだ」
サニ曰く、あれからソーンは怖くなって、リーフェンの元気がなくなったらしい。原因として考えるには十分妥当だ。
「だとして、なぜミストは父親を……」
「それはわからん。聞いたら悪いと思って、話もすぐに終わらせたし」
思考はそこで行き詰まる。
話してはみたものの、やっぱり関係ない話だったかもしれない。結局俺は大ピンチのまま。事態は何も解決に進んでない。
「参ったな。これだけ話して、だからなんだって結論になりそうだ」
「結局、処刑を中止することはできなかったし、むしろ一日早まってしまいましたからね……」
「うーん……」
「あ、今日のパンです。どうぞ」
キエリが胸元のあたりから巨大なパンを取り出し、俺に差し出す。最初は一口分しかくれなかったのに、最近はまるごと一塊も持ってきてくれる。
キエリもデレるのだろうか。あるいは、何か企んでいるのかもしれないが。
「ありがとう。助かるよ」
とはいえ腹は減っていたので、パンを受け取る。
外を見ると、ちょうど森が焼けるようなオレンジ色から、静けさのある濃紺色へと変わっていく途中だった。
そろそろ夕飯時か。普段ならエルフがちょっかいをかけにくる時間帯だが、今日はキエリもいるし、大丈夫だろう。
残り時間は、あとどれくらいだろうか。三十五時間は切ったかな。あ、でもそうか一日……
一日、早まって……
「は?」
「困りましたねえ……」
「おい待て、ボケナスハレンチ角女」
こそこそと牢屋の隅に逃げようとするキエリの角を、後ろから掴む。ジュッと手が焦げる音がしたが、そんなことはどうでもいい。
「一日早まったって、どういうことだ」
「つ、角は龍の誇りなんですよ! 放してください!」
「うるせえ。このままへし折ってやろうか」
体を捻って抵抗するキエリの頭を、今度は左手で掴む。
「あるいは、このまま頭蓋を粉砕してやってもいい。今ならできそうな気がする」
「いたたた! ごめんなさいごめんなさい!」
「ごめんなさいじゃねえよ! な、えっ……えぇ⁉︎ 何がどうしてそうなった⁉︎」
先行した怒りに続く形で、遅れてやってきた驚きに混乱する。牢屋はまさにパニック状態だ。
「うぅ……角折らないでぇ」
「泣くな! こっちだってメチャクチャ泣きてえんだぞ!」
「せ、説明しますから……ぐすっ、説明しますからぁ!」
「……わかった。正直に言ってくれたし、いったん我慢してやる」
ぱっと手を放すと、キエリは地面に力なく崩れ落ちる。凄まじい効き目だ。よほど角が大事らしい。
もし本気でキエリに腹が立つことがあったら、今度からは角を攻撃しよう。……そんな日が来ないことを祈るばかりだが。
「うぇぇ……怖かったぁ」
「ほら、涙拭けよ」
こちらの手渡した葉っぱを無視して、キエリは俺のTシャツの裾で涙を拭く。
「……お前、ほんとに反省してるか?」
「してます。本当です」
「…………」
「本当です」
「わかったって」
処刑までなんと、あと十時間。




