第一章13 『ローラー・ペグ・ロイギラファ』
「こんな夜更けに、こんな辺鄙な村まで、わざわざ足労だったな」
来客用のツリーハウス。伝統的なエルフの住居に入り、件の客人二人を見るなり、ソーンはそんな言葉をかけた。
これは要するに「いったい何時だと思ってるんだ。貴様らは暇なのか?」という嫌味たっぷりの台詞。
転生者の次は、聖教会か。
ソーンは内心でうんざりしていた。
全ての異世界人が聖教会を快く思っているわけではない。ソーンもまた、その一人だった。彼女はエルフ族として転生者を憎む一方で、聖教会の「崇伐」が、それっぽい言葉で濁しただけの虐殺であることに気づいていた。
ソーンの言葉を受けて、一人の騎士が胸に手を当てて立ち上がる。若い人間の女で、聖教会の騎士にしては、あまり血生臭さを感じない。
「私たちも非常識な刻限なのは承知しております。しかし、なにぶん緊急のこと。何卒ご理解頂ければと存じます」
まるで型にはめたかのような敬語だが、口調には相応の気持ちがこめられている。礼儀正しさは感じるものの、無闇に好感を稼ごうとしているようで、小賢しい。
「私はチーシャ・カリーファ。あなたは、ソーン……村長、でしょうか?」
「我々エルフに「長」のような上下関係は存在しない。村民代表とでも解釈してくれ。呼び方はソーンでいい」
「かしこまりました、ソーン。どうにもエルフの文化は複雑で……お気を悪くしたのなら、申し訳ありません」
「構わない。もともとこういう顔立ちだ」
ソーンは払いのけるようにそう言って、ため息混じりに椅子に手をかける。社交辞令は苦手だが、村を代表する以上、形程度の礼儀はわきまえる必要がある。
2、3メートル四方ほどの狭苦しい室内には、照明とテーブル一式が雑に置かれているのみであり、花の鉢植えなどといったエルフらしい装飾は一つもない。木造の屋根壁は所々穴があいていて、夜風が部屋の中を通り抜けていた。
席につくと、テーブルの埃がブワリと舞い上がる。
「あ、あはは……素敵な部屋ですね」
「エルフは閉鎖的な種族でな。客人を迎える部屋と言っても、こんな質素な小屋か、牢屋ぐらいしかないのだ。許してくれ」
「お気になさらず。牢屋に入れられないだけでも、私たちとしては十分ですから」
チーシャは釘に打たれたようにまっすぐ椅子に座り、柔和な微笑みを浮かべる。
仕草からそこはかとなく漂う品格。人間の国の、貴族とやらの令嬢だろうか。なんにせよ社交辞令はお得意らしい。
彼女の隣には、同じ白銀の鎧を着た、一人の少年が座っていた。
彼はここに来てから一言も声を発しておらず、時おり挙動不審げに首を振っては、机の木目を食い入るように見つめていた。しかしその目は出来の悪い人形みたく縫い合わされていて、とても何かが見えるようには思えない。
「では、改めて正式な自己紹介を。私はチーシャ・カリーファ。七席騎士議会の第六席を担当しています」
ソーンの注意をローラーから引き離すためだろうか。チーシャが咳払いと共に話し始める。
「所属は崇務騎士団。雑務や事務処理ばかりが仕事のパッとしない騎士団ですが……どうぞ、以後お見知りおきを」
彼女が背負う逆十字の紋章には、三日月のシンボル。
なるほど、どうりで手慣れているわけだ。崇務騎士団は組織運営だけにとどまらず、情報収集や外交なども担当していると聞く。大方、隣の席騎士では話にならないからと、こんな夜更けに駆り出されたのだろう。
「そして彼は、ローラー・ペグ・ロイギラファ。若くして崇密騎士団を一人でまとめ上げる、期待の新星です」
こちらはチーシャと違って、新月のシンボル。
「一人で……それは、非凡なことだな」
なんとも惨たらしい話だ。聖教会の闇にあたる崇密騎士団が、こんな年端もいかない少年たった一人に任されてるなんて。
と、ソーンは内心で辟易した。人間社会の組織構造は格差的で、不自由で、無機質だ。聞けば聞くほど嫌になる。
「ローラー、ご挨拶はできますか?」
「…………」
「ま、まあ。今は少し怪我の影響でボーッとしてますが……お気になさらず」
「こちらこそ、聖教会の席騎士に出会えて光栄に思う。 さて、このまま雑談に興じたい気持ちもあるが、こんな時間だ。貴殿らの長くはない睡眠時間を削るのは、私としても心苦しい」
ソーンは二人の自己紹介をひときしり聞き流し、「御託はいいから、とっとと要件を言え」をオブラートに包む。
この快くない時間を、さっさと終わらせたかった。
「では、単刀直入に。あなた方が保護している転生者を、こちらに引き渡して頂きたい」
やはりか。
咳払いと同時、チーシャから繰り出された要件に、ソーンは予定調和じみた何かを感じた。
「収容所を脱走し、崇密の騎士を五人も救護班送りにした危険な転生者です。私たちは人類の盾。彼を見逃すことはできません。対価……というより、協力のお礼として、私どもからは金貨三十枚を……」
「お断りだ」
相手が全てを言い切る前に、ソーンは「聞く価値すらない」とばかりに提案を一蹴する。金でこちらを黙らせようとする魂胆が、いかにも強欲な人間らしい。
「奴は我々で処分する。貴殿らの手には及ばないので、安心して自分の仕事に戻るといい」
「ですが、そういう訳にもいかなくてですね……」
「我々エルフは信用に足らないと?」
「い、いえ……そんなつもりでは」
チーシャは胃痛に悶えるような表情で、必死に首を振った。自分だって筋が通らないのは理解しているが、上が「やれ」と命令した以上、彼女もそれに従う他なかった。
「しかし、聖教会とエルフの間には約定があるはずです。あなたには、私たちの崇伐に協力する義務がある」
「ほう。ならば我らが転生者を処罰するのは、その崇伐に値しないと」
「いえ、そうではなく……」
「貴殿らは一度、余計な介入で我らの森を黒焦げにしたはずだが、それを忘れたわけではあるまい?」
チーシャの口から「う」という小さな悲鳴が漏れる。
下から二番目とはいえ、彼女も聖教会の席騎士だ。いくつもの死線をくぐってきたし、数々の勝利を収めてきた。
それは例え舌戦であっても同じこと。移動中に膨大な条文を読みこみ、十分な理論武装と、それなりの勝ち筋を用意してこの場に挑んだはずだった。
しかし、上には上がいる。
「我々はすでに一度目を瞑ったはずだ。これ以上を要求するなど、あまりに図々しい」
ソーンは、ダークエルフのみならず、エルフ全体でも傑出した能力の持ち主だった。
判断力、知性、リーダーシップ……内面的な部分もさることながら、魔術においても、世界で五本指に入るほどの実力者。
彼女に死角は、一切存在しない。
「し、しかし……」
「処刑の場に同席することは特別に許可してやろう。しかし介入は一切許さん」
たった数度のやりとりで、チーシャの勝ち筋は見るも無惨に寸断されてしまった。
話をややこしくして議論を先送りにする考えもあった。しかし、ここまで結論が出てしまっては、もはや為す術もない。
「ここが引き際というやつだぞ、小娘」
完膚なきまでの、大敗北。
「……はい。そのようです」
力無く立ち上がり、「失礼します」とチーシャが言いかけた、
その時だった。
「ぐだぐだ、ぐだぐだ……長い話し合いは終わりましたか?」
「くっ、貴様……!」
ローラーがいない。
そう気づいた頃には、既に遅かった。
釘がソーンの喉笛をとらえ、彼女はそれを杖で受ける。
鍔迫り合い。
「ダメですローラー! やめなさい!」
その声は届かない。
――ドゴォン!
爆裂音と共に、二人もろとも外へ弾け飛ぶ。
そして同時に着地。
チーシャも慌ててそれを追いかけた。
「我らは崇伐の先鋒……あなたが手を汚す必要は、ありません。ありません」
「また一つ、目を瞑ることが増えた」
ローラーが前のめりになったのを察知し、ソーンは魔法を唱える。そして地面から丘のように巨大な土塊を、一気に十数本ほど出現させた。
それらは彼を取り囲むように突き出た後、埋めるように内側へと崩れ落ちていく。
しかしローラーは速い。落下する土くれを振り払い、その隙間を縫う。
彼が目指す先は一点。ソーンのいた場所。
「哀れな、狂信者だ」
ゴッ!と大きな音。
ローラーが地面に叩きつけられる。
土塊は姿を消すための目眩し。ソーンはその隙に気配を消し、彼の側面へと移動していた。
「気狂いも大概にしろ。それで少し目を覚ますといい」
「ええ。ええ。私の目は醒めています」
「っ⁉︎」
突如、ソーンの体が「く」の字に曲がる。
どこからともなく現れた四本指の手が彼女の体を掴み、土塊に打ちつけたのだ。
こんな魔法は見たことがない。
流石のソーンも、これには大きく狼狽した。
「夜明けの腕……創世のアウロラ。美しい、美しい姿ですね」
いや、噂程度に聞いたことがある。
ローラーの魔法は、「聖典」に書かれた神を具象化する。
「至高の四体」の、その一つ……
「さあ」
釘がまた、ソーンの喉笛で停止する。
今度は先ほどとは違う。彼はいつでも彼女の命を奪えた。
「私に、崇伐させてください。彼にまた会いたい。一眼見たい。そして殺したい。彼の血を浴びたい」
「ほざけッ……!」
ソーンが杖に手を伸ばし、ローラーが釘を振り上げた。どちらが速いかは、もはや言うまでもない。
「止まれッ! ローラー・ペグ・ロイギラファ!」
そこを割って入る、少女の声。
チーシャ・カリーファ。「名前」の魔法。
「そこを動くな。ローラー・ペグ・ロイギラファ。
釘から手を放せ。ローラー・ペグ・ロイギラファ。
彼女を解放しろ。ローラー・ペグ・ロイギラファ」
チーシャが名前を呼ぶたびに、ローラーは「ぐ、ぐ」と呻き声を上げて、油の切れた機械のように指示を実行する。
ローラーを止められる人間はそう多くない。チーシャは内心で、「自分が呼ばれたのはこのためか」とうんざりした。
「何があった⁉︎」
「あれは、聖教会……!」
騒ぎを察知したエルフたちが、いつのまにか集結し、三人を取り囲んでいた。
「ソーン、大丈夫か?」
「ああ。皆にも問題ないと告げてくれ。ちょっとしたじゃれ合いだ」
事を荒立てないためそう言ったが、内心、彼女は少しばかり驚愕していた。
ここまで追い込まれたのは久しぶりだ。不意を打たれたとはいえ、チーシャの援護がなければ、自分は確実に死んでいた。
しかしこんな怪物たちを、片や事務仕事、片や汚れ仕事で持て余している。聖教会の戦力は、それほどまでに莫大だということか。
「あの……ソーン」
「今日は帰れ。今なら、安全に夜道を通れる」
「う……す、すみません。では、また明日に、お伺いします」
聖教会の最強戦力、ラメド・エメリヒ・シャンロッテ。
逆十字を背負い、煌々と輝く人類最強の姿を思い浮かべる。
ソーンは久方ぶりに、らしくないほどゾッとした。




