第一章14 『魔法(なんか思ってたのと違う)』
そして、話はナカムラへと戻る。
「…………」
あの後、何か揉めているような声が聞こえて、リーフェンは慌てて外へ飛び出していった。どうやら聖教会とエルフでいざこざがあったらしい。
残されたキエリと俺は、一瞬どうしようかと考えた後、ひとまず「明日に備えて寝る」ということで合意した。
残り三日の少ない時間を睡眠で浪費するのはもったいなく感じたが……しかたない。キエリ曰く、俺の稽古にはリーフェンがどうしても必要らしい。「力を与えましょう」などと大見得切っておきながら、結局は他人頼りだ。やっぱキエリはキエリだな。
そして……今や、残り二日。今日寝て、もう一度寝て、次に起きたら死ぬ。
凄まじいプレッシャーだ。
「よ、ナカムラ」
「よー」
「……おはよう、サニとレイン」
格子をこつこつ叩く音が聞こえ、俺はそちらに顔を向ける。
「二人とも、今日もそっくりだな」
「サニはレインに似てるからね」
「違うよ。レインがサニに似てるんだよ」
相変わらず子供はのんびりしていて羨ましい。彼らに今後、俺と同じような危機が訪れないことを祈るばかりだ。
「ねえ、ナカムラ……死んじゃうってほんと?」
いや、違った。
どうやら、ソーンとの会話を盗み聞きしてたらしい。彼らはいつになく落ち込んだ様子で、こちらを不安そうに見上げる。
「ソーンねぇのいじわる……ナカムラ、すっごくいいやつなのに」
「サニたち、まだナカムラと中当てしてない」
「……ありがとな、二人とも。中当ては絶対やりたくないけど、気持ちは嬉しいよ」
「ねえ、何かできることある?」
「サニたち、なんでもするよ」
「じゃあ、リーフェン探してきてくれないか? それとキエリも。少し話したいことがあるからさ」
「お安いご用!」
「がってんだ!」
どこで覚えてきたんだ、そんな言葉。さすがにそれを教えた記憶はない。
風のように走り去った双子を見送り、さて一息つくかと腰を下ろした瞬間
「連れてきたよ!」
サニが戻ってくる。速すぎだろ。
「……」
彼の右手には、首根っこを掴まれ不服げに腕を組むキエリ。彼女の外套は泥だらけになっていた。
まさか、引きずって連れてきたのだろうか。
「もう少し優しく、サニ」
「うい」
「あとお前も子供の力に負けるな、キエリ」
「負けてません。不意を打たれただけです」
なぜかこちらをギトと睨み、そんな負け惜しみを漏らす。なんて小さいやつなんだ。
「ナカムラー!」
そして続け様に、レインの声と、リーフェンの悲鳴。
「おっと」
「あぐっ!」
縄でぐるぐる巻きにされたリーフェンが、格子の前を右から左へ滑り、外のドア枠に激突する。
「落としちゃった」
「もう。レインってば、うっかり屋さん」
「まあ、リーフェンだからいっか」
「そだね」
「うぅ……僕、お兄ちゃんなのに……」
ほんと、何を食ったらここまで破天荒に育つのだろうか。いよいよ真剣に親の顔が見てみたい。
「おーい大丈夫かー、リーフェンー?」
「ダメですね。死んでます」
「勝手に殺さないで!」
そんなやり取りの後、サニとレインを見送った俺たちは、いよいよ本題に入ることにした。
時間の影響か、共闘、あるいは共犯関係によるものか。知らず知らずのうちに、二人に気を許し始めている自分がいた。おそらく、それはキエリとリーフェンにとっても同じことだろう。
キエリとは相変わらず仲が悪いし、リーフェンは元からお人好しなので、決して親密とまではいかないが……こんな、敵だらけの世界では救われる。
残り二日。時間にすれば四十時間ちょっとの死へのカウントダウンが、俺をどうしようもなくセンチメンタルにさせていた。
――――
「あなたには、魔法を覚えてもらいます」
「魔法……魔法」
キエリの口から飛び出た最上級にワクワクするワードを、俺は思わずオウム返しした。存在自体はやんわり聞いていたが、具体的にそれが何かはよく知らなかった。
「あ、それで僕を呼んだんだね」
鼻声のリーフェンがキエリの方を見る。さっきの激突で、鼻血が出たらしい。
「ええ。私は龍なので魔法は使いませんが、エルフのあなたなら、難なく使えるでしょう?」
「使えるよ。まあ、姉さんほど才能はないけど……」
「ていうかそもそもの話、魔法って俺でも使えるのか? 元いた世界に魔法なんてなかったが」
「ああ、それは大丈夫」
リーフェンが立ち上がり、昨日使った枝を手に取る。そしてなぜかキエリは俺の隣に正座する。
それぞれ先生モード、生徒モードに入ったようだ。
「魔法を使うっていうこと自体は、実はすごく簡単なんだ。やろうと思えば今すぐにでもできるよ」
「え、じゃあ……」
「ただし。初めて魔法を使うなら、慎重にしなきゃダメ」
「ふむふむ」
キエリはいつの間にか取り出した日記帳に、熱心にメモをとり始める。「純粋な知識欲です」。それを見つめる俺に、彼女はムッとした様子でそう答えた。
「僕たちの魔法は、『モノ』を使うんだ」
「……物?」
「そう。一口にモノって言っても捉え方次第なんだけど……とにかく初めは、『どんなモノで魔法を使うか』を決めなきゃいけない」
「初夜原則ですね。魔法に使えるモノは一人一つだけという、世界のルールです」
「そう。キエリくん正解」
「ふふん」
興が乗ってきたのか、二人は謎のノリを始める。
初夜て……えらい卑猥な名付けだな。的確っちゃ的確だけど。
「ちなみに、僕が使えるのは木の魔法。姉さんは土の魔法だよ」
「シンプルながら、応用の幅があって、強力な魔法ですね。エルフは自然のものを魔法に使いがちなので、強力な魔術師になることが多いです」
「自然のものを魔法に使うと、強い魔法になるのか?」
「どこにでもあるし、見慣れたモノだからね。いざ魔法を使いたいって時でも『あれ⁉︎ モノがなくて魔法が使えないや!』なんてことにならないんだ〜……ははは」
どうやら、一度経験済みらしい。あまり掘り下げないでやろう。
「じゃあ、俺はとにかく、その魔法で使うモノとやらを決める必要があるんだな」
「そうだね。本当になんでもいいよ。ナカムラが『モノだ』って思うのなら、なんでも」
「中には、自分の妄想をモノとして魔法に使う人間もいるぐらいですからね」
「本当になんでもアリなんだな……おすすめは?」
「うーん……愛着のある、自分の好きなモノが一番かなあ」
好きなもの……ゲーミングPC、アニメ、エナドリ。
この世に無いものばっかりだな。
「実際に使えばわかるんだけど、魔法ってすっっごい気持ちの問題なんだ。想いの強さって、言うのかな……とにかく『やるぞー!』とか、『こうなってくれー!』みたいな想いが強いほど、魔法も強くなるの」
「……ほう」
「支離滅裂に聞こえるかもしれませんが、わりと的確な表現です」
キエリが横からこっそり耳打ちする。
今の話を聞いた俺の脳内では、筋金入りのオタクが、愛用の抱き枕を最強の魔法少女へと変えていた。
……こんなことしか思い浮かばなくて残念だが、割と的を得た発想な気もする。
「モノに何かをお願いして、それを叶えてもらう……っていうのが、魔法のイメージに近いかも」
「恋人みたいなものか。愛が強ければ強いほど、向こうもそれに応えてくれる……みたいな。ちょっとロマンチックな表現だけど」
「そうそう! それ、まさに姉さんが言ってたことだよ。凄いねナカムラくん。10ポイント!」
そのポイントが何の役に立つのかはわからないが、褒められたことは素直に嬉しい。
「でも、結局なにを使うかって話になると……難しいな」
「気に入らなければ、後から変えることもできますよ」
「その代わり、モノからの信頼がなくなって、ちょっと弱体化しちゃうんだけどね」
「それは……嫌だな」
いろいろ考えたが、俺が思いつくモノは大体この世界に存在しなかった。なので、リーフェンのように、自然のモノを使うのがベストかもしれない。例えば風とか水とかは、俺の元いた世界にも存在したし、馴染み深いものだ。
しかし問題は……愛着だ。一口に風や水と言っても、それは異世界のもので、元の世界のものじゃない。異世界にいい印象がない俺にとって、それを好きになるっていうのは、少し難しいことだ。
「…………」
「……悩んでますね」
「まあ、そりゃ悩むよね。僕もかなり悩んだ」
「じれったい……ひとまずこれと決めて、後から解釈を捻じ曲げればいいんですよ」
「あー……なるほどね? 例えば最初は『シチュー』の魔法だったけど、後から『自分が好きなのはシチューじゃなくて、お母さんが作ったシチューだったんだ』って気づいて……みたいな」
「なんですかそれ。意味わかりません」
「えぇ……僕って説明ヘタなのかな」
自分が好きだったのは、お母さんが作ったシチュー……なるほど。
「それだ、リーフェン。ナイスアイデアだったぜ」
「……え?」
時間はもうすぐ、残り三十五時間を切ろうとしていた。




