第一章15 『アホな修行』
「ナカムラ、その……えっと」
「リーフェンに代わって言いますが、正直、シチューの魔法はやめた方がいいと思います。弱そうなので」
「そこじゃねえよ。ほら、これ」
俺はポケットからジッポーライターを取り出し、二人に見せる。
「これ……『火』だよな?」
「……そうなの?」
「そうみたいですけど、それが何か?」
「お母さんが作ったシチューみたいなのがアリだったら、『俺のお気に入りのジッポーライターの火』とかもアリなんじゃないかなって」
二人は一瞬動きを止めて考える。表情からして、リーフェンは目から鱗という感じ。一方のキエリはまだ懐疑的な様子だった。
「あー……なるほどねえ。確かに」
「ですが、そのライターにナカムラは愛着を感じるんですか?」
「自分の物じゃないのに?」と言いたげなキエリの質問に、俺は少し返答に困る。
「消去法だよ。この世界は俺にしたら馴染みのないモノばっかだし……その中では、割とマシなやつかなって」
「いいんじゃない? 火だったら、ナカムラの能力にもあってるしね」
「……俺の能力?」
リーフェンの方を見ると、彼はなぜか「うわっ、余計なこと言っちゃった」みたいな顔をしていた。そして首をブンブン横に振り、「ゴメンゴメン! やっぱ今の忘れて!」と無言で伝える。
続けて、キエリの方を見る。
彼女も意味がわからなかったらしく、こちらと同時に首を傾げた。
しかし、その動きが突如止まる。
「…………」
「いや、待てよ」という表情。
やがて口角を、凄まじく悪辣な角度に歪ませ、こちらを見る。「ああ、いいこと思いつきました」「とんでもなく酷い目に合わせてやる」「ざまみろ、バーカ」。そんな思惑が、闇鍋みたくごった煮になった……表情で。
――――
「あああああああああ゙あ゙ッッッ!!!」
悲鳴、咽び泣く声、笑い声。
まるで、あの収容所の意趣返しかのように、俺の悲鳴が、リーフェンの泣き声が、キエリの笑い声が……牢屋に響き渡る。
「ゔぇぇぇ! もうやめてぇ! やめたげでぇ!」
「はっはっは。何言ってるんですか、これをあと五時間はやりますよ」
「ごじっ……⁉︎ あ、し……」
「ナカムラーーッ!」
「死ぬ」を途中で言いかけて、俺はバタリと膝をついて崩れ落ちる。
「ごめんなさいぃ! 僕が、余計なコト気づかなきゃ……!」
「起きなさい」
背中からジュッという音がして、同時に激痛が走った。
「グァァァァッッッ――!」
「ナカムラァァァッ!」
気絶、激痛、気絶、激痛、気絶、激痛。
もう何度繰り返したかわからない。気が狂いそうだった。
「こ、こんなの間違ってるよ、キエリ!」
「どきなさいリーフェン。私は紅龍……じゃなくて、ナカムラのためを思ってやっているのです!」
「本心がダダ漏れじゃんかぁ!」
「うるさい。ガオーッ!」
キエリの鳴き声。俺の脳天に、致死性の熱が降りかかる。
脳が溶け、髪が燃えて、頭が割れる。修復したはずの目が、眼孔の奥底から焼け爛れていくような……悍ましい感覚。ここまで来ると、もはや痛みではなかった。
言うなれば、程度が酷すぎる違和感。
そしてまた、俺の意識は消失した。
――――
この間に、なにがあったのか説明しておこう。
魔法はモノへの思い入れや愛情が大事……という、リーフェンの話は覚えているだろうか。魔法は言わばモノへの「お願い」。そのお願いは、愛情が強ければ強いほど、より強力な内容へと進化していく。
要するに、魔法はモノに対するプラスの感情がすごく重要なんだ。
そういう意味で、俺が選んだ「火」の魔法には、一つ大きな欠点があった。
……もう、察しのついた人もいるかもしれない。
火魔法の欠点は、「火への本能的恐怖」。
熱、火傷、痛みに対する「恐れ」は、火への愛着に悪感情として紛れ込んでしまう。そして、それが大きく魔法を弱体化させてしまう……らしい。
そこで、リーフェンが思いついたものの、口にはしなかった方法。
しかしキエリが後から気づき、悪魔のような判断力で実行に移した方法。
そして俺を今、悶え苦しませ、三途の川を反復横跳びさせている方法。
すなわち、「火傷しまくって、火に慣れてしまう」という方法だ。
キエリいわく、「火炎魔導師に二つの徴あり。紅龍の玉璽と火傷跡」というのは、有名な慣用句らしい。
火炎魔導師はいずれも、炎や熱を司る紅龍を崇拝し、そして炎への恐怖を薄れさせるため、必ず火傷をしている。そんな意味だ。
しかし俺の能力は再生。どれだけ火傷しても死なない。リーフェンが「能力と相性がいい」と言ったのは、つまりそういうことだ。ほぼ不死身の俺は火への恐怖など、なんぼでも薄れさせることができるのだ。
なんという儲けモン。ビリケンさんもビックリや。
……なワケあるか、アホが。
――――
「つか、なんだそのキャラ……」
「あっ、ナカムラ!」
目を覚ますと同時、リーフェンががばっとこちらに抱きつく。外を見ると、夕暮れ時になっていた。もうそんなに時間が経ったのか。
あの鬼……キエリの姿はない。
「よかったあ……! 死んじゃったら、どうしようって、僕……!」
「気持ちは嬉しいけど、離れてくれリーフェン。顔がまだピリピリしてるんだ」
あと、なんか変な気分になる。
男に膝枕されて、抱きつかれて、ちょっと喜んでる自分がいる。
「う、ご、ごめんなさい……」
「いいよ。別に恨んでないから。あのボケナスは一回殴るけど」
「う、うん……それぐらいはやっても、許されると思う」
しかしまったく、酷い目にあった。
あまりに最悪の記憶過ぎて、心の防御機構が速攻で「忘却」のゴミ箱に放り込むレベルだ。もう、何があったのかも殆ど覚えてない。
とにかく死ぬほど痛かった。これでは恐怖が薄れたどころか、むしろ増したように思える。
「キエリは?」
「えっと……人だかりができ始めた辺りは覚えてる?」
「そんなことなってたのかよ」
「うん……酷かったよ。ナカムラが苦しんでるのに、みんな笑って、もっとやれって……」
なるほど。俺の悲鳴を聞きつけて、まるで見せ物小屋を見物するかのように、エルフどもが集まってきたわけか。
転生者なんかより、この世界の人間の方がはるかに悪辣だな。
「それで、キエリもちょっと目を覚ましたんだ。でも止めようとした頃には、もっと大きな騒ぎになってて……」
「……それで?」
「最終的に、姉さんが止めた。何人か魔法でふっ飛ばして」
やっぱすげえな、ソーン。
「キエリは姉さんに連れてかれて、今は説教されてるはず」
「説教……?」
龍に説教するソーンはやっぱすげえが、なぜそんなことをするのかは不可解だ。別に彼女たちに不利益はないはずだが。
「当たり前だよ。あんな酷いことしたんだもん」
「向こうからしたら、処刑の日程が早まって万々歳って感じだろ」
「僕たちはそこまで野蛮じゃないよ! 聖教会みたいに、拷問なんてしない……みんなわかってくれないけど」
こちらの返しがよほど心外だったのか、リーフェンは顔を赤らめて、らしくないほどの大声をあげた。
俺が悶え、苦しむ姿を、囲んで笑うダークエルフたち。そんな光景は、彼にとっても凄まじくショッキングな物だったらしい。
「僕たちは、もっと柔軟な考え方ができる種族だった……はずなんだ。
でも、いつのまにか転生者が悪いとか、人間が悪いとか、決まりごとの方が先になっちゃって……一番大事な自然のことなんて、すっかり忘れちゃったんだ……!」
リーフェンの目には涙がたまっていた。
彼の純粋な心は、共に育ってきた隣近所の仲間たちの、非道な一面を受け止めきれなかった。
「エルフは頭でっかち」などと言って、自分の父親を殺したミスト。
そんな頭でっかちの典型例であり、頑として転生者を許さないソーン。
そんな両極端の兄姉を持ったリーフェンは、いったいどのような葛藤を抱えているのか。
俺にはとても、想像がつかない。
「……俺は、この世界のこと、何も知らないけどさ。お前がいいやつだってことはわかるよ」
「ぅ……」
「サニも、レインも、ちょっと変わってるけど、いい子たちだ。みんなきっと、昔はそうだったんだよな」
リーフェンのつむじを眺めながら、ぽつりとそう呟く。
「本当はみんな、いいやつなんだ。わかってるよ、リーフェン」
「うわあぁ」と声をあげるリーフェンを、俺は不思議なほど無感情に眺めていた。
よくわからない心境だ。もっぱら頭にあったのは、「服、臭くないかな」とかいう心配。
素直な気持ちを伝えたつもりだった。でも、心のどこかで、俺は優しい嘘をついたのかもしれない。
少しだけ、そんな自分が嫌になった。
処刑まで、残り、三十時間




