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「魔女との契約」

9章「魔女との契約」 


 家の玄関のカギを開けて中に入ると、顔を絵具でぐちゃぐちゃにした妹がとてとてと走ってきて俺を出迎えた。

 その顔は兵士がよくするフェイスペイントのようで思わず吹き出しそうになったが、その目は利発で賢そうで、同じ遺伝子で産まれたのかと疑いたくなるほど綺麗で可愛かった。

 妹は俺の右手に持っていた紙をジッと見ていた。

 俺の手には80点のテストの答案用紙が握られており、それはこの小学校で一番できたテストの答案用紙であった。

「おかあさん、おとうさんお兄ちゃん帰ってきたよ~」

 と妹は奥へ走っていき両親を呼ぶ。

 呼び止めようかと思ったが、ちょうどいいやと思い靴を脱いで、妹を追いかける。

 リビングに入ると妹の油絵が、置かれており、先生と呼ばれて大層えらそうにしていた年寄りが妹をしきりに褒め称えていた。

 俺が帰ると、父と母がまるでそこにいたのかと今気づいたかのように「あら」と一言言った。

 それだけで、終わるのが嫌なのでテストの用紙をテーブルに置いた。

 父親はそれを一瞥すると「なんたこれは、もっとがんばれ。妹はコンクールでまた入賞だぞ」と油絵を指さしながら言う。

 これまでついぞ褒められたことがなかった俺にとってそれは衝撃的であった。

 テストをびりびりに引き裂き、客がいるまで妹の絵をぶち壊すと、後ろから聞こえる父親の怒声を無視して家を飛び出した。

 逃げる自分はどこへ行けばいいのか。

 それは決まって静香ちゃんのとこであった。

 一個上の姉のようで、すべてを肯定し受け入れてくれるその存在こそが、自分にとっての安息地だったのだ。

「守、どうしたの?泣いている」

 と静香ちゃんは慰めてくれる。いつだって。どこにいたって。きっとこれからも・・・。


 そう・・・。夢の中でさえも・・・。

 でも、これまで己を慰めて安息地だとおもえていたのは本当の意味で、あの幼いころだけだった・・・。


    *



 血を流し続け失神したのだろうか。目が覚めた俺は意識が意外としっかりしたものであったのでまずそこに驚いていた。

 次に自分の体がすぐそこに横たわっているのを、視界の悪い目線で確認した。

「!?」

 身体をまさぐる。手の感触がおかしい。

 固い。そうだこれはよく着ていた甲冑の鉄の感覚だ。

 自分はあの「ドゥベルクの鎧」とか呼ばれていた鎧の中にいたのだ。

 びっくりして兜を脱ぎ、籠手を外して自分の手をみた。

 包帯をぐるぐるにしたミイラのような手があった。

「なんだよ・・・これ・・・」

 横たわる自分の死体に手を伸ばす。

 ゆすってみたり触ってみたりしたが、うんともすんとも言わない。自分の顔を見る。目をとじ横たわっているそれは、自分ではない気がした。

 この肉体はなんなのだろうか。

 俺の身にいったい何が起きたのだろうか。

「はぁ・・・はぁ・・・」 

 息は荒くなる。鼓動は高鳴り、落ち着かせようと息を吸い込むもむせて、吐き気が逆にこみ上げてきた。

 部屋の奥からズルズルと物音がする。“かつて俺だったもの”の手に握られているマスケット銃を手に取った。

 が、さっきのように火薬をいれずとも発射するわけでもなくどこにも弾がない。

 慌ててマスケット銃を捨てて、腰についていた剣を抜いた。

 剣を握りしめるとミイラのような手なのに力が溢れてくる。

 自分の身体ではないはずなのに違和感がなかった。

 鎧は軽いがしかしもろい素材ではない。いや、きっとなん十キロとするだろう。だがあまりにも軽く感じる。まるで肉体の枷から解放されたかのようだ。この鎧でなん十キロも走れる。そんな自信があった。

 この鎧はいったいなんなのだ・・・?いくつもの疑問が湧いていた。答えが欲しい。

 そこへ先ほど出会った殺虫スプレーを持った男が悲鳴をあげて中に入ってきた。

 殺虫スプレーとは逆の手には拳銃が握られている。

 思わず俺は身構えた。

 男は狼狽しながら

「お、俺は違うぞ!俺は・・・そうだ!俺は裏切っちゃいない!俺は裏切っちゃいないぞ!俺は従っただけなんだ!仕方がなかったんだよ、ヒヒヒヒッヒ―――――――――!」

 と、笑い声とも悲鳴ともとれる高い声を上げて走り去っていった。

「ちょ!待てよ!」

 甲高い叫びとともに発砲してくる。足元に着弾し、屈んだが男はそれ以上発砲してこない。

 俺は衝動に駆られてそのあとを追おうとしたが、とにかく外した兜と籠手をつけて、弾が入っていないマスケット銃をもって追いかけた。

 あの男を捕まえて真実を聞かなければ気が済まない。

 悪夢のような部屋を出ると男は壁の色をした隠し扉を開けて細い廊下を突っ切り、梯子を上っていく。

 錆びた鉄の梯子を上っていくとそこは地上だった。

 雑草が生い茂り、雨水がたまった湿地であった。まるで見覚えがない景色であった。

 暗いが古い街灯が灯っていて、小さな古い途端屋根の作業小屋が隣り合うように二件あった。男はその小屋へと向かって走っていく。

 そこになにがあるというのだろうか?

「おい!待て!待ってくれ!」

 走っていく男の背中を急いで追う。

「くるな!くるな!」

 男は発砲した。甲冑にあたるも弾き跳弾が地面にめりこむ。

 五メートル先の雑木林のまえを男は走っていく。だが、空気をプシュっと裂く音とともに男は倒れた。

「うぐううううう・・・」

 呻く男に向けて続いて空気を裂く音がまた聞こえた。

 二度目の音とともに男の脳天が吹き飛ぶ。緑色の血がオレンジ色の街灯に照らされて光り輝いていた。

 吹き飛んだ頭蓋からは尻尾を生やした虫がチーチーと声をあげて大量に湧いたが、すぐにも動きをとめてシナシナと干からびていき、すぐに灰となる。

 その死にざまを見て俺はハッと身構えた。

 剣を音がなったほうへ向ける。

「だれか・・・いるのか・・・?」

 暗闇の雑木林のほうから出てきたのはよく見知ったものだった。

「・・・直江か・・・」

 ポニーテールがトレードマークの直江。この暗い中で、制服姿で、なぜこんなところにいるのか・・・。その泰然自若とした顔はあの喫茶店時に見た直江の顏であった。

 こいつは・・・。そうこいつは・・・。

「小島守・・・」

 その無機質な声で中の人間が直江でないとわかる。

「え、エナト・・・か・・・」

 と俺は震えた声がでてしまう。

「その甲冑・・・。やはりドゥベルクの鎧を起動させましたか。あなたは私が思っていた以上の存在であったようだ」

 と直江。いや、エナトは少し元気がない気がした。目の前の頭が吹き飛んだ灰となった遺体を踏みつけ粉々にしながら、エナトは甲冑に手を触れる。

 今の・・・。もしかしてエナトが殺したのだろうか。

「おい。これはどういうことだ・・・!?あの地下室はなんだ?こ、この男は・・・?」

 俺はつい怒りをこめて早口で聞いた。

「この男は、かつては人間だったもの。そして、私を裏切ったもの。あの地下室は守護者がいた場所」

 とエナトは直江の声で淡々と言うがわけがわからない。

「おまえがこいつを殺したのか?」

 先ほどまで死体があったが今や灰だけとなったものを指さす。

「私が殺しました」

 彼女の手を見ると拳銃のような黒いものが握られていた。サプレッサーというものだろうか。細長い筒状のものが拳銃の先についている。直江がこんなものを片手にもっているのがどこか現実感がなくてますます混乱した。

「お、俺も・・・なにを殺したんだ?おれは、俺はどうなってしまったのだ・・・?」

 と俺はすがるようにエナトに聞いた。

「殺した・・・。というのは、やはりあなたがあの娘を殺したのですね?」

 とエナトは直江の声で聞いてきた。

「娘・・・アリスとか言う化け物のことか・・・?ああ、殺したよ・・・こいつで・・・」

 俺はエナトにマスケット銃を見せた。

 エナトはそれを受け取ると、目を閉じた。

「血を欲する娘・・・。アリス・・・。名前・・・。そうですか・・・。まさか、こんなことになるとは・・・」

 と、エナトは俯いた。

「おい・・・マジでいったいなにが起きているんだ?なぁ・・・どうなっちまっているんだ?」

「混乱しているのは当然ですが落ち着いてください」

「あっ・・・ああ・・・」

「とりあえず、その剣をしまいましょう」

 慌てて俺は剣を鞘に入れた。

 エナトは近くの途端屋根の小屋に入った。俺もそれに続く。

 小屋の中は小さな蝋燭が灯っていた。だれかがここにいたのだろうか。椅子と机。それに粗末なベッドが置かれてあった。机の上にはケースがあり開かれてあった。中には拳銃が収められてあったのだろうか。銀色の模様が入った弾薬が転がっていた。

 ここにあった拳銃をエナトが使ったのだろうか。ということはこの小屋をエナトは利用していたのだろうか。それともあの殺虫スプレーを持っていた男が使っていたのか。

 聞こうにもうまく言葉がでてこない。

 俺は椅子に座った。なんだかやたらと疲れていた。鎧を脱ごうと手にかけるとエナトに止められた。

「無理矢理脱ごうとしないで」

「え・・・?なんで?さっき脱いだけど・・・」

「一部分ならまだ大丈夫。ですがすべて脱ぐと呪いが広がる。しばらく待ってください。その様子だと魔力が切れて時期に身体に溶け込んでいく。そのままリラックスしていてください」

「は?」

 言われた通り待っていると、鎧がフッと透明になり身体を覆っていたものが消えていた。

「なんだ・・・これは・・・」

 声もどういうわけか枯れた声となっていた。鎧を着ていた時は普通だったのに。

 エナトは手鏡を俺に渡した。

 そこには、ハロウィンの仮装をしているような姿があった。

 全身包帯だらけのミイラ男。

 驚いている俺にエナトは静かに説明する。

「それはドゥベルクの鎧の力。かつて神々につくられた小さな神人が作ったとされる奇跡の防具・・・。身体と防具が一体となっている。だがそれはもう呪われている」

「呪い・・・の・・・鎧・・・?」

 と、どうも発音がうまく発せられない。

 しかし、なんでそんなものを俺が着る羽目になったのか問いただしたかったが、エナトは机によりかかると大きなため息を吐いた。向こうから説明してくれるようだ。

「小島守。まずはあなたの状況を説明しましょう。今、現在。あなたはドゥベルクの鎧を起動させたことで魔物たちを打ち破る強さを得た。どこの国の軍隊でもあなたには敵わないでしょう」

「この鎧は・・・そんなにもすごいものなのか・・・?」

 エナトはこくりと頷く。

 こんな鎧さっさと脱ぎたい。そう思った。

「しかし」とエナトは話を続ける。

「あなたが特殊な爆弾を私の結界内に持ち込み不幸なことにそれが爆発したことで私は結界内から出られなくなった」

 眉を寄せて難しい顔をするエナトの話を聞いて俺は申し訳ない思いでいっぱいになった。だが、謝罪の言葉は言いたくてもどこか億劫になって言えない。

 口に出たのはあらたな疑問を聞き出すことであった。

「出られなく・・・なった・・・?あの資料室から出られなくなったってことか・・・あれ・・・でも直江を動かせているということは遠くから魔法は使えるんだよな?」

 訝しげに訪ねた俺の疑問をエナトは

「いいえ・・・。ほとんど使えません」

 と直江の顔を困った表情にして下を向いた。

「どういうことだ?」

「間一髪。あなたを転送させてすぐさまこの直江という少女の身体を利用させて貰っているが、結界外への干渉はほとんどできない。転送。監視。それら管理機能は失われ、直江に送る魔力供給はあまりない。言ってしまえば、あなた方がよく用いる充電器を外した携帯電話のようなものだ。電波も悪く、充電も残り少ない状況と言えばわかるだろうか?私とこの直江との通信が微弱で思うように魔力も使いこなせず、またこの直江以外動かせない状況だ」

 エナトの深刻な状況を聞いて俺は頭を下げた。

「・・・。す、すまない。俺のせいだ・・・」

「あなたがわるいわけではない。あなたは組織にそそのかされて騙されたのだ。謝罪は不要である。それに私が咄嗟に転送させたのが、まさか裏切った守護者のいる場所であった・・・メッセージを残せたがあなたには危険な思いをさせてしまった」

 と言ってエナトは俯いた。

 あの時、バックにある爆弾が勝手に起動するとは思わなかった。盗聴器があることに気が付かなかった。何もかも軽率すぎたのだ。

「そ、そういうわけにはいかないだろ・・・俺が悪いんだ・・・」

 やや間があってエナトは俺の謝罪を受け入れてくれたのか

「・・・。あなたのその鎧だが・・・それはあまり利用しないでほしい」

 と小さな声で言った。どこかその声に哀感を覚えた。

「利用しないで?」と俺は聞き返した。エナトは俺の亡者のひからびた胸を人差し指でつきながら

「その鎧は遥か深淵の奥にいってしまった騎士が使っていた鎧です。呪われ、罪人になる宿命を負った防具・・・。腰にさす贖罪の剣は罪をなくすためにひたすら悪と思ったものを見境なく斬った剣。対の銃は魂を代償にあらゆる強敵を屠った魔弾をこめた銃。その鎧をまとうものはいずれ罪を許してもらうために殺し続けて気が狂う定めのものです」

 と説明した。

「すまんが・・・そのなんだってこんなミイラ男の姿になっている?俺の身体は?」

「察するにあなたは魂を鎧にささげた。そして、あの守護者アリスを魔弾で屠れた。しかし代償に体を失い、代わりにいまその鎧をつけていた‟亡者を動かせているだけだ“」

「動かせているだけ?え?どうゆうこと?」

「あなたは魂のほとんどを失っている。よって今は残った魔力だけでその亡者を動かしているだけにすぎない」

「すまん・・・魂ってなんだ?」

「説明すると形而上学的に聞こえますし、一日かかりますが、ざっくり説明すると充電ケーブルが切れたようなもの」

 ざっくり過ぎて余計わからなかったが、とりあえずわかったふりをして頷いた。

「たぶんだが、俺は今のエナトを操る直江のような状況なのか・・・?」

「そうです。しかし、悲観しないでほしい。魂を失っても魔力を供給しつづければあなたは死なない。条件をみたせば、あなたの元の身体はきちんと保存すればもとには戻せる」

「そうか・・・はやく戻してくれ・・・こんな亡者の姿はごめんだ・・・」

「しかし、それには私の魔力が必要ですが今はこの通り無理です。ろくに魔法は使えません」

「そうか・・・くそ・・・。なぁ、静香ちゃんはどうなったかわかるか・・・?」

 と俺は暗い声で聞いていた。

「・・・。私がだした偵察からの報告では、組織は静香の奪取に失敗したようです。ですが・・・」

「ですが・・・?ですがなんだ?」

「・・・。私はこれからやるべきことがあります。あなたはしばらくこの小屋でジッとしていてください」

 エナトは小屋の引き出しから袋に入っている服を俺に渡した。

 ミイラ男に似合うのかわからないがうちの学校の体育に使用するジャージだ。サイズがあうのかは不明だがミイラ男はかつての俺の身体よりでかい。

 こんな姿でエナトに付き添うのもなんだかしかし・・・。

「やるべきことってなんだよ?」

 と聞いた。

「・・・。あなたには関係ない」

 エナトは冷たい口調で言った。今回のこの混乱・・・。恐らくあの山中とかいう男の組織が扉を奪うために行っている作戦だろう。俺を使い結界にエナトを閉じ込めて・・・。きっとエナトはこの事態を収めるために今の直江の身体を使うのだろう。

「いや、関係ある。危ないことじゃないだろうな?その直江の身体を使うんだろう?」

「・・・」

「なんか・・・起きたのか・・・?」

「・・・いえ」

「時間がたてば解決するのか?静香ちゃんは・・・どうなるのだ?」

「・・・」

「俺のこの体。もとにもどるんだよな・・・?」

「・・・」

「さっき裏切り者がどうとか言っていたよな?裏切った守護者とも言っていた。俺が殺したあのアリスっていう化け物。あれが関係しているんじゃないのか?」

「アリス・・・あの娘は・・・狂っていましたか?」

「・・・わからない・・・支離滅裂なことを言ってきて襲ってきたよ。殺されそうだった」

「そうですか・・・」

「なにがあったんだ?これ・・・組織以外のことも関わっているんだろう?」

 察しが悪い俺でも気が付いた。組織は扉を奪うために行動しているが、この組織と一緒になって扉を奪おうとしているものがいる。

「・・・」

 黙ってしまうエナトに俺はいらだつ。

「話してくれエナト。おれは、すべてを知りたい。それに静香ちゃんのことも気になる・・・静香ちゃんはどうなったんだ?」

 俺はエナトに詰め寄る。エナトはジッと俺の目を見ていた。

「知ってどうするのです?」

 とエナトは真剣な表情で聞く。

「それでも話してくれエナト。俺は知りたいんだ。きっと今回の事態は俺のせいだろう。それに・・・このままだと気持ち悪いし・・・俺は・・・もう巻き込まれているだろ?」

 何十秒かエナトは考えた後、小さな吐息をついた。

「わかりました・・・。話しましょう。変事が起きかけていたのは二日前のことですが・・・。その前に・・・。扉の鍵である静香について説明します。彼女を鍵として解放するには5つの封印の解除が必要となる。つまり、鍵を開けるにはさらなる鍵が必要となるよう彼女は作られました」

「やけに厳重なんだな・・・」

「はい。それら5つの封印を我々は『記憶の欠片』と呼んで、結晶に封じておきました」

「記憶の欠片・・・?今記憶の欠片って言った?」

 俺が妄想の中で勝手につくった記憶の欠片。フラグメントメモリアエ・・・。

「はい。静香の元巫女としての力をそこに封じているのです」

「・・・そうか」

 ただの偶然か・・・。エナトは直江の眉をつりあげてこちらの様子を観察しているようだった。「すまない。続けてくれ」と言うと説明を再開する。

「記憶の欠片にはそれぞれ守護者がついていた。一つは血を欲する少女アリスが守る記憶の欠片。ここにはドゥベルクの鎧も安置されていました。二つ目は人形たちが守る記憶の欠片。彼ら12の守り手は私の忠実な僕でした。そして三つめは鏡の騎士。彼らに記憶の欠片を守らせ、定時に必ず報告をするよう決められていました。4つ目が本人は気づいていないですが体内に入れている。5つ目が、私自身がもっている」

 四つ目の存在が気になるところだが、エナトは話を続ける。

「それで、二日前。突如連絡が途絶えました」

「途絶えた・・・?」

「はい。静香の周辺を守らせている者たちからは異常があると聞き、守護者へ連絡役をやろうとしていたそんなとき、あなたが来た。そして、結界外に出られなくなり情報は混乱。直江の身体を使って調べた結果。我ら魔物たちの中で反逆者が出たことがわかりました」

「反逆・・・だから裏切り者か」

「おそらく、あなたをそそのかした組織と手を組んだものです。計画はずいぶん前から練られたものだったのでしょう。守護者たちは恐らく全員裏切ったかあるいは・・・」

「地下にいたアリスが守っていたというものは?」

「盗まれています。地下からなんの反応もない。恐らくどこかへ運びこまれたのでしょう」

「記憶の欠片を全部盗まれた場合どうなるのだ・・・?」

「静香・・・。いや巫女としての記憶がほぼ蘇り彼女は鍵としての役割を担える」

「ということは・・・扉が開かれる・・・ということか・・・」

 異世界への扉が開かれる。それってあっちとこっちがつながるってこと。

「待て・・・。扉も盗まれて記憶の欠片も取られてしまっている・・・。ということはすでに異世界への扉が開かれている可能性も・・・」

「ええ。しかしそれだけではない。開かれなにもないのであればいいが、行き来できる。つまり、新たな魔物や向こうの神々、人間がこちらへ侵入することも、そしてこちらの人間が異世界へ侵入することもある」

「異世界人と戦争か・・・?」

「ええ。さらに、最悪なことに鍵の役割を果たしたあの巫女の呪詛・・・。そちらのほうが最も危険です」

「静香ちゃんはそれでどうなるのだ・・・?」

「それは・・・。見ればわかる。ついてきてください」

 言われて俺は立ち上がった。

 エナトについていく。彼女は小屋から出ると暗闇の坂を下っていった。夜目が通じるのだろうか。危ないこと限りない。

 一時間ほど歩くと小高い近所の山にいたことがわかった。

 あの地下の上は、昔遠足でいったことがあるところだった。

 開発がすすんで、精神病院が建ったのだがすぐに閉鎖されてしまった。建物だけがのこったので、ホラースポットにもなっていたところであった。

 ここから自宅まで一時間もかからないだろう。

「なぁ、どこにいくんだ?」

「静香の家です」

「し、静香ちゃんは・・・・」

 無事なのかなと聞こうとして、飲み込んだ。

「・・・」

 嫌な予感がするが・・・。組織は静香ちゃん保護に失敗したと言っていた。なにがあるというのだ?

「なぁ、エナトさっきの四つ目はだれがもっているんだ?」

「それは秘密です」

「だけど、おまえの話だと全部記憶の欠片とやらを集めないと、扉は開かれないのだろう?なら、エナトとそいつの記憶の欠片はとられてないから安心じゃないのか?」

 エナトは黙ったまま俺の先をずんずんと歩いていきまったく答えてくれない。

 自宅近辺に来る。

 やけに自宅近辺が鬱蒼として森閑としていることに疑問を感じた。

「やけに静かじゃないか?虫の声も聞こえない・・・」

「さぁ・・・入りましょう」

 そういってエナトは静香ちゃんの家につくと鍵が閉まってない扉をあけてどんどんと中に土足で入ってしまった。

 家の中まで静かで暗い。エナトは勝手知った様子でどんどんと二階へ行ってしまう。

 後ろをついていく。

 二階の静香ちゃんの部屋に入るのは久しぶりであった。その甘く優しい香りとぽかぽかとした家の空気ががらりと変わってしまったことに、心臓の音がばくばくとなっていた。

 きっと嫌なことが待ち受けている。

 エナトがドアを開けるとぷんと異臭がした。思わず鼻をつまみたくなったがミイラ姿なので鼻がない。というか亡者になっても視覚と嗅覚がそなわっているとはどういうことなのか。

「この臭いはなんだ・・・?」

 エナトに聞くと彼女は部屋の灯をつける。

 部屋の隅。ちょうど机が置いてあるところになにかが倒れている。

  首がない体が部屋に横たわっていた。

「し、静香ちゃん・・・?」

 近寄ろうとするとエナトに制された。

「動かないで。よく見てください」

 見れば胸に大きな黒い穴が開いている。赤い血に交じって黒く蠢くものがあった。なめくじのようにねっとりと何かがでてきた。

 それは徐々に膨らみ、液体となって絨毯を汚し強烈な悪臭を放ちながら広がっていく。

 黒い液体が床の上で波打ち、その上には骨が浮かんでいて泡立っている。泡立つと、人間の何十もの目玉がポコポコと液体の中から出て来てこちらを見ていた。そして、また泡立つと目玉は液体の中に沈んでいく。その行為はまるで瞬きのようであった。

「こ、これは・・・?」

「これが静香・・・いえ、巫女の本来の姿・・・・。の、一部です」

「こ、こ、これが・・・??」

「今は鍵である『首』がなくなり、澱みとなっている状況です。この状況では話すらできません。恐らく知能もろくにないでしょう」

「・・・。そ、その骨は・・・?」

「静香の家族のものとここへ踏み込んだ組織達のものでしょう。この澱みに飲まれたのでしょうね」

「う・・・おえっ・・・」

 吐くのをこらえる。

「家族は私が用意した人形です。人間に似せたもので人間ではありません。この組織の人間も傭兵部隊でしょうか。死んでも問題ないものたちです」

 とエナトは冷笑を浮かべる。意外にも残酷なことを言うやつだ・・・。俺はエナトに反感を抱く。

「それで、よ、澱みってなんだよ?」

 と俺は吐き気を抑えながら目の前の液体を指さした。

「巨人族が生まれる遥か太古の時代。それがなぜあったのかは私にもわからないが、それは昔からあったようです」

「それって・・・?」

「異界の門です。」

「・・・」

 エナトは語り始めた。

「遥か昔、異界の門を守る「名もなき神」は己の寿命が近いと知り巫女をつくって、管理させようと考えた。そこで、人間との間に子を宿し、そして、力をすべて与えて神は消滅した。巫女はなにも知らないまま人間の女に育てられ、ずっと門を閉め続けるよう厳命された。親も死に、何万年も生きた不老の彼女はやがて孤独に耐えられず、親である神の寵愛を欲するあまり、狂い、澱みとなったのです。すべてを飲み込む。愛情を飲み込むことで己のうちの寂しさが消えると思い込んでいる。巫女は壊れ、門そのものとなったのです・・・」

「その澱みはどうやって封じたのだ・・・?」

「地下で澱みが広がり異界の門が開かれ、そこから、悪しきものたちが来ることを知った七大英雄たちが新たな器である王家の神の血をひく『首』をささげたことで、神の愛情を得たと誤認させ澱みを封じたのです。以来、異界の門は、神に守れと言われた首を飲み込み会話ができるようになって理性ももち、人のような姿にまで変形できるようになった。その顔は捧げられた数多の首たちの顔であるとされています。誘惑し、欲求を得るためならなんでもする。異界の門を開けたがる衝動。それが巫女の正体。鍵とは「首」なのです」

 吐き気が込み上げてきた。なら、俺が今まで話していたしずかちゃんはなんだったのだ?すでにあった存在は首として巫女に捧げられていたというのか。

 では今まで話していた存在そのものが・・・。

「守よ。静香は特別な存在でした。王家の血ではない首で初めて巫女がその首に酔いしれ己の存在を忘れていたのです。私は徐々にその記憶をとりだすことに成功し欠片として、破壊し、やがて巫女そのものを永久に消し去ろうとしていたのです・・・」

「あ、あのさ・・・。じゃ、じゃあ鍵がない今、この澱みが広がると、どうなるんだよ・・・?」

「この澱みは欲求の澱み。他の澱みと違いまだマシです。ただ貪り食べるだけですがみつけたものを捕食するでしょう」

「澱みって複数あるのか?」

「記憶の欠片同様、澱みも複数からなっています。名前などはつけていませんが、すべて「欲求」からなっています。その中に『鍵』がある。彼らはこの厄介な澱みには手が付けられず乱暴にはがして、移動させたのでしょう。異界の門を開ける鍵そのものが静香の首のなかにあったのです」

 胴体だけ打ち捨てられた静香ちゃんだったものを見る。

「・・・だ、だれが静香ちゃんにこんなことをしたんだ・・・?」

「恐らく反逆した魔物たちでしょう」

 エナトは平静な顔つきで言った。

「う、こ、こんな・・・」

 と、俺は震えた声がでていた。

 大切な人がひどいことをされたという現実よりも、途方もない現実を知った絶望のほうが強い。俺はなにもできないのだろうか。

「すべてはわたしのせいです」

 エナトのその声には悔しさが滲んでいた。

「なんでだよ・・・どうして・・・」

「すみません」

 とエナトは小さな声で謝った。

「・・・静香ちゃん・・・どうして・・・」

「小島守・・・。静香は静香という姿形に似せた器です・・・。これを見てください」

 とエナトに言われて、澱みと呼ばれるものを見た。

「小島守。静香は器です・・・彼女の本来の姿はこの澱みなのです・・・あなたはこの澱みを愛せるのですか?」

 これが巫女?静香ちゃんの本当の姿?俺が好きだった静香ちゃんはただの器・・・?

 ようするに、鍵を消すっていうことは澱みを無くすこと。魔物たちの分裂を防ぐこと。人間たちに異世界への進出を防ぐこと。そうした意味があるのだろう・・・。すべてはこの世界と魔物たちを想った行動。

 でも・・・。静香ちゃんが器だなんて!

 歯ぎしりし、ぎゅっと拳を握る。こんな現実があってたまるか・・・!怒鳴りたい気持ちを抑えながら俺たちはその場を後にした。

 家からいったん出た俺とエナトはエナトが人払いの結界という術式を強化すると言って庭を一周し、その後、澱みを放置して出た。

「このあと・・・どうするんだ?」

 と、俺はエナトに聞いた。

「あなたは身を隠しなさい」

 とエナトはきつくいった。

「でも、家族が・・・」

 俺は暗くなっている自宅を見た。

「あなたの家族はこんなこともあろうかと護衛をつけてすでに旅行に行かせてあります。しばらく安心です」

「え?」

 思わず俺は安堵してしまった。いや、それも大事だが今は・・・。

「あとは私一人でやりますよ」

 そういってエナトは苦笑しどんどんと前を歩いていってしまう。

 彼女はどこへ行こうというのか・・・。

 俺もどこへ行けばいいのだ・・・?

 異世界への扉。

 鍵。

 呪われた鎧。

 巫女。

 澱み。

 存在してはいけないもの・・・。これはそういうもの。

 エナト・・・。

 でも、俺は・・・。それでも・・・。

「エナト。俺は協力するよ。静香ちゃんを・・・救う・・・よ・・・」

 前を歩くエナトに俺は声をかけた。

「・・・救う?」

 と月あかりに照らされてエナトはこちらを向いた。直江の姿形なのに直江には見えない。どこか儚く美しく見えた。

「ああ。エナトに協力してその記憶の欠片とやらも「首」もすべて回収する。そして、静香ちゃんを取り戻す」

 すでにとりこまれてないであろう存在を取り戻すと言う俺にエナトは唖然としているようであった。

「・・・私はあなたがずっと想っている「静香」を消す魔女です。彼女がいれば、今回のように帰りたがって反逆するものがでる。鍵を奪おうとして陰謀を巡らすものもでてくる。魔物たちが分裂する可能性がある。だから、私はあなたの「静香」を消す。あなたはそんな私に協力するのですか?」

「俺は難しいことを考えるのは得意じゃないんだ。だから、この場合騎士として、そう。騎士アロンゾとして静香ちゃんを救う。それに直江の身体を使うんだろう?そのなんだ・・・従者の身体を魔女に使われているのは、あまりいい気がしない・・・それに爆弾で吹き飛ばす前にいっただろ?静香ちゃんの器?を残すか考えるって・・・哲学的なことはわからないさ・・・今の彼女が澱みで異界の扉なのか、もう俺が知っている存在はいつから首としてささげられたのかも・・・だけど・・・」

「・・・。それで、静香を救った、そのあとは?」

「その後のことはわからない。何度もいうが俺はバカだ。だから、これが終わったら考える」

 エナトはぽかんとした顔をした。

「懐かしいですね。あなたみたいな愚か者を私は久しぶりに見ました」

 とエナトは直江の顔をも三日月のような笑みにしてみせた。

「いや、不気味な顔にして、笑みを浮かべるのはやめてくれ・・・」

「笑いますよ。あなたのその思考はひどく幼く、そして愚かしい。大切なものであった存在がそれはおぞましいものでもあり、かつてのその思い出も、騙されていたものであったと考えたらとてもじゃないが私に協力なんぞはしない。今のその醜い姿も、壊れた日常も常人なら耐えられない」

 狂っているというのだろうか。ひどいことを言ってくれる。

 エナトは、冷笑を浮かべたまま、俺の頭をすっと撫でた。

「あなたはいつしか人格もそして、精神も壊れていくだろう。かわいそうに。結果は見えている。あなたの生きる世界は残酷なものとなりますよ。そして、生きにくくなり、虚無な感情に耐えられなくなる」

「まだ見てもいないし、わからないじゃないか」

「・・・そうですね。ですが、愚かな騎士よ。ここから先は異世界へ帰る方法を潰すお話です。多くの者が彼方の先に夢をみた話、そこから来たものが帰省を望む話。私たちはそれを潰し、そして・・・。この世界を裏切るのです。さぁ・・・。守。私と来ますか?」

 と言ってエナトはにっこりと笑いこちらに手を差し出した。その笑顔は直江の笑顔ではない。エナトの本当の笑った顔のようであった。

 冷たく、恐ろしく、だが、憐憫をこちらに向けていて、俺はなぜか愛着を感じてしまう。

 俺は手を伸ばした。

 エナトは俺の手を取ってぎゅっと握ってくれた。

 それは魔女との契約であった。


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